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19話

 19話


 お祭り最終日も一人のんびりと出歩こうと思った俺は、宿屋の入り口でライナスさんに呼び止められた。


「トール、ちょっといいか?」

「うん? ライナスさん、どうしました?」

「少し話を聞いてくれねぇか?」


 ライナスさんはギルド直営の宿の受付をしているが、本来はギルド職員であるために、このお祭り期間はギルドの方に詰めていた。

 そんなライナスさんが俺を呼び止めてくるので何事だろうか、と小首を傾げる。


「お前さん、前に俺と【商業ギルド】に行って魔道具の登録の話をしただろ?」

「はい。もしかして、その結果ですか?」

「ああ、その通りだ。どうやら申請が通って新規の魔道具として認定されたみたいだ。だから後日、【商業ギルド】に行くことになった」

「ああ、なるほど。了解です」


 祭りの後片付けの後になるだろう、というライナスさんに頷く。


「じゃあ、俺は祭りに行きますね」

「ああ、くれぐれも怪我しないように楽しんでこいよ」

「とは言っても、今日は軽く見て回るだけのつもりですけどね」


 そう言って俺は出かける。

 昨日アランたちが居た屋台に向かえば、今日も手伝いを頼まれたのか三人とも楽しそうに屋台を手伝っているので、身内贔屓でそこで食事を買う。


「アランたち、昨日と今日も働いて、お祭りは楽しまないの?」

「やっぱり、金がないからな。一日目に欲しいものを見つけたんだけど、金が足りなかったんだ。だから、今日の夕方まで手伝いして、報酬を貰ったら、ちょうど足りるから即買いに走る予定だ!」

「それじゃあ、頑張らないとね。夕飯の賄い料理とかは、食べないの?」

「まぁ、そうなるな」

「なら、夕飯作って待ってるね」

「おう、楽しみにしているぜ!」


 俺はそう言って、お店の邪魔をしては行けないとそっと離れて食事を取り、またブラブラと露店を見て回る。

 最終日のために祭りは少しだけ落ち着いており、良い物はほとんど残っていない。

 掘り出し物などは、【鑑定】スキルがあるこの世界ではそうしたスキル持ちがこぞって買っていくので、最終日にはいいものがなく、適当に食材を買って昼過ぎには帰る。


 昨日、一昨日と外食したので、自分で作る食事が恋しくなり、宿に帰って、夕食やお風呂の準備を整え、そろそろ夕飯時になる頃にアランたちが帰ってきた。


「ああああっ、トールゥゥゥゥッ~」

「アラン兄さん、諦めようよ」

「……ただいま」


 なんだか肩を落としたアランが妹のルコに慰められながら入ってきた。

 ノーマンは相変わらず表情は乏しいが、獣人の嗅覚が温かな夕飯の匂いを感じ取り、嬉しそうに揺れていた。


「おかえり。今日の夕飯は、ホーンラビットのミートパイとカブのスープだけどいいかな? ところで、アランはどうしたの? 元気ないけど?」

「狙っていた剣が売れちゃったらしい。せっかく、お金貯めたのにね」


 残念、というルコに俺は苦笑いを浮かべ、アランは悔しそうに顔を上げる。


「くっそぅ。こんなことならもう少し依頼を頑張って金を貯めるべきだった! それか、最初から手に入らないと諦めて祭りを過ごしたかった!」


 まぁ、その気持ちは分からないでもないかな、と相槌を打ちながら、夕食の用意をする。


「けど、屋台のおじさんは優しかったし、手伝いは楽しかったよね」

「……俺、料理のレシピを一つ覚えた。今度、トールにも食べさせるな」


 ルコとノーマンは初日以外は遊べなかったが、良い経験ができたことを報告してくるので、アランが、うっと言葉を詰まらせる。

 欲しい剣は手に入らなかったが、確かに経験としては悪くなかったようだ。

 そんな、アランたちの報告に相槌を打ち、夕食を食べ終わって三人とも風呂に入り終えて休んでいるところで、アランたち三人を呼び止める。


「アランたち、ちょっといいかな?」

「どうした?」

「はい。これは、俺から三人への贈り物」


 アイテムボックスから取り出した道具を三人に渡す。

 俺が【錬成変化】を使って作り上げたショートソードと、二本のナイフだ。

 それぞれ、アランとルコ、ノーマン用にスキル珠を融合させてある。


「トール、これって……」

「アランは、今使っている武器が少し傷んでいるよね。だから、ちょっと丈夫な剣があったから買ったんだ。まぁ、アランはこれから成長して少し物足りなくなったら、新しい武器に買い換えるんだよ」


 俺がそう説明すると、アランは、鞘から新品のショートソードを引き抜き確かめる。

 アランの現在使っている武器は、【錬成変化】で解析しているのでそれと似た造りにしている。


「トール……俺、まだまだ剣の善し悪しとかわかんねぇけど、俺が欲しいって思った奴よりもいい奴だと思う」

「じゃあ、大事に自分の命を守ることに使ってね」


 アランは、大人しく鞘に剣を仕舞い、神妙な表情になるが、まだルコとノーマンに渡していない。


「二人は、剣よりも採取とか調理に使えるナイフの方がいいと思って見つけたよ」


 そう言って、ルコには【危機察知】と【回復速度強化】。ノーマンには、【器用強化】のスキルが付いたナイフを渡す。

 どれもレベル1か2程度のスキルだが、今はちょっと便利な道具になるだろう。

 将来的には、道具を持った時に得た感覚を核として自力でスキルを習得したり、レベルを上げていって、いつかはこの装備を持っても誤差程度となるのが望ましい。


「私に、これを。トールくん」

「……なんて言えばいいか分からない」

「そうだよ。これを貰っても、どうやってお前に恩を返せばいいかわかんねぇよ!」


 貰うばかりでアランたちは、返しきれない恩が貯まっているように感じているのかもしれない。

 文字の読み書き、お金の計算、魔法スキルの習得、料理の方法、見習い冒険者としては質のいい道具など……。

 Gランク冒険者の頃は先の分からない不安があったが、Fランクになり、狩りで食肉となる魔物を安定して狩れるようになった。

 少しずつ魔物を倒して、ギルドで武器の訓練を行ない、ゆくゆくはレベルとスキルを上げてEランク。

 更に、年齢を重ねて一人前のDランク冒険者までの道のりが見えているのかも知れない。


 その道のりの手助けをしてくれた俺にどうやって恩を返せばいいか、悩む三人に対して、俺は――


「それなら今度、頼み事をする時に、それを聞いてくれればいいよ」

「頼み事! なんだ、俺たちができるなら何でもやる!」


 アランは、俺への頼み事で恩を返せる、とやる気になっている。

 それは、ルコやノーマンも同じだ。


「じゃあ、その時になったらお願いね」


 俺はそう言って、その日は夜まで騒ぐお祭りの喧噪を背景音楽として休む。

 そして、後日――


「ぐおぉぉぉぉぉっ! お前が頼みたいことってこれかぁぁぁぁぁっ!」

「頑張れ、頑張れ。まだまだやることがあるぞ」


 個人で購入できる石臼を購入して宿屋の厨房に運び込み、アランとノーマンに小麦を挽いて貰っている。


「いやぁ、ついにパンの種ができたから黒パンじゃなくて柔らかなパンを作ろうと思ってね」


 俺はルコと共に挽き立ての小麦を篩に掛けて、黒くなる原因の殻などを取り除く。

 パンの種は、干しブドウを水に浸けて日光に当てて発酵させた天然酵母だ。

 ちゃんと天然酵母が繁殖しやすいように、【結界魔法】で条件設定した結界を作り、完成した。


「ついでに、白い小麦でパスタを作りたいし、他にも秋にはソバの実が収穫されるし、冬前には甜菜も採れるから【錬金術】で砂糖を抽出してお菓子も作りたいし」

「お前! 白パンとか砂糖とか! そうポコポコできるもんじゃねぇぞ!」


 俺が用意したトールたちの装備などを金銭換算するなら武器で銀貨10枚。

 スキル付きだと分かり、鑑定書が付けば、銀貨20枚ほどに上がる。

 それに対して、柔らかなパンやお菓子を恒常的に作ろうとすると色々な材料などが必要になる。

 小麦を挽く労力やパスタやうどん、ソバを作る労力だと考えれば、安いものだ。

 なんせ、石臼の魔道具は銀貨150枚の値段だ。


 そうして、俺は、安価な労働力を使い、アランたちと共に美味しい白いパンや麺類、お菓子のクッキーなどを作って食べるのだった。


 本当は露店で見た石臼の魔道具を作りたかったのだが、魔法文字は用意できてもそれを動かすために必要な闇属性の魔石と溶液が無かった。

 闇属性の素材は光属性と並んで稀少なため、手に入らずに手動になったのはここだけの話である。



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