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91.珍しい折り紙

 アンティークの店「蜃気楼」に友人の氏神のシロが訪れたのは、冬の訪れを感じるある日のことでした。


「久しぶり! 今日はちょっと珍しい物が手に入ったから来たんだけど」


 シロはそう言いながら、懐から色とりどりの正方形の紙の束を取り出してカウンターに置きます。

 これがその「珍しい物」なのでしょうか。


「ジェルは折り紙って知ってる?」


 ワタクシは外国人ですけど、さすがに日本で暮らして長いですからそれぐらいはわかります。


「えぇ。鶴を折ったりするんでしょう?」


「そうだよ。よかったら今日は一緒に折り紙をしない?」


「いいですけども……珍しい物って折り紙のことなんですか?」


「それはやってみてのお楽しみだね。あー、でもここじゃ危ないね。もっと広いスペースが欲しいな」


「はぁ。じゃあ今日は店じまいにしますから、リビングに行きましょうか」


 折り紙をするだけなのに、どうして広いスペースが必要なんでしょうか。不思議に思いつつもシロをリビングに招き入れました。


「今日はアレク兄ちゃん居ないんだね」


「さっきキリトを連れて買い物に出かけたとこなんですよ」


「そっかぁ。アレク兄ちゃんにも見せたかったんだけど。とりあえず折り紙しようか」


 シロは折り紙の束から、一番上にあった赤い紙を手に取ってワタクシに差し出しました。


「ジェルって鶴折れるの?」


「昔、折り紙の本を読んだときに試しに折ったことがありますよ。かなり前なんで忘れてるかもですが、折ってみましょうか」


 ワタクシは、記憶を頼りに赤い紙を折り重ねていきます。


「前に折り紙をした時はアレクと二人で折ったんですけどね、紙の端っこを綺麗に合わせて折るのが意外と難しいんですよねぇ。どうしてもズレてしまって」


「あ、わかる。僕もあまり得意じゃないんだよなぁ」


「でもアレクは折り紙が上手で、ワタクシが鶴を一羽折る間に犬を何匹も折ってたんですよ」


「アレク兄ちゃんは手先が器用だもんね。でもなんで犬?」


「折り紙の本に犬の折り方が載ってたんですよ」


「昔から犬好きなんだね」


 そんなことを話しながら、しばらくすると鶴が完成しました。


「昔すぎて忘れているかと思ったんですが、やってみると案外覚えているもんですね」


「じゃあ、その鶴を床に置いてみて」


「床にですか?」


 不思議に思いつつも、折り鶴を床に置いてしばらく見守っていると、ただの紙だったはずの鶴が次の瞬間にはバサバサと白い翼を広げて大きくなったのです。

 長く細い足に、白と黒の胴体、紅い頭頂部。どこからどう見ても本物の鶴じゃないですか。


「これはいったい……」


「すごいでしょ! この折り紙は作った物が本物になるんだよ」


「いや、凄いですけども。この鶴どうするんですか⁉ うちじゃ飼えませんよ⁉」


「大丈夫、30分もすればただの折り紙に戻るから」


「ならいいですけども……」


 そういうことであれば、こんな間近で鶴を見る機会など無いのでせっかくだから観察しようと思ったのですが。


 残念ながら鶴は警戒心が強いらしく、こっちが近づくと「カカカカカ、クオーッ」と鳴いて威嚇してきます。


「ワタクシの折った鶴なんだから生みの親も同然なのに、どうして威嚇されなきゃいけないんですかね」


「元は折り紙でも鶴の習性は変わらないんじゃない?」


 仕方ないのでそのままソファーに座ってしばらく観察していますと、鳴き声も止んでおとなしくくつろぎ始めました。


「近くで見て初めて気づいたけど、鶴の頭の赤いところって毛が生えてないね」


「えぇ、頭の赤い部分は毛の色ではなく地肌の色なんですよ。その鶴は正しくはタンチョウヅルと言いましてね。漢字で書くとこう書くんですが……」


 ワタクシは手近にあったチラシの裏にペンで「丹頂鶴」と書いてシロに見せました。


「赤色の顔料を昔の日本では(たん)と呼んでいましたから、そこからきているんでしょうね。頭頂部が赤い鶴、つまり頭頂部が丹である、だからタンチョウヅルなのです」


「見たまんまの名前だね」


「ちなみに丹は水銀を生成するのにも使えるんですよ。錬金術の研究でも昔はよく使ってました」


「そういえば中国には錬丹術ってあるよね」


「そうですねぇ。あれはまた錬金術とは違うアプローチなのですが、ワタクシの見解ですと……」


 タンチョウヅルの解説だけのつもりがどんどん話が横道にそれていき、気が付けば30分が過ぎていて鶴は元の折り鶴に戻っていました。


「もう30分経ったんですか。早いですねぇ」


「喋ってるとすぐだよね。ねぇ、次は何を折る?」


「折り紙のレパートリーなんてそんなに無いですからねぇ……書庫に折り紙の本があったはずですから、取りに行きましょうか」


「そうだね。ついでにお酒も欲しいな」


 そんなことを言いながら、ワタクシ達は折り紙をその場に置いて家の地下にある書庫に向かいました。


「えーっと、確かこの辺にあったはずなんですが……」


「改めて見るとすごい数の本だよねぇ」


「厳選してますが、それでも年々増えてますからね」


 ほんのりとカビと埃の匂いに交じって、古い紙とインクの香りが広がる中、ワタクシ達は目当ての本を探します。

 しかし、真面目に探しているのはワタクシだけで、たぶんシロは興味本位で付いてきただけでしょう。

 その証拠にまったく関係ない本を引っ張りだしてはページをめくっています。


「あっ、これ黄表紙だ。うわー、懐かしい」


「京伝いいですよね。中でもその本は、モテない男が色男に憧れて、過剰な自意識と金に物を言わせてあれこれ画策するくせに、ことごとく失敗するのが何ともこう……」


「他人事とは思えないって?」


「失敬な! ワタクシはモテないわけではなく、あえて孤高を貫いているのですよ!」


 あれこれと本を広げて話をしていたせいで、折り紙の本を見つけて戻るのにずいぶん時間がかかってしまいました。

 リビングの方から物音がするので、もしかしたらアレクが帰ってきたのかもしれません。

 シロにお酒をふるまう為にキッチンに寄って、棚に手を伸ばしていますと、急に茶色い何かがキッチンに駆け込んできました。

 そしてそれはワタクシ達の足元をグルグル回って膝に飛びついてきます。


「ひゃっ! 何事ですか⁉ ……え、犬?」


「犬だ。どこから来たんだろ?」


 ワタクシ達が犬を抱きかかえてリビングに行ってみますと、そこにはたくさんの毛玉に囲まれて大はしゃぎするアレクと、テーブルの上に乗って犬を覗き込むキリトの姿がありました。


「ハハハハハ! よーし、よし。……あっ、ジェルにシロ! 見てくれよ! ワンちゃんいっぱいで夢みたいだよな!」


「あ、ジェル氏~! この状況を大至急何とかするであります!」


「何があったんですか?」


「アレク氏がここにあった紙で折り紙の犬を作ったら、犬になったであります!」


「あっ、折り紙が無い! もしかして全部犬にしちゃったんですか⁉」


「いや~、久しぶりに折り紙やってみたら本物のワンちゃんに変身したからさぁ。うれしくてあるだけ折っちまったんだけど……もしかしてマズかったか?」


「いや、まぁ……いいんですけどね」


 ――時間が経てば元に戻る仕様でよかった。


 そう思いながら、ワタクシはたくさんの犬が駆け回るリビングを見つめていたのでした。

次回の更新は12月7日(土)です。ここまで読んでくださりありがとうございました!

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