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80.アレクの危機

 俺の弟のジェルマンは錬金術師だ。

 一般的な錬金術は、金属を変質させたり薬を調合したりする、どちらかといえば科学実験に近いものだ。

 しかし、知識欲旺盛なジェルはそれだけに飽き足らず、魔術にも手を出した。

 その結果、物質を転送したり、魔物を召喚したり、科学では説明できないようなこともできるようになった。


 その人並外れた能力のおかげで俺は今まで助けられてきたんだけど、今回は本当にジェルが居なかったらヤバかったなぁって出来事があったんで聞いてほしい。


 ある日、俺が愛用のトランクに着替えを入れて旅行の準備をしていると、ジェルが声をかけてきた。


「おや、アレク。どこに出かけるんですか?」


「知り合いの店に頼んでた物があってさ。イタリアまでちょっと行ってくる」


「ポケットにナイフを入れるのを忘れないでくださいね。それはワタクシが作った特別な物ですから、空港の金属探知機にも反応しませんし」


 俺の愛用しているベストには内側に隠しポケットがある。そこにはいつも小さなナイフが入っていた。

 昔ジェルがプレゼントしてくれた物だ。何十年経とうがまったく切れ味が変わらないので重宝している。


「あぁ、入れとく。果物の皮を剥くのに便利だからな」


 そう返事すると、ジェルは明らかに不機嫌になった。


「もう! それは貴重な品なんですよ?」


「あぁ。ジェルのお手製だもんな」


「もしアレクと連絡が取れなくなっても、そのナイフがあれば居場所がわかるから絶対に肌身離さず持っていてくださいね?」


 ――ジェルは心配症だなぁ。昔ならともかく、今ならスマホでいつでも連絡がとれるのに。


 そう思いながら、俺は飛行機に乗った。

 俺がイタリアに出かけた理由は、ヴェネツィアのガラス職人が作る一点物のブローチだ。もちろん、それは自分用ではない。

 ジェルへのクリスマスプレゼントだ。

 ちなみにキリトへのプレゼントはソシャゲガチャ用の電子マネー。

 せっかくテディベアの体なんだから、ぬいぐるみ用の可愛い服でも買おうと思ったんだけど、それよりもゲームで課金させろと言われてしまった。

 俺もオタクだから気持ちはわかるが、ちょっと味気ないよなぁ。


 ヴェネツィアのガラス工房に行く為に近道をしようと、俺は人通りの少ない道に入った。

 すると急に後ろから誰かが走ってくる音がして、振り返るとスーツを着た若い女性が俺のところに走ってくる。

 彼女は俺の腕にしがみついて助けを求めてきた。


「お願い、悪いやつらに追われているの。助けて!」


 すぐ後ろから、彼女を追いかけてきたと思われる黒い服を着たガラの悪そうな男たちがやってきて、俺を見てニヤニヤしながら脅してきた。


「おい。怪我したくなかったらその女を渡しな!」


 向こうからすると俺は丸腰だし強く無さそうでちっとも怖くないんだろうけど、これでも俺は三百年以上生きている。

 荒事もそれなりには経験があるから、その程度の脅しには屈しない。


「そっちこそ、怪我したくなかったら諦めて帰った方がいいんじゃねぇか?」


「なんだと、てめぇ……」


 気の短い男が殴りかかってきたので、軽くかわしてそのまま顎に向かって拳を叩き込むと男は倒れて気絶した。

 脳がちょっと揺れたかもだが正当防衛なんで許してほしい。

 味方が倒れたのを見たもう一人が、拳銃を取り出した。

 すかさず俺がキックで銃を持った手を蹴り飛ばすと、拳銃は回転して地面に落ちる。

 落ちた拳銃を素早く拾って相手の顔面に銃口を向けると、男は息を飲んだ。


「な? 諦めて帰った方がいいだろ?」


「く……くそ」


 気絶して倒れている男を引きずって、胡散臭いやつは逃げて行った。拳銃は……一応持っておくか。


「お嬢さん、怪我は無かったか?」


 俺が声をかけると若い女性は瞳を輝かせた。


「えぇ! あなた強いのね! 私はエリザベッタよ。助けてくれてありがとう!」


「俺はアレクサンドルだ。アレクでいいぞ」


「アレク、あなたの強さを見込んでお願いがあるの。私のボディガードになって!」


「えっ、ボディガード⁉」


 俺は近くにあったカフェでエリザベッタと名乗る女性とお茶しながら、詳しいことを聞いた。

 彼女は製薬会社の研究員で、とある事情でマフィアに狙われているらしい。

 さっき襲ってきたのもそのマフィアの一味だそうだ。


「とある事情ってなんだよ?」


「それは……これのせいよ」


 彼女は胸元のポケットから小さなケースを取り出した。


「この中には小瓶が入ってて、その小瓶の中には研究中に偶然できた新種のウイルスが入ってるの。これを生物兵器として悪用しようとマフィアが狙ってきて……」


「新種のウイルス?」


「えぇ。感染すると数日で死亡する危険なウイルスよ」


「だったら今すぐ処分した方がいいんじゃないか?」


「それが、これは温度変化に異常に強くて簡単には処分できないの」


「そうかぁ……」


 ――ジェルなら何かいい方法を知ってるかもだなぁ。電話して訊いてみるか。


 そう思いながら彼女と一緒にカフェを出て、ジェルに電話しようとポケットからスマホを取り出した。

 そのとき、急に前方から黒い車がハイスピードで突っ込んできて、エリザベッタを素早く車に押し込めて走り去った。


「やべぇ、追いかけねぇと……」


 ちょうどカフェに入る為にバイクを停めている男性が居たので、ありったけの金を渡して強引にバイクを借りた。

 急な出来事にバイクの持ち主は困惑している。


「本当にすまない、非常事態なんだ。後でちゃんと返すから!」


 俺はバイクにまたがって車を追跡した。

 しばらく追っていると、車は港の資材置き場みたいなところに入って行く。

 少し離れたところにバイクを停めて、倉庫に近づくと先ほどの黒い車が停まっているのが見えた。

 俺はコンテナの影に隠れて、ジェルに電話して経緯を話した。


「――で、今からエリザベッタを助けに倉庫に行ってくる」


「まったく、何でそんなことに巻き込まれてるんですかね⁉ ……それで今、ヴァネツィアのどこに居るんですか?」


「えっとここはたぶん――」


 そう言った瞬間、手元を銃弾がかすめて、スマホが落下した。

 振り返るとすぐ傍でこちらに銃口を向ける黒づくめの男の姿がある。


「おい、こんな所で何してるんだ?」


「いやぁ。何も……」


「貴様、あの女と一緒に居た男だな⁉」


 男の構えていた銃が火を吹いたかと思うと、コンクリートの上に落ちたスマホが火花を散らして弾き飛ばされた。

 周囲には焦げ臭い匂いと砕けた部品が散乱している。

 俺はあっけなく男に拘束されてしまった。銃も取り上げられてしまったし、どうしようも無い。


 俺は両手両足を縛られて倉庫の床に転がされる。

 そこには先ほど連れ去られたエリザベッタの姿があった。彼女も両手両足をロープで縛られている。


「アレク!」


「エリザベッタ、大丈夫か?」


「えぇ……」


 見た感じ目立った外傷は無さそうだったのでよかった。

 だが、この状況はかなりやばい。


「さぁ、嬢ちゃん。あんたが研究所から持ち出したブツのありかを教えてもらおうか?」


 なすすべもなく縛られている俺たちに、黒づくめの男が問いかけた。

 どうやら彼女はウイルスの入ったケースをどこかに隠したと言ったようだ。


「言うわけないでしょ! あれが悪用されたら世界が大変なことになるのよ? パンデミックを引き起こすつもり⁉」


「……どうやら痛い目に遭いたいようだな」


 男が彼女に銃口を向ける。


 くそ……何かいい手は無いのか……考えろ、俺……!


 その時、前方から聴きなれた革靴の足音と気の抜けた声がした。


「あの~。お取込み中失礼いたします。そちらにワタクシの兄がお邪魔しておりませんでしょうか?」


「な、なんだ貴様⁉」


「ジェル!」


「あ、アレク! ここに居たんですか! もう、急に電話で大きな音をさせないでくださいよ! 耳がキーンとしたじゃないですか!」


 ジェルが文句を言いながら俺たちの所に平然と近づいてくる。動揺しながらも男がジェルに向かって銃を撃つと、見えない壁がそれを弾き返した。

 ありとあらゆる物理攻撃を弾く障壁魔術を事前に自分の周囲に張り巡らしてきたらしい。


「ひっ、化け物」


「失敬な。ワタクシはただの天才錬金術師ですよ」


 男は慌てて「おい! 誰か! 見張りはどうした⁉」と叫ぶ。


「見張り……? あぁ、入口にいらっしゃった皆さんなら、お休みになってますよ」


「ジェル殿~、そちらはいかがでござるか? おぉ、アレク殿、無事でござったか!」


 刀を持った着物姿の骸骨が、カチャカチャと音をさせながら近づいてきた。


「宮本さん!」


 なるほど、宮本さんが一緒なら銃を持ったマフィア相手でもどうってことはないだろう。なにせ彼は伝説の剣豪だから。


「骨が動いてる……!」


 男は銃を撃つことも忘れて腰を抜かしている。

 まぁ、普通はびっくりするよな。


 こうして俺たちはジェルと宮本さんに救出された。


「それにしても、よくこの場所がわかったな」


「えぇ、そこにナイフがありましたので」


 ジェルは俺の胸元の隠しポケットを指さした。


「そのナイフは特殊な金属で出来ています。魔力が宿っていてワタクシなら場所を探知できるんですよ。だから“肌身離さず持っていなさい”と言ったんです」


 ジェルは得意げに口角を上げた。そして、眉をキッと吊り上げて俺を睨みつける。


「まったく。このナイフが無かったら大変なことになってたかもですよ。ホイホイと危ないことに巻き込まれて、あなたという人は――」


「いや、それよりもやべぇことがあるんだよ! これを見てくれ!」


 お説教が始まると長いので、慌てて俺はエリザベッタの持つウイルス入りのケースを見せる。


 ジェルはおとなしく彼女の説明を聞いてから、口を開いた。


「ふむ。処分に困っているんですね。ならば、アレクのナイフに使っている金属でそのケースを覆ってブルーホールでも沈めたらどうでしょう?」


「ブルーホール、ですか?」


「えぇ。深い海の底に沈めてしまえば、誰も手が出せません。砂や泥の堆積物に埋もれてしまいますし」


「それはいいかもな」


 早速、俺たちは船を借りて、とある深いブルーホールのある海に出かけた。


「本当に上手くいくのかしら……」


 心配するエリザベッタにジェルは微笑みかける。


「ブルーホールは水深90メートル付近に硫化水素の層があるんです。その下は光がまったく届かない暗闇で酸素もありません。だから底に生物は居ませんし、もし仮に何かあったとしてもワタクシが場所を探知できますから大丈夫です」


「ありがとう、ジェルマンさん」


「おい、ジェル。そろそろブルーホールの真ん中だ」


「じゃあ、沈めましょうか」


 金属に覆われて鈍い光沢を放つ小さな塊になったウイルス入りのケースを俺が握って、水中でゆっくり手を離した。


「良い感じです。どんどん深く沈んでいってます……この速さなら思ったより早く底に到達しそうですね」


 しばらくすると無事にケースが底に到達したので、俺たちはブルーホールから離脱した。


「エリザベッタはこの後、どうするんだ?」


「どこか別の国に移住するわ。研究所に戻るつもりは無かったし」


「それなら、俺が話つけてやるよ。これでも各国の偉いさんに知り合いが結構いるんだぜ」


「あなたも弟さんも……本当に不思議な人たちね」


「まぁ、長く生きてるといろいろあるんだよ」


 俺の返事に彼女は笑う。冗談だと思ったんだろうな。

 こうして、俺の久々の旅行はなんとか終わった。

 いろいろありすぎて、当初の目的だったヴァネツィアのガラス工房に行くのを忘れたんだけど。


 まぁ世界は救われたんで、とりあえずはよかったなってことで今回の話はおしまいだ。

次回の更新は2024年1月6日(土)です。ここまで読んでくださりありがとうございました!

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