6話
6話
冒険者として登録して、ギルドに併設された宿でGランク冒険者生活を満喫する。
大抵の新米冒険者は、早く報酬がいいEランクやFランクを目指しているが、俺はGランク特権のギルド直営の格安宿で悠々過ごしている。
まずやっていることは、料理の研究だ。
市場などで日本人のソウルフードの米がないか探した。
かつて男神が送り出した転生者が見つけ出して市場に普及させていることを期待するが、日本のような粘り気のある白米はなく、赤米や黒米などの古代米の品種やイネ科の雑穀などを安く見つけた。
「おじさん。この雑穀をたくさん売ってください」
「おっ、こんな家畜の餌を買ってどうするんだ?」
「食べるんだよ。あと、大麦と小麦、大豆とかも少し売ってください」
「お前、そこまで貧乏してるのか……いいぞ! オマケしてやる!」
貧乏生活の子どもと思われたが、安く雑穀や大麦、大豆を買うことができた。
俺は、早速、それらをブレンドして作るお米の代用品――雑穀米を研いで、鍋に水を入れて炊き上げてみる。
味としては、モチモチする中で雑穀のプチプチとした食感があるので、悪くない。
これをアランたちに出すと――
「……雑穀じゃないか」
「ノーマン、嫌いだった?」
「……母親が朝にポリッジにして出してた。あんまり美味しくない」
「けど、寒村だと普通の食事だな」
そう言って、寒村の食事状況を推察すると、余った古い雑穀を嵩増しするために多めの水でお粥にしたようだ。
古い雑穀だから、酸化して独特の臭みがあったのだろう。
寒村の食生活は厳しいけど、その厳しさを感じさせない母親の工夫なんだろうね、と伝えたら、ノーマンは、神妙に雑穀米を食べる。
三人とも食べ慣れない雑穀米の味に、首を傾げながらも不味いということは無かった。
そして宿屋の受付のライナスさんにも食べてもらった。
「へぇ、エルフってのは、こうやって雑穀を食べてたのか」
エルフの先生に育てられたために、エルフたちの食文化だと思ってくれた。
元冒険者だから、どこか遠い場所の食文化かもね、と答えながらもティエリア先生に教わった、というのは、とても便利な言い訳だと思った。
そして、大豆と小麦。転生場所の森の家にあった塩を使って、味噌と醤油造りに挑戦してみようと思った。
だが、正直に言おう――麹菌がない、用意するのが困難であったと。
調べた限り、地域の文化的に麹菌の活用されている場所はなく、有るのはチーズの熟成に使うカビ菌やヨーグルトを作る乳酸菌、エールやワインを作るための酵母などである。
「自分で作るしかないか……確か、昔はおにぎりを放置したものを使ったのが起源だったっけ?」
お供え物のおにぎりが勿体ないからそれを再利用したら麹菌が繁殖していたとの逸話にあやかり、茹でた小麦の塊を放置して作る。
湿度や温度などを気をつけながら作るが雑菌が繁殖して色取り取りのコロニーができあがっていた。
もはや食べられないので【錬成変化】で分解して土に返したが、その際の【錬成変化】の解析によれば、雑菌のコロニーには少量だけ麹菌が繁殖していたことが分かったので少し希望が湧いた。
なので、麹菌だけを得る方法を考えた――繁殖しやすいように環境を整えるか、魔法で麹菌を活性化させるか、逆に魔法で麹菌以外の雑菌を死滅させるなど色々なアプローチを考えた結果――
「シンプルに考えれば良かったんだよな」
【空間魔法】スキルは、収納空間にアイテムを仕舞うだけでなく、任意の条件を持った空間や結界も作り出すことができる。
例えば、麹菌の繁殖に適した温度と湿度を維持して、麹菌以外の雑菌侵入を拒む空間、と設定すれば良かったのだ。
その結果、見事に天然麹菌を作ることができた。
「【空間魔法Lv3】でも作れるのは、この条件だと本当に小さな範囲しかできないけど、便利かも」
そして、茹でてふやかした大豆と小麦を鍋で混ぜて練った物に麹菌を加えて味噌玉を作り、露店で買った壺を洗浄して詰めていく。
あとは、【アイテムボックス】や【空間魔法】の収納空間に入れておけば、時間経過の流れがあるので、そこで熟成させ、時折味噌を掻き混ぜれば10ヶ月後には完成する予定だ。
一つ疑問に思っている者も居るだろう。
こんな面倒なことをしなくても【錬成変化】のユニークスキルで素材から味噌や醤油を錬成してしまえば良いのではないか、と。
確かに作ることはできる。
外見上は、味噌や醤油になるのだが、全くの別物である。
成分的には、大豆や小麦を分解してペースト状にしたアミノ酸やビタミンなどを作り出すことができる。
だが、風味や雑味、旨味などを置き去りにしてしまうのだ。
簡単に言ってしまえば、熟成していない原液の蒸留酒を飲んでいるようなものである。
俺が【錬成変化】を極めれば、そこに人工的に風味や雑味、旨味を作り出すことができるかもしれないが、俺は人間の手で作る料理の方が好きなので、面倒でもスキルを駆使してこうして作ろうとしているのだ。
誰にも理解されないかも知れない、俺なりの拘り、という奴だ。
これからも市場に出かけて、色んな食材を探しに行こうと思う。
そして、この町に来た本来の目的であるティエリア先生の復活に関する研究は、全く進んでいない。
まず錬金術の本がなく、付与などを学べる魔法文字の教本などもない。
今は真面目に日々の依頼をコツコツ受けて、お金を貯めて、町に馴染むことから始めている。