16話
16話
適当に露店で買い食いしていると、教会に併設された孤児院の子どもによる劇が町中の一角で行なわれていた。
その劇の話によれば、500年前にここより南にあった国には人間こそ至上であると考える悪辣な王たちがおり、この辺境に位置する小国や獣人たちの村々を苦しめていた。
そんなある時、天より黒い雷が悪辣な王の住まう王都を襲い、人々を苦しめていた王や貴族、騎士たちを次々と貫き倒していく。
それは天罰であると人々が考え、生き残った人々と辺境の小国や他人種たちが手を取り合い、このラウハルス王国が誕生した。
人々を虐げる悪辣な王は、天罰によって討たれ、異なる人種が手を取り合う国ができた。
ラウハルス王国の建国を祝うと共に、再び我らに天罰が襲わぬように、他者を虐げた悪辣な王を戒めとしましょう。
そういうニュアンスの建国物語の一幕である。
その悪辣な王が滅ぼされ、辺境の青年が立ち上がり、王都に攻め上げ、当時バラバラだった小国や少数民族などを纏め上げてラウハルス王国ができたなどの紆余曲折はあるが、この話は、どこか心当たりがあった。
「あー、多分天罰って先生だよなぁ」
ティエリア先生が人間至上主義の王国が放った暗殺者に殺された際、その恨みなどで呪詛をその王を筆頭に掛け、死後に神霊から地縛霊になってしまった。
人間至上主義の王がティエリア先生の呪詛で消え、虐げられていた人々が立ち上がり、その結果、犬獣人やエルフ、ドワーフなどの他人種でも暮らしやすい国になっているようだ。
「先生と再会した時に話せる面白い話が聞けて良かったな」
俺はそう呟き、孤児院の子どもが袋を持って回ってくるので、その袋の中に金貨1枚とダンジョンで見つけた宝石を一粒こっそりとお捻りとして忍ばせる。
そして、帰りには冷めても美味しいが謳い文句の露店からたくさんの料理を買い込み、自室に戻ると悪徳商人から買った道具を取り出し、仕分けを始める。
「これは修理可能。これは、魔法文字を複写したら分解。こっちは使えない。呪われた道具は隔離だな」
そう言って次々と仕分け、魔導具のサンプル以外は、魔法文字や魔法陣を複写し、そこに使われている魔法文字の単語を対比表に書き写す。
「あー、なるほど、意味の通じる単語の前後に意味のない単語とかを入れる形で魔法陣の意味の句切る場所を分かりづらくしているのか」
ダミーの魔法文字を刻んで、一見意味が通じない魔法陣にして、解析されないようにしているようだ。
だが、【錬成変化】で解析し、シミュレーションした結果、それだと魔道具の効率が著しく落ちるという結果が分かった。
「おっ、こっちのは塗布している魔力遮断素材のお陰で全然分からない。ちょっと丁寧に剥がすか」
俺は、ゆっくりと黒いビニールっぽい魔力遮断素材を剥離していく。
魔力遮断と言っても完全に遮断するわけではなく一定以上の放出される魔力を中和する感じだ。
だから許容以上の魔力を放出して【錬金術】で抽出すれば、少しずつ剥がれる。
ただ、かなりの労力が必要であり、また繊細な作業も必要なためにMPが大量にある高レベル者が必要な作業だと思う。
「ふぅ、ちょっと難しかった。けど、この魔力遮断素材のお陰で【鑑定】も効かないってのは、これはその工房の秘伝かな? これは残しておいて、あとで成分とかを【錬成変化】で解析しよう」
一つずつ道具を解析していき、有用なものと不要なものに分けていく。
そして、気がつくと夜半に差し掛かっており、疲れた俺は首や肩を鳴らす。
「あー、ヤバイ。また徹夜しそう。明日も祭りがあるし、今日はもう休むか」
魔道具の資料の整理は終わり、呪いのアクセサリー5点とマジックバッグの荷物袋。そして、辛うじてスキルが残る破損した道具や魔道具などは後に回して、全て【空間魔法】の収納空間に片付けて眠りに就く。
ただ、使用者登録された荷物袋は、【アイテムボックス】なので他の収納空間に入れることができなかったため、部屋の隅に置いておくことにした。
そして一晩経ち、一見ボロい荷物袋を宿部屋に置いたまま祭り二日目に出かける。
今日も屋台は盛況であり、適当に匂いに釣られて朝食でも食べようかと考える俺は、ある屋台でアランたちを見つけた。
「アランたち、何やってるんだ?」
「おっ、トールか! 見ての通り、屋台の手伝いだよ!」
明るいアランが接客し、器用なルコとノーマンは、調理の下拵えを手伝っている。
「昨日は祭りを見て回ったけど、やっぱり使える金が少ないからな! 日雇いだけど、元冒険者の食事処のおっちゃんの手伝いにきたんだよ!」
なんと、一人銀貨1枚食事付きだぞ! と嬉しそうに言うアラン。
そんな俺たちが話していると、アランの後ろから恰幅のいい男性が近づいてくる。
「なんだ、アラン。お前、油売ってるのか?」
「ち、ちげーよ! 知り合いに会ったから屋台の料理を勧めてただけだぞ!」
ホントか? と胡乱げな目をする元冒険者の店主に苦笑いを浮かべて、注文する。
「とりあえず、焼き魚とビックトードの串焼き、野菜のスープ、それと飲み物の果実ジュースを一つずつお願いします」
「わかった。全部で銅貨20枚だ」
「なら、はい」
俺が支払うとアランがお金を受け取り、俺は、食事を受け取る。
「ほら、アラン。お前は接客の他にも客が落としたゴミとか拾え。食事する屋台の周りが汚いと客も寄り付かんぞ!」
「わかった。なら、行ってくる」
そう言ってゴミを入れる麻袋を持って屋台周りの掃除を始めるアランを見て、すれ違い様に助かったと小声で言われる。
そして俺はその場の簡易テーブルで食事しつつ、アランたちについて考える。
アランは明るく接客に向いているし、文字が読めるようになり、お金の計算も早くはないが正確だ。
ルコは、調理に必要な水を魔法で用意できるのでとても重宝されているようだ。
ノーマンは、言葉数は少ないが教えた通りに食材を下拵えできるので、スムーズである。
「アランたちも頑張っているな。ごちそうさま」
俺は、食事を終えて、最後に果実ジュースを一気飲みして席を立ち、木製の食器を屋台に返す。
そして、またふらふらと昨日と同じようなスキル付きの道具や魔道具作りを探すが、特にめぼしい露店はない。
昨日売り切った屋台などは店仕舞いしているので、所々で露店用のスペースが住人の休憩スペースになっている。
そんな露店を見て回っていると、とある露店が昨日と同じように物珍しい物で客を集めていた。
「これは、全自動粉挽き石臼です! この魔道具を起動させれば、自然と上の石臼が回転して、小麦やソバの実を挽いてくれますよ!」
「これは……」
ありきたりだが、とても使い勝手の良さそうな魔道具に多くの人の注目を集める。
俺も傍まで近づき、石臼の魔道具を確かめ、顔を顰める。
「これは……」
回転する石臼の側面に魔法文字を彫り込むことで、魔法文字の内容を循環させている。
だが、その彫り込まれた魔法文字の内容は、とてもではないが、石臼を自動で挽くのに使う魔法陣にしてはお粗末だ。
「――『回転、加速、魔力による比例』……これは、安全のための文言が入ってないぞ」
籠める魔力の量に比例して回転速度を増す石臼なのだろうが、速度に制限が掛かっておらず、石臼の間に異物が挟まった場合の停止処理もない。
下手に魔力の多い人間が使った場合、高速回転して、石臼の間に服の端が巻き込まれでもしたら、大怪我の可能性がある。
「この石臼は金貨15枚だよ。一台あれば、末代まで小麦が挽き放題だ」
「すみませ――『おっ? 石臼の動きが止まっちまった。誰かお客様の中に魔力の補充をお手伝いしてくださる方はいらっしゃいますか?』――」
「私がやります」
俺は嫌な予感がしたので、営業妨害と言われないように穏便に危険物を回収する意味合いを込めて購入しようとする。
だが、その前に店主は、魔力切れを起こした石臼に魔力の補充をお客に頼む。
それに合わせて、人の良さそうな小綺麗な魔法使いの女性が石臼に近寄り、魔力の補充を始める。
「それじゃあ、魔力を籠めますね」
「はい。お願いします」
俺は、咄嗟に【鑑定】スキルで店主と魔法使いの女性の保有するMP量を確かめる。
店主は一般人のためにMPはせいぜい100程度で、石臼を動かすために30程度のMPを補充している。
だが、魔法使いの女性は一般人に合わせた石臼の魔道具に想定の五倍以上のMPを補充し始める。
「ヤバイ! 全員、逃げろ!」
「えっ、なに……きゃっ!?」
俺が声を張り上げ、警戒すると石臼が徐々に加速を始め、周囲が異変に気付く。
速さと石臼同士の噛み合わせの悪さに石臼がガタガタと揺れて、不穏な音に客が距離を取った直後、石臼が外れて地面を縦に走り始める。
「きゃっ!? なに、これ!?」
客が左右に慌てて退き、石臼に道を空けるが、その際に転倒する人が何人も出る。
俺は、走り出した石臼を追い掛けて駆け出すと、その進路に、幼い男の子が居り、石臼を見て硬直する。
「くっ、間に合えっ!」
俺は、全力で人の間を縫って走り、幼い男の子を掬い上げるように抱きかかえて跳ぶ。
その直後、子どもがいた場所を石臼が通過し、近くの露店に突入して商品を散らし、その露店の背後の民家の壁にぶつかって横倒しに倒れる。
縦に回転しなければ、ただその場で激しく回り続ける。
だが、引き起こした被害として、露店の商品をめちゃくちゃにして、ぶつかった民家のレンガの壁の崩れた様子を見ると、下手に人に当たっていたら大怪我じゃ済まないだろう。
「ふ、ふぇぇぇぇぇぇっ!」
「あー、よしよし。もう大丈夫だからね。怖かったね」
状況が把握できずに困惑して泣き出す男の子をあやしながら、早くこの場を収拾する人が来ないかなぁ、と待っていると望んだ人たちが来た。
「退いた、退いた! 何があった!」
こうしたお祭りを巡回して見回りする衛兵が三名やってくる。
誰も彼も顔を青くして困惑し、状況を説明することができないでいる。
いや、そもそも原因が理解できずに、沈黙を選んでいるので、俺は幼い男の子をあやしながら衛兵に近づく。
「あの、状況を説明しましょうか?」
「むっ、君は?」
「私は、冒険者ギルドのFランク冒険者のトール・ライドといいます。あっ、これギルドカードです」
俺は子どもを抱きかかえながら、片手でポケットから取り出す素振りをして、【アイテムボックス】からギルドカードを取り出して提示する。
「冒険者。それに【調合ギルド】と【商業ギルド】にも所属している子か」
「はい。騒動の原因は、石臼の魔道具が暴走したことにあります。ちょうど、あの露店で実演販売していたところ、縦に走り出して、そこに転がっています」
俺が指差しながら、どういう軌道を石臼が辿ったのか説明する。
人々が左右に避けているために、その軌道がハッキリと分かりやすい。
更に、避けるために慌てたことで転倒、露店や民家の壁にぶつかる被害状況を確認している。
「それで、君の抱えている男の子は?」
「その石臼の魔道具の暴走の際に、進路上に偶然いた子です。石臼にぶつかりそうだったので、慌てて抱えて避けたんですけど……その、どうしましょう?」
ずっと泣き続けている子どもをあやすが、これほど騒ぎになっているのに親が現れないのは、おかしいと俺も衛兵の人も眉を下げる。
「なぁ、その子。南の職人街のマルクスさんところの孫じゃないのか?」
祭りに来ていた町人の一人がそう言葉を発し、俺と衛兵が互いに顔を見合わせる。
「とりあえず、衛兵の応援を呼んで、怪我人の治療と事態の収拾、あと迷子の保護だな。それじゃあ、その子を……引き渡せないね」
男の子は、俺の服をしっかりと握り締めており、絶対に離そうとはしない。
「あの、一緒に行きます。この子も不安だろうし」
「そうしてくれると助かる。あと、もう少し事件の話を詳しく聞きたい」
俺は、衛兵さんに連れられて、詰め所まで移動した。