26話
26話
目が覚めた場所は、見知った宿の一室だ。
「……あー、体がバキバキだな。どのくらい寝てたんだろう」
ライナスさんが運んでくれたのだろうか。ベッドから抜け出し、体をバキバキ鳴らして食堂に向かうと、ノーマンが料理をしている後ろ姿が見えた。
「おはよう」
「……っ! トールが起きた! 大丈夫か!?」
「大丈夫だよ。ただ、疲れちゃって、フラッとしただけだから」
「……フラッとして倒れて、三日三晩寝続けてた」
三日三晩と言われて、大分寝たなぁ、と苦笑いを浮かべる俺は、意識した瞬間、空腹を感じてお腹が鳴る。
「あー、さすがに三日寝てたらお腹空くな」
「……ルコのために食べやすいものを用意してた。トールの分も用意する」
そう言って、ノーマンが差し出してくれたスープにパンを浸して、少しずつ胃を落ち着けていく。
三日ぶりの食事にたくさん食べたいが、胃が受け付けないので、スープをお替わりして胃を満たす。
「……トール、ルコを三日間付きっきりで回復魔法を使っていたらしいけど、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。それより、ルコの方は体調はどう? それにアランは?」
「……ルコは、まだ休んでるけど、食欲はある。アランは、ルコの部屋にいるはず」
「そっかぁ。良かった」
とりあえず、俺が倒れた後も、ルコの容体は安定していたようだ。
そして、食事を取り終わった俺は、ノーマンと共にルコの部屋に向かうと――
「明後日からは、私も依頼を受けに行きますよ」
「いや、でも、ルコは倒れたばかりだから」
「もうトールさんが治してくれました!」
部屋の前からでも聞こえる二人の元気な言い争いに、俺は目を丸くして、ノーマンはまたか、というように溜息を吐き出している。
どうやら、ルコがバジリスクの毒に倒れたことでより死を実感したのか、アランがルコに対して過保護になっているらしい。
「おはよう。ルコは、随分元気になったね」
「トールさん! 聞いてください、兄さんがFランクの食肉確保の依頼も受けさせてくれないんですよ!」
部屋にノックして入るとルコが俺を見つけて、アランの不満を口にする。
「まぁ、過保護になるアランたちの気持ちも分かるけど、働けるのに働かせてもらえないルコの気持ちも分かるかなぁ」
部屋に入って同意を求めてくるルコに、俺としてはどっちの味方も付くこともできず、曖昧な答えと笑みで、とりあえず、落ち着くように宥める。
そして、ノーマンがルコの食事を置いてから、こそっと俺に教えてくれる。
(……俺もルコが心配で、アランと一緒にライナスさんに相談した。あと、トールもギルドの方から呼ばれてた)
(了解。じゃあ、あとで会いに行ってくるね)
ノーマンから話を聞いた俺は、少しアランとルコたちと話をする。
ただ話疲れたのか、まだ体力が十分に回復仕切っていないルコは、ノーマンの用意した食事と俺が干してた干し柿を食べて眠りに就く。
「……そういえば、ちょっと体汚れてるかも」
ルコの看病で三日、バジリスクに苛立ちをぶつけるために森に行き、バジリスクの巣を焼却処分して、疲れから三日間ぶっ倒れて――約一週間は、風呂に入っていないことを考えると体が痒いような気がしてきた。
「それじゃあ、俺は、お風呂に入ってくるね」
「トール。ライナスさん、じゃなくてギルマスから――あとでギルドの方に来るように言ってたぞ!」
俺がルコの部屋から出て風呂に入ろうとするとアランに止められた。
「わかった。それにしてもアランもライナスさんがギルマスって聞いて驚いた?」
「まぁ、な。普通に優しいおじさんだから、ギルマスって、もっと厳つい人か偉そうな人と思ってた」
「だよね~。まぁ、ライナスさんの件は後にして、先にお風呂に入って身綺麗にした方がいいよね」
俺はそう呟きながら、宿屋の裏手の風呂に【水魔法】で水を出し、【火魔法】で風呂釜を下から温めてお風呂を沸かし、一週間の汚れを落とす。
そうして、風呂をのんびりと入っていると、風呂の傍に人がやってくる気配がした。
「おい。アランとノーマンに伝言を頼んだのに、それを無視して昼間から風呂に入るな」
「ライナスさん、いいじゃないですか。約一週間ぶりのお風呂なんですから」
「はぁ……まぁいいけどな」
「もうすぐ上がりますよ」
俺は、体もほかほかに温まったところで【生活魔法】のブリーズの魔法で水気を払い、衣服を着てライナスさんの前に出る。
「それじゃあ、人に聞かれたくない話もするからギルドに行くぞ」
「わかりました」
俺は、ライナスさんに連れられて、ギルドに向かう。
その際、俺が現れたことでギルドのメンバーからひそひそ話されているのが感覚的に分かる。
なにかあったのかな? と小首を傾げると、ライナスさんが教えてくれる。
「今回のバジリスクの被害の件でギルドは、Cランクの冒険者を優先的に治療した」
「まぁ、副ギルド長の判断は間違いじゃないと思いますよ」
「だけどな。お前がEランク唯一の被害者のルコを助けた。それも体の一部も壊死させることなく完治させたんだ。その後、毒に苦しむ他の冒険者も完治させたんだ」
「あー、俺もしかして恨まれてますか?」
つまり、ギルドの高ランク冒険者優先と真っ向からぶつかるような治療をやったことになる。
もし、俺がその治療に加わっていたら身体欠損するDランク冒険者を減らせたかもしれない、ということだ。
そして、Dランク冒険者の層はパーティーや横の冒険者の繋がりが多く、数としての力がある。
「恨まれてる、とはちょっと違うが、引退を防げたかもしれない。って事実に被害を受けた冒険者たちを中心にやるせない気持ちがあるのは確かだ。まぁ、最後の最後でバジリスクの毒を治療したから、当人たちは少なくとも感謝してるぞ」
まぁ、その感謝も時間の経過と身体の欠損による冒険者としての事実上の引退と合わせるとどれだけ続くか……
「さて、ギルドマスターの執務室だ。入れ」
「失礼します」
ライナスさんと共にギルド長の一室に入ると、執務机の上に書類が置かれており、部屋の真ん中にはソファーとテーブルがある。
「さて、ここなら防音設備が整っているから話をできるな」
そう言うライナスさんは、俺と対面するようにソファーに座る。
「まずは、バジリスクの討伐の件は、感謝する。Fランクのわずか13歳の子どもが討伐したとは公表できないが、非公式ながら感謝を伝えようと思う」
「前も言いましたけど、別にいいですよ。俺は、貰う物は貰いましたし」
俺がそう答えるとライナスさんは、少し不満そうな表情をする。
「だが、討伐依頼として受けなかったとしても何かの報酬を受け取ってもらいたい。トールが望むなら、冒険者ギルドの懲罰部隊に推薦してもいいくらいだ」
「懲罰部隊ですか?」
「ああ、不良冒険者を冒険者の手で捕縛、もしくは討伐することができるギルド内の特別な人員だ。お前の場合は、スキルを奪うユニークスキルがあるから不良冒険者の無力化には有効だと思う」
性格や能力などの審査があり、通常の冒険者と同じように活動できるが、不良冒険者の捕獲・討伐の際には優先して依頼を受けることになると説明してくれる。
また、【錬成変化】で得たスキルを俺のものにする手助けにもなるだろうが……
「それは全力で遠慮します。俺は、今まで通り自由にやりたいんです」
「やっぱりか。まぁお前の性格上、分かりきっていたことだな。じゃあ、バジリスクの討伐報酬として、何か欲しい物はないか?」
そう言って、俺に報酬として渡せる物を聞き出そうとするライナスさんに、俺は悩み、答える。
「そうですね。できれば、錬金術や魔道具の資料などが欲しいですね」
「それだけでいいのか?」
「あとは、錬金術の研究に必要な、医学書や人体の解剖学、薬の調合レシピとかゴーレムやオートマタの作り方とか、回復魔法とかの本や魔法の教本、人と生命に関わる本や資料が欲しいですね」
「わかった。はぁ……13の子どもがそんな物を欲しがるなんて、ホント変わってるよ」
「俺は、錬金術師ですからね。色々な資料が欲しいんですよ」
町の本屋やギルドに登録されている閲覧可能な魔道具などには、人体や生命に関わるものはほとんど存在しない。
それらは、戦争にも使える秘匿された技術であり、本などを手に入れるには、相応のコネが必要になる。
「まぁ、俺の伝手でそうした資料を集めてみる。それと一応聞くが、トールはギルド職員見習いにならないか?」
「何ですか唐突に。なりませんよ」
俺はきっぱりと断るが、こればかりはギルドの懲罰部隊への推薦とは訳が違うらしい。
「まぁ、話を聞け。さっきも言ったと思うが、バジリスクの被害で無事だったのはギルドが優先的に治療に当たったCランク冒険者と、お前が対応したルコだけだ。その結果、横の繋がりが強いDランク冒険者たちがお前たちを狙うかもしれない」
「俺たち、ってことは……」
「ああ、ルコを優先的に治したトールや、五体満足で復帰したルコ。それにアランやノーマンも、だ」
その狙うというのが、パーティーに取り込み利用することや知り合いが四肢欠損などの重傷を負って冒険者を引退したやるせない気持ちを晴らすための八つ当たりなど、様々なトラブルが待っている可能性がある。
「ルコに関しては、過保護になってるアランとノーマンの後押しもあって、ギルド職員見習いってことで受け入れることが決まった。どうせ、15歳まではDランクに上がれないしな」
ルコは12歳。アランとノーマンは14歳だ。
来年にはアランとノーマンはDランクに上がれる年齢に達するが、ルコは2歳年下であるため、彼女に合わせて依頼をこなす場合、二人のランクの上がりが遅くなる。
そこで、アランとノーマンはライナスさんが紹介する冒険者の育成を目的としたパーティーに加入し、鍛えてもらうと共にトラブルから守ってもらう。
そして、俺とルコはギルド職員見習いとして活動しつつ、ギルドの強い庇護に入るべきだ、と言うのだ。
「ルコは、現状の年齢で上限ランクのEだ。ギルド職員見習いとして雇うが、このまま冒険者を引退してもいいからな」
「なるほど……けど俺は、ギルド職員の見習いにはなりませんよ。メリットありませんし」
確かにライナスさんの言う通り、トラブルを避けるのには必要だが、旨味が感じられない。
最悪、この町を出て別の町で冒険者として過ごせばいい。
だが、突然この町を去ると【商業ギルド】で登録魔道具に関して世話になっているゼファーさんや、【冒険ギルド】にポーションを卸していたリグルードさんに迷惑を掛けるかも知れないのが気がかりだ。
「じゃあ、こういうのはどうだ? トールの実力は俺が保証する。だから、トールが望むスキルを持つ魔物の依頼をギルド長権限で優先して回すんだ」
「いいんですか? そんなことしても?」
俺は、最高でもEランクなのに、Cランクなどの依頼も受けられるということだ。
それは、ギルドとしての制度的に問題ではないのだろうか。
「必要悪ってやつだ。受注者のいない依頼は、依頼の達成率を上げるためにランクを下げることがあるんだ。それの応用でトールにも受注できるランクに下げて依頼処理の名目で受けさせる」
例えば、村に出現したフォレスト・ウルフの討伐の依頼がある。
フォレスト・ウルフは、単独Eランクの魔物だが、村までの移動などの日数、野営の可能性、不測の事態のリスクなど、総合的にDランクに部類されることがある。
そうした依頼をギルド長の権限でEランクに下げて、俺が受けられるようにしてくれる、と言うのだ。
「他にも、相談してくれたらお前用の依頼を用意する。それに達成できたなら15歳に上がると同時にDランクに上がれるように手配しておこう」
「本当に、そこまでしてもらっていいんですか?」
「いいんだよ。正直、トールを職員見習いに取り込むメリットは大きいんだ。ギルドの依頼達成率が悪いギルドは、ギルド本部の評価が低いんだよ。だから、ギルドは元冒険者の職員を雇ってそうした未達成依頼を出さないように工夫してる。だが、うちはお前のお陰で塩漬け依頼がかなり減っている」
「なるほど……」
クリーンで健全な組織ではないが、社会としては必要な抜け道かもしれない。
それに、例外的に受けさせるのだから、受ける冒険者は、相応の実力が認められているのだろう。
「塩漬け依頼の中には、珍しい魔物の捕獲や討伐依頼があるんだ。そして、そうした魔物は大抵、珍しいスキルを持っていたりする」
「なるほど……そうした依頼を優先的に回してくれるのは、美味しいですね」
俺とライナスさんは少しだけ顔を近づけて、ニヤリと悪巧みするような顔になる。
「けど、あんまり頻繁には特殊な依頼は回せねぇ。だからトールは、そのスキルを使って事務仕事の手伝いと冒険者の治療などをやってもらいたい。それにルコも水魔法の適性があるなら【回復魔法】を覚えられるだろうから、教えてやってくれ」
「それは、何故ですか?」
「話が作りやすいんだよ。一度バジリスクの毒に倒れた少女が、助けられた恩から必死に【回復魔法】スキルを習得して、他の冒険者を助ける。美談だろ?」
なるほど、その話が広がれば、ルコに危害を加えるということは大事な治癒術士を失う可能性につながる、というわけだ。
「わかりました。15歳になるまでですが、ギルドの職員見習いとしてよろしくお願いします」
「おう、こっちこそ、よろしく頼むぜ」
そうして、俺はライナスさんとの話し合いが終わる。
バジリスク討伐の報酬代わりに得られる錬金術や魔法の資料、人体関連の資料やゴーレム、オートマタなどの作り方は楽しみである。
その一方で、俺にはもう一つの問題があるのだった。