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8話

 8話


「おめでとうございます。トールくんは、Fランクに上がりました」

「えっと……はい。ありがとうございます」


 ここ三ヶ月ほど、休養日以外は真面目にコツコツと雑務依頼をこなしていた。

 特に、人が受けない不人気な――塩漬け依頼などを中心に行なっていたために、受付のメリーさんからありがたがられていた。

 だが、怪しまれない程度にスキルを駆使して短時間で依頼を完遂した後は、魔法文字や錬金術の資料を探すために、ギルドの資料室や町中を探索したり、料理の食材や前世の料理再現などをしていたために、ランクアップは遅かった。

 必要な道具を買い揃えた新人や元々お金や道具を持った同期の冒険者は、早々にFランク依頼に移行するので、そうした人たちは早くにランクが上がっていく。

 同期で仲のいいアランたちは、俺よりも一ヶ月以上も前にFランクに上がり、今は採取や町周辺の弱い魔物を狩って魔石などを集め、レベルアップを目指している。


 そして、記念すべき100回目の依頼を達成したことで俺のランクがFランクに上がったのだ。


「どうしたんですか? Fランクに上がって嬉しくなさそうですね」

「いや、だってギルド直営の宿の宿泊費が1泊銅貨10枚から30枚に戻るんですよ……」

「Fランクの依頼からは、報酬も良くなりますから」


 そう言って、メリーさんに窘められ、俺は頷き、明日から受けるFランク依頼を下見するために依頼掲示板まで移動する。

 その際、俺の背中に向けて、『時間が余っていたら、Gランクの塩漬け依頼受けていいからね!』という言葉を聞いて、軽く会釈する。


「依頼は……ああ、大体慣れたやつだ」


 グレイラットやスライムの討伐やホーンラビットの食肉確保、ポーションの素材である各種薬草の採取、特定の生き物の捕獲、近隣の農村の手伝いなどである。


「うーん。まぁ、時間効率的に考えると討伐依頼や薬草採取だよなぁ」


 そういえば、アイテムボックス内にあるポーション類は、時間経過で劣化していく。

 ダンジョンで見つけた劣化防止のポーション瓶に詰めているポーションの使用期限を考えると、そろそろ詰め替えるべきか、と考える。


「まぁ、明日キィール草の採取でもするかな」


 俺が依頼掲示板から立ち去ろうとしたところ、俺の目の前を遮るように数人の冒険者が立ち塞がる。


「おい、『弱腰』のお前が来るところじゃねぇよ、退け」

「『のろま』のお前と同じ冒険者だと思われるとこっちが迷惑だ。失せろ」


 そう言って、俺を押しのけ、EとFランクの掲示板の前まで移動する少年たち。

 レベル40であるために押されても本来ビクともしないが、俺は大人しく退き、押しのけた少年たちをスッと見つめてステータスを【鑑定】する。


 彼らの話に耳を傾ければ、前にゴブリンを倒したから楽勝だ、などと大声で話しており、ステータス的には、レベル10前後で、単独でもゴブリンを討伐できるだろう。


「ゴブリンが討伐できるからだろうな。あいつら、早死にしそう」


 俺は、そうポツリと呟き、ギルドを後にして雑貨を目指していく。

 その間に、先程の同期の冒険者たちについて考える。


 彼らが受けた依頼は、確かにEランクのゴブリン討伐だが、出現する森には、Dランクの魔物も常に出現する危険性がある。

 それにEランクのゴブリンでも繁殖して数が増えていたら容易に囲まれて死ねる。

 また、装備や依頼の準備に金を掛けていないので、中古品らしき武器や防具は、ボロボロで命綱のポーションも持ってないようだ。

 Gランク依頼を受けている間は、町中の雑務依頼がほとんどなので死ぬことはほぼない。

 だが、Fランクからは町の外に出るために依頼中の死亡案件が多くなる。

 俺が冒険者になって一ヶ月後に、同期の冒険者で初めての死者が出たらしい。

 依頼は、Fランクの薬草採取だ。

 そして死因は、薬草採取中に周囲の警戒を怠り、隠れていたゴブリンに後ろから頭をかち割られたことによる撲殺である。


 俺やアランたちは、その話をライナスさんから教わり、冒険者という仕事の危険性を改めて自覚した。

 またこの話により、冒険者を辞めて雑務依頼で向いている仕事に移った子どもも多い。

 そんなことを思いながら、町の外で使う麻紐や麻袋などを買い集めて、アイテムボックスの中に入れる。

 水筒の底に水を入れて、薬草の切り口を浸しておけば、採取してからの劣化を抑えられる。

 それに新品の銅貨などを水の中に入れておけば、水に金属イオンが溶け出し、殺菌効果があるので、植物を長持ちさせてくれる。

 どれくらい有効なのかは知らないが、ちょっとしたお婆ちゃんの知恵袋である。


 そんな明日の採取の準備を整えて、宿に帰れば、ライナスさんが受付にいた。


「ライナスさん、ただいま」

「おう、トール。お帰り。ほら、お前の部屋の鍵だぞ」


 そう言うライナスさんから俺は、部屋の鍵を受け取る。


「ありがとう。あっ、そうだ。今日Fランクに上がっちゃったから宿代の再計算をお願いします。不足分の宿代をまた払います」

「トール、お前律儀だな。あと、普通は、ランクが上がりましただろ」


 俺がちょっと変わっていることに気付いているライナスさんは、呆れたように呟き、そう言って、宿の台帳を確認する。


「えっと、お前の宿の支払いは、残り五日分残ってるな」

「なら、不足分は、銀貨1枚ですね。はい」


 一泊銅貨30枚が五日分で銅貨150枚。先払いした5泊銅貨50枚分を差し引くと、銅貨100枚=銀貨1枚分になる。


「相変わらず、計算早いなぁ。お前、アランたちに色々教えているだろ」

「はい。簡単な読み書きに計算、【生活魔法】と料理だけですけどね」


 俺は、苦笑を浮かべながら部屋に戻り、荷物を片付ける。


「さて……アランたちが帰ってくる前に風呂の準備をするかな」


 俺は、宿の裏庭まで行き、持ち込んだ風呂釜に【水魔法】で水を補給し、風呂釜の下から火魔法で温める。

 前は、野晒しでボロのシーツで視界を遮っていたが、今では宿屋のライナスさんのご厚意で、ちゃんとした撥水性の布で屋根や囲いを作り、完全に常設した風呂になっている。


 魔法で風呂を用意していい湯加減になったところで宿の裏手の方に、アランたちが顔を出す。


「トール! 今日は、ホーンラビットを倒してきたぞ! この一羽はお土産な」

「お疲れ様。外の依頼で汚れたでしょ。順番にお風呂に入りな」

「まずは装備の手入れしたら入るよ」


 今日は、繁殖力の高いホーンラビットの食肉確保の依頼を三人で受けたようだ。

 アランは剣を持ち、ルコが短弓とナイフ、ノーマンが剣と小盾だ。

 三人で役割を決め、ルコが弓で遠距離から引きつけ、ノーマンが受け止め、アランがトドメを刺す。

 この連携でホーンラビットを一体ずつ的確に狩っている。

 一度に運べる数は、4~6羽で、午前と午後に同じ数だけ狩るので一日に10羽前後狩ってギルドに納品している。

 簡単な血抜きは済ませているが、解体はギルドに任せている。

 食肉と毛皮、角、そして魔石などの値段に解体費用などの手数料を抜いて一羽銅貨50枚ほどで売れる。

 なので一日当たり銀貨5枚。

 宿代や装備のメンテ、買い換え費用、食費、パーティー共同費用等を抜いていくとまだまだ生活は楽にはならないが、個人でも少しだけならお金が持てるようになった。


 同じFランクの冒険者たちは、討伐証明部位と心臓付近にあるゴブリンの魔石だけで銀貨1枚の報酬を得るので、色々なリスクがあるEランクのゴブリンを狙うのだろうなと思う。


 ただ、アランたちは俺に感化されたのか、かなり慎重に行動している。

 3人で魔物を狩るので、経験値も三等分されるためにレベルアップは遅いが、安全第一な考えは、ギルドの受付のメリーさんやライナスさんから好感を得ている。


「よし、剣の手入れは終了っと。それじゃあ、先に俺が貰うな!」

「うん。アラン兄さん、お先にどうぞ」


 風呂は、いつもアラン、ノーマン、ルコの順番で入る。

 アランが風呂で汗や魔物の返り血、汚れを落とす。

 その間にルコがこの三ヶ月で習得した【生活魔法】で水を出し、汚れた衣類を洗い、綺麗にしていく。


「ふぅ、いい湯だった。ノーマン、交代だ!」

「……わかった。入らせてもらう」


 ノーマンは、ホーンラビットの解体を宿の庭で手早く行なう。

 そして、ノーマンが風呂に入る頃、汚れたお湯は、水属性に適性のあるルコが【生活魔法】で汚水を捨てて、新しい水を継ぎ足し、火属性に適性のあるアランが風呂釜の下で火を生み出して温めている。


 アランとルコは、二人とも見事に【生活魔法】を習得して二人でお風呂を入れることができるようになった。

 たまに、俺がいない時にも二人協力してお風呂を入れることが多い。


 アランは、火属性に適性があり、ルコは、水と土属性に適性があった。

 二人は【生活魔法】の習得から更に発展して属性魔法スキルを手に入れるために、日常的に魔法スキルを使っている。

 そして犬獣人のノーマンは、魔法が苦手であるために【生活魔法】には希望はないが――


「……ふぅ、風呂から上がった。トール、一緒に料理作ろう」

「ありがとう。骨は先に煮込んでスープの出汁に使おうね。肉はどうしよう、ミンチにして団子にするか、ソテーにする?」


 ノーマンは、解体したホーンラビットの肉を宿屋の調理場に持ち込み、夕飯の準備をする。。

 美味しい料理を作りたい一心で、俺から【料理】を学んでいたノーマンは、自身で魔物を討伐できるようになると、ギルドの解体職人の技を見学させてもらい、解体に挑戦した。

 一日1羽のペースで解体しているので、今では【解体】スキルも得て、スキルを持っているだけの俺より解体が上手いかもしれない。


 それに毎日、討伐した食肉用のホーンラビットをギルドに運んで、一匹分持ち帰って夕食の食材にするので近いうちに【身体強化】と【料理】スキルを得そうだ。


 最後にお風呂に入っていたルコは、意外と長湯をして、お風呂上がりにコップに自分で魔法で水を注ぎ飲んでいる。


「ルコ、湯加減はどうだ?」

「いいお湯だったよ。トールさん、いつもありがとね」


 そう言って朗らかに笑うルコ。


「……ルコ、俺の服の洗濯頼む」

「うん。ノーマン、任せて。洗濯が終わったら、手伝いに行くね」


 そしてアランたちは、互いに役割を持ち、バランスのいいパーティーを組めていた。

 そんな仲の良い様子に嬉しく思いながら、ウサギの骨を煮詰めて灰汁を取り除きながら思う。


 今晩は、ウサギ肉のホワイトシチューにしよう。

 ウサギの骨から出汁を取ったスープを使って、一口サイズに切ったウサギ肉、ニンジン、ジャガイモ、タマネギを煮込んで、バターやミルクと小麦粉を練って作ったホワイトソースで煮込む。

 この時間帯でも商業ギルドに行けば、近くの牧場から運ばれるミルクやバターが残っているだろう。

 主食は、冒険者ギルドから貰う無料の堅焼きパンと付け合わせの生野菜サラダ。


「ノーマン、ちょっと食材買いに行ってくるからお鍋よろしくね。ルコは、サラダよろしく」

「……任された」

「トールさん、行ってらっしゃい」


 ノーマンには、スープ鍋を任せて、牛乳を買いに行く。

 そして、ルコとノーマンと共にウサギ肉のホワイトシチューを作り、夕飯に食べた。

 成長期の子どもたちなので、三人ともいい勢いで食べ、出会った当初よりも肉付きも良いし、お風呂に頻繁に入るために衛生的な生活だ。

 それに食事もバランス良く食べさせるようにしているので、成長期のためかアランとノーマンは、ぐんぐん背が伸びている気がする。

 元々栄養不足気味で痩せていたために、男女の見分けが付かなかったルコは、背が伸びるというより肌艶の血色が良くなって、こうして見ると将来が有望な美少女である。

 俺は、うん。あんまり、伸びないなぁ、と思いながらも今日も楽しい日を過ごした。



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