31話
31話
本格的な冬が到来し、吹雪に見舞われ、ダンジョンまで出かけることが難しくなった俺たちは、家の中で暖かく過ごしていた。
俺は余った魔力をティエリア先生に譲渡し、少ない魔力で程よい温かさにしたベッドでゴロゴロしている。
ティエリア先生は、俺が作った紙束の本とペンを【念動力】スキルで操り、何かを書いている。
「先生、何を書いているんですか?」
『うん? これは、トールくんの役に立つ【調合】のレシピ本よ。エルフたちに伝わる秘伝の薬とか、昔受けた依頼で集めた素材の使い道、合金レシピの素材を思い出しながら書いているのよ』
ティエリア先生が本に残す内容は膨大で多岐に渡るが、専門書ではなく覚え書きやメモ程度に内容が少ない。
だが、素材の組み合わせと実物さえあれば、俺の【錬成変化】の解析能力により、専門的なことが分かる。
それを分かったうえでティエリア先生は、200年保つ【保護】の魔法陣を刻んだ本に書き残し、俺に穴だらけでも知識を伝えようとする。
「先生、無理はしてない? 【念動力】を使ったり、保護の魔法陣を刻んだりとか。俺が寝ている間にも本を書いたり、どこかに行ってるでしょ」
『ふふ、心配しないで。ただ、ちょっとMPが足りないから夜に寝ている魔物から貰っているだけよ』
そう言ってティエリア先生は、微笑むが、神霊は寝ることも休むこともない。
一緒にゴロゴロしようと誘ったのに、先生は全然休まないので、心配になる。
「先生も一緒に休みましょうよ。こう寒い中で布団に包まると気持ちいいですよ」
『ごめんね。私は、眠ることができないの。でも、微睡むのは好きだったわ。起きているか、寝ているのか分からないふわふわした感じ。もう一度味わいたいわ』
そう言って、俺に背を向けたまま小さく笑い、本を書き続けるのを止めない。
「先生は、俺がこの森を旅立ったら、一緒に旅をする?」
『そうね。それも素敵ね。でも、私は付いていけないわ』
ベッドの中からティエリア先生の背中を見つめる中、ティエリア先生が穏やかな口調で語る。
『私もトールくんと旅をしたいし、色々と教えたい。けれど、私は、アーライダ様の神霊としてお勤めを果たさないと』
たとえ、生前より弱くなり、500年遅れてしまっても、それは変わらない、と言う。
『神霊の安息地は、神の御許よ。だから、いつまでも地上には居られない』
「……先生」
だから、トールくんの旅立つ時がお別れね、と言われる。
生者と死者では、どうしても交わり続けることはできない。
ティエリア先生はそんな覚悟を持っており、少しでも旅立つ俺の手助けになるように本を書くのを止めない。
俺は、そんなティエリア先生の背中をただ見つめ続ける。
翌日には吹雪が止み、俺たちは外に出る。
「おおっ、一面銀世界」
俺の腰まで雪が積もる中、【熱量交換の粘土版】の周囲だけは雪が溶けて道になっている。
「ダンジョンまでの道は、大丈夫かな」
『とりあえず見に行きましょう』
俺は毛皮のコートや手袋などで厚着をして、いつもの装備でダンジョンに向かう。
吹雪の後の快晴のために、暖かい空気が上空に逃げてかなり冷え込む。
だが、足元の粘土板からほんのりと暖かい空気が立ち上がっているので、ダンジョンまでの道はそれほど辛くはない。
【凍結防止の粘土板】が雪を溶かしていることを確認した俺は、ダンジョン前で止まり、振り返る。
「先生、行ってきます」
『ええ、行ってらっしゃい』
俺は一人ダンジョンに向かい、前回の続きとしてマッピングの続きをする。
ダンジョン内は魔物が再配置されているが、内部構造に変化がなく、第一階層のマッピングはすぐに終わる。
そして、その途中で宝箱を見つけた。
「罠はなし、魔力の反応なし、軽く衝撃を加えても、違和感なし、よし――開けるか」
罠やミミックなどを警戒して、初めての宝箱を慎重に開けると、中には一本の短剣が入っていた。
「おっ、武器?」
早速鑑定したところ――【解体ナイフ】という【解体Lv1】のスキルが付いた武器だ。
これで魔物を解体すると、綺麗に剥ぎ取れるらしい。
「……ダンジョン産の魔道具は、スキルが付いてるのか」
俺が作った【熱量交換の粘土版】や【発熱の魔道具】を鑑定したが、【生活魔法】や【熱操作】のようなスキルはない。
つまり、魔法文字などで作る付与効果は、疑似的なスキルなのだろうと考察する。
「そうなるとティエリア先生の言うとおり、ダンジョン産の武器や儀式で生まれるスキル付きの魔道具は、俺の槍と同じ?」
【錬成変化】で武器のスキルが脱着可能なら、ダンジョン産の魔道具のスキルも同様のことができると思う。
「とりあえず――【錬成変化】!」
スキルの抽出を試みたところ、手応えがあり、そのまま武器のスキルを取り出す。
【スキル珠】――スキル【解体Lv1】
「魔物だけじゃなくて、ダンジョン産の武器からもスキルが得られるんだな。武器固有のスキルとかがあれば面白いかもな」
俺はそう呟き、【解体】のスキル珠を取り込み、ダンジョンの探索を再開する。
第二階層に向けて進み、遭遇する魔物は倒すが、初日のように荷物を多くすると重くなるので、ほとんどのアイテムを捨てて進む。
時折、倒した魔物から宝箱が出現し、その中に銀貨やスキル付きの魔道具などがあったので、それは回収して、第二階層に進む。
「ここが第二階層……あんまり変わらない」
黄色いレンガ造りは変わらず、出現する魔物も森で見かける魔物がほとんどだ。
さすがに水棲魔物はいなかったが、数匹のフォレスト・アントやリザードマン、オークなどを発見する。
集団だったり、泥濘む湿地、近接の腕力が厄介なのだが、対処方法さえ分かれば苦労はしない。
同じようにマッピングしたところ、2階層でも宝箱を見つけたが、違和感と言うか、魔力の揺らぎのようなものを感じる。
「罠か? それとも、ミミック?」
蜘蛛糸のロープを操り宝箱を縛り付けるとガタガタと暴れ始め、そこで俺は鑑定結果が偽装されていたことに気付く。
ミミック――所持スキル【擬態Lv8】【アイテムボックスLv3】【宝物守護Lv5】【奇襲Lv7】
中々に優秀なスキルを持ってるな、と思いながら暴れるミミックの蓋を脚で踏んで押さえつける。
「さて、どのスキルにするか……。ああ、そういえば、俺のステータスって異常だよなぁ」
年齢の割に高いレベルと膨大なスキルは、隠さなきゃいけない。
それを考えると、鑑定結果を偽装した【擬態】スキルを取り込み、偽装系スキルの取得を期待したい。
「まずは、【擬態】だな。――【錬成変化】!」
ミミックが激しく暴れる中、抽出した【擬態】スキルを取り込むと狙い通り【偽装】スキルを手に入れた。
「よし。最悪手に入らなかったら盗賊のアジトを襲って【偽装】持ちを探していたから、結果はよし、と」
だが、ステータスを偽装できるのはいいが、悪用だけはしないでおこうと心に誓う。
そして、次のスキルは、もう決まっている。
「【アイテムボックス】は、絶対に欲しい」
アイテム保管や運搬に便利なスキルを抽出すると、押さえつけていたミミックの宝箱の蓋が内部の圧力で押されるように開き、粘液塗れの宝石、お金などを吐き出す。
アイテムボックスのスキルを失ったために宝物を吐き出したのだろう。
「うぉっ、ミミックが貯め込んでいたお宝か!」
既に二度の【錬成変化】で息も絶え絶えのミミックは、あと1回スキルを抽出したら絶命するだろう。
「うーん。高レベルの【奇襲】スキルは便利だろうけど、やっぱり【宝物守護】も捨てがたいなぁ」
ミミックという魔物は、この二つのスキルの相乗効果によって侵入者を撃退しているのだろう。
「【奇襲】は、もう持ってるし、他の機会でも経験値を稼げるだろうから【宝物守護】だな。――【錬成変化】!」
そして最後のスキルを選び取り、ミミックが絶命する。
「とりあえず、【収納】で取り込んで、ここの宝箱を回収しないとな」
俺が【アイテムボックス】のスキル珠を取り込むと、【空間魔法】のスキルに変化した。
そして、【空間魔法】と【空間把握】スキル、あとイメージでアイテムボックスのような収納空間を作り出す。
俺は、ミミックが吐き出した粘液塗れのお宝を水魔法で洗浄しながら、収納空間に回収する。
どうやら、【空間魔法】もしくは【アイテムボックス】のスキルレベルによって収納できるアイテムの量に違いがあるようだ。
後でティエリア先生に【空間魔法】に関して聞いたが、スキルレベルが4を超えると、【空間収納】に時間遅延が発生し、レベル6で時間停止、レベル10で収納容量が無制限になるようだ。
収納容量もレベル1で10個まで収納でき、1レベル上がる毎に10倍になるので、レベル6の段階でも100万アイテムが時間停止して収納できると考えると、現実的に使い切れない容量である。
「あー、【空間魔法】って凄い便利だなぁ。次にミミック見つけたら【アイテムボックス】のスキルのまま、さっき見つけた宝物の何かに付与して使おう」
俺のステータスに取り込んで統合させてもいいが、【アイテムボックス】は別で欲しい。
レベル4まで上がれば、時間遅延が発生し、容量も1000アイテムから1万アイテムに増えるが、すぐにはレベル4に上がらないだろう。
それなら、【アイテムボックス】の魔道具にして利用した方が便利だろう。
「けど、まさか、ミミックから【アイテムボックス】が作れる可能性があるとは思わなかった。それに【空間魔法】はほんとアイテム回収に便利」
ただ【空間魔法】の欠点としては、アイテムの収納と取り出しの時に、MPを消費する。
なので、【収納空間】に大量の海水を取り込み、そして放出するなどという芸当は無理なのだ。
そもそも魔法のMP効率的に悪く、もし可能とするなら神霊であるティエリア先生クラスのMPが必要になるだろう。
二階層の探索は半ばだが、ダンジョンに長く潜っているとティエリア先生を待たせてしまう。
今日は一定の成果もあったし、体感で日暮れ前に帰れるように俺は行動する。