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2話

 2話


「それにしても、驚いた。トールくんって13歳だったのね。受け答えがしっかりしているけど、もう少し幼いかと思ってた」

「あははっ、ついこの間なったばかりなんです」


 俺は、困ったような笑みで答える。

 日本人の体が若返って転生したので、北欧系の顔立ちに比べたら、童顔に見られるのは本当のようだ。


「それでトールくんは、どうする? 時間的に今から依頼を受け始めるのは、止めた方がいいけど、宿の予定はあるの?」

「いえ、宿の予定はありません。できれば、オススメの宿を教えてほしいんです」

「そうね。ギルドと提携している宿屋は、どこもそこそこお金が掛かるし、ギルドの受付としては、一番はギルド直営の宿ね」

「ギルド直営の宿、ですか?」

「そうよ。ギルドの隣の宿屋がそうよ。設備は普通だけど、防犯はバッチリ。ギルドの初心者支援の一環としてGランク冒険者だけは、本来の宿泊費一泊銅貨30枚のところ、銅貨10枚に割り引いているのよ」

「そうなんですか」


 日本円に換算すると素泊まり3000円のところ、1000円で泊まることができるらしい。

 詳しく聞くと、食事はないので、このギルドの酒場で食べるか、少し割高の外食を取るかである。

 ただ、衣類の洗濯は、朝に纏めて部屋の籠に出しておけば、近所で雇っている主婦やギルドの依頼中に亡くなった冒険者の家族たちが手伝いをしてくれるらしい。

 地域支援や亡くなった家族支援の一環らしい。


「ありがとうございます。早速、ギルドの宿に泊まろうと思います。依頼は明日確認します」

「ええ、待っているわ。それとギルドの宿が合わなかったら、別のところに移ってもいいわよ。料理の美味しいところとかね」


 新人の俺に軽いアドバイスをくれる受付のメリーさんに、軽く頭を下げて、冒険者ギルドの隣に建つ宿に向かう。


「すみません。登録したばかりの冒険者なのですが、宿泊をお願いします」

「今年も来たな、新人たちが」


 宿屋の奥から怖面の男性が現れた。

 体格はガッシリとして筋肉質で、髭を生やした熊のような男性だ。

 宿の運営は、ギルド主体だが、新人冒険者の支援や地域支援の一環のことを考えれば、宿屋に似合わない男性は、ギルド職員の引退冒険者なのだろうか、と思いながら話をする。


「ギルドで、Gランク冒険者に限り一泊銅貨10枚で泊まれると聞きました」

「おう、その通りだ。それで泊まるのか?」

「はい。とりあえず、10日泊まろうと思います」


 俺は、銀貨1枚を取り出し、宿屋の主人に渡す。

 銀貨1枚で銅貨100枚相当なので、これで泊まれるはずだ。


「わかった。素泊まりだから、食事はギルドの方に行ってくれ。魔物の解体で出た屑肉や冒険者の保存食の残りが食事として、安く提供されている」


 これもお金がない新人への支援の一環だろう、と思いながら頷く。


「わかりました。ありがとうございます」

「今回の子は、礼儀正しい子だな。まぁ頑張りな」


 顔は怖面だが、悪い人ではなさそうだ。

 俺は、宿屋の主人から鍵を受け取り、教えられた部屋にやってくる。

 宿の内装は、実に質素だが、素泊まり銅貨10枚にしてはいいと思う。ただ、銅貨30枚だと微妙なためにやっぱり、稼げるようになると出ていくのだろう。


「さて、とりあえず荷物を降ろすか」


 俺は、ダミーの荷物である背負い鞄を下ろし、フード付きのコートをハンガーに掛けて、宿の部屋から出る。


「おっ、坊主は、これから出かけるのか?」

「ちょっと聞きたいことがあるんです。この宿って自炊してもいいですか?」

「一応、厨房を使うのは構わないが、食材は持ち込みだし、薪代は払ってもらう必要があるぞ」

「ありがとうございます。それじゃあ、この宿にお風呂とかありますか?」

「そんなものこの宿にないぞ。大抵、冒険者は、ギルドで汚れを落とさせてから来させるし、体を拭きたいなら、裏手の井戸を自由に使え。ギルドに隣接する建物だから宿裏は、それなりの広さがあるがな」


 湯を沸かすようなサービスは、この宿屋にはないようだ。


「それじゃあ、お言葉に甘えて、宿裏を使わせてもらいますね」


 俺は、そのまま宿屋の裏手に回ると、干し竿と井戸があるだけで、少し広い空き地が広がっていた。

 きっと冒険者の体が鈍らないように、素振りできるように広めに用意されたのだろう。

 そして、何故か宿屋の主人も俺の後についてきていた。


「あの……なんで私の後を付いてくるんですか?」

「礼儀正しいけど、いきなり変なこと聞いてくるんだから、心配になるだろ」

「あ、はい。そうですね」


 まぁ、一応変なことをする気はないので、そのままにして準備する。

 左腕に身に着けたプラチナの腕輪型の【アイテムボックス】から五右衛門風呂の風呂釜とブロック状に錬成した石を取り出し、簡易的な風呂釜を組み立て、中に底板を入れて、【水魔法】と【操水】で井戸から綺麗な水を汲み上げる。

 そして、竈の下で【ファイア】を生み出し、風呂釜の温度を温めていく。


 その間に宿屋の主人は、呆れたような目で俺を見ている。


「お前、ただの新人冒険者じゃねぇよな。どこにアイテムボックスで風呂釜運んで、生活魔法で即席で風呂を用意するやつが居るんだよ。どこのボンボンだ」

「あはははっ、その養い親の遺品でした。元、冒険者だったので。あと、歩いてきて汗とか埃で気持ち悪くて」

「まぁいいけど……せめて、人に見られないように仕切りを作れ」

「土魔法で地面から壁を作ろうかと思うんですけど……」

「アホか。そんなことやったら宿裏の地面がボコボコになるだろ!」


 そう言って、宿屋の主人は、ベッドシーツを干す物干し竿を移動して、冒険者が捨てたテントの布を掛けて仕切りを作ってくれる。


「ありがとうございます」

「いくら土魔法で作って直せるって言ってもやられたら、困るからな。けど、風呂か……」

「えっと……その体格だと風呂釜には入れないですけど、お湯要ります?」

「ああ、頼む」


 この瞬間、宿屋の主人と仲良くなれた気がする。


「俺の名前は、ライナスだ。坊主の名前は」

「俺の……いや、私の名前は、トールです」

「俺でいいさ。ってか、よく魔力が尽きないな」


 ライナスさんは、俺が維持する風呂釜の炎を見つめながら呟く。


「一応【魔力回復】と【魔力制御】スキルで回復しながら進めています」


 俺がそう説明すると、ライナスさんが呆れたように納得してくれる。

 そして、お風呂のお湯ができたので、ライナスさんが運んできたタライにお湯の一部を【水魔法】と【操水】スキルで移すとまた呆れられる。


「本当に、器用なことするな。もう一端の魔法使いだろ」


 そう言われたライナスさんが宿の方に戻り、俺も風呂に入ることができた。

 ただあまり人に見られても困るので、長湯せずに湯に浸かる。

 そして、風呂から出た俺は、【アイテムボックス】から着替えを取り出し、着替えた後、風呂釜を解体して、宿に戻ると宿の奥で体を拭いたのか、こざっぱりしたライナスさんがカウンターで待っていた。


「お湯、ありがとな。さすがに、冬は終わってもまだ寒い日が続くからな。温かいお湯で体を清められるのは嬉しいな」

「あのくらいだったらお安いご用ですよ。それじゃあ、少し調理場を借りますね」

「ん? 何するんだ?」

「【アイテムボックス】持ちだと分かると思いますけど、時間経過が普通なので家から持ち出した食材を使っちゃわないとダメなんですよ」


 そう言って、腕輪の【アイテムボックス】から取り出すふりをして、【空間魔法】の収納空間から食材を取り出す。


「お前さん。だから、調理場のこと聞いてたのか」

「一応、自炊はしてましたからね」


 そう言って、今度は竈の周りを確かめる。

 一般的な竈であるが、日々のメンテナンスが足りないのか、それとも時折使う人が乱暴に使うのか煤の汚れに隠れて亀裂が入っているのを見つける。


「あー、ちょっと壊れてるな。――【錬成】」


【錬成変化】を誤魔化すために錬金術っぽく呟き、竈を修理する。


「おー、俺も気になってた竈を修理してくれたのか」

「ただ勝手にやってるだけですよ。さて、料理作りましょうか」

「俺の分も作ってくれ。ギルドの方から堅焼きパンを貰ってくるから」

「それならスープも作りましょうかね」


 そう言って、肉野菜炒めと干しキノコから出汁を取った野菜のスープなどを作り、ライナスさんが持ち込んだ硬い鈍器のような堅焼きパンを食べやすいようにナイフで切り分ける。


 そして、夕方のいい頃合いに、他の宿泊者たちが帰ってくる前に俺とライナスさんが早めの夕食を取る。


「はい。肉野菜炒めと野菜スープ、パンは硬いからスープに付けて食べてね。いただきます」

「旨そうだな。早速――」


 ライナスさんは、無言で祈りの挨拶をする。


「うめぇな。肉野菜炒めがちょっとピリっとしてるな」

「塩は、俺の持ち込みだし、ピリッとしてるのは多分、森で自生するハーブを調合して作った調味料だね」

「あー、こっちの野菜のスープは胃が温まって旨いし、パンも旨いスープに浸すから食べられる」


 俺としては、スープに浸してもパンはまだまだ硬く、何度も噛み締めて食べられるのだが、ライナスさんは顎が強靱なのだろう。


「トールは、本当に多芸だな。なんで冒険者なんかになったんだ?」

「受付のメリーさんにも話したけど、養い親が亡くなって、冒険者になりに来た。あと、【錬金術】で作りたいものがあるんだ。だから、冒険者をやりながら、【錬金術】を生かそうかと思ってる」

「あー、なるほど。お前さんは、生きる糧のために冒険者をやる口か」

「そんな感じかな。それに作りたいものを作るのに、幾ら掛かるか分からないから」


 俺は、パンを千切ってスープに浸しながら食べると、ライナスさんが色々と教えてくれる。


「それなら、【商業ギルド】にも加入するといい」

「商業ギルド?」

「ああ、【錬金術】やらで何か道具を作るなら、【冒険者ギルド】よりもちゃんと扱ってくれるし、上手くいけば金も稼げる」


 まぁ、年会費とか必要だけどな、と言われ、俺は悩む。


「うーん。それだったら先生からポーションの作り方とか習ったから、ポーションを売るのは?」

「そっちもできるのか。【商業ギルド】でも売れるが、【調合ギルド】に加入した方がいいな」


【商業ギルド】は、物品などの売買に関する組合組織に対して、【調合ギルド】は、薬師や錬金術師が作るポーションを扱い、その品質や生産者の保護と管理、調整をしているとのこと。


「【冒険者ギルド】に【商業ギルド】、【調合ギルド】かぁ。全部に加入しなきゃいけないのか。大変そうだな」

「まぁ、とりあえず【冒険者ギルド】で真面目に働いて、余裕がでてきたらそっちの方に掛け持ちの相談したらいいさ。それかギルドを移って安定した生活を手に入れてもいい」


 そうして、他にもこの町のことを聞いたりして、怖面の宿屋の店主との楽しい食事を終えた。

 食べ終わった食器を片付けた頃、依頼に出ていたらしい新人の冒険者たちが疲れた顔で宿に入って自室に向かうので、俺は軽く会釈して借りた部屋に入る。


「――【ライト】。ふぅ、ライナスさんからいい話を聞けたな」


 とりあえず、この町での生活を安定させながら、それらのギルドについて調べるとしよう。

 他にも調べるべきことは、たくさんある。


「明日は、Gランク依頼を受けたらギルドで閲覧できる資料が無いか見せてもらおう」


 俺は、ベッドに横になり、ぼんやりと天井を見上げる。

 そして、久しぶりのベッドに安心して、魔法の明かりが消えた頃には、自然と眠りに就くことができた。


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