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77.家族らしいことをしよう!

 ――なんということでしょう。ワタクシはとある約束をすっかり忘れていました。


「これは……償いをしないといけませんね」


 事の発端はワタクシが夢を見たことに始まります。

 それは遠い日の夢。

 稀代の錬金術師として真理を追求し、この世にあるすべての知識を得るつもりであったワタクシは、学ぶべき知識の多さに絶望していました。

 錬金術の研究が完成するよりも先に寿命がきてしまうこと、そしてこのまま何を成し遂げることもなく人生が終わりそうなことに恐怖したのです。


 そんなワタクシに、悪魔は不老不死の力を与えるという取引を持ちかけてきました。

 今になって思えば、それは純粋な厚意だったのでしょう。

 でもその当時のワタクシは、自らが呼び出すことに成功した悪魔を利用しようと思うことはあっても、信用する気にはなりませんでした。

 書物には悪魔は悪意を秘めた恐ろしい存在で、心を許してはいけない存在であると書かれていたからです。


『ジェルマンよ、アレクサンドルと一緒に我の息子になれば、いくらでも研究を続けられるぞ』


『フォラス、またその話ですか。あなたはどうしてワタクシたちを息子にしたがるのですか?』


『不老不死の力は、我の一族となった者にしか与えられないのだ。つまり、そなた達が息子になれば不老不死を与えることができる』


『そんなのフォラスに何のメリットもないじゃないですか』


『いや。そうすれば我にも家族ができる』


『家族になってどうするんです?』


『そうだな……家族らしいことができればうれしいが』


 その時、ワタクシは悪魔のくせにしおらしいことを言うのだなぁと思いました。

 でもここで油断すれば魂を取られて大変なことになるかもしれません。


『まぁ本当に不老不死にしてくれて、研究の成果を残せるまで待ってくださるのでしたら、家族らしいことをするのも考えてあげなくもないですけど』


『研究の成果が出るのはいつだ?』


『そうですねぇ……300年くらい先じゃないですかね?』


 …………。


 ――そこで夢は終わっていました。

 そしてワタクシは大変なことに気付いたのです。


「フォラスと約束してから300年経ってるじゃないですか!」


 彼は約束を果たして不老不死を授けてくれたのに、ワタクシは何もしていないのです。

 しかし今更、家族らしいことなんて何をすればいいのでしょうか。

 昔すぎてもう記憶があいまいですが、血の繋がった産みの親とですら家族らしいことなんて無かったように思います。


「困りましたねぇ……」


 ワタクシは兄のアレクサンドルとテディベアのキリトに相談することにしました。


「家族らしいこと? うーん……一緒に出かけるとか?」


「そうのじゃなくてもっと非日常感というか、もっと特別な親孝行感を出したいんですよ。わざわざ300年待って良かった~って思えるような」


「ジェル氏は無茶を言うであります」


「非日常感かぁ。そういやさ、前に見た時にいいなぁって思った本があるんだよ」


 アレクはそう言って、書庫から一冊の古い雑誌を持ってきました。


 その雑誌には「一家団欒! 休日のライフスタイル!」と大きく書かれていて、楽しそうにキャッチボールをする親子の写真が大きく掲載されていました。


「なるほど。そういえば父と子がキャッチボールをするシーンを物語で読んだ記憶がありますね」


 さらにページをめくると、子どもがパンダの乗り物に乗っていて、その様子を両親がうれしそうにカメラで撮影しています。これは遊園地でしょうか。


「家族らしいことをするって、こういう思い出を作る感じじゃねぇか?」


「それも一理ありますね……」


「善は急げだ。フォラスのおっちゃんのとこに行こうぜ」


「たまには小生も一緒に行ってあげるでありますよ」


「よし、皆でお出かけだな!」


 アレクはキリトを抱きかかえて、出かける準備を始めました。

 こうしてワタクシ達は急遽、後見人であるフォラスの住む魔界の地獄へと向かったのでした。

「坊ちゃま、ようこそおいでくださいました」


 フォラスの屋敷に向かうと筋骨隆々の執事が応対しました。

 上司がマッチョだと部下もマッチョになるんでしょうかねぇ。


「フォラス様でしたら、今の時間は向かいのジムで体を鍛えていらっしゃいますよ」


 そういえば屋敷の向かいに大きな建物があります。あれがジムなのでしょう。

 執事さんに案内されて行ってみると、ベンチブレスやランニングマシーンなど体を鍛える器具が並んでいて、そこには筋トレをするフォラスの姿がありました。


「フンッ、フンッ、フンッ……!」


 フォラスはベンチプレスに寝転んだ状態でバーベルを上げ下げしています。

 巨大な重りが付いていて非常に重いはずなのに軽々とこなしていて、その筋肉が見せかけの筋肉でないことがよくわかります。


「すごいなぁ、おっちゃん」


 アレクの声に気付いたフォラスはバーベルを置いてこちらを見ると、顔をほころばせて近づいてきました。


「おお、愛し子たちではないか! なんだ、来るのなら事前に連絡をくれればよかったのに」


「そんなことしたら、また横断幕で大歓迎されて大変じゃないですか」


「ぬぅ、次こそは屋台を出したりして大々的に祭りにしようと思ったのだが……」


「そんなことしたら、もう会いに行きませんからね!」


「むぅ……ジェルマンは厳しい」


 少ししょんぼりした表情の彼を見て、ハッとしました。今日は家族らしいことをしに来たのにこれではいけません。


「えっと、フォラス。今からキャッチボールをしましょう!」


「キャッチボール?」


 ちょうどジムの外には屋外運動スペースのような芝生の広場があります。

 そこならキャッチボールもできるでしょう。

 不思議がるフォラスをジムの外に連れ出して、ワタクシ達はキャッチボールのやり方を説明しました。


「いいですか、このグローブに向けてボールを投げるのです」


「うむ」


「よーし、じゃあ俺とやろうぜ! おっちゃん、手加減はしないからな?」


 アレクはグローブを構えてフォラスに向かって勢いよくボールを投げました。彼は難なくボールをキャッチします。


「よし、それを俺に向けて投げてくれ。遠慮はいらねぇぞ!」


「いいのか?」


「当たり前だろ? バーンと投げちゃってくれよ!」


「では……フンッ!」


 フォラスの投げたボールは砂埃を巻き上げながら剛速球となってアレクに襲い掛かり、キャッチしたまま彼は後ろに吹っ飛ばされました。


「アレク!!!!」


「ヌォォォォ、アレクサンドル! すまない!」


「おお、坊ちゃま!」


 フォラスと執事が慌てて駆け寄ります。


「いてて……いやぁ、おっちゃんはすげぇな」


「坊ちゃま、すぐに治療いたしますぞ」


 執事さんは呪文を唱えて、アレクの怪我を治療しました。

 ホワッと暖かそうな光が患部に当たって傷が消えていきます。


「小生、人が吹っ飛ぶ光景なんて、ゲームか漫画でしか見たことないでありますよ」


「いやぁ、びっくりしたなぁ。……ジェルはどうする?」


 急に皆の視線が自分に集まったので、ワタクシは慌てて首を振りました。


「いえ、キャッチボールは結構です!」


 アレクは「まぁそうだよなぁ」と言いたげな顔をして、鞄にグローブとボールをしまって、雑誌を取り出してパラパラとめくります。


「ジェルはパンダさんに乗るか」


「えぇ⁉ 嫌ですよ、恥ずかしい!」


「キャッチボールよりは楽だぞ?」


「……わかりましたよ! やればいいんでしょう!」


 アレクはフォラス達に雑誌の記事を見せます。


「ジェルをこれに乗せたいんだけど、魔界にもこういうのあるか?」


「ふむ、見たことがあるぞ。しかし、あれにジェルマンが乗るのか!」


 フォラスと執事は顔を見合わせて驚いています。

 たしかにあのパンダの乗り物は、成人男性が乗るには恥ずかしいものですからねぇ。


 まぁちょっと乗って写真を撮る程度なら、キャッチボールよりははるかに楽ですし、それで親孝行ができるなら安いものです。


 ワタクシ達は馬車に乗せられて一緒にパンダの乗り物のところへと出かけました。

 てっきり遊園地に行くものと思ったのですが、そうではなく、着いたのは柵に囲まれた牧場のような場所でした。


 柵の中にはパンダの乗り物がうろうろしています。

 こっちの世界の乗り物はお金を入れなくても自走しているのでしょうか。


「ジェルマンよ、本当に乗るのか?」


「えぇ。ワタクシがアレに乗る様子を撮影してください」


「気を付けるのだぞ」


 大げさな、と思いつつアレクと二人で柵の中に入り、手近なところに止まっていたパンダに乗りました。

 キリトは柵によじ登ってその様子を眺めています。


 機械が入っているにしては妙に柔らかな感触なのが気になりますが、こういった乗り物に乗るのは初めてなので、よくわかりません。

 背中から生えているハンドルを掴むと、お金も入れていないのに動き始めました。


「ジェルマン! 撮影するからこっちを向くのだ」


挿絵(By みてみん)


 ……うぅ、やはり恥ずかしいですねぇ。


「いやぁ、さすがフォラス様のご子息ですな! 悪鬼も逃げ出すジャイアントシロクロベアードクムシに乗りたいと仰るとは、驚きましたぞ!」


 ――ドクムシ……毒虫⁉


 慌てて、パンダの足元を確認すると足が6本あります。これ虫じゃないですか!

 ハンドルだと思ってワタクシが握っているのは、背中の突起だったようです。


「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ワタクシが悲鳴を上げて、慌ててアレクを連れてフォラス達の元に戻ったのは言うまでもありません。


「大丈夫か⁉ ドクムシに噛まれたか⁉」


 おろおろするフォラスに大丈夫とだけ伝えて、ワタクシは大きく息を吐き出しました。

 まさか、あれが虫とは……恐るべし魔界の生態系。


「愛し子達たちよ。急に球を投げたいと言ったりドクムシに乗ってみたり、いったい何がしたかったのだ?」


「そんなの別にいいでしょう」


「いや、でも何か理由があったのではないのか?」


「……俺たち、おっちゃんと家族らしいことをしたかったんだ」


 適当にはぐらかそうと思ったのですが、アレクが正直に話し始めたのでワタクシも観念しました。


「すみません。家族らしいことをしようと思ったのですが。ワタクシもアレクも正直、こういうのはよくわからないのです」


 するとフォラスは意外なことを口にしたのです。


「愛し子達よ、我はすでにそなた達と家族らしいことはしておるぞ?」


「どういうことですか?」


「前にジェルマンが言ったではないか。”いつでも来たい時に来ればよい”と。いつでも会いたいと思った時に会いに行けるのは家族の証ではないか?」


 驚くワタクシを見て、フォラスは満足げに微笑みます。

 どうやら、いつの間にかワタクシは彼と約束を果たしていた、ということでしょうか。


「ヌンッ、では愛し子達よ。我の家族らしくジムに戻って共にトレーニングに励もうではないか!」


「全力でお断りします!」


 断りつつも、遠い昔の約束が守れたことにワタクシは密かに安堵したのでした。

次回の更新は10月7日(土)です。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

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