27話
27話
ライナスさんとの話し合いを終えた後、俺は商業ギルドに連絡を取る。
そして数日後、商業ギルド職員のゼファーさんが宿屋に居た俺のもとに訪れた。
「トールくん、お久しぶりです」
「ゼファーさん。その、約束を破ってしまい、すみません」
開口一番に俺は、ゼファーさんに謝る。
バジリスクの騒動の時、ちょうどゼファーさんと共に、【熱量交換の魔道具】を商業化するために、この町にある最後の工房に訪問する予定だった。
だが、バジリスクの毒に侵されたルコを治療することを優先し、訪問をすっぽかしてしまったのだ。
「いえ、冒険者ギルドの方でも騒動のことは聞いています。ライナスさんには、冒険者の治療に必要な薬や薬草などを購入してもらった関係で、トールくんの状況は理解しています。大変でしたね」
「いや~、本当に、運が良かっただけですよ。いや、運が良ければ、あのタイミングでバジリスクの騒動は起きませんか……」
俺は頭の後ろを掻いて、乾いた笑いを浮かべると、ゼファーさんも苦笑いを浮かべる。
「それで、先方の工房との面会をすっぽかしたこと、不味かったですよね」
「いえ、それに関しては私がすぐに訪問して事情を説明しています。先方も理解してくださり、後日都合がいい日程でよろしいとのことです」
「それはよかった……まぁ、ダメだったら工房に頼まずにどこか別の町で作ることになったんでしょうね」
最悪、俺が監修しない【熱量交換の魔道具】が世に出回ることになるかもしれないと思っていたから、少しだけホッとする。
「早速ですが、今から訪問しに行きませんか?」
「えっ? いいんですか? 先方への訪問の予定とかは?」
「今回の場合は、連絡が取れ次第、連れてきてほしいとのことです」
仕事で忙しいだろうに、と首を傾げる中、俺はゼファーさんと共に、町の南側の職人地区の工房を訪れる。
今まで訪問した工房よりも一回り小さいが、それでも土と竈の熱気を感じ取れる。
「すみません。商業ギルドのゼファーです。例の魔道具の件で製作者を連れてきました」
「あらあら、あなたがそうなのね。ようこそ、今、応接室に案内するわ」
一人の初老の女性が俺たちを出迎えるが、どこか家庭的で、今までの工房の事務員よりも年齢が高いが親しみを感じる。
そして、案内された応接室で俺とゼファーさんが待っていると、扉が開く。
「あー! 本当に来てくれた! あの時のお兄ちゃん!」
「えっ? あー、夏祭りの時の子だ。久しぶりだね」
応接室の扉が開き、部屋に飛び込んできたのは、夏祭りの時に保護した迷子の男の子だ。
その子は、ソファーに座る俺に飛びついてくるので、慌てて受け止める。
「お前さんがうちの孫を助けてくれた冒険者らしいな」
「え、えっと……まぁ、偶然です。って言うと、職人街のマルクスさん?」
男の子の後から2人の男性が入ってくる。
1人は、男の子を孫という初老の男性でもう一人は、男の子・テリーくんを迎えに来た父親だ。
「おう、わしがこの工房主のマルクスだ。そして、倅のジョン」
「よろしくね。それと、息子のテリーを助けてくれて、ありがとう」
改めてお礼を言われ、俺は少し照れてしまう。
だが、なんとも奇妙な縁である。
夏祭りの時に助けた男の子が、俺の魔道具を商業化してくれる工房の孫だったのだ。
「わしらは孫のテリーを助けてくれた冒険者について、知っておったんじゃよ。自警団から話を聞いて、瞬時に事故を起こした魔道具を解析しおったという話を」
「それに、商業ギルドから話を持ちかけられた時、わずか13歳の少年ってことで驚いたけど、よくよく聞くと息子の恩人ってことで、色眼鏡抜きに、君の【商業ギルド】の実績を調べて、魔導具職人として技量は高いんじゃないかと、父さんと話し合ってね」
マルクスさんとジョンさんが続けて話すので、俺は少しだけ話の理解が追い付かない。
「えっと、それじゃあ……」
「つまり、マルクス工房でトールくんの【熱量交換の魔道具】を商業化してくれるんですね」
「っ! あ、ありがとうございます!」
俺が頭を下げると、可笑しそうにマルクスさんたちが笑う。
「なに、わしらはただ、商業ギルドから金になりそうな魔道具を教えられて、それの商業化を手伝うだけだ」
そう言って照れくさそうに笑うマルクスさんだが、今まで断られ続けたために、とても嬉しく思う。
そして、その場で【熱量交換の魔道具】についての製造契約を交わすことになった。
俺は、元々魔道具の利用料などは低く抑えており、もしマルクス工房が改良型を開発したら新規に登録して、登録料は俺とマルクス工房で折半となるような契約を交わす。
むしろ、俺よりマルクス工房の方に有利な契約のために逆に心配されたが――
「俺は冒険者ですから。必要ならそっちで生活費を稼ぎますよ」
そう言ったら笑われた。
その後、この【熱量交換の魔道具】がどういう設計思想の下に作られ、どのような状況で必要なのか、どういう人たちに需要があるのかを俺とゼファーさんとマルクスさん、ジョンさんで話し合った。
まずは試作品の制作から始め、最初に商品として作り上げたものは、ここナボルの町を含めた周囲の幾つかの町と村々を統治するラウハルス王国のヴァルフェルト辺境伯に売りつける算段を付けたりと色々である。
「あはははっ、辺境伯様に売りつける商品を作るとはな! この歳になって、笑わせてもらったわ!」
「いえ、冗談ではなく、この北方の辺境伯領は雪が多い。そんな地域に、降った雪が自然と溶ける道ができたらどうですか? 冬でも街道の流通が滞ることがなくなるんです。それに、逆に暑い地域でも地表の熱を地中に吸収させられるので、南方でも需要が見込めます。あちらには最初は輸送し、次第に現地で生産できるようにします」
「それじゃあ……」
「ええ、この場で意見交換して作られる改良型から、マルクス工房に利用料が入るようになります」
長大な街道に敷設するレンガや暑い地域の町並みを埋め尽くす石材として使われる未来を想定し、マルクスさんとジョンさんが真顔になる。
楽しそうに会話をしていた祖父と父親が急に真剣になる様子を、俺の腕の中に居たテリーくんがキョトンとした様子で見上げている。
「俺たちの小さな工房だが、全力でライド氏の魔道具を作り上げる」
「ありがとうございます。でも、もし作業量が多くなりすぎたりしたら無茶しないで他の工房に仕事を回してあげてくださいね。俺とゼファーさんが仕事をお願いするより、工房を長く守っているマルクスさんたちの方が説得力がありますから」
「だが……あいつらは、ライド氏からの仕事の依頼を断ったのでは?」
「でも、五つある工房の一つだけが突出して利益を上げたら恨まれますし、この工房は絵付けが得意なんですよね」
「あ、ああ、そうだ」
「絵付けされたタイルを敷き詰めた貴族の庭園ってだけで貴族との繋がりができたと考えて、変なやっかみを貰ったら困ります。適度に周囲に利益を配分しないと、ですね」
俺がそう言うと、真剣な表情だったマルクスさんとジョンさんがポカンと口を開き、俺に抱えられたテリーくんが服を引っ張ってくる。
「おいしいものを独り占めするより、みんなで食べた方がいいってことだよ」
そう言うと、舐めていた水飴のスプーンを見たテリーくんは、納得して笑顔になる。
ゼファーさんは、すでに俺が登録した改良型の魔道具の閲覧費や利用料が大幅に下げられている理由などを知っているので、苦笑いを浮かべている。