18話
18話
【霊視】スキルを手に入れてからこの森にいる何かに見られているような気がする。
ただ、それが【危機察知】に反応しないために、精霊のような類いかなぁ、と思いながら、日々を過ごしていた。
「精霊、妖精、幻獣の類いとか居るのかなぁ。きっとこの世界のどこかには居るよね」
俺は、そんなことを考えながら短槍を振るっていく。
ステータスが上がり、スキルレベルも高くなり、昔よりも数段動きや槍の速度が上がっている。
「フォレスト・ボアを倒せるかもしれない。それに今日こそ、豚肉を食べる!」
俺は、そう拳を硬く握り締め、森へと向かう。
多少の下準備のために、周囲にいる魔物を粗方蹴散らし、罠も用意する。
そして今日は、ウルフに騎乗するコボルトを蹴散らし、跳ね上げるフォレストボアを遠目から見つけた。
「さて、やるか」
隠れてフォレスト・ボアの後を追い、動きが止まるのを待つ。
そして、食事のために穴を掘り始めたところで不意打ちを行なう。
「――【錬成変化】!」
俺は、フォレストボアの足元の地面を操作して足を拘束する。
そして、刺突の構えのまま駆け出す。
「はぁぁぁっ――」
真横から狙った刺突は、【槍】スキルの補正の他にも、【刺突強化】、【筋力強化】【自己強化:身体】【跳躍】などのスキルの多重効果の恩恵を受け、爆発的な勢いを持つ。
木の幹すら抉る一撃に対して、フォレスト・ボアは、真横から短槍を突かれ、衝撃でよろける。
毛皮に槍が突き刺さり、そこから血が流れる。
だが、確実に仕留めようと足裏に力を込めて、槍先を捻るように奥に突き刺そうとするが、フォレスト・ボアの厚い脂肪と筋肉に阻まれて、槍の動きが止まる。
『――ブヒィィィィィィッ!』
痛みと共に体を捩り、俺を巻き込むように横に倒れるので、思わず槍を手放す。
そののし掛かりで、突き刺さった短槍の柄が折れ、更にフォレスト・ボアの脚力が土の拘束を破壊して自由になる。
「おいおい、マジかよ」
確実に当てるために胴体を狙ったが、思うように傷を与えられず、武器は壊されて槍の穂先が辛うじて突き刺さっている。
【錬成変化】での土の拘束では、強度が足りずに、フォレスト・ボアをただ怒らせる結果となる。
「こうなったら、プランBだ!」
俺は、すぐにフォレスト・ボアに背を向けて駆け出す。
攻撃してきた相手が逃げ出したことで怒り狂ったフォレスト・ボアが追ってくるがジグザグに避ける。
【速度強化】と【逃走】スキルのお陰で付かず離れずの距離を保つ。
それに、【危機察知】などのスキルが後ろから追うフォレスト・ボアの存在を教えてくれるので、誘導にいい仕事をする。
「くらえっ――【ファイア・ボール】!」
時折、【火魔法】の火球を放ち、敵愾心を煽りながら、罠を用意した場所まで辿り着き、罠の上を駆け抜ける。
『――ブギャァァァァァァァァツ!』
「掛かった! ――【錬成変化】!」
俺が通過したところをなぞるように追い掛けてきたフォレスト・ボアの足元の地面を【錬成変化】で崩す。
すると、その下に掘っていた穴の中に真っ逆さまに落ちていく。
「よし、落とし穴、収縮――【錬成変化】!」
『ビギャィィ、ブギィィィッ!』
穴の中で暴れようとするが、迫る土壁の狭さに身動きが取れず、くぐもった鳴き声が聞こえる。
「ああ、俺の鉄の短槍も折れたし、もう少し強くならないとな。けど、とりあえず、捕獲完了だな」
フォレスト・ボアに突き刺さったままの槍の穂先が落下した穴の隙間から見ることができる。
「あとで槍を修理しないとな。まぁ、それより落とし穴で捕まえたフォレスト・ボアの倒し方だけど……」
このまま、土で生き埋めにすると食材が取れないし、火魔法で炙って倒すと毛皮も質が悪くなる。
「まぁ、ここは水による窒息がいいかな。――【ウォーター】」
森の中から水分を集め、穴の中に流し込む。
穴の縁から伝って、水が底に溜まり、フォレストボアの頭部を覆うほど水位が上がる。
しばらく、苦しさから藻掻くフォレスト・ボアであったが、段々と動きが鈍くなっていく。
「生命力は、十分の一か。これだけ弱らせれば、スキル抽出の抵抗はほぼないな」
俺は、【鑑定】スキルで生命力の残量を確かめながら、死ぬ一歩手前のフォレスト・ボアに触れる。
「――【錬成変化】!」
最後にスキルを抽出する痛みで暴れ、残った酸素を吐き出すフォレストボアだが、無事にスキルを抽出した後、窒息により倒すことができた。
「さすが、フォレストボア。いいスキルが手に入った」
フォレスト・ボアからのスキル珠は――
【スキル珠】――VIT+1上昇 スキル【耐久力強化Lv3】
【スキル珠】――AGI+1上昇 スキル【刺突強化Lv3】
この二つが手に入った。
鑑定した結果、他にも色々とスキルはあったが、三つ目のスキルを抽出する前に、窒息で死んでしまった。
「【刺突強化】スキルは、槍が壊れたし、そっちの方に作り直すかな。今は、【耐久力強化】の方を取り込もう」
一つは、その場で吸収し、もう一つは、背負い鞄に仕舞う。
そして、穴の中の水を【水魔法】で抜き、【錬成変化】で落とし穴を元に戻しながら、フォレスト・ボアが穴底から迫り上がってくる。
「さて、体重500キロを超えるイノシシを持ち帰るのは――無理だよなぁ」
試しに足を持ってみたが、引きずれなさそうだった。
「仕方がない、使わない分は、捨てるか」
俺は、【錬成変化】でフォレスト・ボアの体を分解する。
フォレスト・ボアの体は、骨と牙、ボア肉の塊、毛皮、土属性の魔石などの有用部位を綺麗に取り出す。
「そういえば、フォレスト・ボアの睾丸は、精力剤になるんだっけ? まぁ要らんけど」
そして、ボア肉の中でも特に上等な部位を選んで、殺菌効果のある大きな樹の葉っぱに包んで、牙と毛皮、魔石一緒に背負い鞄に詰める。
そして、残った内臓や肉、骨などは、その場で腐敗を促進させて森に帰す。
「遂にボア肉だな! とりあえず、シンプルにポークソテーかなぁ。塩と森の調味料で焼くだけでも旨そうだなぁ。それに残った分は、燻製肉にして保存しておこう」
俺は、ウキウキ気分でボア肉を持ち帰る。
そして、家に帰り竈に【火魔法】で火を熾す。
「――【ファイア】。持続的に魔力を使うけど、薪要らずなのはいいな」
竈の中に松明の炎の魔法を生み出す。
【ファイア】は、風呂用とは別に少し工夫が必要だった。
熱量を持つ火を一個生み出せば、中火に。少し魔力を籠めて作れば、強火に。強火にした後に、ファイアの火を消して竈の中の余熱を利用すれば、弱火と言った風に感覚での使い分けをしている。
「フライパンに森の中で見つけた油を入れて、スライスしたニンニク入れて~」
鼻歌交じりに森で見つけたオリーブの実から抽出した食用油とスライスニンニクを加えて熱する。
その間に、ナイフで厚切りにしたボア肉を筋切りして、塩と森の調味料を振り掛けて味を染み込ませる。
「おっと、主食も忘れちゃ駄目だよな。【ウォーター】」
小さめの鍋に水を入れて、竈で沸騰させたら、そこに綺麗に洗ったジャガイモを入れて茹でる。
小麦は、畑で育てているが収穫までには、六ヶ月掛かり、現在二ヶ月と少しなのでまだまだ先だ。
まだまだパンを食べるには遠いために、もっぱら森で自生していたジャガイモが主食である。
「あー、早くパンが食べたいなぁ。……けど、パン釜がないなぁ。最初は、ツボの中で焼くナンっぽいやつになるのかなぁ」
今も使っているファイアの炎をツボの中に設置すれば、薪の煤も付かずに綺麗に焼けそうだ。
そんなこんなで、ホクホクに茹だったジャガイモを割って木のお皿に載せ、ローストガーリックの乗ったポークソテーが完成する。
「ああ、なんか久しぶりの贅沢。最近は、トカゲかウサギ肉ばっかりだったし、たまに獣臭いウルフ肉を食ってたけど、ボア肉は、匂いだけで旨そう」
俺は、そう言ってポークソテーを切り分けて齧りつく。
「……旨いなぁ。久しぶりの豚肉だからかな。ちょっと獣臭いけど、美味しい」
これなら薄くスライスして、下茹ですれば、臭みと余分な油が取れてもっと美味しく食べられるかな、と思いながら食事を進めていると、気づいた時にはもうポークソテーは無かった。
「ふぅ、美味しかった。けど……まだ残ってるんだよな」
俺は、そう呟きながら、食べ終えた後のじんわりとした余韻に浸り、まだ5キロ以上残る肉の塊を目にして、飽きるだろうな、と感じる。
「それにしても俺の一撃は、まだフォレスト・ボアに届かないかぁ。いや、毛皮を貫いたんだから、一応はダメージは与えられたよなぁ」
持ち帰ったフォレスト・ボアの毛皮と柄が折れて穂先だけになった鉄の短槍を見つめる。
毛皮は、【錬成変化】で分解した時、貫いた傷も修復してしまったためにないが、血の付いた槍の穂先を見ると、僅かに先端が潰れていた。
「うーん。武器も新調していかないとダメだよな」
ボアの毛皮を撫でると、【錬成変化】で汚れを落とし、鞣しの状態が完了しているので、かなり綺麗だ。
ただ少し毛が硬いので、寝具には向いてない感じだ。
「これなら、ウルフの毛皮の方が柔らかい。けど、一枚で大きいし――冬に備えてのコート?」
この剛毛なら、水も弾きそうである。
他にも、今のリザードのベストからボアのベストに作り替えてもいいかもしれない。
硬い毛の撫で心地に首を捻っていると、毛を掻き分けた根元を見る。
「あっ、地の革の部分は悪くないかも。剛毛さえ無ければ、結構使い道がありそう。――【錬成変化】!」
剛毛だけを分離して抜いたボアの毛皮を見ると、毛穴がポツポツと見えるが、意外と伸縮性がある。
「おおっ、これで手袋とか作ったら、通気性とか良さそう!」
毛穴が空いているからそこからの空気の流れがあるので、手袋や運搬用の背負い鞄、コートなどに良さそうだ。
「けど、一体だけだと欲しい物全部を作れないし、また狩るかなぁ」
俺は、ただ目の前の大きな豚肉がなくなったらにしよう、と小さく呟く。