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99.ジェル、兄の為にスキマバイトする

 もうすぐ兄のアレクサンドルの誕生日。

 今年も好物のハンバーグを焼いて、ご飯を大盛にしてシャンパンとケーキでも出せばいいかと思っていたんですが。


「ご馳走もいいけど。アタシ、形に残るプレゼントもあるともっとハッピーだと思うわぁ」


 久しぶりにうちの店にやってきた魔人のジンが、そんなことを言い出したのです。


 もちろん、ワタクシはアンティークショップを経営していて、資産は十分ありますからそこからプレゼントを買ってもいいんですけども。


 しかし、ジンはそれをやんわり否定しました。


「ジェル子ちゃんが自分の力で稼いだお金でプレゼントを贈ったら、アレクちゃんきっと喜ぶと思うわよ」


 ワタクシが怪訝な顔をすると、いかついオネェの魔人は紅茶の入ったティーカップを片手にニッコリ笑います。


「スキマバイトって知ってる? ちょっとした空き時間に単発でバイトするって意味なんだけど」


「スキマバイト、ですか」


「えぇ。たとえば、指定されたマンションを1時間だけお掃除とか、レジャー施設のスタッフや警備とか、いろいろあるわよ」


 長時間の労働は面倒ですが、それぐらいならやってみてもいいかもしれません。


「もしワタクシが労働で稼いだお金でプレゼントしたら、アレクは驚きますかねぇ」


「えぇ、とっても驚くし喜ぶと思うわ! きっとジェル子ちゃんの株が爆上がりすると思うわよ~!」


「それはいいですね!」


 すっかりその気になったワタクシは、そのままスキマバイトを斡旋するアプリをスマホに入れたのでした。


 そして数日後。

 初めてのスキマバイトは「倉庫での軽作業」という触れ込みの求人でした。

 倉庫の中に入ると、担当者らしき男性がクリップボードを持って近づいてきます。


「えーっと……ジェルマンさん? 今日の作業は、この棚の荷物を全部、あっちのエリアに移動させるだけだから。簡単でしょ?」


「まぁ、たしかにワタクシにかかれば簡単でしょうけど」


 担当者は一瞬「はぁ?」という顔をしましたが、忙しいのかそれ以上追求せずに、すぐに奥に引っ込んでしまいました。


「この程度のこと、魔術を使えば造作もないですね」


 ワタクシは呪文を唱えてそっと指先を動かしました。

 こんなこともあろうかと、事前に物を移動させる魔術を覚えてきたのです。

 人差し指の動きに合わせて荷物がふわりと浮き上がり、列をなして移動していきます。


 作業時間は、たったの5分でした。数が多かったのでまぁこんなものでしょう。


「ふむ。やはりワタクシは有能ですね」


 満足げに頷いていると、担当者が戻ってきました。


「ジェルマンさん、雇用契約書にサインもらいたいんだけど。えっ……もう終わってる⁉」


「当然です。ワタクシがやりました」


「いやいやいやいや、そんなはずはないだろ?」


「いえ、ワタクシがやりましたので報酬をください」


「ちょっと待って。確認してくるから」


 担当者は慌てて事務所に駆け込み、数分後に青ざめた顔で戻ってきました。


「あの、防犯カメラで確認したら荷物が勝手に浮いて移動してるんだけど」


「ワタクシが運びました」


「いやいやいやいやいや、映ってないのよ! あんたが運んでる姿が!」


「あっ、しまった……」


 魔術で動かしたので私が運んでいる姿が映っていないのは当たり前です。

 担当者は頭を抱えています。


「これ、ポルターガイストってやつか……この現場、お化けが出るとか聞いてなかったんだけど」


「違います。ワタクシなんです!」


「じゃあどうやって荷物を運んだの?」


「……それは言えません」


 さすがに目の前で魔術を使って見せるわけにもいかず、私が黙り込むと担当者は深いため息をつきました。


「とりあえず、今日の仕事は無かったことにして帰ってくれる?」


「はぁ……」


「まさかお化けが出る現場だなんて知らなかったよ。このことは黙っててね、それじゃお疲れ様」


 そう言ってワタクシの手に千円札を2枚握らせると、担当者は足早に去ってしまいました。

 誤解されたままなのは悔しいですが、どうにもなりません。


「現代社会では、どうやらワタクシの能力を正しく評価できないようですねぇ」


 初めてのスキマバイトはそんな感じで残念な結果に終わってしまいました。

 アレクへのプレゼントに、彼の好きなロボットアニメの「パン男ロボ」の玩具を買うつもりだったのですが。


「2千円では買えませんねぇ。もっと働かないと……」


 その後もアプリを見てみたのですが、求人はどれも“普通の人間”を前提にしているようで、ワタクシの能力を活かせるものは見当たりません。


 そこでワタクシは、魔術を使っても問題ない職場を求めて魔界の求人情報を見ることにしたのです。

 その中で目に留まったのはひとつの広告でした。


『超高収入! 魔界ギフト工場のラッピングスタッフ募集!』


「超高収入……素晴らしい響きですね。これこそワタクシに相応しい職場じゃないですか!」


 ラッピングという単語にも心惹かれます。きっと美的センスを活かせる仕事に違いありません。


 今度はうまくいくと思い、ワタクシは迷いなく応募しました。

 しかし魔界もそう甘くはなかったのです。


 翌日、ワタクシは指定された工場へ向かいました。

 外観は普通の工場に見えましたが、近づくにつれて硫黄の匂いと謎の爆発音が聞こえてきます。


 受付で名前を告げると、頭に角の生えたやる気のなさそうな受付嬢が書類をめくりながら言いました。


「ラッピング希望のジェルマンさーん? じゃ、あなたは今日から“危険物ライン”ね」


「……ラッピング希望なんですが?」


「ラッピングよ〜」


「危険物って言いましたよね⁉」


「危険だけどラッピングには違いないから。頑張ってね~」


 ――これはとんでもないところに来てしまいました。

 できれば辞退して別の求人を探したいのですが、アレクの誕生日は明日なのでそんな時間はありません。


 ワタクシは覚悟を決めて、ドクロマークの描かれた扉を開けました。

 ガッチャンガッチャンと規則正しい機械音がする中、ときどき爆発音が混ざり、遠くで謎の火柱が上がっています。本当に大丈夫なんでしょうか。


「ジェルマン君は、ここで流れてくる呪物を箱に入れてね。4個で1セットだから」


「呪物ですか」


「見ての通り、特級の呪物だよ」


 たしかにベルトコンベアで運ばれてくるさまざまな雑貨たちは悲鳴をあげたり、足が生えて脱走したりしていて普通ではありません。

 それを従業員たちが必死で追い回して捕まえて、箱に強引に押し込んで呪文が書かれた金色のシールで蓋をしていくのです。


 箱には【開けてびっくり⁉ お楽しみ特級呪物セット!】とプリントされていましたが、どの層に向けた商品なんでしょうかね。


「おい、ボサッと立ってるんじゃねぇよ! 早く捕まえてくれ!」


 隣に立っていたハイエナに似た顔をした獣人に怒鳴られたので、ワタクシは慌てて手近にあったティーポットを手に取りました。


『ノロマ! 変な声! キモイキモイ!』


「なっ……失敬な!」


 ティーポットに口が浮かんで、ワタクシの悪口を連呼しています。これはしゃべるタイプの呪物なようです。


『ガリガリ! チビ!』


「ふふ、子どもみたいな悪口ですねぇ。まぁ逃げ出すのよりはマシでしょう」


 とりあえず箱に入れて、残った隙間にあと3つ呪物を入れないとですが。

 目についた、手鏡を手に取りました。これも口がついています。きっと悪口を言ってくるのでしょう。


『あなた、周囲から良い人って思われてるけど、誰とも深く付き合えないし社会性が無くて周囲から浮いてるんじゃない? 親友や恋愛の候補からも外されて遠巻きに見られてるだけになってそうな感じの人よね』


「そういう本気で刺さるのは、寝る前に思い出すのでやめてください」


 ――これは、ひとつひとつ相手にしてたら非効率ですね。


「呪物はさっさと箱の中でお休みいただきましょう」


 ワタクシは、倉庫で使った物を移動させる呪文を唱えました。

 魔術を使えば、悪口を言おうが逃げ出そうが関係ありません。

 皆、宙に浮いて箱に一斉に箱の中に移動していきます。

 魔術が上手くいったので、その光景を唖然とした顔で見ている作業員たちに急いで声をかけました。


「皆さん! 蓋を閉めてシールを貼ってください!」


「おお、まかせろ!」


 あっという間にすべての呪物が箱の中に納まり、想像以上の速さで仕事が終わったのです。


「やるな、新人!」


「すごいじゃないか!」


「ありがとう!」


 ワタクシは、皆の称賛を浴びながら仕事を終えたのでした。


「いやー、ジェルマン君! 助かったよ。これ、給料ね。日本の通貨で欲しいんだったよね」


 工場長から受け取った封筒を開けると、中には千円札が3枚入っていました。


「えっ、少なくないですか?」


「今は円安だからねぇ。それでも多めに入れたんだよ」


「これじゃパン男ロボが買えませんね……」


「どうしたんだい?」


 工場長が事情をたずねてきたので、兄へのプレゼント費用にするつもりだったことを話しました。


「それは感心だ。なんとかしてあげたいが……あぁそうだ、思い出した。パン男ロボならうちの倉庫にあるよ。呪物だけど見た目は普通だし、今あるお金で売ってあげるけどどうだい?」


 工場長が倉庫から持ってきた玩具は、まさしくワタクシの探している物でした。

 しかも未開封の美品です。

 呪物とのことですが悪口も言いませんし、動き出す気配もありません。

 これなら大丈夫でしょう。

 ワタクシは工場長にお礼を言って、魔界を後にしたのでした。


 翌日、アレクにプレゼントを渡すと、彼は箱を開けて喜びの声をあげました。


「おお、パン男ロボじゃねぇか!」


「もう持っているだろうとは思うのですが」


「いやいや、パン男ロボはいくつあってもいいからな! ありがとう、ジェル!」


「それ、実はスキマバイトをしたお給料で買ったんですよ」


 アレクは信じられないといった顔で目を丸くしています。


「マジか⁉ ジェルが働くとか……何のバイトしたんだよ?」


「倉庫で荷物を動かしたり、工場で特級呪物のお楽しみセットをラッピングしたりしました」


「よくわかんねぇけど、大変だったんだな。ありがとな……良い弟をもってお兄ちゃんは幸せだよ」


「ふふ、もっと褒めても構わないんですよ」


 そんなわけで無事にプレゼントを渡せたのですが。


 その日の夜――。


「なぁ、ジェル。あのロボなんだけどさ……時々目が光って唸りだすんだけど」


「あー、やっぱり呪物なんですねぇ」


「おい! 呪物ってなんだよ⁉」


 まぁその程度なら害は無いし、最悪ワタクシが解呪すればいいでしょう。

 詳しく話せと要求するアレクに対して、ワタクシはそっと目をそらしたのでした。

3月29日はアレクの誕生日でした。こんな感じで相変わらず彼らの日々は賑やかに続いています。

100話目で一区切りつけたい気もしますが、たまに彼らの話を書きたくなるのでこのまま不定期更新になるかもしれません。

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