75.サメはどこにでもいる
その日、我が家では兄のアレクサンドル主催のサメ映画鑑賞会が開かれていました。
「いやぁ、やっぱり夏はサメ映画だよなぁ~! 空飛ぶサメ、マジでやべぇわ。なぁ、ジェル。もしサメが飛んで来たらどうしたらいいんだ?」
「馬鹿馬鹿しい。そんなの現実に居るわけありませんから大丈夫ですよ」
その映画の中ではなぜかサメが竜巻に乗って空を飛んでくるのです。
「何言ってんだ。サメは怖いんだぞ? 空も飛ぶし頭も増えるし、蛇口をひねったら出てくるし、トイレからも出てくるんだぞ」
「アレク氏~それは映画の話であります。さすがにあの陳腐な映像ではチョロいジェル氏でも騙されないであります!」
一緒に映画を観ていたキリトがすかさず口をはさみます。
「チョロいジェル氏」という言葉には引っかかるものがありますが、実際あの陳腐な映像を本気にする人なんてきっと居ないでしょうね。
「いや、あんだけ映画になってるくらいだから実際にいるかもしれねぇぞ。空からサメが飛んできて、キリトもパクッと食われちまうかも! ガオー! パクッ! って」
アレクはジェスチャーを交えてキリトを脅かそうとしますが、このテディベアはそんなことで怯えるような繊細な性格ではありません。
「サメはガオーなんて言わないであります」
「それもそうか~」
アレクは軽く両手を伸ばしてのびをすると、大きくふぁぁぁぁと欠伸しました。
「さすがに家で映画観るのも飽きたなぁ。二人とも明日は一緒に出かけないか?」
「どこに行くんです?」
「そうだなぁ。砂浜でバーベキューとかどうだ?」
「アレク氏はオタクのくせにたまにパリピな事を言うから怖いであります」
「じゃあ何だったらいいんだ? 山だったらいいのか?」
「小生は海も山も行かないでありますよ。ソシャゲのイベントが忙しいであります」
キリトは興味が無いといわんばかりに、テーブルにあったタブレットを手に取って画面に集中しはじめました。
「イベントならしょうがねぇな。じゃあジェルは暇だろ? 山行こうぜ」
「勝手に暇認定しないでくださいよ。そもそも山で何するんですか?」
「そうだなぁ……あ、そうだ! 天狗さんに会いに行こうぜ!」
ワタクシ達は、以前に山で見習い天狗を指導している天狗と知り合いになったのです。
特に用事があるわけではありませんが、ワタクシも付いて行くことにしました。
アレク一人で行かせると何をするかわかったもんじゃないですからね。
そんなわけで翌日、ワタクシ達が転送魔術で山の麓へと移動すると、目の前に天狗が現れました。
ワタクシ達の来訪を察知していたのでしょうか。
「そなた達、もし山に登るのならやめておけ。山頂には化け物がいる」
天狗は、ワタクシ達に細長い棒のような物を差し出しました。
「これは見習い天狗が化け物に襲われた際に、ちぎれた団扇だ」
言われてみれば確かに天狗の持つ団扇ですが、千切れて半分以上が無くなっています。
「彼らが山頂で修行していると、急につむじ風が現れて襲ってきたらしい。急いで逃げ出したので命までは取られずに済んだが……」
「いったい何の仕業でしょうね?」
「ちょっと俺にも見せてくれ」
アレクが団扇の断面に顔を近づけて、顔をしかめました。
「この断面さぁ、千切れたって言うよりは生き物が食いちぎったって感じだぞ」
「ふむ、つむじ風に乗って現れる生き物なんて聞いたことがないが……山の管理を預かる身としては確認せねばならん」
「俺たちも一緒に行こうぜ!」
「えっ、ワタクシもですか⁉」
「だってジェルも気になるだろ?」
確かに気にならないわけではありませんが、そんな野次馬根性で付いて行っていいものでしょうか。
「天狗さん、実は俺の弟、すげぇ術が使えるんだ。たぶん役に立つと思うぞ」
「確かにワタクシは、物の形を変えたり防御障壁を張ったりはできますけども……」
「なんと。天狗にしたい人材であるな」
「それはお断りします」
ワタクシ達は同行を許可され、天狗と共に山頂へ向かいました。
天狗がバサバサと団扇でワタクシ達に風を送ると、あっという間に山頂へと飛ばされます。
転送魔術より便利そうでちょっとうらやましいです。
地面に降り立つと、すぐにバサバサと草木が揺れる音がして、奥からつむじ風が現れました。
あれが化け物でしょうか。
即座に天狗が高く飛び上がり、錫杖でつむじ風の中に居るであろう何かに攻撃を仕掛けます。
しかし、錫杖はすべて弾かれてしまいました。
天狗は慌てて翼を広げて空に逃げますが、つむじ風も追いかけようとしています。
「おいおい、天狗さんやべぇんじゃないか⁉」
「そうですね……天狗様! こちらに逃げてきてください! ワタクシ達が何とかいたします!!」
そう叫んで、急いで地面に魔法陣を描き、呪文を唱えると光の中から着物を着た骸骨が現れました。
契約している骸骨の宮本さんです。
天狗がこちらに逃げてきたのを見て、ワタクシはさらに叫びました。
「宮本さん、あのつむじ風を切ってください!!」
「……承知した!」
緊迫した空気に状況を察したのか、宮本さんは弾丸のように駆け出し、二本の刀を手の中に出現させました。
そしてそれを素早くXを描くように交差させて振りぬいたのです。
その衝撃波でつむじ風が飛散し、中から本体があらわになったのですが――。
「えぇぇぇぇぇぇ⁉ なんでサメ⁉」
中に居たのはサメだったのです。そんなバカな。
「空飛ぶシャークって本当にいたんだな!」
つむじ風が無くなったサメは、地面に落下してビチビチと跳ねています。
「このサメも斬れば良いでござるか?」
「いや、待たれよ」
宮本さんが刀を構えると、天狗がそれを制しました。
「某は動物と話す術を知っておる。何ゆえにこのようなことをしたのか聞いてみようと思うのだが」
「天狗さん、サメは動物じゃねぇぞ」
「確かに魚と話をするのは初めてだが……サメよ、どうしてそのようなことをしたのだ?」
天狗さんがサメに近づいて話しかけると、サメの動きが止まりました。
「……ふむ。どうやらこのサメは迷子らしい。海に帰りたいと言っておる」
「海ってどこだよ?」
「このサメは見た感じホオジロザメのようですから、日本の海で問題ないかと」
ならば、と天狗さんは団扇でサメに風を送りました。するとサメは空を泳ぐように、飛んで行ったのです。
「ここから一番近い海に送っておいた」
こうして、事件は無事に解決しました。きっとサメも今頃は海でのんびり泳いでいることでしょう。
「山で空飛ぶサメを見た、ってキリトに言ったら笑われるかな?」
「きっと信じないでしょうねぇ」
動画を撮っておかなかったことを残念に思いながら、ワタクシ達は山を後にしたのでした。
次回の更新は8月5日(土)です。ここまで読んでくださりありがとうございました!
当日は外出しているので予約投稿です。無事に投稿されますように……!




