73.人形になったジェル
どうしてワタクシの家は変なことばかり起きるのでしょうか。
ついこの間、雛人形から結婚相談を受けたばかりでしたのに、今度は五月人形がしゃべりだしたのです。
「女雛殿から散々のろけ話を聞かされて、某も恋人が欲しくなったでおじゃる」
「はぁ……」
目の前の小さな鎧武者は、こっちの都合も気にせず語り始めました。
「清楚で美人でモデル体型で、家柄が良く、優しくて年収1000万円の若い女性がいいでおじゃる。趣味は神社仏閣めぐりで、できれば家事が得意で華道と茶道と舞踊も嗜んでいてもらいたいのう」
「はぁ⁉ なんですかその高望みは⁉」
そんなの生身の人間の婚活でも難しい条件です。ワタクシはふざけるなと一蹴して、鎧武者を強制的に桐の箱に入れて紐でグルグル巻きにして倉庫に放り込んでやりました。
箱の中から「出すでおじゃる!」と声が聞こえていますが、放置しておけばその内あきらめるでしょう。
「……はぁ、まったく。なんで人形の縁結びなんてしてやらなきゃいけないんですかね」
くだらないことに付き合わされてイライラしていると、ふとキッチンに並べられたアレクのお酒のコレクションが目に入りました。
よく物語の中では、登場人物がお酒を飲んでストレスを発散させるという展開があります。
ワタクシはあまり飲めないのでよくわからないのですが、やはりこんな時にはお酒を飲むとイライラしなくて済むのでしょうか。
そんなわけで、一番高そうな日本酒をリビングに持ってきて軽い気持ちで飲み始めたのですが、ちっともストレスが発散される様子はありませんでした。
「ジェル氏、お酒なんて普段飲まないのにどうしたでありますか?」
ソファーに座って漫画を読んでいたテディベア―のキリトが首をかしげます。
「別になんでもいいでしょう⁉ ……なんですか! 清楚で美人でモデル体型がいいって! 自分はちんちくりんの子どもなくせに!」
「ヤケ酒というやつでありますか」
「まったく、絶世の美青年で天才錬金術師であるワタクシですら恋人がいないのに、人形が結婚できるわけないんですよ! リア充は死すべし!!」
いつの間にかキリトは目の前から居なくなっていました。兄のアレクサンドルのところにでも行ったのでしょうか。
ワタクシはその後もちびちびとワインを舐めるように飲みつつ、人形のことを思い出して悪態をついていました。
「わたくしぁ……ここぉの……てんさいれんきんじゅちゅしのぉじぇるま…………ん……」
普段飲まないお酒を飲んだせいでしょうか。もともとアルコールに弱いワタクシは、いつの間にか眠っていたのです。
目が覚めるとそこは我が家ではなく、知らない屋敷でした。
なぜか周囲の家具は巨人が使う物なのかと思うような大きさです。
起き上がろうとして、体がまったく動かないことに気付きました。
金縛りにでもあったのでしょうか。
動けないなりにしばらく観察してみると、怪獣のように巨大な女の子がこちらにやってきて、その大きな手でワタクシをむんずと掴んだのです。
その時、女の子が大きいのではなくワタクシの姿が小さく縮んでいるということに気付きました。
「何をするんですか! 放してください!」
ワタクシは全力で叫んだつもりでした。でも声が出ません。
理由はわかりませんが、どうやら自分は人形になってしまったようです。
「ジェシーちゃん、今からお茶会だからおめかししないとね」
女の子はワタクシをジェシーちゃんと呼んで、テーブルの上に乗せました。
そして袋の中に入っている服の中からお姫様が舞踏会で着ていそうなドレスを取り出したのです。
「もしかして、それをワタクシに着せる気ですか⁉」
思わず大声をあげたはずなのですが、その声は女の子に届きません。
再び彼女はワタクシを掴んで服を引っぺがそうとしました。
「いやぁぁぁぁああぁぁ! やめてください!」
必死で訴えましたが、人形の身ではどうすることもできず。
体をひっくり返されたり逆さにされたりしながら、されるがままに着せ替えられるしかなかったのです。
「はぁ……どうしてこんなことに……」
人形用の服は生地が安物でゴワゴワするし、フリルがたっぷりの長いスカートは何もはいてないみたいに感じられて何とも落ち着きません。
ひらひらのドレスを着せられたワタクシは、見た目だけ装飾がほどこされた安いプラスチック製の人形用の椅子に座らせられました。
「今日の茶葉はアールグレイですの」
そう言いながら彼女は、ワタクシの口に空っぽの小さなカップを押し付けます。
「さぁ、ケーキも召し上がれ」
ケーキも当然プラスチックの偽物です。しかも別のおもちゃから持ってきたのでしょう。大きくてサイズ感が合っていません。
それをぐいぐい顔面に押し付けられるのには辟易しました。
「あら、ハムスター夫人がお越しになったわ。ごきげんよう」
彼女は、ハムスターのぬいぐるみをワタクシの目の前に座らせました。
「ハムスター夫人もケーキを召し上がって」
(いや、それさっきまでワタクシの顔面に押し付けてたケーキじゃなかったんですかね?)
「おいしいですわ」
(おいしいんですかねぇ……)
「ハムスター夫人は夫が交通事故で亡くなって、家が火事になったせいで息子夫婦と同居を始めたんだけど、嫁との折り合いが悪くて心労で鬱ですの」
(急に重い設定がぶち込まれましたね)
「出会い系サイトに盛りまくった写真を登録して、嘘のプロフィールで男を騙すのが唯一のストレス発散法ですのよ」
(お茶会で話すような内容じゃないですね)
その後もなんだかよくわからないハムスター婦人の苦労話は続き、世知辛い感じのお茶会は終わりました。
「はぁ、やっと開放された……」
女の子がいなくなってワタクシがホッとしていると、今度は男の子がやってきてワタクシを引っ掴んで部屋から出て行きました。
「ひいっ! 何をするんですか!」
男の子はワタクシの髪の毛を掴んで、振り回したのです。人形なせいか痛みこそありませんが、グルグル振り回されるのはきついものがあります。
「やめてください!」
やっと止まったと思ったらそこは庭でした。
ワタクシは罪人のように地面に刺さっている棒にくくりつけられます。何が始まるのでしょう。
男の子は鉄砲を持ってきました。
そしてそれをワタクシの方に向けて――。
「アンタなにやってんの!」
撃たれると思った瞬間、彼のお母さんと思われる女性の声がしました。
そしてワタクシは解放されて、女の子の元に戻されたのです。
「人形は、ちゃんと箱にしまっておきなさい」
お母さんはそう言いつけて部屋からでていきました。
女の子は言われた通りにワタクシを箱の中に入れたのですが。
箱の中は暗くて狭くて、動けないのもあってまるで棺に入れられたような気分で最悪です。
「人形ってこんなに大変なんですねぇ……」
精神的な疲労が重なったからでしょうか。急に眠気が襲ってきて、ワタクシは箱の中で眠りにつきました。
「――ジェル。おい、ジェルってば。こんなとこで寝てたら風邪ひくぞ」
「えっ、あれ? アレク⁉」
「どうしたんだジェル? なんかあったのか?」
目が覚めると、いつもの我が家のリビングでした。アレクとキリトが心配そうに覗き込んでいます。
「あ、いえ。なんでも無いです……あぁ、そうだ! 人形!」
ワタクシは、慌てて倉庫に行って紐でグルグル巻きになった桐の箱を開けて五月人形を出してお詫びの言葉を伝えました。
「すみません。あなたには大変申し訳ないことをしました。人形というのも大変なのですね」
「急にどうしたでおじゃるか?」
不思議そうにしている五月人形を丁重に飾り直したのは言うまでもありません。
とはいえ、高望みな婚活が上手くわけもなく、人形は店の片隅でひっそりと出会いを待っているのでした。
次回の更新は6月3日(土)です。
ここまで読んでくださりありがとうございました!




