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93.蛇の恩返し

 それは新しい年が始まったばかりのある日のことでした。

 ワタクシと兄のアレクサンドル、そして居候のキリトが暮らしている家の中に巨大な白蛇が現れたのです。

 それはニシキヘビよりもはるかに大きくて、真っ白な鎌首は簡単にワタクシ達を丸飲みしてしまいそうです。


「ひぃっ、なんですかこれは⁉」


 恐ろしさのあまり思わず数歩、後ずさりしてしまいました。


「うわ、でっか。ジェルが召喚したのか?」


「違いますよ!」


 ワタクシは何もしていません。

 キッチンに紅茶を飲んだ後のカップを片づけに行って戻ってきたら、リビングのソファーに白い塊がとぐろを巻いていたのですから。


「あ、キリトが……」


 アレクの視線の先には大蛇の傍で動けなくなっているキリトの姿がありました。

 テディベアなのでわかりにくいですが、ぴくりともしていませんから、おそらく気絶しているのでしょう。


「俺がキリトを助けに行くから、ジェルは蛇を惹き付けておきてくれ」


「えぇっ、そんな無茶な……」


「ふぇぇ~その必要はないですぅ~! 脅かしてごめんなさい」


 ――えっ、今の声はもしかして。


「そのぉ……私、お礼をしに来ただけでしてぇ……」


 なんと、大蛇から可愛らしい女の子の声がするではありませんか。


「すげぇ、蛇がしゃべった!」


「すみません。もしかして、今の声は貴女ですか?」


 恐る恐る話しかけると、大蛇はこくりと頷きました。


「私、この土地の蛇神ですっ。新人なものでいろいろ慣れてなくて……」


 つまり、蛇の神様が我が家にやってきたということですか。

 驚きつつも大蛇に近づいて、足元に横たわるキリトを抱き上げ、軽く揺すってみました。


「うぅ……あ、ジェル氏」


「大丈夫ですか?」


 起き上がったキリトは蛇神を見て「ヒッ」と軽く悲鳴を上げましたが、今度は気絶しなかったようです。


「ジェル氏、化け物であります! なんとかするであります!」


「ふぇぇぇ、化け物じゃないですぅ」


「蛇なのにキュートなボイスであります! 小生的にはありであります!」


「意外と守備範囲広いんですね」


 それにしても、蛇神がどうして我が家のリビングにいるのでしょう。


「私はそこの黒髪のお兄さんに恩返しをしに来ただけですっ!」


 蛇神はアレクの方を見ています。


「えっ、俺? ……なんかしたかなぁ?」


「昨年末に、冬眠していた我が眷属が何者かの手によって掘り起こされてしまったのです。しかし、この方はそれを再び地中に戻してくださったのですよ!」


「そういや、そんなことあったかなぁ」


 ――思い出しました。ワタクシが庭で薬草を栽培しようと思って地面を掘り返したら、冬眠中の蛇が地中から出てきたからアレクを呼んだんでしたっけ。


 邪魔だったから別の場所に埋めたかったんですが、蛇に触りたくなかったので彼にお願いしたのです。


「我が眷属を助けてくださり、本当にありがとうございました! それであなた様に恩返しをしたくて……」


「いや~、恩返しなんてしなくていいって。たいしたことじゃねぇし」


 アレクは照れ臭そうに微笑みながら辞退しようとします。

 神に恩返しをされるなんてめったにない幸運だということを何もわかっていませんね。

 蛇は古くから豊穣神や天候神として信仰の対象とされてきたのです。その恩恵を受けることができれば素晴らしい力や財宝を得るに違いありません。


「アレク、せっかく蛇神さまが仰っているのです。ここはぜひ恩返ししていただくべきですよ」


「そうかなぁ」


「ジェル氏が儲け話を考えているときの顔をしているであります」


「しっ、キリトは黙ってなさい」


「そういや、恩返しって具体的に何をするんだ?」


「えーっと……じゃあこれをあげますね!」


 そう言って蛇神は顔を下げて苦しそうに何かを吐き戻すような仕草をし始めました。


「大丈夫ですか?」


「うぇぇぇっ、さっき食べたドブネズミを差し上げようと思いましてぇ……でてこないなぁ。もう消化しちゃったかも」


「いや、そんなのもらっても俺、困るんだけど」


「蛇にとってはネズミはご馳走なんでしょうけど、すみませんがワタクシ達は食べられないので……」


「えっ、そうなんですか! 実は私、新人なのでこういうときにどうしたらいいかわからないんです……」


「とんだポンコツ神であります」


 キリトの言うように、この神はちょっといろいろ足りていないようです。

 神というのは往々にして人間の常識が通じないものですが、これはどうしたものか。


「もっと価値のある物はないですかね?」


 ワタクシの問いに蛇神の視線が宙を彷徨い、何か思いついたのか口を開きました。


「あっ、それなら私の卵はどうですか? 滋養に良いですよ!」


「えっ」


「今から急いで産みますから、待っててくださいね! 安心してください、無精卵なので!」


「何に安心したらいいんですかね⁉」


「うーん……むむむ……」


 蛇神がいきんで唸り始めたのでアレクと二人で慌てて止めました。


「滋養に良いにしてもなんか気持ち的に食べにくいし、俺は遠慮しとくよ」


「えー、そうなんですかぁ……それじゃあ……」


 今度は蛇神がごろんとその身を横たえました。白い腹が見えてまるで退治されたかのようです。


「どうしたんですか?」


「もう私自身を捧げるしかないんですぅ。焼いて食べれば臭みが無くて美味しいんで……うぅ……美味しく食べてくださいねっ」


「いや、いいから! 会話した相手食べるとか無理だから!」


 アレクが叫ぶと、蛇神は残念そうに溜息をつきました。

 どうやらこのポンコツ神から財宝をもらうのは難しそうです。


「物をもらうのは諦めるとして。もっとこう、何か力を授けるとかそういうのはないんですかねぇ」


 ワタクシのつぶやきに蛇神が目を輝かせました。


「それですよ、それ! 蛇の力を差し上げます!」


「マジか、俺それがいい!」


「蛇の力……どんなのでしょうねぇ? 蛇は赤外線が見えたり、感覚が鋭いですけども。あとは種類によっては猛毒がありますし」


「スパイダーマンは、クモの力で壁に張り付いたり手から糸を出せたりするしな。俺もスネークマンになって活躍しちゃったりするとかかっこよくねぇ?」


「アレク氏もアメコミヒーローデビューでありますね!」


 我々の話についていけていないのか、蛇神はきょとんとしていますが、早速力を授けてほしいとアレクが願い出るとその目がギラリと光りました。


「じゃあ、力を授けますね……えいっ!」


 ワタクシ達の視線がアレクに集まりましたが、特に変わった様子はありません。


「どうです? 何か変わりましたか?」


「いや、別に……えっ、あれ。なんか視界が急に高くなったな?」


 急にアレクの胴体がメリメリと音を立てて伸び始めて、服が裂けてそのままどんどん彼の体が伸びていきます。


「おいジェル! 助けてくれ!」


「アレク氏が、まるで妖怪であります!」


 伸びた体を下半身が支えられなくなったのでしょうか、アレクの体は胴だけが異様に伸びた状態で倒れてしまいました。


「蛇神! やっぱ無しだこれ! 今すぐ戻してくれ!」


「えーっ、駄目なんですかぁ?」


 蛇神は渋りつつもアレクの体を元の長さに戻しました。


「ねずみもダメ、卵や私の体もダメ、力もダメ、もうどうしたらいいんですかぁ~! うえぇぇぇぇん!」


 蛇神が泣き出してしまったので、アレクが近づいて頭を撫でて慰めます。


「あだじ、もうどうじだら……うえぇぇぇぇん!」


「ごめん、お兄ちゃんが悪かった」


「ぐすん……蛇の力があれば赤外線も見えるし、胴も伸びるし、卵も産めて脱皮もできるのにぃ……」


「ごめん、ぶっちゃけどれも要らない」


「酷いですぅ……!」


 そのやり取りを聞いて、ワタクシはピンときたことがありました。


 ――脱皮もできる。つまりこの蛇神も脱皮するんですよねぇ。


「蛇神さま、つかぬことをお聞きしますが、貴女はお肌がツルツルですね」


「わかりますぅ? 先日脱皮したばかりなんです!」


「では、その抜け殻をくださいませんか? 日本では蛇の抜け殻は縁起の良い物として財布に入れる文化があるのです」


「お、それならいいかも」


「わかりました! 今持ってないので後日お届けしますね! あー、恩返しができてよかったー!」


 そう言って蛇神は満足そうに帰って行きました。

 後日、約束通りに白く美しい抜け殻が届いたのですが。


「……クソでけぇな」


「そうですね」


「財布に入らないであります」


 どうしたものか議論した結果、ワタクシ達はそれを何とか折り曲げて額装して飾ることにしました。


「これで我が家に幸運が舞い込むといいのですがね」


 どうか今年も良い一年になりますように。

 白い抜け殻を見ながら、ワタクシはそう祈ったのでした。

あけましておめでとうございます!本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

2025年1月19日(日)開催の文学フリマ京都に出店します!

小早川しあんさんとの合同スペースで、お-13「シラハギンK」です。

新刊は「推し妖怪エッセイ~心に残る異形たち~」です。アレクとジェルのグッズも少しですがありますのでお気軽にお立ち寄りくださいませ✨

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