90.パラサイトケイ
これは俺がイギリスに行ったときの話なんだけどさ。
お爺さんが道端に敷物を広げて、キーホルダーやアクセサリーとかいろいろ小物を売ってたんだよ。
その中にちょっとアンティークなデザインの腕時計があってさ。
気になって手に取ってみたんだ。
「いいでしょ、それ? お兄さんみたいな輝かしい未来ある若者にこそふさわしいと思うんだよね」
お爺さんは気さくに話しかけてきた。
見た目は白髪で老けているのに妙に若者っぽい話し方をする人だな。
若者向けの商品を売っていると、やはり気分も若くなるもんなんだろうか。
「安くしておくからぜひ買ってほしいな」
「じゃあ、せっかくだし買わせてもらうよ」
腕時計は本当に格安だった。
俺は金を払って腕時計を受け取り、早速その場で腕に付けることにした。
するとお爺さんが不思議なことを言ったんだ。
「実はこの時計はな、時間を進めることができる不思議な腕時計なんだ。試しに針を15分進めてみなよ」
俺は言われるままに素直に針を進めてみた。すると一瞬フッと意識が遠くなったかと思うと、目の前のお爺さんは露店ごと消えていたんだ。
すぐにポケットからスマホを取り出して時間を確認する。
自分で余分に針を進めたはずなのに、スマホの時刻と腕時計の時刻は一致していた。
「一瞬で15分経ったってことなのか……」
世の中には理屈じゃ証明できないことはいくらでもある。
俺の弟のジェルマンは魔術を使ったりするし、俺と弟が経営しているアンティークの店には神話に登場するような伝説上のアイテムが置いてあったりもするからな。
もしかすると、この腕時計もそういう類の物なのかもしれない。
その後、飛行機に乗って帰国しようと思った俺は、空港で荷物検査の列に並んでいた。
そこまで混む時期じゃないはずなのに、今日は人が多い。
俺は面倒だなぁと思って腕時計の針を進めた。
次の瞬間、俺の視界は搭乗ゲートに切り替わっていた。
その列も面倒に感じたのでまた進める。
移動した感覚も無いのに、俺は飛行機の座席に座っていた。
「これはめちゃめちゃ便利だな。まるでスキップ機能があるゲームみたいだ」
結局、飛行機に乗っている時間もダルく感じてまた針を進めた。
まるで瞬間移動したみたいな感覚だ。
ジェルに腕時計を自慢するのを楽しみに帰宅すると、なぜか出迎えた彼が怒っている。
「アレク、洗濯物は早めに出しておいてくださいっていつも言ってるのに、どうして部屋にため込んだまま出かけたんですか⁉ そもそも、部屋が汚すぎます! 昔から貴方は――」
ジェルのお説教はできるだけ避けたい。俯いた俺の目に入ったのは腕時計だった。
よし、スキップだ。針を30分進める。
「まったく、貴方がそんな性格だから、ワタクシが苦労するんです! こないだだって……」
あ、30分くらいじゃ終わらないか。よし、3時間進めよう。
気付いた時には俺は自分の部屋でトランクを開けて荷物を片づけていた。無事にお説教は終わったらしい。
ホッと息をつくと、ジェルが夕食ができたと呼びにきた。ちょうど腹が減ったしガッツリ食いたい。
でも、目の前にあったのは野菜サラダに野菜スープだ。唯一の肉要素はサラダに添えられた生ハムだろうか。
――ハンバーグとか食べたい気分だったんだけどなぁ。
がっかりした俺は、時計の針を2時間進めた。
本当は一時間進めるだけのつもりだったんだけど針が思ったより、ぐりっと動いちまったんだ。
次の瞬間には食事が終わっていて、俺は部屋に戻っていた。一応腹は膨れている感覚になっている。
便利だけど、食べた気がしないのはちょっともったいなかったな。
――ここまでの俺の話を聞いて「いいなぁ便利だなぁ」って思ったか?
でもこの話はそんないい話じゃないんだ。
翌日キリトが俺に変なことを言ってきたんだよ。
「昨日のパン男ロボスペシャル面白かったでありますね!」
「えっ、そんなの観たっけ?」
「昨日の晩御飯の時にテレビでやってたでありますよ? ジェル氏がわざわざチャンネルを変えてくれたから一緒に観たであります」
マジかよ……ちょうど時間を進めたせいで覚えてない。ショックを受けているとジェルが話しかけてきた。
「そういえばアレク、玉子買ってきてくれました?」
「へ?」
「昨日の夕食の後に言ったじゃないですか。オムレツを作りたいから玉子を買ってきてほしいって」
「あー、ごめん。聞いてなかったわ」
「もう。しっかりしてくださいよ」
時間を進めているときの情報がすっかり抜け落ちている。これはもしかしてヤバいかもしれない。
こんな腕時計はサッサと外してしまうに限る。
しかし、どういうわけか時計が外せない。
よくわかんねぇが自分じゃ外せないし、ジェルに外してもらうか。
「なぁこの時計……」
外してくれないか、と言おうとしたところで、気が付けば俺は自室のベッドの上に寝転んでいた。
どうやら勝手に時間が進んだらしい。俺の腕には腕時計が付いたままだ。
どういうことだ? これはもしかして外せない呪いでもかかってるのか⁉
――だったら水に浸けてぶっ壊してやる。
俺は洗面台に水をはって、手首をそこに沈めようとした。
しかしまた時間が勝手に進んだのか、俺はリビングに座っていた。
慌てて洗面台に戻ると、栓を抜いたのか水も溜めてないし腕時計を沈めた形跡もない。
その間の俺は何をしていたのかもわからない。たぶん壊したり外そうとしたら時間が勝手に進んで阻止されちまうんだ。
「くそ、完全に呪いのアイテムじゃねぇか!」
どうすれば……まてよ。呪いのアイテムってことはジェルなら何とかしてくれるはずだ。
ジェルはこういう不思議な物に詳しい。
直接腕時計のことを言えなくても、一言伝えればジェルならきっと理解してくれるだろう。
「おい、ジェル!」
「どうしました? 顔色が悪いですよ」
「俺呪われてる! 助けてく――」
……あ、また時間を勝手に進められる感覚がする。ダメか?
と、思った次の瞬間。
なぜか俺はジェルが描いたと思われる魔法陣の上に立っていて、まったく動けなくされていた。
目の前には片眼鏡をつけたジェルの姿がある。その手には腕時計が握られていた。
外してくれたんだ……。
壁にかかった時計に目をやると3時間が経過していた。
「まったく。やっかいな物を持ち込んでくれたものですねぇ」
「ごめん……」
「何があったのか教えてもらえますか?」
ジェルが拘束を解いてくれたので、俺は腕時計を手に入れた経緯を話した。
「時間を早く進められるから、最初は便利だと思ったんだけどなぁ」
それを聞いたジェルは急に怖い顔をした。
「その解釈は完全に間違ってますよ。いいですか、その腕時計は別に時間を進めているんじゃありません」
「えっ、違うのか?」
「針を進めた時間の分だけ、あなたの意識が時計に乗っ取られていたんです。その間の意識が無いから、一瞬で時間が過ぎたように感じていただけですよ」
「畜生! あの爺さん、なんてものを売りつけやがったんだ!」
怒る俺に対して、これはワタクシの推測なのですが、とジェルは前置きする。
「この時計は何千回、何万回と時間を進めなければ解放されないのだろうと思います。おそらくアレクに腕時計を売りつけた人も時間をどんどん進めて肉体が老いた結果、やっと腕から外れたのでしょう」
「なんだよそれ。じゃあ、あの爺さんも被害者だったのか。怖すぎだろ……」
「この時計は、二度と誰も付けることがないように厳重に保管しておきましょう」
それがいい。こんな物、世の中にあっちゃいけないんだ。
「いいですか、我々は永遠の時間を生きています。かと言って、時間に対して不誠実であっていいわけではないのです」
「そうだな。悪かった」
「そもそもアレクが軽率に嫌なことから逃れようとしたからこんなことになったんですよ。どうせワタクシの話もちっとも聞いてなかったでしょう? 今からもう一度じっくりお話します! とりあえずそこに座りなさい!」
それからジェルのお説教は二時間続いた。でもまぁ、記憶がないよりはいいな。
皆も時間は大事にするんだぞ。お兄ちゃんとの約束だ。
次回の更新は11月2日(土)です。ここまで読んでくださりありがとうございました!




