1
まどろみのなかで俺が今感じているのは、エロスである。
わずかにこぼれた朝日が体をあたためるなかで、俺を熱くするもうひとつのもの。それは日差し同様の柔らかさを持ちながらも、触れるたびに俺の全神経を刺激する。局所的な痺れるような快感は、下腹部から腰、胸を経て、やがて首筋にいたる。
それがついに俺の唇に重なろうとしたところを、
「...おい」
人差し指で押し退ける。
「...あ、起きてたんだ」
俺に覆い被さりかけていた彼女は、眠気で蕩けた眼差しを俺に向ける。
「起きてるよ。てか何回も言ってるけど、俺は寝起きからエロに満たされたがるようなその辺の馬鹿とは違うの。ほんとに。朝っぱらから襲うのやめてくんね?」
俺のやりたいことは、俺のやりたいようにやる。俺は、俺のために生きてんだ。変に他人に気を使うほど暇じゃない。
ぶちぶち文句を垂れつつ体を起こすが、彼女は追及をやめない。上目遣いで、まだ求めてくる。
「でも、...私はしたいなぁ」
起き上がりかけの姿勢が、腕に挟まれた彼女の胸部の育ちのよさを強調し非常に扇情的な光景となっているが、そんなことは関係ない。
「知らん。そんなことよりな、」
「そんなことじゃないよ。私は、まだ足りない。」
「...なんで今日はそんな食い下がってくるの?」
俺は、基本的に人と関わりを持たない。これは通常の人間の枠を逸脱した行為だが、その俺にも免れない原罪がある。
それは、性欲だ。
彼女は俺と同じ転生組で、俺より二年ほど先に、前の世界でいきる意味を見いだせず自殺したら、この世界に転生したらしい。
二年間生きる意味を見いだせず、また死ぬ意味すら見いだせずにいた彼女を、俺が見つけた。性欲をもて余していた俺は、彼女を犯した。以来、お互いの性欲を満たすだけの仲として二人流浪の旅を続けいてるわけだが。
そんなこんなで自分の欲をぶつけてくることの少ない彼女が、俺に積極的に求めて来ている。何かあったのだろうか。
「...もしかして、昨日のこと覚えてないの?」
一瞬目をそらして恥じらうような仕草を見せたあと、彼女が言ったのはそんな言葉。
俺、何かよからぬことでもしたか?
「...いや、覚えてないけど」
言うと、彼女は何かに弾かれたように驚く様を見せる。
「!...ほんとに?」
「...ああ、そうだな。なんも。」
何か酒場ですごい酔ってた気がしないでもないが...
「え、だって昨日...」
一瞬口ごもる彼女。わずかに視線をさまよわせたあとに、発したのは。
「昨日、たまたま相席した隣の帝国の軍人の人から、明日の夜明け頃に新開発のステルス戦闘機で一斉攻撃かけてこの国を滅ぼすって作戦の話を聞いて、私が今夜のうちににげようって言ったのに、すごい酔ってて話聞いてくれなくて、あげくの果てにここで死ぬのも悪くないとかいってこの地下室でえっちし始めたの...忘れたの?」
...こんな話。すっげぇ状況説明入ったな。
えと、つまり今はそのよくわからん作戦の決行される日の朝...ってこと?てか昨日の俺暴走しすぎじゃない?何か知らん天井だなとは思ったけどさ。
「...おい」
「...だから私は、最期くらいきもちよくなりたいなと思って」
「今何時だ」
「5時44分50秒。日の出は、5時45分。」
返ってくる言葉は、いたって冷静。だが、言ってることは滅茶苦茶である。
「つまり、あと10秒くらいで爆撃が始まるってことか?」
努めて落ち着いて、聞いてみる。
「うん。でももう5秒もない...かも?」
くてんと首をかしげるその様は、大人びた容姿とのギャップも相まって、愛嬌がないこともない。
「...ってそんなことはどうでもいいわ!早く逃げねぇと死ぬってことじゃねぇかよぉぉぉおおお!」
激昂。瞬間、激動。
大気をも揺るがすほどの爆音と地響きが、俺たちのいる粗末な地下室を襲う。
壁に掛けられた時計は落下し、部屋に置かれた箪笥は転倒。この空間のおよそ全てのものが、一瞬にして原型をとどめていられなくなった。
それでもなお、空襲がやむ気配はない。地上において、今もなお大地を揺るがす絨毯爆撃が、この国を滅ぼさんと襲いかかる様が目に浮かぶようだ。俺たちはひとまずベットの下で安全を確保し、轟音に耐えんと耳を塞ぐ。
「ちなみにね!」
轟音に遮られまいと、彼女が叫ぶように俺に話しかける。
「なに!」
「この家の人!体ぐちゃぐちゃにして殺したのそっちだからね!」
「んなこといまどーでもいいわ!」
「そのあとここでえっちさせられた私の身にもなってよ!」
「しらねーわ!きもちよかったらそれでいーだろ!」
地下室だけあって無駄口を叩ける余裕はあるが、爆撃は未だやまない。この地下室に被害が及ぶのも時間の問題かもしれない。
「おい!ここにずっといてもしょうがない!どっか出口になる抜け穴とかないのか!」
「ない!入り口になる抜き穴しかない!」
「おまえ、人のこと言えねぇだろ!」
このまま、瓦礫の下敷きとなるのか。俺がこの先を真剣に思案し始めたその時。
爆撃が、やんだ。
「やんだ!」
「おし、この部屋が思ったより頑丈で助かったな」
「そりゃ、軍人さんの家だもん。他より多少丈夫だよ。」
「なんでもいいけど、とりあえず服着て出るぞ。天井早くぶち抜いてくれ。」
今は細かいことに構ってる余裕はない。次にいつ追撃がくるとも分からないのだ。手早く地上を確認し、今後の行動を決める必要がある。
俺が着替えながら声をかけると、いつの間にか先に着替え終わっていた彼女が、自身の相棒のランチャーを構える。
「わかってるよ。耳塞いで。」
言われて耳を塞いだ瞬間、激発。火薬の残渣が落ちて視界が晴れると、天井には人一人余裕で通れる穴があいている。
急いで外に出てみると、そこに広がっていたのは。
「これが、ディストピアか...」
俺の微かな記憶が確かなら、ここはこの国の首都のはずである。しかし、目の前に広がる一面の瓦礫と高層ビルなど影も形もないだだっ広い空は、俺の知る首都の景色とはかけ離れていた。
「ねぇ、たそがれてないで、早くここから逃げようよ」
追って地下から出てきた彼女の言葉で我に返る。そうだ。現状確認のために外へ出たのだった。そんなことすら忘れさせるほど、眼前の光景は現実味に欠けていた。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
現状確認開始。
すでにかなり遠くなってしまっているが、俺がその辺の眼鏡を改造してつくった望遠機能付グラス的ななにかがとらえている戦闘機っぽいアレが...すてるす戦闘機?かな?ほんとなんでミリオタとかでもなんでもなかったのにマシン改造特化型の転生したんだろ、まじで。
ただ、一時撤退してるっぽいので、逃げるなら今なのだろう。
さて他に何かいるか...と見回し始めたときだった。
俺の真上に、何かいる。
それはだんだんと姿を大きくしているようで、しばらく眺めているとそれが地上に向かって落下中らしいということがわかった。そしてさらに見ていると、何が落下してきたのかも分かってきた。
「...メスガキ?」
「ぃぃぃぃぃいいいいやややややあああぁぁぁ!」
爆音。同時に、俺の視界は黒く塗りつぶされた。