94.悪夢を見る枕
まさかそんなことになるとは思わなかったんだよなぁ。
何の話かって? 悪い悪い。えーっとまぁ、ちょっと俺がやらかした話だ。
せっかくだから聞いてくれるとうれしい。
それは俺と弟のジェルマンが経営しているアンティークの店「蜃気楼」で、ジェルがうんうん唸っているところから話は始まる。
「うーん、どうしたものか」
「どうしたジェル? 何かあるならお兄ちゃんになんでも相談するんだぞ」
「それがですねぇ。ジンからいわく付きの枕を買い取ったんですが、それをどうすべきか悩んでまして」
店のカウンターには柔らかく光沢を放つ白い枕が乗っていた。
手に取ると軽くてすべすべしている。たぶん素材がシルクなんだろうな。
中は羽毛だろうか。ふっくらしてて、いたって普通で何がどういわく付きなのか見た感じはわからない。
「これがどうかしたのか?」
「これはメアの枕というお品でして、この枕で寝ると必ず悪夢を見るんだそうです」
「こんな良さそうな枕なのにか? 本当かよ」
「真偽のほどは使ってみないとわかりませんけどね」
ジェルは冗談めかすように、軽く肩をすくめる。
「珍しいからと買い取ったものの、持て余してしまいましてねぇ。仮に店頭に並べたとして、もし本物だったらそれを悪用したい人が来店しても嫌ですし」
これは倉庫行きになりそうだ、と彼はブツブツつぶやいている。
「アレク、この枕を倉庫に片づけておいてくれませんか?」
「えっ、試さないのか」
「嫌ですよ。もし本当だったら不快じゃないですか。なので倉庫にしまっておいてください」
ジェルに言われて俺はその枕を持って、店を出た。
しかし向かった先は倉庫ではない。ジェルの部屋だ。
「いわく付きと言っても、悪夢を見るだけみたいだし、まぁ大丈夫だろ」
俺は軽いいたずらのつもりで、ジェルが普段使っている枕とメアの枕をすり替えた。
どっちの枕も中身のふかふか具合は同じだから、カバーを交換してしまえばまず気が付かないだろう。
何も知らずにジェルがそれを使って、翌朝普通に起きて来たらネタばらししてやればいい。
――そのときはそんな風に思ってたんだ。
翌朝、いつものように一緒に朝飯を食おうと思って、キッチンに居たジェルに声をかけると、彼の顔は青ざめていてげっそりやつれたように見えた。
「どうした? 腹でもくだしたのか?」
「いえ……嫌な夢を見ましてね」
まさか、メアの枕のせいか?
俺は枕をすり替えたことを内緒にしたまま、どんな夢を見たのか聞いてみた。
「お金が……お金が無くなって無一文になる夢ですっ! 借金を抱えてワタクシのコレクションが全部差し押さえられて……うぅ」
「あー、それはつらいな」
「あげくの果てに地下の強制労働施設に連れて行かれて、あごの尖った鼻の長い男と一緒に謎の穴掘りをさせられるんです!」
「お、おう……」
「しかもレートが日本円の10分の1というクソみたいな独自通貨で賃金が支払われるので、働いてもまったくお金が貯まらないんですよ! 焼き鳥とビール飲んだら終わりなんですよ!」
「お兄ちゃん、それ漫画で見たことある気がする」
「この高貴で美しいワタクシが罪人のような扱いをうけて強制労働するなんて、そんなことあっていいはずがありません! 間違いなく悪夢です!!」
ジェルはギャンギャン吠えたてる。夢の中で相当酷い目にあったらしい。
隣に座っていたテディベアのキリトが両手で丸い耳を抑えているのが可愛い。
ジェルは一通り文句を言うと、溜息をついて目玉焼きを焼き始めた。
こんがりきつね色に焼けたバターたっぷりのトーストを齧りながら、俺はぼんやりと考える。
――ジェルの悪夢はメアの枕のせいなんだろうか。
たまたま夢見が悪かっただけとも考えられるし、なんとも言えない。
「ならば、俺自身で試してみるか」
好奇心に駆られた俺は再びジェルの寝室へ行き、すり替えた枕を元にもどして、メアの枕を自分の寝室に持って帰った。
これで俺も悪夢を見るんだろうか。
その日の夜、俺はぐっすりと眠って目が覚めた。
「なんだよ、何もねぇじゃねぇか」
ちょっとぐらい何かあるかもと思ったのに。結局この枕はいわくつきでも何でもない普通の枕ってことか。
ジェルのやつ、ジンちゃんに騙されたんだろうか。
とりあえず、ジェルに報告してやろう。
そう思ってリビングに向かうと扉の向こうから賑やかな笑い声が聞こえてきた。
誰か来ているんだろうか。
「あら、アレクおはよう」
「驚いた顔をして、どうしたんだアレク? 何かあったのかい?」
ジェルそっくりの美しい女性と優しそうな男性が俺に微笑みかけていた。
……とっくの昔に亡くなったはずの、俺とジェルの両親だ。
「なんでここに? 俺の頭がおかしくなっちまったのか?」
信じられない気持ちで二人の顔を何度も見る俺に、両親は笑う。
「あらあら、まだ寝ぼけているのかしらね。昨日、遅くまで錬金術の研究をしていたのかしら?」
「お前は我が一族の誇りだ。だが無理はしてはいかんな」
「えっ、なんで俺が? 誇りって……?」
「あなたが錬金術師として立派に成長してくれて本当によかったわ」
……俺が錬金術師? 視線を下に落とすと俺の姿がローブをまとっている姿に変わった。
「じゃあ、ジェルは?」
恐る恐る母親にたずねると、彼女は眉をひそめて小声になる。
「あの子は庭にいるわ。少しはアレクを見習って勉強してくれるといいんだけど、遊んでばかりだし困ったもんだわ」
母親の愚痴に父親も頷いた。
「うちにはアレクがいれば十分だし、あの子は養子に出してしまった方がいいかもしれない」
――なんだよそれ。なんでジェルが要らない子みたいに扱われてるんだ?
俺は居づらくなって、リビングを出て庭へと走った。
するとそこには信じられない光景があった。
「ハッスルハッスル! 今日も筋肉が元気ですねぇ!」
「うむ、しっかり鍛えるのだぞ!」
俺たちの後見人であるフォラスのおっちゃんと一緒にパンツ一丁のジェルが筋トレしている。
「フンッ、フンッ、フンッ……おや、アレク?」
「ジェル……どうしちまったんだ?」
ジェルの身体は身長そのままだが、異様に筋肉がムキムキになっている。正直、似合ってないし不気味だ。
「アレク、あなたも錬金術の研究ばかりではなく、少しは筋トレすべきです! 筋肉は裏切らない!」
やばい、ジェルの目がいっちゃってて怖い。
「おかしいだろ? そんなのジェルじゃないだろ⁉」
「ワタクシは昔からこうですよ?」
「そんなはずねぇよ!」
思わず筋肉ダルマになったジェルの肩に掴みかかって訴えた。
「こんなの違うだろ? ジェルは……子どもの頃からずっと錬金術の勉強ばっかりして努力してきたのに。なんでそれが全部無かったことになってるんだよ⁉」
俺の声が届いたのか、ジェルの表情がスッと暗くなり、その視線が俺を捉えた。
「なんで…………? そんなの決まってるじゃないですか」
ジェルの声が機械音声みたいに無機質になって、顔がぐにゃりとゆがんだ気がする。
「アレクが何もかも奪ったからですよ」
「ぇ……や、違う。俺は…………うあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
――叫んだ瞬間、俺は自身がベッドの中にいることに気付いた。
ここは俺の部屋だ。一瞬何が起きたのかわからなくなる。
「夢……だったのか?」
「アレク、何かありましたか? 悲鳴が聞こえた気がしたのですが」
ノックの音と共にジェルの声がしたんで飛び起きてドアを開けた。
不思議そうな目でこちらを見る彼の姿は華奢で、いつもと変わりない。
「あー、よかったー!」
「ちょっとアレク、なんですか急に」
思わずギュッとハグをして、そのサイズ感と温度に安心する。
「よかった……ちっちゃい」
「なんか失礼なことを言われている気がするんですが」
「いいんだよ。あー、よかったぁ!」
ジェルから腕を離して、何気なく振り向くと枕が目に入った。
枕カバーの皺が人の顔に見えて、ニヤリと笑ったように感じたのは気のせいだろうか。
その後、俺は枕をダンボール箱に入れて上からガムテープでグルグル巻きにして倉庫に持って行った。
本当に酷い夢だった。あの枕はきっと本物だ。
ジェルにも悪夢を見せてしまって悪かったなぁって反省してる。
今月はバレンタインデーだから、お詫びに高級チョコでも買ってプレゼントすることにするよ。
もうあんな悪夢は二度と見たくねぇなぁ。
皆も良い夢見ろよ。
次回の更新は3月1日(土)です。
ここまで読んでくださりありがとうございました!




