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13話

 13話


 風呂に入ってリラックスした俺は、昨日から夕飯も食べずに【熱量交換の粘土板】の改良をしていたので、遅れて腹の虫が鳴る。

 風呂から出て待っていたライナスさんと朝食を取る。


「とりあえず、真面目な変人のお前が、変な物を作った理由を話せ」

「酷いなぁ。俺は、普通なのに」

「どこが普通だ。宿屋の裏手に風呂作って、厨房で料理して同期の見習いに文字や生活魔法、それに料理を教えるって。そんな新人見たことないぞ」


 呆れたように呟くライナスさん。


「まぁ、お前は、残りがちな雑務依頼を積極的に受けてくれる。薬草採取も丁寧だからリグルードも評価している。それに調合スキル持ちだから、冒険者を辞めた後の心配もしなくていいのは、ギルド側としての評価も高い」


 腕組みする厳つい表情のライナスさんにそう評価されるのは、嬉しく思う。


「それで【錬金術】って言ったけど、お前さん、なに作ろうとしてたんだ」

「なに、って普通に【粘土板】に魔法陣を刻んで魔道具を作ってたんです」


 俺がティエリア先生と共に作った【熱量交換の粘土板】について説明し、町で見つけた新たな魔法文字や魔道具の本から得られる知識などで改良してみたことを告げる。


「それで昨日は徹夜しちゃいました」


 お前はほんと、何をやっている、と呆れ顔のライナスさんは、半目になって俺を見ている。


「まぁ、お前の奇行の理由はわかった。その、【熱量交換の粘土板】か。ここらの地域は、冬場の雪に悩まされることが多いからな。発熱の魔道具よりも消耗しないなら、凄い道具じゃないか?」

「先生は、森に引き籠もって数百年だから、その間に類似した魔道具があるかもしれないことを言ってました」

「俺は知らねぇが、あるかも知れないな。そういうのに詳しいのは、【商業ギルド】だ」


【商業ギルド】ですか? と俺が首を傾げると、ライナスさんが説明してくれる。


「前に言っただろ。物を売る時は【商業ギルド】って。あそこは物を売り買いする他にも権利も売買しているんだ」

「権利、ですか?」

「ああ。例えば、ある鍛冶屋が画期的な金属の配合を見つけた。その配合を商業ギルドに登録すれば、一定期間その発明で利益を独占できる登録制度があるんだ」


 この世界の特許に近いものだろう、と予想する。

 その登録制度とは、発明品や魔道具、魔法陣などを商業ギルドに登録し、お金を払えば閲覧することができる、というものだ。

 また、その閲覧した知識などで商売した場合には、制度で保護されている商品の開発者に利用料として利益を一部を配分しないといけない。


「それで、どうして俺の粘土板がその登録制度を利用することになるんですか?」

「粘土板っつうか、その魔法陣だな。それをとりあえず申請しておけば、保護される。その発明品で上手いこと商売が起きれば、【錬金術】の研究費が稼げる可能性がある。それにそうした道具は欲しいんだ」

「あの、一つ質問ですけど、俺の魔法陣を公開して、それを見て誰かが改良した場合には、どうなるんですか?」


 現在の手元の魔法文字を使って男神から授けられたスキル外の言語能力と【錬成変化】による解析とシュミレーションによるトライ&エラーで最適化した魔法陣である。

 だが、これを更に効率化した場合には、俺の魔法陣の扱いはどうなるのか分からない。


「うん? それは……困ったな。専門家じゃないからわからんな。とりあえず、俺が付いていくから商業ギルドに相談するぞ」


 そうして、俺は午前中に【熱量交換の魔法陣】とその用途について説明するための資料を用意することになった。

 眠気覚ましの代わりに、ポーションを一気飲みして徹夜の疲れを吹き飛ばし、一気に資料を書き上げる。

 午後には、ライナスさんに連れられて【商業ギルド】にやってくる。


「おう、ジョージ。久しぶりだな」

「おお、ライナスか! お前がこっちに来るのは珍しいな」


 商業ギルドで荷物の運搬などをするジョージさんがライナスさんと挨拶をしている。


「ちょっとばかり、うちの新人に関しての相談だ」

「おっ? トールの坊主じゃねぇか! 元気にしてるか?」

「はい。お久しぶりです」


 俺は、ジョージさんに背中を叩かれ、困ったような笑みを浮かべる。


「新人の相談ってのは、トールのことか? まさか、うちへの転向か!? トールみたいな賢そうなやつは、事務員見習いとしては大歓迎だぞ!」

「馬鹿、違うわ。とりあえず、話の分かる事務員を頼む」


 そうして俺はライナスさんに連れられて応接室に通され、ソファーに座る。


「よくいらっしゃいました、ライナス様。本日はどのようなご用件でしょうか」

「ゼファーか。今日は、うちの冒険者ギルドに所属している少年が【錬金術】を嗜んでいてな。ソイツが育ての親のエルフと共に作った魔道具について相談してもらいたいんだ」

「少年が錬金術師で、魔道具ですか?」


 ゼファーと呼ばれる青年の事務員が隣に座る俺を訝しげに見つめ、軽く会釈する。


「ああ、つい最近まで町には来たことがない。類似したものが登録されていないかの確認のための相談だ」

「……なるほど。時折ある登録制度の確認ですね。わかりました、それで現物は?」

「これが魔道具に使われる魔法陣の設計図と作成方法、そしてこれがこれまで作ってきた魔法陣の変遷の資料とこちらが最新型のサンプルです」


 俺は、鞄から初期型前期、初期型後期、町で新たに仕入れた魔法文字を組み込んだ最新型の魔法陣の解説資料とその使い方。そして【熱量交換の粘土板】を提示した。


「拝見いたします」


 そう言ってゼファーさんは、静かに魔道具の資料を確認する。

 紙を捲る際にゼファーさんの眉が微妙に動き、驚愕の後に、険しい表情になる。

 途中で、【商業ギルド】の女性職員がお茶を出してきたので俺とライナスさんは、それで喉を潤し、待っていると、ゼファーさんが資料をテーブルに置く。


「なるほど、とても分かりやすい資料ありがとうございます。斬新なアイディアと明確な用途の説明でした。これは、トールさんと育ての親の合作ですか?」

「えっと、初期型後期までは私と育ての親の先生との合作ですが、その後先生は亡くなって、この町に来て作ったのが最後の最新型です。ただ、【錬金術】の付与は独学で改良の余地があると思います」

「なるほど。私たちは、まずこの資料から類似品がないか調べます、次にこの提出された資料を基にサンプルと同じものが作れるかの再現を行ないます。その二つの確認が済み次第、登録が可能となりますが、多分問題ないでしょう。何か質問はありますか?」

「ありがとうございます。もしも提出した資料を基に再現を行なう間、こうした登録予定の知識などが外部に流出した場合には、どうなるのでしょうか?」


 俺の質問に、おやっといった感じで、ゼファーさんがこちらを見つめ返してくる。


「再現実験の場合には、【商業ギルド】専属の職人集団が行ないます。彼らは皆、魔法による制約で外部への情報流出を禁じられております。それでももし情報流出した場合には、関係した者たちにはかなりの制裁が加えられるでしょうね」


 涼やかに答えるゼファーさんは、サラリと怖いことを言う。

 昔の刀鍛冶など、弟子が刀を冷やす水の温度を知ろうとした結果、その腕を切り落とされるなど、産業スパイには厳しいということらしい。

 それに、魔法による制約というのもあるのか、と知らないことがあるんだな、と思う。


「では次に、私がこれを登録して閲覧した誰かが改良したものを登録した場合には、どうなるのでしょうか?」

「明確な改良が認められた場合には、別個の物として登録をすることができます。そうしたことを嫌がる人は、登録はしますが、公開しません。自分で商売を行なえば、その道具の販売を独占することができます」


 なるほど、登録した後、その技術を一般公開するかしないかを選択できるのか。

 どうやら登録者の権利が失効する数十年間までは、保護されて、その後一般公開されるらしい。


「よかったな。トール、お前の気になることを知れて」

「それでトールさんは、どうしますか? こちらは登録して公開する予定ですか?」


 ゼファーさんが尋ねてくるので、俺はしばし考えて答える。


「これを登録します。そして、その製作者として、私と育ての親のティエリア先生の共同作として残してください」

「わかりました。故人でも栄誉のために名前だけ残そうとする方は、いらっしゃいますので大丈夫ですよ」


 ゼファーさんの言葉に俺は安堵しつつ、閲覧費や利用料についての話し合いをする。


「閲覧費は、もしも商売をした場合の想定の約100倍。そして、利用料は、商品としての想定した値段の3割が普通です」

「それは……」


 俺は、少し考え込む。

 閲覧費に商品の値段の100倍。商品の売値の3割が利用料とすると、それでは便利な道具の値段が高くなり、利益を上げるために高額になるだろう。

 それでは、魔道具は普及せず、普及が遅れれば、俺に入る利益は少なくなる。


「そうですね。公開しますが、閲覧費は、商品と同程度。利用料は、五分……5%でお願いします」


 俺は、閲覧費と利用料を安くする。

 商品が出回った際に、魔道具の現物を手に入れて解析してコピーする人が増え、改悪して別物をして売り出し、開発費や利用料を払おうとしない人はいるはずだ。

 それなら最初から安く閲覧費と利用料を設定しておけば、高額な劣化コピーの魔道具よりも安くて正規品の魔道具が買われ、多くの人が利用する。


「トールくん、本当にそれでいいのかい?」

「はい。一人一人からの利用料は少なくても、広い範囲で広がれば、莫大な利益になりますから」

「……トール。それ、本当に子どもの考えか? それは、売れる前提だぞ」


 隣に座るライナスさんが呆れ気味に呟く一方、正面に座るゼファーさんは、俺の提案に驚きの表情を浮かべている。


「これは斬新なアイディアかもしれない。閲覧費と利用料を安くなんて……一度に各地の工房に、いやまずは登録が先だ。それに各地で同時だと、各工房で性能差が生まれるかもしれない。この場合は、製作者のチェックを入れつつ量産体制に入るべきだ。まずは近くの工房から……」


 ブツブツと呟くゼファーさんに、俺とライナスさんは、共に困った顔になる。


「トールさん、申し訳ありませんでした。最初は、ご家族の遺産として残されたものをこうして登録しに来たのかと思いました。ですが、トールさんは、立派な研究者であるようだ」

「い、いえっ! あと、家族の遺産ってのは?」

「職人の家系でよくあることですが、先祖から続く秘伝の技術や商品の作成レシピなどを商業ギルドに登録することがあります。その場合、登録者は技術を生み出した本人ではなく登録したご家族になります」


 俺は、なるほど、と頷く。


「とりあえず、こちらで商業ギルド間で連絡して照合と再現性の確認を行ない、それで認められましたら、本部に申請して登録ということになります。結果が出るまでしばらくお待ちいただくと思います」

「ありがとうございます」


 俺は、これで一つの難題が終わったと思い、ふと体の力が抜ける。

 今日の魔法陣の資料は、俺の手元にある研究のメモ書きなどから纏めた資料なので、預けても問題なく、帰り際に【商業ギルド】にも登録して宿に帰ってきた。


 そして、全て終わって宿の自室に戻ってベッドに倒れ込むと、徹夜の後の商業ギルドでの登録に疲れてそのまま寝てしまう。

 そして目を覚ました翌日、ステータスを開くと【睡眠耐性Lv2】になっていたことに気付く。


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