22話
22話
「三泊四日のゴブリンの討伐で居ないけど、心配するなよ!」
「うん、気をつけてね。ちゃんと武器も手入れしたし、野営道具も用意したし、ポーションや非常食と調味料もあるよね。危ないと思ったら立ち向かわないですぐ逃げるんだよ」
「トールが心配するのは分かるが、あんまり心配しすぎると嫌われるぞ」
ライナスさんから胡乱げな目で見られた俺は、いつまでもアランたちを見送る。
これからの三日間のゴブリン殲滅依頼でのトールたちの役割は後方支援だ。
日中の仕事は、火魔法が使えるトールが魔石を抜いたゴブリンの死体を焼却し、土魔法が使えるルコが穴を作って、体力自慢のノーマンがゴブリンの死体を運んで、穴に投げ捨てる。
またゴブリンの死体処理の他にも、依頼を受けた三十人以上の冒険者とギルド職員の食事を用意するためにホーンラビットなどの食用魔物の討伐と解体、そして調理の手伝いなどがある。
魔力はたくさん使うし、働き通しになるだろう。
だが、後輩を気に掛ける冒険者が多く加わっているので、運が良ければ冒険者たちが誘導したゴブリンと戦ってゴブリン討伐の経験を積むことができるかもしれない。
「さて、俺も今日のお仕事頑張りますか」
「おいおい、トール。お前、アランたちには気付かれてないが働き過ぎだろ。少しは休め」
そう言われて俺を止めるライナスさん。
実はここ数日、アランたちが受ける依頼で不慮の事故が起こった時に使えるポーションやMPポーションを用意してリグルードさんに渡していた。
いくらゴブリンと言っても集落殲滅は、怪我人が多少出るだろう。
潤沢なポーションがあれば、冒険者たちの怪我がなくなる。
1本銀貨5枚のポーションを全部相場の銀貨3枚でリグルードさんに卸したが、それでこの町の周囲が安定するなら安いものである。
最近は、【商業ギルド】からの登録魔道具の閲覧費と利用料で細かな収入があるので、他の調合師の不利益にならないように冒険者に使用を限定して特別価格で売っている。
「あんまり疲れてませんよ」
「お前、子どもどころか大人顔負けの働きをするんだ。今日と明日は休んで、三日後に備えろ」
そう言われて、さすがにライナスさんを心配させるのは忍びないので、大人しく今日は休む。
そして、三日後とは【商業ギルド】のゼファーさんと共に最後の工房に【熱量交換の魔道具】の話を持ち込む日である。
「俺の魔道具を作る工房が上手く決まって、アランたちも無事に帰ってくるといいよなぁ」
「まぁ、問題ないだろ」
「帰ってきたら、料理を豪勢にしましょうか」
そして俺は、その日と翌日は、適当に休んでブラブラと過ごす。
アランたちが居ないためにちょっと食事は手抜きであるが、八百屋のおじさんが近くの農村で採れた秋の果物が届いたことを教えてくれた。
リンゴなどの青果は少し割高だが季節物であるために何個か買い、そしてとても安く売られている柿を見つけた。
「おじさん。それ、柿? なんでそんなに安いの?」
「ああ、それは渋いんだよ。本来は青い柿の渋が染色とか木材の防腐剤に使われるんだけど、こう橙色に熟しちまうと渋に使うには向かないんだ」
「でも、干せば食べられるよね。干し柿」
「まぁな。天日に干して、渋が抜けた頃に食べるのがこの辺の各家庭の甘味ってやつだよ。だから安く売ってるんだよ」
そう言って、一人の主婦が安い渋柿を買って帰っていく。
枝付きの柿は、皮を剥いて、ロープで吊るして、一度お湯で煮沸消毒して軒先に吊るすらしい。
「俺も渋柿を70個お願いします」
「相変わらずたくさん買うな」
「食べ盛りの仲間たちが居るんですよ」
「はいよ」
俺は大量の渋柿を買って、帰りにロープも何本も買って持ち帰る。
そして、休みなのにちまちまと渋柿の皮剥きを始めた俺にライナスさんが呆れ気味になりつつ、宿屋の庭先に吊るして、【結界魔法】で埃や虫、雨などが当たらないように囲っておく。
「これで大体一週間かな」
最近は、少しずつ寒くなる中、水飴とは違う別の甘味が手に入ることを楽しみにしつつ、日々を過ごす。
そして、俺がゼファーさんと工房に訪問する日、アランたちがゴブリン殲滅の依頼を受けた三日目の昼下がり――
「――依頼は失敗した! それに怪我人が多数出たぞ!」
「なんだと!?」
ギルドの資料室で本を読んで【商業ギルド】に行くまで暇を潰していたところ、ギルドの入口が騒がしくなる。
依頼失敗を大々的に報告するということは、よっぽどのイレギュラーが発生したのだと思い、様子を見に行く。
そこで見たのは、装備などが汚れ、血を流した跡が見られる冒険者たちだ。
その多くが具合が悪そうにしている中、知り合いの姿も見つけた。
「アラン、ノーマン! ルコもどうした!」
「トール! ルコがやられた! 他の人たちと同じように毒を受けたんだ!」
アランとノーマンに両肩を支えられるように、青い顔をしたルコが額から冷や汗を掻いている。
「すぐに負傷者を医務室に運べ!」
ギルド側からすぐに声が掛かる中、俺はルコの体を調べるために【鑑定】する。
そして、脳裏に浮かぶ鑑定結果を呟く。
「――バジリスクの毒!?」
「なんだと!? 相手は、バジリスクだったのか!?」
俺の言葉に壮年の男性――今この場で指揮を執っている冒険者ギルドの副ギルド長である。
「ああ、森に潜んでいたバジリスクが野営地に襲ってきたんだ。Cランク以上の冒険者たちが怪我人やEランクの冒険者を逃がそうと戦ったが、直接毒を送り込まれて、毒霧も吐かれて、何人かが毒を受けた。事前に受け取ったポーションで欺し欺しここまで連れてきたが、無ければ、死人が出てた」
そう言って、ルコがギルドに運ばれる中、俺はアランとノーマンたちについていき、ルコの手を握って、【回復魔法】を継続的に掛けていく。
それによりルコの顔色が少し良くなるが、それでもまだ苦しそうである。
「ギルドの方でバジリスクの毒に有効な解毒薬を用意しよう! それと治癒術士もだ!」
副ギルド長の男性の指示で倒れた仲間の冒険者たちもホッと安堵している。
その一方俺は、ルコの手を握りながら【錬成変化】の解析能力でルコの体内に入った毒を調べる。
バジリスク本来の強力な壊死毒と出血毒で、傷があれば出血が止まらず、体の末端から壊死していくことが分かった。
それにただの毒ではなく、魔物の魔力によって増強された毒だ。
ポーションを作る時、薬効成分と魔力が結合するように魔力を流し込むことで、ポーションの回復効果が増強される。
それと同じで、魔物の毒は魔力によって毒の威力と継続時間が強化され、体内に残留し続ける。
こうした魔物の毒に抵抗するには、強い生命力を持つか、毒の魔力を相殺する魔力が無ければ、非常に厄介な毒である。
このバジリスクに抵抗するには、推定レベル30以上、魔力抵抗としてはRMG のステータスが200以上、それに【毒耐性】系スキルも欲しい。
「毒が完全に抜けるまでに一週間か……」
ルコの体内を巡るバジリスクの毒の魔力を感じながら、そう分析する。
普通の毒なら錬成変化で分子レベルで分解するが、血流に乗って全身に広がる魔力による抵抗を持つ毒を分解するのは無理である。
早期にバジリスクの魔力と毒を中和できる解毒薬か浄化できる【回復魔法】が無ければ、手足の末端から腐り墜ちることになる。
いや、自身の解毒能力で体内の毒を浄化する前に、ルコの体力が尽きるかもしれない。
「ぐっ、ごほっ、ごほっ!」
「ルコ! くっ、肺から出血してるか!」
毒霧を吸い込んだときに真っ先に触れる肺から出血したようで、ルコが吐血する。
「ルコ。このポーションを飲んでくれ!」
「はぁはぁ……」
俺は、ルコに自分の持つ一番効果量の高いポーションを飲ませる。
その際、【操水】スキルでルコの体内に入るポーションを気管の方に操り、導き、肺内部を洗浄する。
「ぐっ、ごほっ、ごほっ!」
「ルコ、大丈夫か! 咽せたのか!」
アランが後ろに回って背中を摩る中ルコは、血混じりのポーションを吐き出す。
これで肺の中の毒を洗い流し、傷を塞いだ。
そして、肺に意識して回復魔法を施し、何とか呼吸困難による死は避けたが、それでも体に巡る毒は残っている。
「トール。ルコは大丈夫か? 助かるのか?」
「大丈夫だよ。こうして回復魔法を続けてる。それに解毒薬が届けばきっと……」
俺が安心させるように言うが、子どもの免疫力でバジリスクの毒に抗える気がしない。
ポーションを飲ませて咽せたことで酸欠になったルコは、気絶している。
そして、ギルドが呼び寄せられた治癒術士は、Cランク冒険者から治療を優先される。
それに解毒の魔法を使うが――
「私たちの【キュア】の魔法では、毒を取り除けません。より上位の【アンチドーテ】が必要です」
【キュア】は、体内の毒物などを排除する解毒の魔法だが、魔力の籠った毒に対しての干渉力が低い。
魔力の籠った毒には、【アンチドーテ】の魔法を使うか、あるいは豊富なMPと高い魔力ステータスでゴリ押しして治すのだが、それをできるほどの使い手がいない。
その言葉に、ギルドの医務室内の落胆が大きくなる。
更に、調合ギルドからの出向であるリグルードさんの報告では――
「バジリスクの毒に有効な解毒薬は、現在在庫が3本。素材はありません」
その言葉に絶望感が大きくなる。
毒で倒れた冒険者は、ルコを含めて9人いる。
そして、その使用の優先度を決める副ギルド長の男性は――
「……高ランク冒険者を優先して、薬を使う。それ以外の者は今あるポーションで対処しよう」
「そんな! それは、ルコを見捨てるって言うのか!」
この依頼を受けていた冒険者は、Cランクが一番上だ。
バジリスクとの撤退戦で噛まれ、直接毒を注入されているために最も重傷であることに加え、ギルドとしても貴重な戦力を失うのは避けたいためだ。
言い方を変えれば、Dランク未満は換えが利くのだ。
「おい、それじゃあ、俺たちの仲間を見捨てるってのか!」
「バジリスクの毒を治療しないとどうなるか分かって言ってるのかよ!」
「ないものは仕方がない。治療の方針は、高ランク冒険者を優先だ。それとギルドが確保した治癒術士もランクが高い方から優先だ」
無情とも言える判断に、バジリスクの毒に倒れた冒険者を仲間に持つ者たちが副ギルド長に食って掛かる。
バジリスクの毒は、魔物の魔力が籠った壊死と出血の複合毒だ。
魔力が抜けるまで体内を駆け回り、壊死毒で壊死した組織が毒素を放出してそれが更に体内を巡り、各臓器に負担を掛けて機能不全を引き起こす。
そうして壊死した組織の毒素は、魔物の魔力が籠っていないので、通常の解毒薬や【キュア】の魔法でも取り除ける。
だが、バジリスクの毒が残る限り、次々と組織が破壊されて、壊死して、体内に毒素が回る。
命を繋げる治療を行なったとしても、バジリスクの毒が体内から排除される頃には、体の一部が壊死して切除することもある。
「せめて、一番幼いルコには、ちゃんと治療をしてください!」
「……お願いします! 俺たちの妹分を助けてください!」
アランとノーマンも他の冒険者に混じり、懇願するが、副ギルド長の意見は変わらない。
意識がなく、青い顔で激しく汗を掻いているルコに、こんな殺伐とした状況を見せなくて良かった、と思う。
「アラン。ここだとルコがちゃんと休めそうにない。ギルドの宿に移動しよう」
「トール、お前! 諦めるのかよ!」
「アラン、ノーマン。ここで騒いでも状況が良くなるわけじゃない。それに明らかに医務室に人が多すぎる」
これじゃあ、治療のために来た治癒術士やその他の医療関係者の邪魔になる。
「副ギルド長! 俺たちは、ギルドの宿の方に移りますが、治療の順番が来たら、治癒術士を宿の方に回してください!」
「わかった。隣の宿は、万が一の治療施設の役割も兼ねている」
「アランは、ルコを背負って、俺は、回復魔法を掛けたままにしているから! それと、宿に戻ったら色々動くよ!」
「わ、わかった……」
アランは、俺の指示に不安そうにしながら従い、ルコの軽い体を背負っていく。
そして、俺たちは、ギルドの医務室を後にする時、後ろから声が聞こえる。
『まだホントに子どもなのに』『仲間内での最後のお別れか?』『運が無かった』などと言う言葉に、アランとノーマンがグッと歯を噛み締める。
すぐ隣の宿にルコを運んでいく時、ライナスさんとすれ違う。
「お前たち! バジリスクが出たって聞いたが!」
「ルコがその毒を浴びた! ギルドの医務室は人が多いし、満足に治療できそうにないからこっちに移動した」
「くそっ! 俺が依頼を勧めなければ……俺の方で色々な奴に当たる! 絶対に諦めるな!」
そう言ってギルドの方に駆け出すライナスさんを見て、少しだけ心強く感じる。