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84.コアラを捕まえろ

 春の陽気が心地よいある日の出来事です。

 その日、ワタクシ達は兄のアレクサンドルが買ってきたお菓子を食べながらとりとめもない話をしていました。


「これさぁ、最初に発売したときは楽器持ってるやつだけだったんだよな。並べて楽器隊を作るの好きだったなぁ」


 アレクはそう言って、コアラのイラストが表面にプリントされた焼き菓子をつまみます。


「今はいろんな楽器以外にもいろんな絵が付いてるんですね」


「おっ、盲腸コアラだ。これ一時期流行ったよな。見つけたら幸せになれるって」


 アレクのゆびに摘ままれた菓子にはお腹に傷があって泣いているコアラの姿がありました。傷の痛みに泣いているのでしょうか。

 あまり菓子向きとはいえないデザインに、アレクの隣に座っていたテディベアのキリトが首をかしげます。


「なぜ盲腸なのに幸せになれるでありますか?」


「うーん、レアだからじゃねぇかな。これってもともとは単に怪我しただけのコアラだったのが、誰かが盲腸の傷って言いだして、それが定着したってパターンだった気がする」


「そういえば、コアラの盲腸って2m以上あるんですよ。もし手術するとなったら大変でしょうねぇ」


「なんか想像したら食いにくいな」


「ジェル氏、マジレス乙であります」


 なにやら空気が微妙になってしまったのでワタクシは話題を変えてみました。


「そういえばワタクシ、コアラを見たことないんですよ」


 もちろん図鑑では見たことがありますが、実際に見たことはないのです。


「こないだ俺が動物園で撮ってきた写真見せただろ?」


「あれは見た内に入らないですよ。そもそも全部背中向けてて灰色の毛玉が写ってるだけだったじゃないですか」


「まぁな。でもさぁ、あのコアラ、何回か行ったけどいつもこっちに尻向けててさぁ。今まで一度も顔は見たことねぇんだよなぁ」


「アレク氏はコアラに嫌われてるでありますか?」


「そんなことねぇし。……そうだ、よかったら皆で一緒に行こうぜ。コアラが俺だけに塩対応じゃないってことを証明してやるよ」


 まさか外に出かける流れになるとは思いませんでしたが、ちょうど外は桜が綺麗で日射しも暖かいので、花見がてら出かけてもいいかもしれません。


「コアラがアレクに塩対応かどうかなんて正直どうでもいいですけど、たまには一緒に行ってあげてもいいですかねぇ」


 こうしてワタクシ達はアレクの案内でコアラの居る動物園へと足を運んだのでした。

 今日はキリトも中が透明になっている鞄の中に納まって一緒に出掛けています。

 よくわからないのですがアレクの「オタ活用の鞄」だそうです。

 じっとしていればただのぬいぐるみにしか見えませんから、まぁ大丈夫でしょう。


 動物園は平日ということもあり閑散としていて、ワタクシ達の他には数名の子ども連れや、散歩目的のお年寄りに、写生をする為に来た学生さんが少し居る程度でした。

 これならゆっくり見学できそうです。


 園内を見て回っていると、一部のエリアが鉄格子の引き戸で閉じられていることに気づきました。


「ここは前に猿が脱走したんだ。それ以来、入口が二重になっててな」


「そんなことがあるんですねぇ」


「脱走はたまにあることなんだよ。前もリスが脱走したし」


 これだけたくさんの動物が展示されているのです。

 檻の中で過ごすことに満足せず、外の世界に興味をもつ個体もいるのでしょう。


「しかし、アレクはそんなに動物園に通っているわけでもないのに詳しいですね」


「俺の知り合いがここで働いててさ。いろいろ聞いたんだよな……あ、噂をすればだ。おーい!」


「おう、アレクじゃないか」


 アレクに声をかけられた飼育員さんは網を持っています。

 そういえば他にも飼育員さんを何人か見かけましたが、皆、何かを探しながら走り回っているように見えます。


「忙しそうだけど何かあったのか?」


「それがなぁ……コアラが脱走したんだ。アレク達も、もし見かけたら知らせてくれ」


 彼はそれだけ言うと再び捜索するべく走っていきました。


「ずいぶん慌ててたな。コアラなんてのんびり木の上で尻向けて寝てるような生き物だし、すぐ捕まえられるんじゃねぇのかな?」


「いえいえ、コアラの時速は時速30キロですよ」


「原付レベルか。やべえな」


 ワタクシの言葉にアレクが驚いていると、キリトが叫びました。


「アレク氏、ジェル氏! コアラ発見であります! そこの木の陰にいるでありますよ!」


「あっ、本当だ」


 木の根本で灰色の毛玉が動いているのが見えます。そしてその毛玉は全速力で逃げていくではありませんか。

 ワタクシ達は追いかけようと走り始めました。


「ちくしょう、どこに行ったんだ……」


 追いかけた先は広い池になっていて、ボート遊びを楽しむ人たちの姿があります。


「見てください、あのボートの上です!」


 そこには、見知らぬおじさんの手漕ぎボートの縁でリラックスしているコアラの姿がありました。

 おじさんはコアラが乗っていることに気づいていないようで、ボート遊びを楽しんでいます。


「水に落ちたら大変であります!」


「過去にコアラが泳いだ事例はありますが、あの子が泳げるとは限りませんからね」


「よし、捕まえるぞ!」


 ワタクシ達はボート乗り場へ走りました。


「おい、ボートを借りたいんだが」


 ワタクシが一緒に居たのがいけなかったのでしょうか。カップルだと思われたのか白鳥の形をしたボートに案内されました。


「交渉している暇はねぇ! 行くぞ!」


 ワタクシ達が乗り込むとアレクが全速力でペダルをこいだおかげで、ものすごいスピードでボートは進み始めます。


「うぉぉぉぉぉぉ! そのボート! 待ちやがれ!」


「ひっ、な、なんなんですか⁉」


 いきなり猛スピードで迫ってくるスワンボートに驚いたのか、手漕ぎボートに乗っていたおじさんは反射的に逃げ出しました。


 そしてボートは柵にぶつかり、のんびり座っていたコアラは柵に移動して再び逃げてしまったのです。


「ちくしょう、追いかけるぞ!」


 まるで猿のような動きで素早く逃げる灰色の背中を追って、ワタクシ達が向かったのは遊園地エリアでした。

 この動物園はメリーゴーランドやミニコースターなどの子ども向けの乗り物が併設されているのです。


 引き続きコアラの姿を探して周囲を見回していると、回転ブランコの座席にその姿を見つけました。

 この遊具は上昇して空中で大きく回転するのです。もしコアラがブランコから落ちたら大変なことになります。


「おーい! そのブランコ待ってくれ!」


 アレクは叫びましたが、係員の人はその声に気づかずに遊具の電源を入れて作動させてしまいました。


「ジェル、下で待機してろ!」


 アレクは跳躍すると、動き始めたブランコの鎖を片手で掴みました。そのままブランコはどんどん上空へと昇っていきます。


 その間に彼はアクションスターも真っ青な動きで、足をかけて這い上がりなんとかブランコに腰掛けました。ずいぶん無茶をしたものです。


 コアラの方は非常に落ち着いた様子でアレクのすぐ近くのブランコに座っています。

 アレクはコアラの方に手を伸ばそうとしますが、ブランコの動きが激しいので届きそうにありません。


 そのうち、ブランコの動きがゆっくりになり下に降りてきました。

 アレクが手を伸ばし今度こそコアラを捕まえようとしたのですが、残念ながら柵の隙間からふたたび脱出してしまいました。


「アレク氏はむちゃくちゃするであります! 怖かったであります!」


「あー、ごめんな。キリトが一緒なのすっかり忘れてた」


 キリトはアレクの肩にかけられた鞄の中に居たのです。

 いつ振り落とされるかと、気が気ではなかったでしょう。


「すまん、でも今はコアラを追いかけねぇと……ジェル、キリトを預かっててくれ」


 アレクから鞄を受け取ると彼は全速力でコアラを追いかけて行きました。


「ちょっとアレク! ……しょうがないですねぇ」


 ワタクシは体力が無いので、全速力とはいきません。

 まだ怒っているキリトをなだめつつ遅れながらも追い付くと、そこにはコアラを無事に抱っこするアレクの姿がありました。


「いやー、疲れたなぁ」


 それからすぐに飼育員さんと合流して、捕まえたお礼として特別にワタクシ達はコアラと記念写真を撮らせてもらえることになりました。


「それじゃ撮りますよ~」


「おう、よろしくな!」


 飼育員さんに撮ってもらった写真を見てみると、アレクに抱っこされたコアラはカメラの方を向かずにアレクの方を向いています。

 結局写真はお尻を向けていたんですけど、アレクにはコアラの顔が見えたようで、彼は満面の笑みを浮かべていたのでした。

次回の更新は5月4日(土)です。

ここまで読んでくださりありがとうございました!


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