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85.アレクのお見合い

 それは本当に急な話でした。

 海外旅行に出かけている兄のアレクサンドルから電話がかかってきて、意外なことを言われたのです。


「えっ、アレクがお見合いですか⁉」


「あぁ。たまたま知り合いに紹介されたんだけど、ぜひ会ってみたいと思ったんだ」


 スマホ越しに聞こえる彼の声は、心なしかうれしそうでした。


 ワタクシと違ってアレクは社交的で人脈が豊富です。

 それゆえにお見合いの話が無かったわけではないのですが、今まではすぐに断っていたはず。

 だから彼が「ぜひ会ってみたい」と言ったのは前代未聞のことでした。


「それでさ、お見合いの席にはぜひジェルも同席してほしいと思って」


 同席ということはワタクシに紹介したいということなのでしょうか。

 つまりそれって、本気でその人を気に入ったということですよね。


「急な話で悪いんだが明日、現地時間で19時からだ。ジェルなら転送魔術ですぐ来れるだろ?」


 そういって彼はパリのとある高級レストランを指定しました。

 相手はフランス人なのでしょうか。


「……行きたくないです」


「そんなこと言うなよ。絶対ジェルも会ってよかったって思うはずだからさ。それじゃ、明日待ってるからよろしくな」


 電話はそこで切れました。


「ジェル氏、どうしたでありますか。顔色が悪いでありますよ? アレク氏に何かあったでありますか?」


 同居しているテディベアのキリトが、遊んでいたゲームを放り出してワタクシの顔を見ています。


「お見合い……」


「おみあい?」


「アレクがお見合いするんです!! 結婚するんですよ!!!!」


 ワタクシは爆発したように大声を出してしまいました。


「信じられません! 300年以上ワタクシ一緒に独身を貫いてきたのに今更ひとりだけリア充になろうなんて!! しかもお見合いでだなんて!! 今までずっと断ってきたのにどうして⁉」


「ジェル氏、落ち着くでありますよ……」


「落ち着いていられますか⁉ アレクがワタクシ達を捨てて他の人と暮らすってことですよ! 優しく美しい完璧なワタクシと暮らしていて何の不満があるって言うんですか⁉」


 電話口では言えなかった心の内を吐き出すと、少しだけ冷静さを取り戻せたように思います。

 しかし、胸の奥にモヤモヤしたものがまだ残っているようななんとも気持ちの悪い感じです。


「相手はどんな人でありますか?」


「わかりません。アレクが気に入るくらいですから、魅力的な人なのでしょうけど……」


「どんな人か見てみたいであります」


「そうですね。同席したくはありませんけども、こっそり見に行くくらいのことはしてもいいかもしれません」


 ――翌朝。

 寝付けないままにベッドから起き上がり、だるさを感じつつもワタクシはキリトを連れてパリに移動しました。


「ジェル氏……大丈夫でありますか?」


「しっ。キリト、あなたはテディベアなんだから話しかけちゃだめですよ」


 ワタクシに抱っこされているキリトに小声で伝えると、彼はおとなしくなりました。

 あとは目的のレストランですが……たしかこの通り沿いにあったはず。

 きょろきょろしていると金で装飾された看板が目に入りました。


「あぁ、ここですね」


 少し時間が早いけど近くで見張っていればいいかな、と思っていたそのとき、ワタクシを呼び止める老紳士の声がしました。


「お嬢様! こんなところにいらっしゃったのですか⁉」


「はい? 何のことでしょうか?」


「お嬢様、服装を変えてもこの爺やの目はごまかせませんぞ! さぁ、行きましょう!」


「いえ、人違いです!」


「いくら気が進まないからって、逃亡は許しませんぞ! さぁ!」


 ワタクシがいくら人違いだと訴えても、この老紳士は聴く耳をもたずにワタクシをレストランの中へと連れていこうとします。


 ここであまり騒ぎになっても困るので、付いて行くことにしました。

 事情はよくわかりませんが、第三者が見れば人違いなのはわかってもらえるでしょうし。


 レストランの中は複数の個室になっていて、ワタクシは控室らしきところに連れて行かれました。


「お嬢様。そちらでお召替えを」


「はぁ……」


 困りましたねぇ。ワタクシは今からアレク達を監視しないといけないのに。


「――ジェル氏、どうするでありますか?」


「とりあえず言うことを聞いておいて、隙をみて逃げ出すことにしましょうかね」


 ワタクシ達は小声で相談して、置いてあった服に着替えたのですが。


「く……どうしてワタクシがこんな格好を……」


 用意されていたのは清楚な雰囲気のワンピースでした。肌の露出が少ないのが救いですが、着慣れないので落ち着きません。


「さすがジェル氏、似合ってるでありますよ」


「誉められてもうれしくないです」


 着替えたワタクシはその場にあった紙袋に元の服とキリトを入れて部屋を出ました。

 このまま逃げ出せるかと思ったのですが、残念ながら先ほどの老紳士が待ち構えています。


「お嬢様! ちょうどアレクサンドル様がお見えになっておりますぞ」


「えっ、アレクサンドル⁉」


「何を驚いていらっしゃるのですか。さぁ、あちらですぞ」


 老紳士に連れられて隣の部屋に行くと、そこにはよく見慣れた兄の姿がありました。


 シャツのボタンを外して胸元は開いているのですが、いつもより落ち着いたトーンのスーツを着ています。

 レストランのドレスコードに沿った、お見合いの席らしい恰好ということなのでしょう。


 ワタクシの姿を見た彼は、目を大きく見開きながら立ち上がりました。


「初めまして、ルイーズ。……いやぁ本当に弟にそっくりだなぁ」


「は? ルイーズ? 弟にそっくり?」


「声まで似てる! 姿が似てると声も似るのかなぁ」


 どういうことでしょう。アレクはワタクシを別の人と認識しているようです。


「あぁ。俺の弟は君にそっくりなんだよ。お見合い写真を見たときはびっくりしたけど、本当によく似てるなぁ」


 どうやら、アレクのお見合い相手はワタクシにそっくりな人のようです。

 事態を把握したワタクシに、老紳士が椅子を引いて席につくようにうながします。

 逃げ出すわけにもいかず、仕方なくワタクシが席につくと老紳士は「あとはお二人でゆっくりディナーを」と言って去って行きました。


「今日は弟に同席してもらう予定だったんだけど……来ないみたいだ」


 アレクは軽く肩眉を下げて寂しそうに微笑み、シャンパングラスを傾けます。

 仕方ないので調子を合わせて適当にやり過ごすことにしましょう。


「えーっと、その……弟さんはどんな方なんですの?」


「弟はジェルマンって名前なんだけどさ。俺と共同経営しているアンティーク店の店主なんだ」


「あら、素敵ですわね」


「ちょっと性格はキツくて強欲だけど優しくていい奴だよ」


「キツくて強欲は余計です」


「へ? あぁ、そうだな」


 アレクは苦笑しながら「やっぱり似てるなぁ」と独り言をつぶやきます。

 ――そりゃあ似てるでしょうよ、本人なんだから。


「休日はどんな風に過ごしていらっしゃるの?」


「え、あー、そうだなぁ。今は日本の文化……特に漫画カルチャーに興味があって業界の動向をチェックして市場分析をしたりそれに関する文化的な資料を収集したりしているよ」


 ……頑張って高尚な言い回しにしていますが、要は漫画に興味があって常に新刊をチェックして、漫画を買いあさっているだけですね。


「特にパン男ロボというコンテンツは素晴らしいもので……」


「まぁ、すごいですわね~」


 後はクソどうでもいい話なので適当に相槌をうっておけばいいでしょう。


「――おっと、俺の話ばかりになってしまったな。すまない。ルイーズはどんな休日を過ごしているんだ?」


「えっ、ワタクシですか? えっと……その読書、とか……」


「読書! それはいいな! うちのジェルも本が大好きなんだよ。ぜひ最近読んだ本があれば教えてほしいな」


 ――最近読んだ本なんて魔導書ばかりなんですけど。どう答えたらいいものか。

 視線が空中を彷徨っていると、急に部屋のドアが開いて金髪の女性が男性を連れて入ってきました。


「アレクサンドルさん!」


「うん? あっ、あれ……君は……?」


 その女性は髪型が違うけど、気のせいかワタクシになんとなく似た顔をしているように見えます。


「ルイーズです。遅れてごめんなさい」


「君がルイーズ?」


「えぇ。あの、親が無理やりお見合いの席を用意しちゃって。でも私、結婚を前提にお付き合いしている人がいるんです。だから今日はお断りしに来ました」


 そう言ってルイーズと名乗った彼女は隣の男性をアレクに紹介しました。


「そうか……ルイーズは、幸せなんだな」


「えっ、あ、はい。本当にごめんなさい」


「いや、いいんだ。俺も断るつもりだったから」


 驚くルイーズに対し、アレク軽い調子でウインクします。


「君の親御さんには俺からうまいこと言っておくよ」


「ありがとうございます!」


 彼女は婚約者と一緒に深く礼をしました。


「アレク……断るつもりだったんですか」


 ワタクシが思わず漏らした言葉に、視線が集中します。


「あの、アレクサンドルさん。こちらの方は?」


「まさかとは思ったけど……ジェルか?」


 アレクが怪訝な顔でワタクシを見つめました。


「いえ、人違いです! 失礼します!」


 ワタクシは着替えとキリトが入った紙袋を引っ掴んで逃げ出しました。

 そしてすべてのことが判明したのは、翌日のことです。

 帰宅したアレクは帰ってくるなり、呆れた顔でソファーに座りました。


「まさか女装して乗り込んでくるとはお兄ちゃん思わなかったぞ」


「成り行き上、仕方なかったんですよ。ねぇキリト」


 ワタクシがキリトに同意を求めると彼はこくりと頷きました。


「そうであります。成り行きだから無罪であります」


「成り行きねぇ……」


「それにしても、アレク氏のお見合い相手がジェル氏にそっくりで驚いたであります」


「あぁ、キリトは知らないのか。ジェルは母親似なんだよ」


「えっ? アレク、急に何の話ですか?」


「ジェルはルイーズを見て気付かなかったか? 彼女は、俺たちのママンの若い頃にそっくりだったろ?」


 アレクの口から急にママンという言葉が出たことで、古い記憶の中でワタクシ達の母親の顔と彼女の顔が重なりました。


「お見合い写真を見た時は似た顔もあるもんだなと思ったよ。それで気になって調べてみたんだけどさ、彼女の家系を遡ると俺たちの母親の妹に繋がるんだ」


「母親の妹……つまり、あの子はワタクシ達の親族ということですか!」


 アレクはうなづくと、座っていた足を組み替えて遠くを見るような目をします。


「そう。だから会って話してみたかったんだ。直系ではないけどもママンにそっくりな俺たちの子孫にあたる子がどんな風に暮らしているのか、知りたかった」


「どうして早く言ってくれなかったんですか!」


「パリで合流したら言うつもりだったんだよ。でもジェルは来なかったし……いや、まぁ予想外の恰好で来たけど」


「じゃあ結婚は、しないんですね?」


「するわけねぇだろ」


 その言葉を聞いた瞬間、ワタクシがどれほど安心したか。きっとアレクにはわからないでしょう。


「それにしても、なんでジェルはルイーズのふりをしてたんだ?」


「いや、それはもういいじゃないですか」


「よくねぇし! 正直に話せ!」


「あー、ワタクシ、そろそろ開店準備をしに行かないとなのでそれはまた今度ですっ!」


「…………」


 ワタクシ達のやり取りをキリトはやれやれと言いたげに見ていましたが、すぐに興味をなくしたかのように漫画に視線を戻したのでした。

次回の更新は6月1日です。ここまで読んでくださりありがとうございました!

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