27話
27話
ティエリア先生を縛る【地縛霊の鎖】を取り除いてから少しの時間が経った。
【錬成変化】の反動で裂けた腕から血を流し続けたことによる貧血で三日間は、ベッドの上の住人になっていた。
ユニークスキルは、その人固有のスキルであるために魂に密接に絡んでいたり、強固な存在である。
それを抽出するには、かなりの反動があることが今回のことで分かった。
そして、森の秋が深まってきた。
「寒くなってきましたねぇ」
『そんな感じねぇ。森も赤や黄色に色付いて綺麗ねぇ』
俺は、いつもよりやや厚着の装備を身に着け、ティエリア先生と共に森に来ていた。
『トールくんは、すっかり元気になったわね』
「肉を食べましたし、【回復速度強化】のスキルもありますから。先生の方は、俺に回復魔法を使った負担はないですか?」
『魔力をちょっと使っただけよ。でも、こう移動できると回復が早かったのね』
地縛霊として廃村に縛られていたティエリア先生は、すれ違うようにゴブリンの頭部に触れる。
そして、触れた瞬間にHPとMPを吸い取り、ゴブリンの緑色の肌がくすんで、体が枯木のように萎れて絶命する。
「先生、どれくらいMPが溜まりました?」
『今は、8万くらいね』
「それじゃあ、冬場までに地道に戻しましょう」
【錬成変化】の反動で傷つく俺にティエリア先生は、回復魔法を使ってくれた。
また、貧血で倒れた俺の代わりに料理や家の周りのことを【念動力】スキルで行なってくれたために、少しずつ溜めた10万のMPが6万まで減っていたのは申し訳なく思う。
そして、俺という人間の性質なのか、一度蓄えたものが減ると、ちょっと不安になる。
貯金額が一桁上がると使えなかったり、ゲームでの所持金が一定金額を割らないように無駄狩りに勤しんだり――
とりあえず、ティエリア先生のMPを元の10万まで戻すために魔物狩りに出かけ、そのついでに魔道具用の素材も確保している。
『トールくんは、冬の支度を大体整えているけど、冬は何して過ごすの?』
「そうですね。ダンジョンに通いたいですね」
『前に言ってた北側のダンジョンのことね』
俺とティエリア先生は、森で見つけた魔物――レッド・ベア、ブラック・スパイダー、マッドフロッグ、リザードマンなど――を倒しながら、談笑する。
「そういえば、冒険者って冬場何をしてるんですか? 討伐ですか?」
『冬場の魔物討伐は、基本しないものよ』
「それは、雪で遭難したり、消耗が激しいからですか?」
『それもあるわ。けれど、そもそも冬場は、冬眠する魔物が多いから討伐依頼自体が少ないのよ』
寒さに対して冬眠する魔物は、人里に降りてこないので、討伐依頼が出されない。
逆に、素材が必要な場合には、必要数を見越して依頼が出されたりする。
「じゃあ、冬場でも活動する魔物は、どうしてるんですか?」
『その場合は、そもそも魔物の方が寒さに耐えきれなくて勝手に死ぬのよ。代表的なゴブリンなんかは、冬場は巣に籠って子作りするけど、それと同じペースで共食いが起こるのよ。そうして一冬を越したゴブリンは、能力が少し高いから春先の魔物は、厄介なのよね』
「じゃあ、なんで冬場に討伐しないんでしょうね」
『所詮は、ゴブリンとかの弱い魔物だし、冬場に討伐するほどの旨味はないのよ。だから、秋に大規模なゴブリン狩りをギルドが主導する地域があったわね』
冬場は、冒険者を休業するか、季節問わず活動できるダンジョンや南方に移動するらしい。
ここは、北方に近い地域なので、雪も若干深いらしい。
『けれど、本当に良かったの? 私が魔物を倒すと、スキルが得られないわよ』
「俺の目的は【成長因子】の拡散ですから、別に強くなる必要ないんですよね。できれば、行商人として各地を漫遊して人々に因子を拡散するとか。ただ……」
その時、俺とティエリア先生の目の前に木々を伝って、一匹の魔物が飛び掛かってくる。
俺は、【気配察知】や【魔力察知】でその存在を認識していたので即座に槍で迎撃する。
空中で槍先と魔物の前脚の爪がぶつかり、大きく尻尾の糸を引いて近くの木に着地する。
『ギジジッ――』
「ただ、襲ってきた魔物は、適度に俺に回してください。腕が鈍らない程度に相手したいんで」
『ええ、分かっているわ』
俺の目の前に降りてきたのは、ブラック・スパイダーの上位種であるポイズンブラック・スパイダーだ。
毒と糸を使い襲ってくるDランク魔物で冬籠もりのために、餌を集めているようだ。
「地面に接していないから【錬成変化】は使えない。そうなると――」
俺は、槍先を下から上に振り抜き、その瞬間だけ、魔力を籠める。
「――【飛斬】!」
武器に魔力を籠めて発動する武技による遠距離攻撃がポイズンブラック・スパイダーを襲う。
飛ぶ斬撃が迫り、慌てて別の木に飛び移るポイズンブラック・スパイダーだが、斬撃の方が早く辿り着き、二本の脚が斬り飛ばされる。
その反撃とばかりに口から毒液を飛ばすが、これは魔法で防ぐ。
「――【ウォーター・シールド】!」
水の盾を生み出し、操作して毒液を防ぐ。
そして、半透明な水の盾越しに【飛斬】を再び放てば、今度も二本の脚が斬り飛ばされる。
「残り4本か」
『シャァァッ――』
次で飛んだ先では、尻先を掲げて糸を放ってくる。
そこで俺は、腕と槍を押さえ込まれたが、ティエリア先生は心配しない。
「前に放置されていたブラック・スパイダーの巣を確認したけど、糸の強度は変わらないか。――【トーチ】」
ボッと小さな火が腕と槍を絡め取る糸に引火し、焼き切れる。
そして、千切れて緩んだ糸を力で引き千切り、今度は別の武技を使う。
「――【裂空穿】!」
魔力の籠った突きによる遠距離攻撃は、蜘蛛の片側の脚を綺麗に砕いていき、胴体が地面に落ちる。
地面に落ちたので即座に【錬成変化】で拘束して、その後槍の石突きで脚を砕く。
『お見事。けど、油断しないようにね。スパイダー系は、毒牙と糸があるからそこも塞ぐように』
「はい、先生」
俺は、ポイズンブラック・スパイダーの頭部をより硬く拘束し、尻尾先を土で塞ぐ。
どうやら、八本の脚を全て奪われ、抵抗できないようだ。
「さて、スキルを抽出するか――【錬成変化】!」
俺は、ポイズンブラック・スパイダーから三つのスキルを抽出していく。
【スキル珠】――DEX+1スキル【操糸Lv3】
【スキル珠】――DEX+1スキル【糸生成Lv3】
【スキル珠】――DEX+1スキル【毒生成Lv2】
この三つのスキル珠を手に入れた。
『ねぇ、トールくん。この【糸生成】と【毒生成】のスキルを取り込むとどうなるの?』
「取り込んだことないので、分かりませんけど、大丈夫だと思いますよ」
『……トールくんから毒が染み出しても、お尻から糸が出るようになっても大切な生徒だから!』
それは、慰めになっているのだろうか。
だが、スライムから【吸収】スキルを手に入れた時、人間の体にあった【消化】スキルに変わったので、それに期待してスキルを取り込む。
【操糸】スキルはそのままに、【糸生成】が生産スキルの【裁縫】に変化し、【毒生成】スキルは【調合】スキルに統合された。
確かに、【裁縫】スキルには糸を紡ぐ紡績作業があるし、毒も使い方によっては薬になるので納得だ。
内心、人外にならなくて済んでホッとしている。
「先生。逆に尋ねたいんですけど、この【操糸】スキルって何に使うんですか?」
『えっと、例えば、鋼糸を操ったり、ワイヤートラップの扱いが上手になるスキル……なんだけど、どちらかと言うと私には、いい思い出がないスキルね』
「あっ……」
鋼糸などは、どう見ても暗殺者御用達の暗器だ。
ティエリア先生は、暗殺者に狙われて殺され、暗殺者や暗殺者に指示を出した者を呪ったために地縛霊になった。
そのことを考えると、安易に使えないなと思う俺にティエリア先生は、慌てて【操糸】スキルをフォローする。
『スキルはスキル。ただの力よ。だから、トールくんの力は自由に使えばいいわ』
「そうですか。俺が余計な気を回しただけですね」
俺が困ったように笑うとティエリア先生は、あっと小さな声を漏らし、何かを思い出したようだ。
『昔依頼の護衛をした貴族の女の子は、【操糸】を覚えたことでとても便利になったことがあったらしいわよ。――確か、編み物や刺繍が得意になったって』
「そ、そうなんですか」
『冬場の暇な時でも刺繍とか、編み物でもやってみない?』
「綺麗なレース飾りとかできますかね?」
『教本がないし、私は刺繍をやったことがないからわからないわ』
この話題は微妙に会話が続かず、俺たちは倒れたポイズンブラック・スパイダーの死体を見下ろす。
『とりあえず、素材だけ回収して帰りましょうか』
「そうですね」
ポイズンブラック・スパイダーからは、糸袋と魔石を手に入れた。
毒液は、使う用途も保存容器もなかったので、その場で分解して捨てた。