3話
3話
夜明けと共に目が覚めるのは、この一年の習慣となっており、この宿屋でも問題なく目を覚ます。
「うん、よく寝れたな」
俺は、背を伸ばし、着替えて宿の裏手の井戸で顔を洗う。
冷たい井戸水を魔法で温めてから洗い、【ブリーズ】の魔法で水気を飛ばす。
「そういえば、朝食どうしよう……ギルドの方で食べられるかな」
俺は、自室に町中依頼では使わないものを置き、腕輪型の【アイテムボックス】に入れてある財布のお金を数える。
「しばらくは、大丈夫だよな」
廃村跡地から見つけたお金や俺を転生させた男神が用意したダンジョンで手に入れたお金を数え、そして宿のカウンターに向かう。
「おう、トールは、朝早いな」
「いつも家の畑とか見回るからこの時間から起きてたんですよ」
「いい心掛けだ! 初心者冒険者ほど、いい依頼の確保は厳しいからな」
そう言って、部屋の鍵を預けて送り出してくれる。
後で聞いた話では、冒険者ギルドの朝は、依頼の取り合いになる。
朝早くに掲示板に依頼書が貼り出され、そこから割の良い依頼の取り合いに、かなり混雑するらしい。
ただ、優良な冒険者に対しては、掲示板に貼り出す前に依頼を打診したりするらしい。
なので、真面目だったり、戦闘力が高い安心感のある人、特定の分野に特化した人には、そうした割のいい依頼の打診がされることが多いらしい。
そして俺は、ギルドに訪れて、受付のメリーさんのところに行く。
「おはようございます」
「あら、トールくん。おはよう、今日が冒険者初日ね」
「はい。あの掲示板から依頼の紙を取って、ここに持ってくればいいんですか?」
「ええ、そうよ。トールくんは、Gランクだから、GとFランクまでよ」
そう言って、カウンターから見える位置にある掲示板を指差し、俺はそちらに向かう。
ざっと目を通した結果、色んな依頼がある。
荷物の運搬、買い出しの代行、家の掃除、庭の草むしり、町の掃除、建物の解体・修理などだ。
「うーん。どれにしよう」
ちらりとFランク依頼を見たら、キィール草採取やグレイラットやスライムの討伐などの依頼があるので、簡単にできそうだなぁ、と思う。
だが、やっぱり真面目に段階を踏んでいこうと思う。
そして、ある依頼を見つけた。
「あっ、【商業ギルド】からの依頼だ」
俺は、その依頼の紙を手に取る。
内容は、その日、ギルドの倉庫で積み卸しされる荷物の運搬らしい。
報酬は、銅貨50枚と安い。
ギルドの宿の通常料金の銅貨30枚とギルドの最安の食事が1食銅貨3枚。3食分なら銅貨9枚。
合わせて、銅貨39枚と考えると、この依頼を受ければ、とりあえず生きられる報酬だ。
最低限の生活を考えれば、一日分以上、二日分未満と言ったところだろう。
Gランクだと宿屋が銅貨10枚なので、浮いた分の報酬を貯めて装備を整えて、Fランクに移行するんだろうな、と思いながら、依頼書を手に取ってカウンターに戻る。
「メリーさん。これをお願いします」
「あっ、これね。最初の依頼としてはいいわね。それじゃあ、カードを出して」
俺は、依頼書とギルドカードをメリーさんに渡すと、依頼受注の処理をしているらしい。
「商業ギルドは、朝9時から荷物の運搬を始めるわ。まだ時間があるけど、どうする?」
「そこの食堂で朝食を食べてから行きます……あっ、それと【商業ギルド】の場所を教えてもらえますか?」
「ふふっ、初めての町だから地図は必要よね。後でカウンターに寄って、その時教えてあげる」
そうして俺は、メリーさんと別れて、食堂で食事を取る。
新人冒険者向けの食事とは、どんなものだろうか、と思いながら待っていると――昨日食べたパンと味の薄いスープだ。
正直、期待していなかったが、期待以下の味に辟易とする。
こっそり、アイテムボックスから塩瓶を取り出し、スープに混ぜて、硬いパンは昨日と同じようにスープに浸して食べる。
次からは、もう数段上の食事か自炊しよう、と思いメリーさんのところに戻る。
「トールくん、【商業ギルド】は、この冒険者ギルド前の大通りを南に進むと大通りの十字路にぶつかるわ。そこを東側に進むとあるのよ」
「そうなんですか」
この町は、十字の大通りに句切られており、町の東側を掠める河川から船で荷物が運搬されたりするので、東側に商業地区が集中している。
逆に、西側は、やや富裕層の住宅地、南側は庶民や技術者が多い地域。
俺がこの町に入ってきた北側は、冒険者ギルドや鍛冶屋などが集中しているらしい。
「だいたいのことは分かりました」
「そう? もし分からないなら一度戻ってくるといいわ。時間になったら、同じ依頼を受ける子たちが揃って【商業ギルド】に向かうから」
俺は、受付のメリーさんにお礼を言って、商業ギルドを目指す。
言われた通りに東側に来たのだが、大きな商家の店舗などが建ち並ぶので、どこがギルドなのか少し分からなかった。
途中、町の住人に尋ねながら向かうと【商業ギルド】を見つけ、中に入る。
「ここが【商業ギルド】か。いつか、錬金術で作った魔道具を売りにくるのかな」
俺は、小さく呟きながら、カウンターにいる受付男性に話しかける。
「すみません。冒険者ギルドから荷物の運搬の依頼を受けた者です」
「ああ、いらっしゃい。随分早いね。それで、他の子たちは?」
子ども相手に柔和な笑みを浮かべる商業ギルドの受付男性に対して俺は、受け答えする。
「自分一人で受けてきました。多分、普段受けている人たちとは別で、初めての依頼です。よろしくお願いします」
「あははっ、なるほど。寒村から出てくる子たちは、纏まって行動するけど、君は違うんだね。なら、ギルドの横の倉庫にいる責任者に案内するよ。次からは、そっちの方に回るといいよ」
俺は、受付男性にギルド横に併設されている倉庫に案内され、倉庫番の男性に紹介される。
「ジョージ! 新米冒険者が今日の依頼を受けに来たぞ!」
「おう、そうか! 俺はジョージっていうんだ。坊主、名前は?」
「初めまして、私はトールと言います。よろしくお願いします」
俺が自己紹介すると、ツナギを来た倉庫番の男性・ジョージさんが俺の頭をくしゃっと乱暴に撫でてくる。
「まぁ、なりたて冒険者で変に擦れないことを祈るとしようか。そのままで居てくれよ」
「あははっ、善処します」
「なんだよ。その大人の悪い逃げ方みたいな返事は」
ジョージさんに引き継がれ、受付の男性がギルドの方に戻っていき、俺とジョージさんの二人が残る。
「さて初めてってことで、荷物の運搬の仕事を説明しないとな。簡単に言えば、俺や俺の部下たちが指示を出す荷物を運ぶんだ。冒険者ギルドの新人たちには壊れづらい物や軽い物を中心に運ばせている。そして、重い物や大きな物は大人が、本当に大事な物はギルドの運搬員が担当する」
「ギルドの運搬員?」
大人とギルドの運搬員では、どういう違いがあるのだろうか、と首を傾げると、そこに気付いたか、とニヤリと笑う。
「ギルドの運搬員ってのはな! ギルドが保有するアイテムボックスを任されるだけ信頼されている人材や同じように信頼されている【空間魔法】を持った職員のことだ」
「あっ、なるほど……」
本当に大事な物は、人目にも触れさせないように【アイテムボックス】や【空間魔法】の収納空間に仕舞われるのだろう。
そして、盗難されないように信用の置ける人に任せるのかもしれない。
そして、ツナギ姿の筋肉質なジョージさんは、ニカッと歯を見せるように笑い、腕を捲るとそこには、くすんだ金属の腕輪があった。
「そして、俺がそのギルドで数少ない運搬員なのさ。これがギルドから信頼されている証の【アイテムボックス】だ」
「す、すごい。それで、そのアイテムボックスには、何個入るんですか?」
「ふふふっ、なんと10個もの荷物を入れることができるんだ!」
そう言われて俺は、なんだ【空間魔法Lv1】相当か、とガッカリする。
俺の腕にあるプラチナの腕輪型の【アイテムボックス】よりも完全に下位の性能である。
そんな俺の反応がよく見られるのかジョージさんが笑いながら答える。
「そんなガッカリするなよ。これでも十分貴重な代物だし、俺が一生働いても手にすることができない価値のものなんだ。まぁ、盗もうってつもりもないし、盗めないように盗難防止の付与がされているけどな」
そう言って笑うジョージさんに俺は、自分のアイテムボックスには【サイズ調整】の付与はされているけど、【盗難防止】の付与について考えてなかった。
そっと服の袖で腕輪を隠し、【偽装】スキルで所持品を高価に見えないように意識する。
「おっ、今日来る手伝いの見習いたちが来たみたいだし、仕事の説明は、やりながら教えるぞ」
そうして俺とジョージさんは話を終えて、荷物の運搬の仕事を始めることになる。
ギルドから来た他の新米冒険者たちとも顔合わせしたが、どの子も10歳から13歳くらいの子どもだ。
その子たちと一緒に指定された木箱を倉庫から馬車に積み入れたり、降ろしたりする。
(まぁ、レベル40、STR300超え、【筋力強化】や【自己強化:身体】とかのスキルを持っていれば楽な仕事かなぁ)
俺は、森で狩っていた数百キロのフォレストボアの重さなどを思い出しながら、軽い荷物を丁寧に運んでいく。
「おっ、トールの坊主はまだ余裕そうだな。次は、そっちの小麦袋を運んでくれ!」
「わかりました」
この辺りが子どもに任せる荷物の限界なのか、小麦袋の運搬を割り振られる。
他の新米冒険者たちをこっそりと【鑑定】などで所持スキルを確認すれば、やはり寒村から出てきたばかりでステータスが低いなぁ、と思っていると、目の前で【筋力強化Lv1】のスキルを取得していた。
それによりその新米冒険者の表情を見れば、少し運搬の仕事が楽になっているような気がする。
「……おう、トールの坊主。中々にいい働きっぷりじゃないか! もしかして身体能力を強化するスキルでも持ってるのか?」
「ジョージさん。まぁ、一応ありますね。元々狩人のような暮らしをしてましたし」
「おー、そうか。なら、この仕事は、あんまり意味が無いかもなぁ」
そう言って、ぼやくジョージさんを見上げて、あれっ? と思う。
そして、先程【筋力強化】が生えた冒険者の子を思い出す。
「ジョージさん。この荷物の運搬って新米冒険者たちに安全にスキルを取らせるためですか?」
俺がそう尋ねるとジョージさんは、面白そうに肩眉を上げる。
「そこに気がつくか。まぁ、一度じゃ得られないだろうけど、何回も繰り返せば、ほぼ確実に得られるスキルだ。得られなくてもスキルが得られる下地になるだろうしな」
「じゃあ、他のギルドの仕事も?」
「大体、常時掲示されている雑務依頼ってのは、そうしたスキル習得ができる依頼だ。だから、受付の嬢ちゃんたちがGランクの依頼から受けていけ、って言うんだ。いきなりFランクで何も無い状態で行くよりは、一つか二つスキルを得てからの方が断然、楽らしい」
へぇ、なるほどなぁ。と思いながら、依頼に存在する裏の意図に感心する。
「ほら、坊主もいくら【筋力強化】があるからって言っても真面目に仕事しねぇなら、依頼失敗になるぞ。ほら、運べ運べ!」
わははっ、と笑いながらジョージさんが俺の背中を叩き、小麦袋を運ぶのを促される。
最終的に、今日来た冒険者たちの中で一番働いたと思う。