81.羊を探せ!
それは粉雪のちらつくある日のことです。
アンティークの店「蜃気楼」のカウンターでは、両手を広げてワタクシに旅行のプレゼンをする兄のアレクサンドルと、それに耳を傾けるワタクシとテディベアのキリトの姿がありました。
ニュージーランドで採れる珍しい鉱石が錬金術の研究に必要だという話をした途端、彼の猛烈なプレゼンが始まったのです。
「なぁ、ジェル。ニュージーランドはいいぞぉ~? 暖かくてラグジュアリーなオーシャンビューのリゾートでビーチに沈む夕日を見ながらプリプリのムール貝とワインとか最高だと思わないか?」
「ふむ……確かに日本はクソ寒いですが、向こうは夏ですからねぇ。それにオーシャンビューのリゾートでいただくムール貝とワインは心惹かれるものがあります」
「うんうん、そうだろう! 旅行のややこしいことは全部こっちで手配するからさぁ。お兄ちゃん達と一緒に行こうよジェルちゃん!」
「アレク氏、“お兄ちゃん達”ということは小生もメンバーに入っているでありますか?」
私の隣でスマホを見ていたテディベアが不満そうな声をあげます。
「あぁ、キリトもニュージーランド行きたいだろ?」
「小生は不参加であります」
「キリトはオーシャンビューのリゾートに興味ないんですか?」
ワタクシの問いに、キリトはモコモコのクリーム色の手を顔に当て溜息をつきました。
「こういう時のアレク氏の言うことは話半分で聞いた方がいいでありますよ? どうせ、もうしわけ程度に海が見える場所でキャンプするくらいが実情だと思うであります」
アレクの方をちらっと見ると彼は大慌てで首を振りました。
「いや、キャンプとかじゃねぇし!」
「本当ですか? まぁ鉱石も手に入るなら一緒に行ってもいいですけど……」
ここのところ寒い日が続いて少し気が滅入っていたので、たまには暖かいリゾートで過ごすのもいいかもなぁ。
――そんな理由で、アレクの誘いに乗って一緒にニュージーランドへ来てみたのですが。
「え、ちょっと。これはどういうことですか⁉」
ニュージーランドの空港からアレクの運転するオープンカーに乗って、リゾート目指して海の近くを走っていたはずなのに、なぜかそのまま車は海を通り過ぎてしまったのです。
「ねぇ、アレク。ビーチに沈む夕日を見ながらムール貝とワインをいただくんじゃ無かったんですか? どう見ても山の方へ向かっているように見えるんですが」
「そりゃあ山に向かってるからなぁ」
「え、どういうことですか……?」
「まぁまぁ。オーシャンビューだから細かいことは気にするな」
どういうことだろうと思いながらそのまま乗っていると、車は牧場が併設された家に到着しました。
「全然最初の話と違うじゃないですか! オーシャンビューはどこにあるんですか⁉」
「ほら、あっち。海があるだろ?」
アレクが指さした先には、遠くの方に海が小さく見えていました。
「酷い、そんなの詐欺です!」
「まぁそう言うなって。アットホームな牧場で可愛いヒツジと触れ合えるからさぁ。ほら、ジェルちゃんは白いふわふわとかモコモコしたのとか大好きだろ? なっ?」
アレクは媚びるような声音で調子の良いことをつらつらと並べます。
でも柵の向こうにいるのは小汚い灰色のゴワゴワした感じのヒツジばかりで、白いふわふわモコモコとは程遠いのです。
すっかり騙されてしまいましたが、ここで帰ったら「やはり小生の言った通りだった」とキリトに馬鹿にされることでしょう。それは悔しい。
まぁ帰るのはいつでもできるし、とりあえず妥協しましょうかね。
「――晩御飯にムール貝は出ますか?」
「そこは何とかする」
「ワインもお願いしますね」
そんなことを言っていると家のドアが開いて、中からあごひげを生やして作業着を着た人懐っこそうな雰囲気の男性がやってきました。
「よう、アレク! ――おぉ! これはまたずいぶん綺麗な彼女連れてきやがったなぁ!」
「ジョージ! ちげぇよ、よく見ろ。彼女じゃなくて弟のジェルマンだ」
ジョージと呼ばれた男性は親しげにアレクと挨拶を交わしています。
「彼はジョージ。趣味で牧場を経営しててさ。前に来たときにも泊めてもらったんだ」
「よう、初めましてジェルマン。よく来たなぁ、ちょうど人手が欲しかったんだよ。早速、明日からアレクと一緒にヒツジの世話を頼むぞ」
「えぇぇぇぇぇぇぇ~⁉」
可愛いヒツジと触れ合うどころか、思いっきり家畜の世話じゃないですか。
どういうことだと無言でアレクの方を睨みつけると、彼は目を逸らしてヒツジを触りに行ってしまいました。
「お、見たこと無いデカいヒツジがいるな。新顔か?」
たしかに群れの端に、他のヒツジに比べてひときわ大きなヒツジがマイペースに草を食べています。
「あぁ。そいつはベンジャミンって名前でな、他所の牧場から引き取ったんだよ。気難しいやつだが頑張って世話してやってくれ」
「おう、任せてくれ。よろしくな、ベンジャミン!」
アレクが名前を呼んだ瞬間、ベンジャミンは耳をぴくっとさせた後、お尻を向けて去って行きました。
「自分の名前が呼ばれたのをわかっていながら、あえて無視したって感じですね……」
「ハッハッハ、ヒツジは賢いからなぁ。まぁ2人とも、よろしく頼むぞ!」
こうしてワタクシは不本意ながらもアレクと一緒に牧場に滞在することになったのです。
そして翌朝、作業着に着替えさせられると早速ヒツジの世話が始まりました。
ヒツジ達を小屋から出して牧草のあるところへ連れて行き、牧草を食べている間に小屋の掃除をして水を取り替えて……といった感じなのですが、これがなかなか大変なのです。
「もう! さっさと小屋から出てくださいってば!」
「メェェェェェ。メェェェェェェ~」
とにかくここのヒツジ達は自由気ままでまったく言うことを聞きません。
この農場には牧羊犬といった気の利いたものも居ませんので、とにかく何とかしてワタクシ達が小屋から追い出すしかないのです。
「ほら、ご飯の時間だぞ! ――おいこら! やめろ、いてぇ! やめろっての!」
アレクは前に来たときも世話をしていたはずなのに、何故かヒツジ達に舐められているらしく、さっきから頭突きされまくっています。
こうしてワタクシ達がもたついている間に、開いている扉から1頭のヒツジがさっさと出て行き、そのまま柵の向こうへと走って行きました。あれは昨日の……。
「あっ、ベンジャミンです! アレク! ベンジャミンが逃げましたよ!」
「えっ。おい、こら待て! 俺が捕まえてくるから後は頼んだぞ!」
「え、ちょっとアレク⁉ この状況をワタクシ一人で捌けと⁉」
アレクはしつこく頭突きをかますヒツジを回避して、ベンジャミンを追いかけて行きました。
それから30分後。
メェメェ鳴いて抗議するベンジャミンを抱きかかえた彼が、牧草地で合流しました。
捕まえるまでに相当苦労したと見えて、体中が泥だらけです。
「まったく、脱走するとはふてぇ野郎だ。すげぇ遠くまで行きやがって。おかげで大変だったぞ」
「メェェェェェェ……」
しかし、事件はそれだけでは終わりませんでした。
ベンジャミンはその後も毎日、何かと隙を見て脱走してはワタクシ達を困らせたのです。
ヒツジは群れで行動する生き物なのに、どうしてこの子はそんなに群れから脱走したがるのでしょうか。
その理由がわかったのは、牧場に来て5日目の夕食の時でした。
ジョージさんが夕食のポテトとビーフステーキを食べながら、ベンジャミンの身の上を話し始めたのです。
「――あいつはなぁ、前の牧場ですごく仲良くしてた仲間がいたらしいんだ。しつこく脱走する理由は、たぶんそいつを探してるからじゃないかって思うんだよ」
「その仲間と一緒に飼わなかったんですか?」
ワタクシの問いに、ジョージさんはポテトにフォークを刺しながら答えます。
「そのことを知ったのは最近なんだよ。それで元々ベンジャミンを飼っていた牧場に問い合わせたんだけど、オーナーが変わってて結局わからなくてなぁ」
「前のオーナーさんは?」
「引退して別のところにいて、連絡つかねぇからそれっきりだ。後はもうベンジャミン本人に聞くしかねぇなぁ、ハハハ」
その言葉に、ずっと隣で肉をがっつきながら食べていたアレクが顔を上げて反応しました。
「それだよそれ! ベンジャミンに聞こうぜ!」
「は? なに言ってるんですかアレク?」
理解が追いつかないジョージさんとワタクシに、彼は口元をナプキンで軽く拭って説明しました。
「いやさぁ、ベンジャミンを元の牧場に連れて行けば、わかるんじゃないかなって。なんなら俺達が車にアイツ乗せて牧場に連れて行ってもいいし」
「確かに、もしそれほどに会いたい仲間なら連れて行けば何か反応があるでしょうし、いいかもしれませんね」
「なるほどなぁ。じゃあ、2人ともアイツのこと頼んでもいいかい?」
こうして翌日、ワタクシとアレクはベンジャミンを車に乗せることになったのです。
「いいか、ベンジャミン。俺は今からオマエを前に住んでた牧場へ連れて行ってやる。――だからちゃんと俺の言うこと聞くんだぞ?」
「メェ~!」
不思議なことに、まるでアレクの言葉を理解したかのようにベンジャミンが返事をしました。
そしてオープンカーのドアを開けてやると、自ら助手席に乗り込んだではありませんか。
「メェ!」
助手席を取られたので仕方なくワタクシが後ろに乗り込み、車は発進しました。
ベンジャミンは連日脱走していた問題児ですから、もし車の中で暴れるようなら縛るなり何なりしないといけないと思っていましたが、そんな必要はまったくありません。
おとなしく座席に伏せるような姿勢でアレクの方に顔を向けて座っています。
「ヒツジは頭が良いと聞きましたが、もしかして本当に状況を理解しているのかもしれませんねぇ……」
「メェェェェェ~」
しばらくゆるやかなカーブが続き、特に問題もなくのんびりドライブといった感じで進んでいきました。
オープンカーなので心地よい風がワタクシの頬を撫で、髪をサラサラと揺らしていきます。
ヒツジの世話は大変だけど来てよかったかも……なんて思っていた時、不意にアレクの携帯が鳴りました。
「あ、ジョージだ。大事な用かもしれねぇから、ちょっと代わりにハンドル頼むわ。――はい、もしもし」
「ワタクシが運転⁉ そんなの出来ませんよ!」
それにワタクシは後部座席です――と言いかけたところで、なんとベンジャミンが立ち上がりアレクの座席の方に身を乗り出してハンドルに前足をかけたではありませんか!
「あぁぁぁぁぁぁぁ! アレク! 早く電話切って! 運転! 運転‼」
「え、あ。――うぉ、すげぇ。ベンジャミン。オマエ運転できるのか!」
「メェェェェェェ!」
「おい、対向車が来たぞ!」
「メェッ‼」
ベンジャミンの前足が大きくハンドルを切ったせいで、タイヤが横滑りして大きく車体が揺れました。
「すげぇ、ドリフトしてる!」
「アレク! 早く運転代わってください!」
「お、おう」
アレクがハンドルを取り戻すと、車は何事も無かったかのように元の道に復帰しました。
「あー、怖かった……。もう! 運転中に電話なんて取っちゃダメじゃないですか!」
「ごめんごめん、ジェルなら適当に何とかしてくれると思ったからつい――隣じゃなかったのすっかり忘れてた」
ちなみに電話はたいした用件ではなく、目当ての仲間の名前がマーガレットであることがわかっただけでした。
「マーガレット? 雌のヒツジなんですかねぇ?」
「女の子の名前だもんなぁ、もしかしたら恋人だったのかもな。それなら必死になるのもわかるわ」
アレクはうんうんとうなずきます。
それから1時間ほど車を走らせたところで、目的の牧場に到着しました。ベンジャミンがやけにそわそわと落ち着き無い様子に見えますから、きっとここで間違いないのでしょう。
「さて、マーガレットはどこにいるんでしょうね……?」
ワタクシ達はベンジャミンを連れて、柵の向こうで草を食べているヒツジの群れに近づきました。
しかし、ヒツジの群れはまったく彼に興味を示しません。
「あれ……?」
「ベンジャミンも特に変わった様子はありませんよ。変ですねぇ」
建物の中に居た牧場主にマーガレットについてたずねると「そんなヒツジはうちには居ない」と言われてしまいました。
「ここが元の牧場であることは間違いないんですよね?」
「あぁ、それは合ってるはずだ」
「おかしいですね。――しょうがないから、周辺の牧場も訪ねてみましょうか」
ワタクシ達は、引き続きベンジャミンを連れて周辺の牧場を回りました。しかしどの牧場にもマーガレットという名のヒツジは居なかったのです。
「どういうことでしょうか。もしかしてもう亡く……」
ワタクシは言いかけた言葉を飲み込みました。ベンジャミンが酷く落胆しているように見えたからです。
「とりあえず、帰ろうか……」
「そうですね」
そして車に戻ろうとしたその時、向こうの方に柵と小さな農家らしき家が目に入りました。
「ねぇ、アレク。あの家はまだ行ってないですよね?」
「でもこの辺でヒツジ飼ってるとこはもう全部行ったぜ? そこの家はヤギしか飼ってないって聞いたしなぁ」
――ヤギ?
その時、ワタクシは過去にヒツジの生態について本で読んだことがあったのを思い出しました。
確か羊の群れに山羊を入れて、その山羊を先導させることで羊の群れを統率するという話がありましたっけ。
「もしかしたらワタクシ達は思い違いをしていたかもしれませんよ?」
「え、思い違い?」
ワタクシ達はベンジャミンを連れて、農家へと向かいました。
そして庭に白いヤギが繋がれているのが目に入った途端、ベンジャミンが鳴き声をあげながら駆け出したのです。
「メェェェェェェ!」
「メェェェェ~!」
ベンジャミンの声に、ヤギも応えるように甲高い声で鳴きました。
「もしかして……このヤギがマーガレットか?」
「えぇ、おそらく。今までヒツジと思って探してたから見つからなかったんですよ!」
その後、ヤギの飼い主とジョージさんが話し合った結果、ベンジャミンはマーガレットの暮らす農家に引き取られることになりました。
「よかったですねぇ。どうか末永くお幸せに……」
「ベンジャミン、マーガレット。元気でな!」
「メェェェェ~!」
うれしそうに鳴く2頭に手を振って、ワタクシとアレクは車に乗り込んだのでした。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
次回の更新は2月3日(土)です。本年も何卒よろしくお願い申し上げます!
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