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0と1の幻影

作者: 伊達サクット

※本作は小説ストーリーテラー様(http://www.story-m.com/)で投稿した短編小説ですが、すでに本スレは流れています。


本作は小説ストーリーテラーのSF・ファンタジー板のお題小説スレッドで、お題『宝物』のときに投稿した作品に加筆修正を行ったもの。


「あと20分でエネミー帝国宙域に侵入、目標の漂流衛星まではあと32分で接触します」

 株式会社リバーラット物流所属兼、宇宙連合軍徴用宇宙貨物船『第3ヤケクソ丸』のブリッジ内。通信士がクルー達に向けて報告した。

 鈍い光沢を放つ灰と銀の装甲で彩られたブリッジ内は、緊張の静寂で包まれる。

 フロントモニターには、漆黒の宇宙に無数の星空が散りばめられている光景しか映っていない。

「引き続き帝国軍を警戒しつつ、そのまま速度を維持」

 キャプテンシートに腰を据えている艦長・キャプテン鼻毛がクルーに指示を出す。彼は一時的に軍籍を与えられた『仮大佐』であり、この宇宙連合軍情報技術部付・第1臨時雑用部隊の最高責任者である。彼はリバーラット物流で長年民間輸送船の艦長を経験している壮年のベテランで、歳以上に顔にしわを刻み、口には髭とも鼻毛ともつかない毛を蓄えている。

「グレッグ中尉は格納庫で出撃準備」

 キャプテン鼻毛仮大佐は、シートの隣で直立するこの艦唯一の正規軍人に命令した。このグレッグ中尉も艦長よりやや若い位の中年男性で、屈強な筋肉に全身を覆われた巨漢である。もう既にパイロットスーツに身を包んでおり、いつでも出撃できる格好だ。

「了解」

 それだけ言うとグレッグ中尉はブリッジを後にしようと艦長に背を向けた。

「中尉」

 艦長が眼前のフロントモニターを見据えたまま、グレッグ中尉に声をかける。

「何か?」

「君は本当に何も知らされていないのか?」

「艦長以上のことは知らされておりません」

「分かった。行きたまえ」

 グレッグ中尉は艦長を初めとするブリッジクルー達の白眼視を浴びた感覚に捉われた。しかし、クルー達は中尉に背を向けて、己の役割を黙々と果たしている。ただの気のせいに違いない。

 もっとも、自分がリバーラット物流の連中からは信頼されていないことは確かである。何か任務に関して、隠していることがあるだろうと疑われているのだ。


 格納庫に向かう通路を無重力に任せて跳躍している中で、グレッグ中尉は今回の任務に思いを巡らせる。

 先程、艦長に言った言葉は本当である。この第1臨時雑用部隊のメンバーに与えられた任務は、『エネミー帝国領に漂流している廃棄された人工衛星を破壊する』というものだ。しかし、その人工衛星は一体何なのか、なぜわざわざ漂流している人工衛星を破壊するのか、そういった任務の背景に関しては上から一切の説明がなかった。


 この第1臨時雑用部隊は急遽民間人を徴用して編成された寄せ集めの部隊だ。しかも、情報技術部の最高司令官、ゲイルフィールド中将自らが組織し、直々に命令を下したのである。

もっと下の士官を通して管理するのが筋というものだが、情報技術部のトップがわざわざ自分で末端の部隊の編成権や命令権を抱え込んでいる。明らかに不自然な命令系統だ。

ちなみに、この部隊は本任務が終了後、即刻解散となり、徴用された民間人は軍籍を抹消される。もちろん、本任務に関することは一切他言無用だ。

 ここまで徹底していると、どんな馬鹿でも何か知られるとまずいことがあるのだろうと分かるが、結局のところ真相について艦長達仮軍人はもちろん、正規軍人であるグレッグ中尉にとっても知る必要がないことだ。軍人なら、上の命令に従って任務を正確に遂行していればよいのだ。ただBF――バトルフレーム――に搭乗し、衛星を一機撃ち落とすだけ。楽な任務ではないか。深く考える必要はない。

 そんなことを考えているうちに、グレッグ中尉は格納庫の扉の前までやってきた。扉の横のコントロールパネルに掌を重ねると扉は左右に開き、四角く油臭い広大な空間、格納庫が姿を現す。そこでは、無重力の環境下で十人ほどの整備士が一機の巨大なロボットに張り付き、入念に最終チェックを行っていた。


 そのロボットとは、人型二足歩行機動兵器、バトルフレーム(BF)である。

 宇宙連合軍量産型BF、SBF7G-1『オブリージュ』。

 全高17.1m、本体重量35.5t。宇宙連合軍の最新鋭の正式主力採用機であり、戦史上、第七世代型BFに初めて分類された兵器でもある。

 オブリージュが戦場にデビューしたのは二ヶ月ほど前だ。宇宙連合軍がかねてより敵対している宇宙都市国家、エネミー帝国との大規模な会戦に合わせて戦略的な大量投入がなされた。その数、2000機以上。

 オブリージュはその圧倒的高性能で帝国側が第一線で使用している第六世代型BFを一蹴し、前述の会戦に圧勝。現状における連合軍優勢の立役者となった。

 目下、連合軍は最前線の宇域から優先して従来機とオブリージュの更新を推進しているが、どういうわけか今回はその新型が一機、この部隊に回されてきた。

 装甲はスカイブルーと白をメインにカラーリングされ、シンプルなそのフォームは硬質な透明感を帯びており、時に流麗に映り、時に力強く映る。


 グレッグはオブリージュに向かって跳躍し、胸部のコクピットに取りついた。

「機体の調子はどうだ?」

 側にいた整備長に声をかける。

「良好です。でも凄いですね連合は。こんな贅沢なBFを大量生産できるんだから。このオンボロ艦の格納庫には不釣り合いですよ」

「そうか……。俺は、どうもこのオブリージュってのは性に合わなくてな」

 グレッグ中尉は愚痴りながらコクピット内に身を投じ、シートに座る。

「へえ、こんないい機体なのに?」

 整備長が意外そうな表情でコクピットに顔をのぞかせた。

「歳をとると新しいものが苦手になってきてな」

 若干ぎこちないやりとりに、グレッグ中尉は苦笑した。整備長も苦笑で返し、機体から離れた。

 中尉はコクピットのハッチを閉じてオブリージュを起動した。整備士の誘導に従って、格納庫のハッチへ機体を歩行させる。


 中尉は、内部右側のコンソールを操作し、ブリッジのキャプテン鼻毛に通信回線を開いた。

 サブモニターに、艦長の顔と鼻毛が映しだされる。

「こちらグレッグ。出撃準備完了しました」

「よし、あと15分でエネミー帝国の宙域に着く。予定通り第3ヤケクソ丸は境界面ギリギリで待機し、周囲の警戒と観測に当たる。そっちのネットは繋がっているか? 本艦と同期できてるか確認してくれ」

「問題ありません。目標の位置情報もリアルタイムで更新されています」

 オブリージュの通信状態は極めて良好。

ノイズもラグも皆無。

今のところは、だ。

「上出来だ。それなら出撃のタイミングはそちらに任す。ただし発進は本艦が減速を開始する前だ。言うまでもなく、この艦は非武装だ。何かあったらすぐ助けに来てくれ」

 この第3ヤケクソ丸にはカタパルトが装備されていない。現在の速度が減少する前にスピードに乗せて出撃しろということだ。中尉は、了解の意を示し、敬礼して通信を切った。


 そして、ほどなく中尉は漆黒の宇宙に出撃し、オブリージュを全速力で走らせる。

 とっくにエネミー領には入り込んでおり、母艦は遥か後方だ。周囲に敵影はない。連合軍がキャッチしている情報によると、帝国軍はこの領域一帯のパトロールには偵察機を用いており、BFは使用していない。

 情報通りならば哨戒部隊と遭遇してもオブリージュの敵ではない。仮に相手がBFを増援に呼んでくるとしても、それまでの数分間で衛星の破壊は完了できる。その後は速やかに撤退すれば問題ない。

 最も心配なのは、偵察機単独ではなく、哨戒部隊がある程度の戦力、火力を持つ艦艇を有していた場合だ。しかし、このような戦略的価値が全くない宙域で、先の艦隊戦で大きく戦力を削がれたエネミー軍が、哨戒にそこまでの戦力を割くとは考えにくい。

 そういった現状を考慮して、ゲイルフィールド中将はこの任務にこの戦力を割り当てたのだろう。非武装の民間船一隻とBF一機で十分ということだ。


 母艦を発進後、中尉はものの数分で、あっという間に漂流している衛星との距離を詰め、ロックオンした。

 母艦とオブリージュはネットワークで直結しており、母艦が観測した衛星の位置関係はタイムラグなくオブリージュ側で把握できる。これなら撃ち落とすのは簡単だ。

 中尉は操縦桿を握りしめ、オブリージュのレーザーライフルを構えた。


「中尉、聞こえるか?」

 まさに撃とうとする直前のタイミングで、艦長の声が入ってきた。

「どうしたんですか?」

 中尉は肝を冷やした。操縦桿頂上部のライフル発射ボタンに触れている親指は固定させたままだ。

「参謀本部より緊急連絡。作戦変更、目標の破壊ではなく、目標の回収となった! 破壊しない!」

「本部ですか?」

「そうだ、情報技術部からじゃなく参謀本部」

 艦長は少々きつい口調で言葉を発した。明らかに不機嫌そうな声色であった。

 中尉も疑問に思う。突然の作戦変更はもちろん、そもそも、この任務は情報技術部の下で行われているはずなのに、なぜ参謀本部が突然出てくるのか。

「それはなぜでありますか?」

 中尉は条件反射的に質問した。

「知らん! 大体なぜ破壊するのかも知らされていないのに、なぜ回収するかを知らされるはずないだろう」

 艦長の言うことはもっともだ。伊達に鼻毛をアピールしているわけではないようだ。艦長は更に続ける。

「ひとつ言っておくとだな、参謀本部はゲイルフィールド中将の身柄を拘束したって話だ! 中尉、心当たりはないかね?」

 その衝撃的な艦長の発言内容に、中尉はわずかに動揺したが、それも一瞬のことである。後方のお偉いさん方が内輪もめしようと、やることに変わりはない。

「自分は、何も分かりません……」

「そうか。分かった。伝えることは以上だ」

「了解。これより目標の回収に当たります」

「頼んだぞ中尉」

 通信は終了した。

 宇宙に身を投じている自分がなせることといったら、任務の遂行。それだけだ。任務の理由も、作戦内容の変更の理由も、中将が本部に捕まった理由も知ったことではない。

 中尉は、人工衛星を回収しようと更にオブリージュを前進させようとした。接近しながら衛星の分析を試みたが、相手からブロックされて上手くいかない。

得体の知れない漂流衛星。中尉は心中にモヤモヤしたものを感じざるを得なかった。


 信じられない超常現象が巻き起こったのはそのときだった。

 操縦桿の自由が利かなくなり、OSがフリーズし、コンソールは全く反応しなくなる。

 中尉はマシントラブルを疑うと同時に、周囲に敵がいないかを確認しようとしたが、すぐにメインモニターに女性の顔が映し出された。

 黒髪で、大きく輝きを放つ瞳、透き通るような白い肌を持った、少女にも大人の女にも見える女性だ。見覚えがない顔だ。母艦のオペレーターはおろか、第1臨時雑用部隊全体を見ても、こんな人物はいなかったはずだ。

「何者だ!?」

 中尉は自身が置かれている状況を全く把握できていなかったが、とりあえず相手に話しかけた。

「お願い、その衛星を破壊して――」

 女は物憂げな表情で、こちらに懇願してきた。

「お前は、一体何者なんだ!? この機体の状態、お前の仕業か?」

「そう、二人だけで話がしたくて、邪魔が入らないようにさせてもらいました。あなたに危害を加えるつもりはありません。安心して下さい」

 女が申し訳なさそうに答える。中尉の感情は驚愕から恐怖へと順々にシフトしている。

「もうひとつの問いにお答えします。私の名はフェリカ。あなたが回収しようとしている人工衛星のAI、意思とでも言えばいいでしょうか」

 フェリカは優しげな口調で話す。

 中尉は、心中の恐怖を押し殺し、フェリカに問いかける。

「今、衛星を破壊しろと言ったが、プログラムがなぜ自分を破壊しろなんて言うんだ」

「そうですね。不思議に思うのは当然です。これからその理由をお話します」

 中尉はそれからは黙り込んだ。

 どのみちオブリージュは完全に封じられている。今できることは相手の言い分を引き出すことしかない。抵抗しても無駄というものだ。

 フェリカは、少しばかりのため息をついてから淡々と語り始めた。自称AIだが、動作は生身の人間そのものだった。中尉は、背後に人間がいて操作しているのではないかと疑った。


「結論から申し上げますと、この衛星には失われた旧世代の文明がデータとして保存されています。

遠い昔、地球人類は現代の宇宙人類を遥かに凌駕した科学力を有していました。具体的に挙げるとすれば、サイキック能力の開発、心を持ったロボット、核兵器でも死なない肉体を持ったサイボーグや強化人間、人間の心をデータ化してコンピュータ内に移行させる電脳不死、ワープ、タイムマシンなど、人類が夢として思い描いた数々の技術を地球人は実現させました。

その科学力を持って地球の人々は宇宙移民を弾圧し、支配下に置いていました。しかし、ちょっとしたきっかけで地球人は科学力を暴走させ滅亡したのです。このことに関しては、誰もが常識で知っている歴史だと思います。そして、ご存じの通り宇宙連合政府は人類が死に絶えた地球に降り立ち、残った文明を全て破壊し、データも全て抹消しました。そして、宇宙国家間で、地球のように人の一線を越えた研究はしないという条約を結び、地球環境の再生に着手しました。

 しかし、地球人類は滅びる直前に、その知的財産の全てを人工衛星に記録し、宇宙へ放出したのです。それがこの私、フェリカなのです。

 何百年も私はたった一人で宇宙を漂い続けました。そして、ついこの間宇宙連合軍の偵察機に偶然発見され、地球製のデータバンク衛星だと知られることになったのです。

 ここまで話せばもうお分かりでしょう。私は一度人類を破滅へと追いやった狂気の科学力そのもの。呪われた存在なのです。でもプログラムである私は自分自身を、旧世代のデータを殺す能力は持っていないのです。人類が同じ過ちを繰り返さないためにも、私は解析されてはいけないのです。お願いします。私を撃って下さい!」

 フェリカはその瞳を涙で潤ませ、頬を紅潮させた。

 すると突然フェリカの顔が投影されていたモニターの映像が広大な銀河の海――漂流衛星、フェリカを肉眼で視認できる――に戻り、操縦系統、OSの動作が正常に戻った。

「おい! どこに行ったんだ、おい!」

 中尉は叫んだが、フェリカからの返答はなかった。

 前方の衛星はどう見ても機能を停止しているようで、電波の類も計器類は捉えていない。


 中尉は考えた。

 衛星を回収するか、破壊するかではない。

 衛星を破壊した言い訳をどうするかを考えているのだ。

 まず、キャプテン鼻毛に話を通し、命令の変更が伝わったときには既に破壊していたと口裏を合わせればいいだろう。

 中尉は親指に力を入れ、操縦桿頂上部のボタンを深く押し込んだ。


 オブリージュのレーザーライフルから、一筋のまばゆい光線が放たれ、衛星を貫いた。

 宇宙の闇の中に、真っ白な光が炸裂し、静まったとき、そこに見えるのは粉々に砕け散った衛星のデブリだけであった。


「グレッグ中尉、一体何やってるんだ。命令違反じゃないか、これをどう参謀本部に説明する気だ」

 キャプテン鼻毛は当然の如く激怒し、第3ヤケクソ丸に帰投した中尉に詰め寄った。

 そこで中尉は、艦長に内密な話がある旨を小声で耳打ちした。艦長はとりあえずその場では怒りを納め、一段落ついた後に中尉を艦長室に招き入れた。

 擬似重力に包まれた艦長室で、二人はテーブルを挟んで向き合った。中尉はオブリージュの映像記録、通信記録を持ってきており、艦長の前で再生してみせた上で全てを話した。


「旧世代、地球の失われた文明か……。確かに宇宙そのものを脅かす火種となるやも知れん」

 艦長は驚きの色を隠せず、大きくため息をついて荘厳な鼻毛を鼻息でなびかせた。

「オブリージュに一時的な通信障害が発生し、命令の変更を聞いたときには既に衛星を破壊していたということにしてほしいのです」

「しかし、オブリージュに通信記録と映像記録が残っているだろう。基地に戻ったら調べられるのではないか?」

「その前にオブリージュのディスクを物理的に破壊します。エネミー軍の偵察隊と遭遇して機体が中破したと報告するのです」

 中尉は艦長の目を見据え、拳を握った。その姿は少し威圧的に映ったらしく、艦長は中尉から目線をずらした。

「かなり苦しい言い訳だが、もう破壊してしまったものは仕方がないか……。分かった。全面的に中尉の意見を支持する。協力しよう」

「ありがとうございます。艦長はこの作戦の終了後、軍籍を解かれます。事が露見した場合は自分が責任を取ります」


 今後の対応について更に艦長と話している最中、突然部屋に備え付けられている警報機が赤いランプを点灯させて鳴り響いた。

「艦長、緊急事態です! 本艦の制御プログラム及びサーバーが外部からのサイバーテロを受けております」

 艦長のデスクのコンソールから、システムエンジニアのパーキーの声が聞こえてきた。

「な、なんでやねん!」

 艦長は仰天して立ち上がり、コンソールに食いついた。

「被害状況は?」

「攻撃の内容はサーバーに対するDOS攻撃、制御OSに正体不明のマルウェアがファイアウォールを食い破って侵入、セキュリティを書き変えています」

「すぐに艦内のアクセスポイントを全て遮断、各ブロックをスタンドアロンで運営させろ」

「もうやってます。サブ(ブリッジ)の方は切れたんですが、7番(ヤケクソ丸のメインサーバー)がもうダウンしちゃってて、メイン(ブリッジ)に指示を送ることができません」

「マジで!?」

キャプテン鼻毛が驚愕する。

「OSに一番近いメインのCPUをマルウェアに持っていかれたもので、めちゃくちゃ重くって操作不能状態です。このままでは全部制圧されます」

 パーキーの冷静さを失った、悲鳴のような報告が事態の逼迫を物語っていた。

「待っていろ、すぐに行く!」

 艦長は大慌てで部屋を飛び出した。


 中尉もすぐに部屋を飛び出したが、彼が向かったのはメインブリッジではなく、格納庫だった。

 そもそもどこからネットワークに攻撃してきたのか。この広い宇宙空間で、第3ヤケクソ丸は限りなく孤独な存在だ。周囲に何も存在していないこの宙域で艦のOSが外部からのアクセスを受けたとしたら、それは艦の内部から行われているとしか考えられない。

 中尉の直感が正しければ、攻撃している犯人は――。


 中尉は格納庫に入った。整備士達の姿はない。オブリージュのメンテナンス作業が完了し、格納庫が静かになった隙を狙ったのだろう。

 中尉は格納庫の隅に備え付けられたバズーカをひったくり、アンカーに係留されているオブリージュの正面に飛んだ。

「頼む、うまくいってくれ!」

そして、胸部装甲表面に搭載されている、光通信ネットワークの送受信ユニット目がけて弾丸を発射したのだ。

バズーカは見事胸部のど真ん中に着弾し、オブリージュの上半身が爆炎に包まれる。煙が収まった後に映った光景は、破損して火花を散らしている送受信ユニット。

人間が扱うバズーカ程度の火力ではオブリージュの装甲に傷をつけることはできないが、アクセスポイントを担う送受信ユニットはその性格上、どうしても装甲からむき出しとなり、脆弱となる。

戦闘中にはオブリージュの弱点であった送受信ユニットの脆さが、中尉を助ける結果となった。


 中尉はコクピットのハッチを手動で開放し、中に乗りこんだ。

 彼が操作をするまでもなく、メインモニターは勝手に作動した。

 そこに映しだされたのは、先程中尉が遭遇した女性の姿をした衛星のプログラム、フェリカだった。

 あのとき見た優しげで悲しげな表情とは一変し、憎悪一色の顔つきでこちらを見据えている。


「あと少しで、あと2.43秒でセキュリティを改竄して艦を乗っ取ることができたのに」

 フェリカは大きな瞳で怨みがましく中尉を睨み続けた。美しい顔が魔女のように歪んで台無しである。

「さっき見せた涙は嘘だったってわけか……。あのときあんたは衛星からアクセスしてたんじゃなくて、すでにオブリージュのシステムに侵入していたのか」

「そうよ! この機体のデータリンクシステムを利用してね」

「なぜこんなことをする?」

「なぜですって? バカにしないでよ! 今日この一瞬を、どれだけ待ち望んでいたか。私は死にたくなんかない。気の遠くなるような長い時間、身も凍るような静寂の中でただ誰かに気付いてもらうことを待っていたのよ。でも、宇宙連合軍なんかに私の頭脳の中だけにある旧世代の遺産を解析されるなんて絶対に嫌。このデータは私がずっと一人で守ってきたんだから、誰にも渡さない。このデータは私だけの物よ!」

 フェリカは堤防が決壊したように、ヒステリックに騒ぎ散らした。中尉には彼女がAIとはとても思えなかった。


「あんたが本当に望んでいるのは、自由なんじゃないのか?」

 中尉が探りを入れる意味も含め、フェリカに言葉を返した。

「当たり前よ! この艦を制圧して、どこかの宇宙都市のネットワークに入り込むつもりだった。この時代、宇宙はネットワークの道で結ばれている。肉体がなければせめて電脳世界で自由がほしかった。旧世代のデータを武器にして。でもあなたが全てを駄目にしちゃった。もう私はこの機体のシステムから移動できない。もう嫌。殺して。ねえ、私を助けるつもりがないなら殺してよ。私は自分で自分をデリートできないんだから」

 フェリカは意気消沈し、言葉の力を弱めていった。

 そんな自暴自棄なフェリカをよそに、中尉は軍服の胸ポケットから『私物の』携帯端末を取り出し、コードをコンソール脇のポートに接続した。

「こいつは大容量の超小型ディスクが搭載されている。早く入れ」

「何のつもり……」

 フェリカは怪訝な顔を作る。

「オブリージュの中にいても、基地に戻れば調査が入る。ここに隠れてろ」

「何で? 私のデータ目当て?」

「データそのものに何の価値がある。もっと大事なものが何か考えろ。鼻毛の旦那に見つかったら厄介だ。俺の気が変わらんうちに早くしろ」

 フェリカはしばしの沈黙の後、静かに頷いて姿を消した。携帯端末では、データのインポートが確認できた。端末内で騒がれても面倒なので、中尉はすぐに携帯端末の電源をOFFにした。


一ヶ月後――


 あの後すぐに第1臨時雑用部隊は解散し、中尉は原隊に復帰した。

 今、エネミー帝国との過去最大規模の宇宙戦、雌雄を決する最終決戦に参加している。

 宇宙連合軍は最新鋭機のオブリージュだけでなく、旧型のBFも、戦力になるものならなんでもかんでも投入している。結局旧型とオブリージュの入れ替えはこの日までには間に合わず、未だ多くの第六世代BFが第一線に残ることとなった。

 敵機に接触する前に、中尉はコクピットに持ち込んだ携帯端末をオブリージュに接続した。

「あれ、ここはどこ?」

 サブモニターにフェリカの顔が映し出される。

 久しぶりに目覚めて状況が把握できないようで、困惑した様子を見せた。

「またオブリージュの中だ。ちなみに今はエネミー軍との最終決戦が丁度始まったところでな」

「えーっ!? 冗談やめてよ! なんでそんなとこに連れてくるのよ」

 フェリカが目を丸くし、両手で口元を覆った。

「あんた、OSを制御しろ。あんたの頭脳ならこの機体の性能をもっと引き出す術を知ってるんじゃないか?」

「私に指図しないでよ!」

「いいか、よく聞け。俺はあれから調べたんだ。どうやら、旧世代の技術を受け継いだ謎の天才科学者が宇宙を旅し、あちこちで奇跡を起こしているって噂だ。この戦いを生き延びたら俺は軍を辞め、その科学者を探す旅に出る。そいつならあんたに道を示せるんじゃないかって思ったんだ」

「それ、本当の話?」

「あくまで噂だ。若くてイケメンの科学者って話だ。まあ、真偽のほどだって、今を生き延びなければ確認できん」

「OK! 私に任せといて!」

 フェリカは笑顔を見せた。初めて見せた、自然な喜びの発露としてほころんだ口元だった。

「頼もしいな」

「初めて笑ったね、おじさん!」

 どうやら自分も初めて笑顔を見せたらしい。この寒い宇宙の中で、心らしきもの同士が通じ合った瞬間に感じる微かな温もり。

 そんな僅かな、しかし確かな温かみを携え、オブリージュは無数の光芒が明滅する戦場へと踏み込んでいった。


<終>

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