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8.婚約者はジェル子ちゃん!?(挿絵あり)

 今日はなんとなく嫌なことがある予感がしてたんですよ。実際ロクでもない日になりました。

 アラビア半島を旅行していた兄のアレクサンドルが、突然いかつい男を連れて店に帰ってきたのです。


 アレクの隣でキョロキョロと、もの珍しそうに店内を見渡す男の身長は190cm近くあるでしょうか。


挿絵(By みてみん)


 何か格闘技でもしているのか筋肉の盛り上がりがたくましい大男ですが、その仕草は媚びるようにクネクネしていて、体躯に似合わぬ異様な雰囲気を醸し出しています。


「あら~! ここがアレクちゃんのオ・ウ・チ! 超かわいい~!」


 どこから出たのかわからないような素っ頓狂な声に、両手を頬に当てプルプルと顔を振る大げさなポーズ。


 なんでしょうか、この生物は。


「……アレク。そちらの方は?」


 男の隣でぼんやり突っ立っていたアレクは急にあたふたしたかと思うと、いきなり突拍子もないことを言いだしました。


「お、おう! 紹介する、こちらランプの魔人のジンちゃんだ。えっと、ジンちゃん。こいつが俺の婚約者のジェル……ジェル子だ!」


 ――え?


 すみません、理解が追いつかないのですが。ランプの魔人に婚約者にジェル子?

 よくわからない状況に困惑していると、アレクが魔人に一気にまくしたてました。


「なっ! わかったろ? 俺、ホントに婚約者と一緒に住んでんだよ! な? だから俺とは縁が無かったと思って諦めて……」


「んまぁ~、アレクちゃん。フィアンセがいるってホントだったのねぇ~! あんらぁ~アナタ、なかなか可愛いじゃない~! 綺麗な金髪にお人形みたいな大きなお目目! 嫉妬しちゃうわぁ~!」


 魔人は両手を握り締め、ワタクシを見て大げさに感動しています。


「だろ、めちゃくちゃ可愛いんだよ! ――いや、そうじゃなくて。だからさぁ、もう俺のことは良い思い出か何かにしてもらって……」


「あら? ジェル子ちゃんって女の子なんでしょぉ? なんで男物のお洋服なんて着てるの~?」


「いや、それはその……そういう趣味なんだよ! だから、なっ。もう、ほら、もうわかったろ……」


 アレクはすっかり困り果てた様子で頭を抱えています。

 

 ワタクシが兄の婚約者で、男装が趣味。そんなバカな。そもそもジェル子ってワタクシ達はフランス人なのにありえないでしょ。

 ランプの魔人は訝しげにこっちを見ては首をかしげています。そりゃそうですよね。

 

 この状況をどうにかしろとアレクに冷ややかな視線を送ると、何を思ったのか彼は作り笑いを浮かべてワタクシに抱きつきました。


「いや~! ジェル子、逢いたかったぜー‼ そんな冷たい目で見んなよー! あぁ、そうか。淋しかったんで拗ねてるんだよな! そうだな? ほんっと可愛いな、アッハハハハ~!」


 ……思いっきり棒読みですよ。


 そう思っていると、アレクが抱きついたままコソコソと耳打ちをしてきました。


「ジェル、すまん、付きまとわれて困ってるんだ。助けてくれ」


「なんですかあのオカマは」


「アラビアンナイトのランプの魔人だ。好奇心でランプを磨いたら出てきちまった」


「はぁ……精霊や神様が来る店ですから存在しても不思議ではないですが、魔人なんて初めて見ましたよ」


「俺だって初めてだよ。いいか、とにかく婚約者のふりしてくれ、頼んだぞ」


「わかったから離れてください」


 ワタクシはすがり付くアレクを突き放し、魔人の方を見ました。


 たしかに絵本にでてくるアラビアンナイトの魔人のようにターバンを巻き、金や宝石で飾られた衣装ではありますが、派手なピンク髪を細かく編みこんだその姿は、ただの屈強そうなオカマにしか見えません。


「あなた、本当にアラビアンナイトのランプの魔人なんですか?」


「えぇ、そうよぉ~? アタシのことはジンちゃんって呼んでねっ! 悪い奴にランプで封じ込められちゃったんだけどぉ~、アレクちゃんが助けてくれたのぉ~!」


「はぁ」


「アタシって世間的にはランプから呼び出した人の願いを叶えるって伝説が出回ってるわけ」


「じゃ、アレクが願えばお帰りくださるのですか?」


「やぁねぇ、あくまで伝説というか昔の話よ~。今はフリーだからそういうのナシ」


ジンはナシナシと言いながら手を振って肩をすくめます。


「じゃ、願いは叶えられないと」


「そう。それなのに悪いやつが伝説を真に受けて、アタシをランプに封じ込めて誘拐してねぇ」


「それは大変でしたね」


「でも願いを叶えてくれないと知ったら、またランプに封じ込めてアタシごと古道具屋に売り飛ばしたの。そこからたらいまわしの日々よぉ~。ランプの中は狭くて暗くて超辛かったわぁ~」


 それがこのランプなのよ、とジンは店のカウンターに古びた金色のランプ置きました。


「なるほど。それをアレクが手に入れた、というわけですね」


「そうなのぉ~! アレクちゃんってば超ハンサムだしぃ~イケボだしぃ~! アタシひと目で好きになっちゃって~! 恋人になってぇ~ってお願いしたら、アレクちゃんおうちに婚約者が居るって言うからぁ~」


 それで家まで付いてきたというわけですか。まったく迷惑な話です。ワタクシは眉間にしわを寄せてため息をつきました。


 ジンは不機嫌そうなワタクシとげんなりした顔の兄を交互に見つめて、納得いかないといった表情を浮かべています。


「ねぇ、アレクちゃん? アタシに嘘ついてたりしなぁ~い? ホントに婚約者なのぉ? 2人からラブラブな感じまったくしないんだけど~?」


「そ、そんなことないって! なー、ジェル子ー! そんなことないよ、なぁ?」


 兄が救いを求めるような目でこちらを見てくるので仕方なく調子を合わせてやることにしました。


「……え、えぇ。とてもラブラブなんですよ」


 ワタクシは冷めた目でぎこちなく答えました。


 あぁ、めんどくさい。どうしてワタクシがこんなくだらない事に付き合わされているんでしょうか。


 そもそも、アレクが最初にもっとキッパリ毅然とした態度で断っていればこんな事にならなかったんじゃないですかね。傷つけまいとやんわり断ったりするからこんなことになるんですよ、まったく。


 ワタクシがイライラしていると、2人は気遣うような顔でこっちを見てきます。


「じぇ、ジェル子ぉ~……なぁ、そんな怖い顔しないで……な?」


 ――誰のせいだと思ってるんですか。


「あんらぁ~、ジェル子ちゃんご機嫌ナナメみたいねぇ~」


「そ、そうだな」


「ちゃんと愛情表現してあげてる~? 日頃のスキンシップって大事なのよ?」


「えーっと、そうだな……」


 ――え、ちょっと、なに急に恋愛相談みたいな流れになってるんですか?


「愛情表現……そうだ! ジェル子。おかえりなさいのチューがまだじゃないか‼」


「あら~、いいわねぇ。やっぱりそういうのって大事よねぇ~!」


 ジンはうんうんと頷いています。いや、そこ同意しないで。


「アタシ、そんなラブラブ見せつけられたらさすがにアレクちゃんのこと諦めちゃうかもしれないわねぇ~」 


「ほ、ホントか! よし!」


「バカ! アレク! ちょっと何するんですか!」


 精神的に参っている中で、急に降って湧いた解決策にまんまと乗せられた彼は、ワタクシの頭を抱え込み、無理やり顔を近づけキスしようとしました。


挿絵(By みてみん)


「ジェル、ちょっとだけ我慢しろ」


「イヤですよ!」


「いいからチューさせろ」


「あ、あなたバカですか……するわけ……ないでしょ……!」


「先っちょだけだから……!」


「それは違うやつです!」


 ワタクシは必死で抵抗しましたが、彼も力任せにグイグイ組み付いてきます。


 いよいよ精神的に追い詰められたのか、彼のマリンブルーの瞳には光が無くあきらかに目が据わっています。

 これはおかえりなさいの軽いキス程度で済む気がしません。

 キスをすればオカマは納得するかもしれませんが、ワタクシの大切な何かが失われる気がします。


「アレク……やめ……うぐっ!」


「抵抗すんじゃねぇ……観念しろ……!」


「か……観念しません……!」


「ジェル……往生際が悪いぞ」


「くっ……!」


 そして彼とワタクシの最悪な力比べの勝敗がつきそうになったその瞬間。

 店の入り口から、ごめんくださいと若い男の声がしました。


「あの、すみません。こちらで古いランプを見かけ……ジンちゃぁぁぁぁん!!!!」


「ダァ~リ~ン!!!!」


 白い服にスカーフを頭に被った若い男が笑顔で両手を広げると、ジンはすぐさま駆け寄って、2人はひしと抱き合いました。


「あぁ、よかった。無事だったんだね、ずいぶん探したんだよ!」


「ダーリン、逢いたかったわぁ~! 誘拐されて怖かったしアタシ淋しかったのよぉ~!」


「ごめんよ、僕が目を離したばっかりに。じゃ、うちに帰ろうか」


「えぇ、もう離さないでねぇ~」


 突然の出来事にポカンとしているワタクシ達の前で、ジンはこれ見よがしに顔を伏せて大げさに泣き真似をし始めました。


「うぅ……アレクちゃん、ごめんなさい! あなたの気持ちはうれしいんだけどぉ……しくしく。アタシ、あなたの愛には応えられないの! 可哀想だけどぉ~、縁が無かったとあきらめて美しい思い出にしてね、サヨナラ~!」


「――あ、あぁ。よかったな」


 兄はそう言うと、気が抜けたのかその場にへたりこみました。


「ジェル子ちゃん、どうかお兄ちゃんとお幸せにねぇ~!」


「もしかして、あなた……最初から全部わかってたんじゃ……!」


「うふふ、とってもお似合いだったわよぉ? バイバーイ!」


 こうしてアラビアンナイトのランプの魔人は恋人と一緒に仲良く帰っていきました。

 彼の中でアレクのことはおそらくモテ自慢の1ページとして刻まれたことでしょう。


「はぁ。とんだ茶番に付き合わされたものです」


「……すまん」


 ワタクシの隣でへたり込んだままアレクがポツリと答えました。


「ワタクシが女で、アレクの婚約者で、男装趣味……酷いじゃないですか」


「だから悪かったって。ジンちゃんさぁ、何言ってもめげずに迫ってくるんだぜ。お兄ちゃんだって必死だったの!」


「だからってワタクシに無理やりキスするとか最低ですよ」


「してないし! ……だからごめんってば」


 えぇ、確かに未遂ですが、未遂だから無罪ってことはないでしょう?

 ワタクシはアレクを睨みつけて罰を宣告しました。


「クソしょうもないことに付き合わされて疲れました。部屋で休みますから代わりに店番お願いします!」


「え、ちょっと! お兄ちゃんだって旅行帰りで疲れてるんですけどー? ……おい、待てよ! ジェル~? おーい、ジェルちゃーん! ジェルちゃんってばぁ~!」


 なさけない声で呼び続ける彼を無視してワタクシは奥にある自室へ戻り、店には静寂が訪れました。


 後でこっそり様子を見に行ってみると、すっかり日が陰り薄暗くなった店のカウンターでアレクは疲れてぐっすり眠っていて、ジンの置いて行ったランプが存在を主張するようにキラキラと輝いていたのでした。

新キャラ登場でさらに賑やかになりました。

ジンちゃんは準レギュラーとして今後も活躍してくれます。

ここまで読んでくださりありがとうございました。




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