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28話

 28話


 家に帰り、ポイズンブラック・スパイダーの糸袋から錬成した糸を手に持ち、【操糸】スキルを検証してみた。

 風に揺られる糸に魔力を通すと割と自由に動かせる感じである。


 他にも、糸袋から生成した糸を編み上げて太いロープ状にした物も操ることができた。

 更に魔力を籠めてロープを振るうと、鞭のように操ったり、物に巻き付いて引き寄せたりすることができたので、【操糸】スキルの対象は意外と広いようだ。


 そんな検証を終えた俺は、木の樹皮を編んで作る籠を持って川辺に向かっていた。


『トールくん、今日は何をするの?』

「前に北の方にダンジョンがあるって言いましたよね。けど、冬場は雪が降って通うのに大変そうなので、発熱の魔道具を作って、道に設置しようかと思うんです」


 そのために、ティエリア先生の回復ついでに、森の魔物狩りで魔道具の素材の魔石を集めていたのだ。

 そして今日は、発熱の魔道具の基礎となる粘土を集めに来た。


 熱量は、高い方から低い方に移るのでみっちり発熱の魔道具を並べなくても、一定間隔並べれば、雪が溶けると思う。

 魔道具の設置のついでに、邪魔な木などを伐採して薪などにしようと楽しい気持ちで計画していたのだが、ティエリア先生が申し訳なさそうにしている。


『えっとね。トールくん、確かに最初に教えた発熱の魔道具を応用すれば、凍結防止のタイルはできるわ。でもね、難しいと思うわ』

「どういうことですか」

『理由は継続時間ね。例えば、雪が降る期間が12月から3月までの約4ヶ月。天候不順とかを考えると、11月から4月まで見積もっても約半年は保たせないとダメなのよ』

「あっ、なるほど……」


 俺が学んだのは、ただ単純に人肌温度に発熱させる魔道具だ。

 では、より効果期間を延ばす方法には、上位の素材を使い、より複雑な魔法文字を刻まなくてはならない。


「そうなると、刻む魔法文字や素材の選定をやり直さなきゃダメですね」

『そうなのよ。でも、幸いトールくんには【火魔法】があるから加熱の魔法で温めながら雪の中を進めるわね』


 確かに【ヒート】の魔法があるので、除雪はできるが、ダンジョン突入前から消耗を強いられそうだ。


「とりあえず、効率化できるように試してみます。なので、先生には相談に乗っていただけますか?」

『トールくんが好奇心に目を輝かせている。うん、分かったわ。トールくんが失敗しても、それを糧とするでしょう。私も相談に乗るわ』


 そうして俺は、ティエリア先生から生温い視線を受けながら、粘土を持ち帰る。

 そして、粘土から魔道具の素体となる粘土版を錬成し、どんな風に魔法文字を刻めば、【凍結防止の魔道具】が効率的にできるか模索する。


「うーん。単純に凍結。雪が積もらない、凍らない状態になればいいんだよな。それなら、温度は、1度あれば十分なんだよな」

『ええ、そうね。温度をギリギリまで下げれば、その分発熱時間は延びるわね。けど、周りのタイルを温める温度が低いから相当な数を敷き詰めないとダメなのよね』

「あっ、そうか。なら町とかでは、雪が降った時はどうしてるんですか?」

『やっぱり人力ね。それぞれの家が雪置き場の空き地に捨てていたわ。大通りの商店なんかは、冒険者に依頼していたわね』

「じゃあ、凍結防止の魔道具は、技術だけのものですか?」

『いいえ、町が保管して重要な道路に冬場だけ設置したり、貴族や商人が自分の家に設置したりしているわ』


 なるほど、季節毎に設置しなおしているのか。

 それに場所を限定して使っていたり、金持ち相手の魔道具なのか、と納得する。


『それじゃあ、あるところから熱を持ってくる、ってのはどうですか?』

「あるところから熱を持ってくる?」


 俺の質問にティエリア先生が逆に小首を傾げる。


「例えば、日中の日差しの熱を蓄えて、一定の寒さになったら、放出するみたいな」


 前世のソーラーパネルのような感じで外部エネルギーを活用する方向で提示すると、ティエリア先生は、真剣に検討してくれる。


『発想は悪くないわね。でも、それだと熱を溜めるために通年を通して設置しなきゃいけないでしょ?』

「それは、ダメですか? 再設置の手間が省けるんじゃ?」

『日光の熱の吸収と保存、放出だと、凍結防止の魔道具としては、とても高価な素材を使うことになるわ。それにもし熱量を蓄えたまま破損して一気に熱量が解放されたらどうなる?』

「あっ……すごい危険ですね」


 一瞬で熱量を放出して魔道具の周囲が高温になり、危険だ。

 それどころか、凍結防止のために一定間隔で設置した別の魔道具が熱で壊れた場合には、連鎖的に熱量の放出が発生し、町一つが火の海に包まれる光景を想像する。


「お、俺は、恐ろしいことを考えてたんですね」

『ええ、私もトールくんの発想力には、驚きよ。そして、同時に私に相談してくれたことに安堵するわ』


 大魔法使いのティエリア先生のアドバイスは、魔道具作りの本職ではないが、安全面を考察するうえでとても大事だった。


『でも、熱をどこからか持ってくるのは、悪い発想じゃないわね。無から生み出すよりも有るものを利用する方が楽なのは、魔法の基本だもの』

「そうですね」


 一つの方向性は見えたが、どうすれば低コストで凍結防止の魔道具ができるか。


「うーん。熱を貯め込むんじゃなくて、温かい空気と交換する? どこかで焚いた火が発する熱量を供給するみたいな」


 発電所で生み出した電力で各家庭のエアコンを動かすみたいな、そんなイメージだが、そうなると、膨大な施設が必要になり、実現不可能だ。

 別の方法では、空気中の熱量をかき集める方法もあるけれど――


「違うなぁ。空気中の熱をかき集めると広い範囲を指定しなきゃいけない。それに冬場の気温は安定しない。もっと身近な熱……」


 空を見上げれば、柔らかな太陽の日差しを感じることができる。

 吸い込む空気は、涼しい秋風だが、氷が凍るほどではない

 だが、太陽の日差しを利用するのは、危ない。そうなると――


「地面か」

『トールくん、どうしたの』

「――【錬成変化】!」


 俺は、畑の傍まで歩き、その場で一メートル程度の穴を錬成して、その中に手を差し込み、土を柔らかく元に戻す。

 土に包まれる腕と外気に晒される肌とでは、土の中の方が温かく感じる。


『ど、どうしたの、トールくん! いきなり土に腕を埋めて!』


 俺の行動が奇異に映ったのか慌てるティエリア先生に、俺は穴から腕を引き抜き答える。


「先生、土とか地面、交換を意味する魔法文字は、どんな文字になりますか?」

『えっ、えっと、こんな感じよ』


 先生は、【念動力】のスキルを使い、粘土板にその魔法文字を刻んでくれる。


「ありがとうございます。早速、試して――『トールくん』――」


 俺は、そのまま凍結防止の魔道具を作ろうとするが、先生に止められる。


『その前に、お風呂に入りましょうか』

「あ、はい……」


 汚れたまま作業させないという強い意志を感じ、ティエリア先生に風呂に入ることを勧められ、風呂の用意をする。

 そして、風呂に入って汚れを洗い流し、土で汚れた衣類を洗った後、水気を拭いて着替えて改めて粘土板に向かう。


「えっと、先生が彫ってくれた文字は――」


 既に乾いた粘土板から文字を写してノートにメモを取る。

 そこから狙った現象を起こしやすいように魔法文字を組み合わせて一文を作る。

 この際、転生時に貰った翻訳能力により、文字の確認が非常に楽である。


「えっと、地下って表したいけど、地表を境にマイナスに関係する魔法文字を学んでないから下とかの単語を組み合わせて――『地表から、下、5メートル、熱、交換』って感じかな」


 地面と地中の二点間で熱量を交換する魔道具だ。

 土中の温度は一定であるために、それを利用することができれば、雪が積もることがない。

 熱量交換ということで、冷えた粘土板の熱が地中に移っても、すぐに地中の熱が伝わって均一化するので、安定した熱を得られるはずだ。


「ただ、発熱に比べると文字数が増えたな」

『でも、凄いわよ。【凍結防止のタイル】の魔道具に比べたら、格段に文字数は削減されているはずよ。まぁ、500年前の知識だから、多少は改良されているだろうけど、かなり効率が良いんじゃないかしら?』


 それに、二点間の熱量交換なので必要なのは、火属性の魔石ではなく、土属性の魔石になる。


『とりあえず、魔道具の試作品を作りましょう』

「まずは、試してからまた改良しましょう」


 俺は、粘土板にナイフで魔法文字を刻み、粘土板を錬成して固め、魔法文字の溝に土属性の魔石とマナポーションで作った溶液を流し込み、魔力を放出して定着させる。

 そして、できた【熱量交換の粘土板】を地面に設置したところ、確かに地中の熱を吸い上げているようだ。


「できたけど、どれくらい保つのかな?」

『そうね。ただの熱の移動だから、1週間とかじゃないかしら』

「どうして、そう判断したんですか?」


 できた魔道具の耐久力を短時間で判断するティエリア先生に尋ねると、微笑まれた。


「【魔力感知】すれば、分かるわよ」

「【魔力感知】ですか? ……あっ、そうか」


 地面に設置した【熱量交換の粘土板】は、確かに熱量を交換している。

 だが、俺の刻んだ魔法文字から魔力が零れているのが分かる。


「魔力操作できてない俺みたいな状態か」

『そうよ。攻撃系や使い捨て魔道具だと、こうして放出された魔力が魔道具の威力を引き上げる場合があるけど、継続型の場合には、魔法文字よりも魔法陣を刻んだ方が良いわね』

「先生、知ってたなら教えてくださいよ」

『ふふっ、失敗も経験よ』


 俺は、少しだけ頬を膨らませるとティエリア先生に微笑まれ、頭を撫でられる真似をされる。


「それじゃあ、先生。魔法陣のご教授をお願いします」

『ええ、とは言っても難しいものじゃないわ。魔法陣は、一種の扉や門のイメージだったり、内部と外部の境界とされる場合があるわ』

「それって、召喚とか、結界みたいな感じですか?」

『そうよ。私の精霊魔法も魔法陣を描いてそこを通って精霊が召喚することがあるわ。それで、今回の場合には、漏れ出る魔力を内側に留める役割よ』


 先生が試しに、一つの真円を新たな粘土板に刻む。


『この内側にトールくんが作った熱量交換の魔法文字を刻むわ。そして外側に『循環』と『境界』を意味する魔法文字を刻むの』


 内側と外側に二重の魔法文字を刻んだ魔法陣ができあがる。


「先生、五芒星とか六芒星とかは使わないんですか?」

『それは、前世の知識かしら?』

「はい。そうした創作物があるんです」

『確かに幾何学模様も魔法陣では使われるけど、より複雑な魔法陣を作るために使うわ』


 例えば、と言いながら、発火の魔法文字を刻んだ魔法陣を描き出す。

 そして、円の外側には『循環』と『収束』を描き、その魔法陣を囲うように五芒星の線が引かれ、さらに外側の大きな円には、『増幅』や『発射』の魔法文字が刻まれる。


「これは、ファイアーボールの魔法陣よ。こんな風に魔法陣が作られたり、並列的に魔法陣を組み込む時に使われるわ」


 俺の熱量交換の魔法陣は、とてもシンプルだから小さな魔法陣で収まった。

 もしも複雑な魔道具を作るとしたら、どれだけ複雑な魔法陣を刻む必要があるのだろうか。

 それに、魔道具の素体の面積によって細かな魔法文字を刻まなければならず、また魔法文字や魔法陣の箇所ごとに流し込む溶液の種類を使い分けて、定着させるのだろう。

 そして作って実際に使用して、初めて完成品か、不具合を抱える不良品か分かる。

 魔道具とは、本当に高価な品なのだな、と理解する。


『私が教えたことは、古い知識よ。だから、トールくんは、これを基礎にして外の世界で色々と学んでね』

「はい、わかりました」


 そうして俺は、ティエリア先生の指導の下、魔法陣を刻み【熱量交換の粘土板】を改良した。


 ちゃんと魔力を循環し、効率的に運用できているようだ。

 また、粘土板と溶液に粉末にしたフォレストボアの牙を加えたために、魔道具の耐久力と持続力が向上した。


 その結果、ティエリア先生の見立て通りに1週間だった試作品に比べて、長く保っている。

 性能テストのために【熱量交換の粘土板】を設置し、水を撒いて【錬成変化】で周囲を凍結させ、どれほどの時間で溶けるか計測した。

 その結果は、十分に冬の間雪を溶かしてくれると判明し、そこで同じものを幾つも作り上げ、ダンジョンまでの道のりに設置するのだった。



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