19話
19話
先日、壊れた鉄の短槍を鉄塊に戻し、新たな武器を新調することにした。
その時、鉄塊に戻すと付与された【刺突強化】のスキルはどうなるのか気になった。
結果から言えば、どうやら修理や修復不可能なほど形状が変化すると、スキルが消滅するようだ。
そんな検証を経て、目の前に新たな武器の素材を並べる。
「さて、より強度の高い武器を作るか――【錬成変化】!」
俺は、【錬成変化】で鉄とフォレスト・ボアの牙を解析しながら錬成する。
【調合】する際に、薬効成分が魔力と結合することで、薬効成分の効果が増す。
ならば武器も金属に、魔物の骨や牙、鱗を混ぜて、魔力添加することで強度や切れ味が増すのではないか、と仮説を立てる。
その考えの基で、フォレスト・ボアの牙を粉に分解した物を鉄に混ぜ込む。
【錬成変化】の解析を掛けつつ、土属性の魔石も加えて魔力添加を行ないながら、魔物素材を混ぜた金属――魔物合金を作り上げる。
そして、フォレスト・ボアの魔物合金が完成し、それを成形して槍の穂先を作り上げる。
「ふぅ、魔物素材の合金武器ができた」
茶色っぽく変色した槍の穂先を見て、そう呟く。
魔物合金を解析した結果、ポーションと同じように再加熱して加工しようとすると、逆に魔物素材との結合が弱まる。
なので、もしも鍛冶師が作り上げるのなら、熱を加えてからの一発勝負になるだろう。
また、魔物合金の武器を再利用したい場合には、高温で溶かし直すと、魔力が完全に抜けて、魔物素材も炭素や不純物として浮き出て、通常の鉄に戻るようだ。
「うん。切れ味はそこそこだけど、硬くて丈夫そうだ」
俺は、魔物合金の穂先に満足そうな声を上げ、木から錬成した柄に取り付けて、素振りする。
「はぁ、やぁ、たぁっ! うん、悪くないかな」
最後の仕上げとしてフォレスト・ボアから抽出した【刺突強化Lv3】のスキル珠を付与する。
刺突の猪鉄槍【武器】
STR+40 VIT+5スキル【刺突強化Lv3】
ベースは鉄であるが、魔物合金にしたことで、重量が増し、攻撃力と強度も増した。
ステータスが上がったことで、子どもの体でも魔物合金の槍を自由自在に振り回せる。
「まぁ、こんなものかな? けど、色合いが……」
ただ、茶色っぽい穂先に加工仕立ての白い木の柄を見ると、少し違和感を覚える。
俺は、一度槍の穂先を取り外して、森で見つけた木の実から抽出した油を麻布に浸して柄を磨く。
油で磨くことにより、木の柄の表面が味のある色合いになり、表面劣化を防いでくれる。
「よし、これを乾燥させた後、組み立てれば完成かな。それまで家の整理をするか」
木の柄を軒下で乾燥させる間に、家の中の物資の整理と確認をする。
物資の在庫は、保存していた野菜と調味料代わりに使っていた薬草類、そして金属類が減少していた。
「この前、風呂釜作ったからなぁ。それに鉈とか斧も作って鉄の在庫が無いんだよなぁ」
素早く集めるとしたらダンジョンにもう一度訪れるか、それとも南の廃村を調べるか。
悩む俺に、微かに何かに引っ張られるような感覚を覚える。
「うん? うーん? うー、正直、金属だけならダンジョンだし、食べ物なら廃村だよなぁ。なんか、廃村の方に後ろ髪が引かれる……」
【霊視】スキルを手に入れてから廃村方向に誘導するような視線を強く感じる。
「まぁ、食べ物が少なくなってるし、自生した野菜を採りに行くか」
俺は、新たに作った猪鉄槍を組み立て直し、野菜収穫のための背負い籠と槍を持って、小川を下って廃村を目指す。
しばらくして、あの朽ちた水車小屋を見つけ、前回と変わらぬ廃村を見つけた。
「そういえば、あの時の人骨、放置してたなぁ。どっかにちゃんと埋葬したいなぁ」
ついでに廃村の周囲を軽く整備したい、という考えが過ぎる。
どうやら、【錬成変化】で地面を自由に操れるようになってから整地に目覚めてしまったのかもしれない。
そんなことを考えていると、昔は畑だった場所に辿り着く。
「たしか、ここだよな。――【錬成変化】!」
地面に生える雑草だけを分解すると、自生して入り乱れる野菜たちが姿を現わす。
俺は、一つずつ【鑑定】で食べ頃なものを選別しながら、収穫していく。
「おっ、このニンジン旨そう。こっちはタマネギ。それに豆もある! 乾燥させれば、大豆になるな! それにスイカも隠れてた! まだ小さいけど、貴重な甘味だ!」
前は、雑草を除去して食べられる野菜などを詳しく探さなかったが、こうして見ると食材の宝庫だ。
ただ、栽培された畑でないので、大きさや形などはバラバラだ。
「さて、とりあえず、しばらくは野菜に困らないぞ」
背負い籠から取り出した麻袋に収穫した野菜を入れていく。
『ふふふっ、この前来た子がまた来たのね。あんなにはしゃいじゃって可愛いわね』
響く声に俺は、ハッと振り返る。
崩れた家屋の屋根の梁に腰を下ろす美女がそこに居た。
半透明な体をキラキラと輝かせ、金髪の美しい髪を揺蕩わせ、大きく重力に逆らう胸と美しい生足が視線を引きつける。
彼女は、慈母のような微笑みを浮かべて、こちらを見下ろしていた。
背後から指す光が男神の後光を思い出し、俺はポツリと呟く。
「――女神様」
美しい金髪の美女に見惚れて見上げていると、相手が気付いたのか、きょとんとした顔で目が合う。
『えっ、あれ?』
女神様は、自分が見られているとは思わずに、後ろを向いたり、下を覗き込んだりして辺りを見回し、小首を傾げている。
その仕草がなんだか可愛らしい。
『おかしいわね。見えているはずないんだけど……』
「あの……見えていますよ。女神様」
『…………』
「…………」
互いに無言で見つめ合い、女神様が自分を指差してジェスチャーするので、頷く。
『えっ、嘘っ! 君は、私が見えるの!?』
「はい、とても綺麗な金髪の、白いワンピースを着た女神様」
『ぷっ、私が女神って……違うわよ、そんな大層なものじゃないわよ』
「じゃあ、精霊様とか?」
ふわりと朽ちた建物の梁から俺の目の前に下りてくる。
『うーん。精霊かぁ、当たらずといえども遠からずってところかな』
目の前に下りてくる精霊(?)の美女の背は、女性としてはやや高めであり、ちょうど俺の目の前に来た大きな胸がふわりと揺れる。
その胸の圧力に一歩下がると女神様は、腰を屈めて俺と視線を合わせてくる。
『君の名前は?』
「俺……いや、私は――トール・ライドです」
『俺でいいわよ。私は、ティエリア。トールくん、よろしくね』
そう言って、美女は笑みを浮かべて、俺の頭を撫でる真似をする。
久しぶりに出会った話せる相手は、半透明で、俺のことを子ども扱いするのが妙に恥ずかしいけど、なんだかそれが心地よくも感じる。
『トールくんは、私のことを女神や精霊って言ったけど、正体は――悪霊なのよ』
「えっ?」
一目見て、絶世の美女で、話してみれば親しみやすそうなティエリアさんが悪霊など、とても信じられず、聞き返してしまう。
すると、ふっと寂しそうな表情を浮かべる。
『ほら、私の足元を見て、鎖が付いているでしょ? これが悪霊の証ね』
揺蕩うワンピースの裾を摘まみ足元を指し示すと、美しい足には、無骨な足枷と鎖が付き、この土地の地面と繋がっているのが見えた。
『私はね。死んじゃう前は、ハイエルフってすんごい種族だったのよ』
そう言って、耳元を掻き揚げるティエリアさんは、長い耳を見せてくれる。
『それでハイエルフの中でも特に優秀で英雄、とかって言われてたの。それで死んだ後は、創世神・アーライダ様に仕える神霊になる予定だったのよ』
「その、神霊になる予定だったティエリアさんが、なんで悪霊になっているんですか?」
『それはね。私が英雄になって、騒がしいのが嫌でこの村まで逃げてきたの。それで静かに暮らしてたんだけど、英雄に異種族が居るのを嫌った人に殺されちゃったの』
寂しそうに笑うティエリアさんは、初めて会った俺に自分の身の上話を聞かせてくれる。
『暗殺者は、強くなかった。けど、私一人に昼夜問わず襲ってくる。それにこの村の村人も狙ってくる。私は、必死に守ったわ。でも、守れなかった』
異種族の英雄を嫌った権力者の差し金なのだろう。
この村を壊滅させても痛くも痒くもない、と思ってる人だったんだろう。
「それで、どうなったんですか?」
『結局は、私が殺されちゃったの。みんな守れずに、殺されて、死体も綺麗に燃やされちゃった』
寂しそうに笑うティエリアさんは、綺麗な声を低く響かせる。
『でもね。あいつらは、私を殺した後、村人たちを! 私に優しくしてくれた村長や、宿屋の夫婦、子どもまで、みんな、みんな殺した! 皆殺しにして村を焼いた! だから、私を狙った奴も指示した奴も全員、呪ったの!』
何かに耐えていたティエリアさんの想いが強い波動となる。
顔を覆うティエリアさんの背中から黒い波動が広がり、息苦しい威圧感を覚える。
そして、背後の強い波動がピタリと止む。
「ティエリアさん……」
『ごめんなさいね。でも、これで分かったでしょ? 私は、女神でも精霊でもない――悪霊よ。自身の欲で人を多く呪い、その罰としてこの地に縛られた地縛霊なの』
そう言ってティエリアさんは、再び寂しそうな笑みを浮かべる。