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25話

 25話


 通常の付与とは、魔道具の素体――この場合は、剣に魔法文字や魔法陣を刻み、そこに魔石や魔物の素材を砕いて配合した溶液を流し込み、魔力と共に定着させる、というのが一般的らしい。

 素体や魔石、魔物素材の溶液から力を引き出し、刻み込んだ文字で制御する。

 

「うーん。この場合の素材の力を引き出すってのは、魔物素材に残る【スキルの残滓】を引き出す、ってことなのかな?」

『ふふっ、面白い解釈ね。もしトールくんが【スキルの残滓】を抽出する前と後の素材で結果が変われば、そうなのかもしれないわね』


 俺は、そう呟きながら、ティエリア先生が空中に指で描く軌道をなぞるように、ノートに魔法文字を書き残していく。

 肉体のないティエリア先生が手本を残せず、こうした迂遠な方法で魔法文字を一つずつ伝えてくるが、それでも新しい技術を習得するのは楽しい。


 俺は、初歩である発熱の魔道具の作り方を学び、それをノートにメモを取っていく。


「へぇ、これが発熱を制御する魔法文字。なんだか回路みたいですね」

『回路?』


 俺の呟きに、ティエリア先生が小首を傾げながら尋ねてくる。


「えっと、俺の前世の世界にあった、機械――だと分かりづらいな。カラクリって分かります?」

『ええ、木とかを組み合わせて動くものよね。昔にハンドルを回してカラクリ人形を動かす大道芸人がいたのを覚えているわ』

「そんな感じです。ハンドルを回すのが、魔力を籠める。その結果、内部のカラクリが力を伝えて、人形が動く、みたいな。それがもっと複雑になって、色んなことができる、みたいな」

『トールくんの世界には、そういうものがあったのね。確かに、刻む魔力文字を複雑化すれば、ダンジョン産の魔道具みたいな人の意志による操作を疑似的にできるでしょうね』


 けれど、複雑な挙動を起こすには、文字を刻む面積が必要になる。

 素材の相性や必要な魔石の大きさなど、様々な制限があるので、大抵は二つか三つの効果を付与するのが実用的だったりする。


「なるほど、できないのには、それなりの理由があるんですね」

『そうなのよ。まぁ、トールくんは初心者だから、発熱の魔道具を作ってみましょう』


 俺は、土から粘土板を錬成し、その粘土版の表面にナイフで魔法文字を刻む。


「熱を発する、温度は、人?」

『そうよ。その温度の指定のところを炎とかに変えて、温度調節ができるし、ちょうど狙い目の温度が難しい場合には、大きいや小さいって意味の魔法文字を組み込むのよ』


 そう言ってティエリア先生のアドバイスを受けて、何度か修正した後、自身の理想的な魔法文字を刻み込んだ。

 その時、転生時に付与された異世界言語を翻訳するステータス外の能力により、魔法文字も自然と読むことができることに気付いた。

 そのことをティエリア先生に伝えると――


『それは便利ね。是非、トールくんには、まだ未解読の魔法文字を研究して、魔法文字の辞書を作ってほしいわ。古い遺跡には、読めない魔法文字があって困ったのよ』

「先生、随分と軽いですね……」


 そう言ってニコニコするティエリア先生に俺は、ガクッと肩を落とす。


『トールくんは、そんなに小難しく考えなくてもいいと思うわ』


 ティエリア先生は、胡座を掻いて粘土板に文字を刻んでいる俺の正面に回り込み、顔を覗き込んでくる。

 霊体だからこそ、地面にめり込み俯き気味な俺の正面に回り込むことができる。


『もっと気楽でいいのよ。人生、楽しまなきゃ』

「えっ、あっ、すみません」


 そう言って笑うティエリア先生に俺も釣られて笑う。

 そして、粘土板を【錬成変化】で乾燥させて固めた後、小さな火属性の魔石を粉末状にすり潰し、安定剤としてマナポーションを混ぜた溶液を魔法文字の溝に流し込み、そこに強い魔力を浴びせて定着させる。


「これが魔道具……」

『ええ、そうよ。【錬金術】としての最初の品ね』


 不格好だが、俺が補充した魔力と魔石の魔力により、人肌温度にほんのりと暖かく発熱する粘土板の魔道具ができた。

 俺は、粘土板に手を当てて、その辺りの石や地面と温度の違いを確かめる。


「こんなに簡単にできるものなんですか?」

『普通は、幾つもの失敗があるわ。魔法文字を綺麗に刻めないと効果がないし、溶液作りも上手にやらないとムラができる、最後の定着も安定して強めの魔力を掛けられたお陰』


 綺麗に文字を刻めたのは、ステータスに表示されない翻訳能力や器用さステータスのお陰だろうし、溶液作りは【調合】スキル、魔力による定着は【魔力操作】のお陰だと思う。

 俺は、今まで続けていたことが無駄でないことを喜ぶ。


「それにしてもこの発熱の魔道具は、とても便利そうですね。この発熱は、どれくらい継続するんですか?」

『それで大体半日よ。ただ、魔力を籠め直せば、五、六回は使えるから寒い時期には、拳ほどの石で作ってポケットに入れて寒い手を温めたりしてたわ』


 ティエリア先生の冒険者時代のことを懐かしむ発言に、懐炉みたいと呟く。

 どうやらこの発熱の魔道具は、使い捨てのようだ。


「冬場に湯たんぽ代わりに使いたいですね。そうなると、もう少し大きな石に刻んで温度は、60度くらいかな。それで布や袋に入れておけば、ちょうど良さそう」

『魔法が得意な子は、冒険の出先で作らされていたわ。ただ、発熱の魔道具って個々で微妙に刻む魔法文字が違うから今までと同じ使い方をして、普段より温度が高い魔道具を使って低温火傷した子が居たわねぇ』


 昔を懐かしむようなティエリア先生の言葉に俺は、うわっ……と内心声を漏らし、地味に痛そうだと思う。

 だが、そうした失敗や逸話があるから魔道具選びは、細かな性能まで見ないと痛い目に遭う、という話なんだろう。

 まぁ、そういう話をしても呪われた魔道具などを使って大火傷する人は後に絶えないらしい。

 そんな話をしていると、ふとした瞬間にティエリア先生の表情が曇る。


『トールくんは、冬支度はどう?』

「バッチリ、とは言えませんけど、家の中で凍えないように薪とかの準備は余念はありませんよ。それに【火魔法】と【魔力操作】がありますから」


 細々と集めた魔物の毛皮を繋ぎ合わせた防寒着や温かなブーツなどは、既に用意してある。

 薪も備蓄してあるので火魔法と併用すれば、寒さは凌げる。

 病気に関しては、冬場でも見つけやすいように群生地には目印とその周囲の整備をしているので、冬場でも採取は可能だし、【回復魔法】もある。

 食料は、家の周りに作った畑が成果が出始め、冷暗所で保存中してある。

 また森の日陰のところに穴を掘って氷室も作り、【錬成変化】で水の熱量を奪って氷を作って狩った魔物の食用肉を冷凍してある。


『もうじき、冬だけど、雪が降れば、この廃村まで来るのが大変でしょう?』

「そうなりますね」

『そうなると、春までお別れね。ふふっ、たった数ヶ月なのに寂しくなるなんておかしいわね』


 そう自嘲気味に笑うティエリア先生は、どこか寂しそうだった。

 最初の頃は、魔力を渡しても、ロスが大きく2~3割くらいしか渡せていなかった。

 現在は、【魔力操作】と【魔力譲渡】の地道な練習により、無駄を減らし、6~7割まで魔力を渡せるようになった。

 そして現在のティエリア先生の魔力は、10万ほどまで回復しており、すぐさま消滅する可能性はない。

 だが毎日、ティエリア先生のもとに通っているから分かる――俺が毎日帰り際に寂しそうな顔をして、それでも笑顔で見送ってくれる。

 500年の孤独を過ごしたティエリア先生は、俺と知り合ったことで再び一人孤独に過ごすのを恐れているのだと思う。

 だから、そんな先生に対して、俺は恩返しがしたかった。


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