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97.オタクになろう

 最近気になるニュースがありました。

 とあるゲームのキャラクターが描かれたカードが5千万円で落札されたというのです。


「正直、そんな価値があるとは思えないんですけどねぇ。……オタクカルチャーはわからないことばかりです」


 ワタクシはリビングでそのニュースを眺めながら思わず独り言をつぶやいてしまったのですが、兄のアレクサンドルがそれに反応しました。


「まぁさすがに5千万円なんてのはそうお目にかからねぇけどさ、万単位のプレミアが付く物ならいっぱいあるぞ」


「でもただの絵が描いてある紙ですよ?」


「そんなこと言い出したら、モナリザだって女の人の絵が描いてあるキャンバスだぞ」


「まぁそうなんですけども」


「ジェルは5千万のカードが目の前にあっても、気づかずにゴミ箱に捨てちゃいそうだな!」


 アレクはそう言って笑いましたが、その通りな気がします。

 実際、ワタクシにはそういった物の価値がわかりませんからね。


「ふむ……今まであまりサブカルチャーに目を向けなかったのは失敗ですかねぇ。まさかこんなにオタク市場が大きくなるとは思いませんでした」


「今からでも勉強したらどうだ?」


「そうですね。オタクになるにはどうしたいいんでしょう?」


 何気なく訊ねると、アレクはフッと遠い目をして口の端を上げました。


「オタクってのはなろうと思ってなるもんじゃねぇんだ。気づいたらなってるんだよ……!」


「病気みたいですね」


「もっと良い感想ねぇのかよ」


 今までアニメやゲームに必死になるアレクの姿を見て、あぁはなりたくないものだと思っていましたが、それはもう古い考え方なのでしょう。

 何よりも、紙切れが5千万になる世界は非常に魅力的です。

 ワタクシもオタクになればビジネスチャンスが生まれるかもしれません。

 これは彼らの生態を学ぶ必要がありそうです。


 そんなことを考えていると、我が家の居候のテディベアのキリトがソファーによじ登ってスマホの画面をアレクに向けました。


「アレク氏~、相談があるであります」


「ん? キリトどうした?」


「魔法少女サニーちゃんのアクスタを買いたいであります!」


 画面を見ると、彼らが毎週見ているアニメの絵が印刷されたプラスチックの板が映っています。


「あくすた……? そんな物買ってどうするんですか?」


「飾るでありますよ?」


 ワタクシが不思議に思って訊ねると、キリトは何を当たり前のことを聞いているんだろうかみたいな反応をします。


「あとは旅行先に持ち歩いて、ご飯と一緒に写真撮ったりもするよな」


 飾る、まではわからなくもないのですが、なぜ絵を旅先に持ち歩いて、しかも食事中に撮影する必要があるのでしょうか?

 よくわからない文化です。


「箱買いするからお小遣い欲しいであります!」


「しゃーねぇなぁ」


 アレクは口ではそう言いながらも、うれしそうに財布を取り出します。そんなに簡単にお金を出していいのでしょうか。


「もっとよく検討すべきじゃないですかね。この絵は、いつもテレビで見てるのと同じですよ? そんなの見飽きてませんか?」


「いや、同じだから買うんだよ」


 ワタクシの疑問に、アレクは意外な回答を出してきました。


「これはアニメのキービジュアルと同じで、魔法少女の基本の衣装だろ? この絵柄でグッズが出るのは売り始めの時期だけなんだよ」


「どういうことですか?」


「作品がヒットするといろんな業者がグッズを出すんだ。最初は公式の衣装で当たり障りないグッズを出すんだが、すぐにコラボカフェで店員コスチュームとかのまったく違う衣装のグッズを売るようになるんだよ」


「コラボカフェ……?」


 ワタクシが首をかしげるのに対し、アレクはどんどんヒートアップして早口になっていきます。


「カフェ衣装が終わったらさらにカラオケとかクレープとかあちこちとコラボして、アリスだの大正浪漫だの世界観をガン無視でいろんな衣装を着るようになって、絵柄も同人と区別付かないグッズが乱立する……そうなってしまうともう通常衣装のグッズはなかなか売り出されないんだ。しかもアクスタとかこういうもんは再販が無い。需要に対して供給が過剰なジャンルだとブームが落ち着いたら中古ショップに流れるけどな。でも需要と供給のバランスがちょうどいいやつはぜんぜん流れてこねぇ。人気キャラはプレミアがついて定価の何倍にもなる場合だってある」


「はぁ。結局何が言いたいんですかね?」


「つまり、欲しい物があるなら買えるうちに買っておけ、ということだ!」


「さすがアレク氏であります!」


 アレクの力説にキリトはうんうん、と頷いています。

 ワタクシは正直ピンとこないのですが、オタク仲間には響く言葉なようです。


 アレクはポケットからロボットの絵が描かれた財布を取り出し、ビリビリとマジックテープの音をさせながら中からお札を取り出しました。

 彼には数年前に立派なブランド物の革製の財布をプレゼントしたはずなんですが、なんでそんなダサい財布を使っているんですかね。


「ジェルにもらった財布か? 大事にしまってあるぞ?」


「なんで使わないんですか⁉」


「いや、あれ一つしかないし。飾る用と使う用と布教用が無いともったいなくて使えないだろ」


「アレク氏、布教は不要でありますよ」


「じゃあそのダサい財布は複数あるんですか?」


「ダサくねーし! ちゃんと飾る用と布教用と予備も買ったぞ」


 ――聞いたワタクシが馬鹿でした。


「まったくオタクという人種は理解しがたいですねぇ。ワタクシにはなれそうもありません」


 そう感想を述べたタイミングで、ワタクシのスマホに着信がありました。

 取引先兼、友人の魔人のジンからです。


「もしもし。……えっ、ブラジル産のパライバトルマリンのバイカラーですか⁉ 確保しておいてください! ――えぇ、あるだけ全部お願いします! 鑑賞用と研究用と予備が要りますので! えっ、何言ってるんですか! 次を逃すといつ産出するかわからないんですからあるときに買っておかないと!」


 貴重な宝石が売りに出されたことで高揚しているワタクシを見て、アレクとキリトは顔を見合わせます。


「……なぁ、ジェルって充分オタクだと思うのは俺だけか?」


「オタクでありますね」


 二人の視線がなんだか痛い気がしますが、欲しい物は買えるうちに買っておくべきです。

 気にせずワタクシは上機嫌で宝石の買い付けに向かったのでした。

次回なのですが……この話以降は不定期更新になります。

多忙に加えて体調も良くないのでたぶんしばらく更新できないと思います。

いつもアレクとジェルに付き合ってくださってる読者の皆様には本当に感謝です。気が付けば40万文字超えてますよね、たくさん読んでくださりありがとうございます!

ではまた……!

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