92.金の卵を産むガチョウ
それはクリスマスを控えたある日の出来事でした。
ワタクシと兄のアレクサンドルが経営するアンティークの店、蜃気楼に魔人のジンがやってきたのです。
「はぁい、アレクちゃん、ジェル子ちゃん。あら、キリトちゃんも居るのね、こんにちは~!」
「おっ、ジンちゃんじゃねぇか!」
「お久しぶりですね」
「ムキムキ魔人ご無沙汰であります! その鳥はお土産でありますか⁉」
ジンはゲージに入った白い鳥を連れていました。
これはアヒル……いや、頭に小さなこぶがありますし、ガチョウでしょうかね。
「お土産じゃなくてごめんなさいねぇ~。これはなんと金の卵を産むガチョウなの! 比喩でも何でもなく、本当に毎日金の卵を産むのよ。すごいでしょう?」
「はぁ。もしかしておとぎ話にでてくる、あのガチョウですか?」
「さすがジェル子ちゃん、よく知ってるわね。その通りよ!」
「そのガチョウを、どうしてジンがここに連れて来たんです?」
「それがねぇ……」
話を聞いてみると、取引先とそのガチョウの売買の商談をしている間、ガチョウを預かってくれるところを探しているとのことでした。
「つまり、うちでガチョウの面倒をみてほしいということですか?」
「そうなのよ! ジェル子ちゃんみたいにガメツイ……いえ、このガチョウの価値のわかる人なら大事に飼ってくれると思って。この子すごく繊細で、普通のガチョウみたいに飼育するとストレスを感じて卵を産まなくなるのよ」
ガチョウがまるで同意するかのように、グァーグァーと低い声で鳴いています。
ジンはちらりとガチョウを見て、言葉を続けました。
「4日間だけ預かってほしいんだけど……報酬は預けている間に産んだ卵でどうかしら?」
ガチョウは鶏よりも大きなサイズの卵を産みます。それが金だとすれば、きっと大儲けできるに違いありません。
「そんな貴重なガチョウを飼育できるとは、実に興味深いですね。謹んでお引き受けいたしましょう!」
そんなわけでワタクシは、大喜びでガチョウを預かることにしたのです。
ジンが早速ガチョウを置いて商談先に向かったので、ワタクシは、庭に錬金術で簡易的な池付きの飼育小屋を作りました。
「なぁ、ジェル。さっき“おとぎ話にでてくる”って言ってたけど、どんな話なんだ?」
「小生も知りたいであります」
「有名なのはイソップ寓話でしょうかね。とある農夫は金の卵を毎日産むガチョウを飼っていたんですよ。しかし欲深い農夫はお腹の中にもっとたくさんの金があると思って、ガチョウを殺してしまいました」
「ひでぇな。それでどうなったんだ?」
「当然ガチョウは死にました。結局農夫は何も得られず、毎日金の卵を産んでいたガチョウも失ってしまったのです。欲張りすぎると全てを失うという教訓ですね」
ワタクシの説明にアレクはうんうんと頷いていますが、キリトは肩をすくめます。
「その農夫は、まるでジェル氏みたいであります」
「失敬な! ワタクシはそんな愚かなことはしませんよ。4日間大切に飼って金の卵を手に入れるのです!」
そう、金儲けのチャンスですから頑張りますとも。
しかしなかなか上手くはいかないものですね。
そのガチョウは非常に手間がかかることが判明したのです。
エサは高級トウモロコシと、京都の老舗豆腐屋でも使われている国産高級大豆を茹でてすりつぶした物に、砕いた真珠。
それに高麗人参と有機栽培のブランド物の小松菜。水はミネラルウォーター。
「なんか俺たちより良い物食べてないか?」
アレクがぼやきますが気にしてはいけません。すべては金の卵を産んでもらう為。
今は先行投資というやつです。卵さえ産んでもらえば大きなリターンが待っています。
「グァーグァーグァー!」
「痛い、ちょっと、突かないでください!」
「ジェル、お兄ちゃんが代わろうか?」
「いえ、大丈夫……です」
柵の外から見ていたアレクが見かねて声をかけますが、すべては金の卵を得る為です。
その為なら、たとえ警戒されて何度突かれようとも我慢できます。
でもそんなに頑張ったのに、翌日小屋を覗くと卵はひとつもありませんでした。
「いきなり環境が変わったストレスですかね」
しかし、また次の日も玉子を産みません。何かいい手はないものでしょうか。
「そういや農家さんから聞いた話なんだけどさ、鶏にモーツアルトの音楽聞かせてリラックスさせたら玉子を産む数が増えたんだって。ガチョウも、モーツアルト聴かせれば産むかも」
「なるほど、それは良い案ですね」
早速、アレクの部屋にあった音楽プレイヤーとスピーカーを持ってきて、モーツアルトを流すことにしました。
「それ、俺のなんだけど……」
「金の卵が手に入ったら新しい物を買ってあげますから!」
スピーカーからアップテンポなバイオリンの音が響くと、気のせいかガチョウは機嫌がよくなったようで、おとなしく草の上に座っています。
「よかった、これで金の卵が……」
「いとし子たちよ! 息災であったか?」
「は?」
振り返ると、フォラスが立っていました。
突然現れたマントにパンツ一丁の大男。どう見ても不審者ですが、一応ワタクシたち兄弟の後見人です。
フォラスはズカズカとこちらに歩み寄り、家畜小屋を覗き込みます。
「おお、これは……クリスマスディナー用のチキンを飼育しているのか?」
「グァ⁉ グァグァグァ!!」
その言葉に怯えたのかは知りませんが、ガチョウは驚いて走り回ってしまいました。
「あぁもう! せっかく落ち着かせたのに!」
「ぬぅ……すまん」
「何しに来たんですか⁉」
「いや、いとし子たちが元気にしているか顔を見に来たのだが……」
「だったらもう見たからいいですよね⁉ 帰ってください!」
「我は今来たばかりなのだぞ」
「今取り込み中なんです!」
「おっちゃん、ごめんな。ジェルは忙しいから俺と筋トレしようぜ」
「ふむ、それは良いな。では下半身のトレーニングから始めようぞ!」
二人が庭先でスクワットを始めたので、再びガチョウに視線を戻すとガチョウも彼らの真似をして体を伸び縮みさせています。
「いや、あなたは合わせなくていいんですよ! さぁ、ガチョウさん。モーツアルトを聴きましょうね~」
しかし3日目になっても、ガチョウは卵を産みませんでした。
「筋トレ悪魔のせいでガチョウがストレスを感じてしまったのでしょう。しかし、今日という今日は産んでもらわないと!」
ワタクシは高級な餌を山盛りにして、敷物をシルクの羽毛布団に変えてみました。
これで産んでくれなかったら大赤字です。
モーツアルトのアイネクライネが流れる中、祈りながら小屋を後にしました。
その努力が報われたのでしょうか。
最終日になって、ついに金の卵が生まれたのです。
「見てください、やりましたよ! これを換金すれば大儲けです!」
ワタクシは大喜びで卵を手にしたのですが。
「あれ? 金にしてはなんだか軽い……」
「どれどれ?」
そのとき、柵の向こうから手を伸ばしたアレクに卵を渡そうとして、ワタクシはうっかり手を滑らせてしまいました。
すると地面に落ちた金の卵が、ぐしゃりと潰れて変形したではありませんか。
中を調べてみると、透明の白身と美味しそうな黄身が入っています。
「もしかして金なのは殻だけだったんですか⁉」
「まぁ、そりゃあ卵なんだったらそうなるよな。金を直接産むとは言ってなかったし」
「ぐぬぬ……」
鑑定した結果、卵の殻は間違いなく純金でした。
「今の金相場で売却したとして、ここまでにかかった経費を差し引いて利益は……500円ちょっとですかね。人件費を考えたら大赤字ですが」
「元気だせ、ジェル。兄ちゃんがラーメン奢ってやるから」
「また儲け損ねたでありますね」
「うぅ……こんなはずでは」
「グァグァグァ!!」
けたたましい鳴き声をあげるガチョウを見ながら、ワタクシ達は苦笑いしたのでした。
次回の更新は1月4日(土)です。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
追記:文学フリマ京都に「シラハギンK」で出店します。今回はアレクとジェルの物よりも妖怪がメインです。
来年3月の京都アートビレッジではアレクとジェルのグッズをたくさん持参する予定ですので、ご縁ありましたらよろしくです……!




