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9話

 9話


 俺がFランクになって初めて受ける依頼は、定番のポーションの材料であるキィール草の採取である。

 俺が転生した場所である森でも頻繁に採取しており、見分け方も手慣れたものだ。

 アイテムボックス内には、薬草採取用の金属ボトルがあるので、採取した後、その中に入れて、切り口を水に浸しておけば、採取後の劣化を抑えられる。


「メリーさん、これをお願いします」

「はい、薬草採取ですね。トールくんは、ギルドの資料室で調べ物をしているからキィール草の特徴を知っていると思うから特に注意はないわ。ただ、町の外の依頼だから気をつけてね」

「大丈夫ですよ。じゃあ、頑張って採取してきますね」


 俺は、腰に採取用のナイフを持ち、肩から水筒に見える採取ボトルと鞄を掛けている姿は、見るからに遠足に出かける子どものようだ。

 若干、心許ない外見だろうが、必要なものは全て左手首の【アイテムボックス】や【空間魔法】の収納空間の中にある。

 俺は、北側のギルドから移動して、大通りを通り、西側の門を目指す。


 この町は、冒険者ギルドが北側にあるために、多くの冒険者が北門から平原に出て薬草を採取する。

 そして、Eランクになると、受けられる依頼の範囲が、北西にある森林や町から数時間離れた村からの依頼になる。


「まぁ、一種の穴場なんだよなぁ。町の近くならどこでも安全だし、Eランクに上がると途端に報酬額が変わって薬草採取とか軽視されるし」


 ゴブリン討伐は、1匹倒した討伐報酬と魔石で銀貨1枚になる。

 ホーンラビットなどのFランクは、弱いために討伐報酬というよりも食肉確保のために、一匹丸々持ち込んで銅貨50枚。

 そして薬草採取は、キィール草30株で銅貨30枚と安い。

 ただ、個人的には他にはない利点があると思っている。


「薬草って軽いし、繁殖力が高いから集めやすいんだよなぁ。30株で大体300グラムかな」


 ホーンラビット1匹2、3キロなので、運搬効率はいい。

 俺は、ギルドカードを門番に見せて、西門をでてすぐの草むらにしゃがみ込んでナイフでキィール草を採取していく。

 こうした平原だと森の中に比べると日当たりがいいから繁殖しやすいのか見つけやすい。

 それに西門から出た平原なので、同じFランク冒険者とも競合し辛いので、たくさん見つかる。


「キィール草はたくさんあるけど、その他の薬草は見つからないなぁ。あっ、これ毒草だ。うーん。確か、採取依頼には無かったからパスしよう」


 ポケットからメモを取り出し、Fランクの採取依頼の薬草を確認する。

 そして、それとは別のページにこの平原で採れる薬草として、【鑑定】した毒草の名前も書き残しておく。

 そうして集めた薬草を30株で束にして麻紐で縛り、切り口を金属ボトルの底の水に浸して萎れないように仕舞う。


「これで依頼一つ分かな。もう少し集めるか」


 俺はそう呟き、キィール草を採っていく。

 日々の生活で苦労しない最低ラインとしては、薬草採取3回分の90株以上は集めたい。

 そこから自分が使う分も集めるべく、ずっと下を向いて薬草を採取していく。

 キィール草は、基本群生しているので一箇所の群生地で大体、依頼1回分の30株が見つかる。

 西平原の群生地を見つけては、しゃがみ込んで薬草の採取を続けていたら、気付けば太陽が真上近くまで来ていた。


「あー、結構集まったな」


 当初の予定より多く150株のキィール草を集めることができた。

 俺は、若干薬草臭くなった指先を【生活魔法】の水で軽く洗い、町に戻り、ギルドに報告する。


「メリーさん、薬草採取が終わりましたので、どこに提出すればいいですか?」

「それは、ギルドカードを持って買い取りカウンターに行けば、ギルドカードと照合して受けた依頼を確認してくれるわ。その後で私のところに来れば、依頼達成が受理されるわ」

「ありがとうございます」


 俺は、買い取りカウンターの素材の鑑定人に金属ボトルから取り出した薬草を提出する。

 全部で120株の瑞々しい薬草束を受け取り、麻紐を外して一本ずつ確認し、また結び直して、ギルドが保有する薬草保存の魔道具に移していく。


「いい処理の方法だ。清潔なナイフでの切除、切り口を水に浸したことによる鮮度の維持は、ほぼ理想的だね。これなら【調合ギルド】が満足する薬草が提供できそうだ。依頼一つにつき銅貨45枚になるよ」


 そう言って朗らかに笑うギルドの鑑定人に、俺は首を傾げる。


「依頼だと銅貨30枚ですよね。それってやっぱり薬草の鮮度が関係してます?」


 俺が尋ねると、おやっといった様子で逆にこちらに尋ね返してくる。


「どうしてそう思うんだい?」

「いえ、調合の教本や先生から教わったライフポーションの作り方は、水の分量に対して薬草2割で作ると学んだんです。あとは、制作者が籠める魔力の量によって左右されるとも」

「ふむふむ。続けて」

「制作者の魔力量が多ければ、大鍋で一度に大量に作れますけど、見習いの人だと、大体ポーション瓶20本分がちょうど良い量だと思うんです。その重さから逆算すると、理想的な鮮度のキィール草20株くらいなんですよ。だけど、依頼で必要とされる薬草は30株」

「そうだね。そうなると必要とする薬草が多くなるね」

「理想的な鮮度だと数が多いけど、鮮度が悪い場合だと、その分多くの薬草が必要なので、それを見越した量なのかな、と思いました」


 久しぶりにポーションに関して話せたので、饒舌になり、後から少し恥ずかしくなる。

 俺の説明に、ふむふむと頷くギルドの鑑定人は、とてもいい笑みを浮かべる。


「とても素晴らしいね。その通り、本来の薬草採取の依頼は、理想的な鮮度で20株採取して銅貨30枚の報酬だったんだ。だが、鮮度維持の処理がされない薬草が持ち込まれると、君の言う理想的な分量でポーションは作れない」

「だから、鮮度の悪い薬草を基準に、今の薬草採取の依頼になったんですね」


 俺がしみじみと呟くとその通りだよ、と頷く。


「君は、ポーションについて学んだと言っていたが、ポーションを作れるのかい?」

「はい。簡単なライフポーションとマナポーションだけですが、先生から学びました。最低限の手に職があれば食いっぱぐれることはないと」

「それは、素晴らしい教えだね」


 その最低限の手に職があれば、という言葉は、ティエリア先生ではなく、俺の前世の両親がよく言っていた言葉だ。

 俺が30代の頃に亡くなったが、進路に悩む学生時代に、そう言って生きていく一つの指針を教えてくれた。

 そんなことを思い出して、内心しんみりとしていると、ギルド職員の男性は楽しそうに俺に尋ねてくる。


「トールくんがよければ、冒険者見習いを辞めて、調合ギルドに来ないかい?」

「リグルードさん! ここで調合ギルドの勧誘は止めてください! トールくんは雑務依頼を丁寧にやってくれる貴重な人材なんですよ!」


 受付カウンターから俺たちの会話を聞いていたメリーさんが声を張り上げる。

 その中でギルド職員の男性・リグルードさんに目を向ける。


「えっと、調合ギルド?」

「私は、冒険者ギルドに出向している調合ギルドの人間だよ。ほら薬の素材には、薬草の他にも魔物の内臓などが扱われる場合があるからね。【鑑定】スキル持ちやそうした薬の素材の扱いを心得ているからね」


 そう言って、おどけるように教えてくれるリグルードさんに、なるほどと頷く。


「それでどうかな? 私から推薦しておくよ」

「だから、ダメですよ! もしもトールくんが【調合ギルド】に取られちゃったら! 誰が高品質な薬草を採取するんですか!」

「ああ、その問題があったね。でも、有望な新人にアランたちがいると思うから今回は譲ってくれない?」

「ダメですよ! ダメ! どっちも大事な有望な新人です! もしも移籍することが決まったら、私がギルド長に怒られちゃいますよ!」


 それなら諦めるか、と溜息を吐き出すリグルードさんに、期待されたのは嬉しく思うが、俺には目的があるので申し訳なく思う。

 そして、【調合ギルド】の人間がいるなら、前々から欲しかったものについて相談する。


「その……調合ギルドの人間じゃないですけど、劣化防止のポーション瓶を私でも買うことができますか?」

「それは構わないよ。作り方は、【調合ギルド】の機密だけど、冒険者が使用した後のポーション瓶などがこのギルドに集まるんだ。そうした物を洗浄したり、破損したものは溶かして作り直したりしている。また空のポーション瓶を購入して馴染みの調合師の店で量り売りしてもらう場合もある」

「なるほど、ポーション瓶は、そうやって再利用されていたんですね」


 男神のダンジョンから出たダンジョン産の劣化防止のポーション瓶は、それほど多くなく、そろそろ使用期限が切れそうなので新しく大量に作りたい。


「ポーション瓶は、1本銅貨50枚ほどだけど、何本ほど欲しいんだい?」


 一般人が最も使うライフポーションは、劣化防止のポーション瓶に入って銀貨3枚くらいが相場であることを確認している。

 魔物がいて、命が軽いこの異世界で命を助けるライフポーションの使用期限を引き延ばすポーション瓶は初期コストとしては高く感じるが、長く使っていれば安くなる。


「20本ほど買いたいと思います」

「それだと銀貨10枚になるけど払えるのかい?」


 俺は、ポケットから取り出す素振りをして、アイテムボックスから財布を取り出し、そこから銀貨10枚をカウンターに乗せる。

 さすがに、Gランク時代にはそこまで稼いでいないが、森に居た頃に廃村やダンジョンで見つけたお金ならたくさんある。


「お願いします」

「子どもが気軽に出せる額じゃないんだけどね」

「私の養い親の先生の遺産なんです。こういう物は必要なものに使わないと」

「君はいい先生を持ったね」


 カウンター裏からポーション瓶を20本取り出したリグルードさんから受け取り、それを背負い鞄に詰めていく。


「もしトールくんがポーションを作って売りたい時は、勝手に売ったらダメだからね。売りたい時は、私が納得できる品質のものなら【調合ギルド】に推薦状を書くからそれで販売権は得られるよ。そうなれば、さっきの銀貨10枚程度すぐに取り返せるよ」

「リグルードさん!」


 メリーさんが【調合ギルド】の勧誘を止めようとするが、まぁ落ち着け、と言うので俺も話の続きに耳を傾ける。


「今度は勧誘じゃなくて、ギルドの掛け持ちだよ。そのギルドカードさえあれば、複数のギルドに加入できる。是非とも、活用してくれ。君がポーションを作り、ギルドに提供してくれれば、その分町の人にも安くポーションが回るかもしれないからね」

「分かりました。もし、売る時があれば、お願いします」


 俺は、深々と頭を下げてお礼を言う。

 その後、メリーさんに連れられて、キィール草採取の依頼4つ分が達成扱いとなり、また割り増しの報酬として銀貨1枚と銅貨80枚を受け取った。


 銀貨10枚を払ったので今日は大赤字であるが、ポーション瓶がたくさん手に入ったので結果的にいい日だと思う。


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