69.宮本さん本気を出す
新たな年を迎えた我が家では、ささやかな新年会が開かれていました。
「宮本さん、お手伝いいただいてすみません」
「いやいや。契約者であるジェル殿が働いているのに拙者が働かないわけにはいかないでござるよ」
今、ワタクシと骸骨の宮本さんは台所でお雑煮の準備をしています。
昨年末に、お歳暮を送った際に宮本さんが独りで正月を過ごすと聞いたので、誘ってみたのです。
「うぉ~い、ジェル~。お兄ちゃんはもっとおさけがほしいぞ~」
リビングから兄のアレクサンドルがお酒を要求する声がしました。
声の調子から察するに酔いがいい感じに回っているようです。
「もう! それぐらい自分で取りに来てくださいよ、ワタクシは忙しいんですから!」
そもそもこのお雑煮だって、アレクが食べたいって言い出したから作っているのに。
「まったく……」
「ははは、アレク殿はご機嫌ですなぁ。ジェル殿、お酒は拙者が持っていくでござるよ」
そう言って宮本さんは酒瓶を持って行きました。
お客さんとして呼んだつもりだったのに申し訳ないなぁと思いつつ、やはり助かるなぁとも思ってしまいます。
数分後にお雑煮を持ってリビングに行くと、アレクはソファに寝転がって寝息を立てていました。
そして、空き瓶や食べかけのおつまみで散らかったテーブルを、宮本さんが一人で片づけていたのです。
「アレク、起きなさい。なんですかもう、こんなに散らかして!」
「うーん……? あっ……おぞうにできたんだぁ……おにいちゃんもたべるぞ……」
アレクは目をこすりながら起き上がると、お雑煮に手を伸ばしました。
「お雑煮は今できたばかりだから熱いので――」
ワタクシが言いかけたのですが時すでに遅し。
「あちぃ!」
アレクは舌を火傷してしまったようです。
それを見て、宮本さんが慌ててコップに冷たい水を入れて持ってきました。
「アレク殿、大丈夫でござるか?」
「うん。ありがとう宮本さん、あーびっくりした。おかげで目が覚めたよ」
すると、その一部始終を見ていたテディベアのキリトが「まるで召使みたいであります」と言ったのです。
「ちょっと、キリト! 宮本さんに失礼ですよ!」
「だってさっきから、ずっとお手伝いばかりしているであります。そんなの召使であります」
「ははは、拙者は必要なことを己の意思でやっているだけでござるよ」
宮本さんがあごの骨をカタカタ言わせて笑ったので、その場の空気は和やかなものとなりました。
彼の人柄が良くてよかったと思いつつ、ワタクシ達はお雑煮を囲みながら、とりとめない話しを続けます。
「そういえば、宮本さんとアレクが初めて会ったのってバレンタインの時でしたね」
「そうそう、宮本さんがチョコを守っててさぁ」
「そうでしたな。拙者が滑って転んで骨折したのをアレク殿が手当してくださったのは助かりましたぞ。骨粗しょう症で折れやすくなってるとは盲点でござった」
「骸骨なのに骨粗しょう症になるでありますか? 情けないであります」
「いやはやまったく、返す言葉も無いでござる。あれ以来、カルシウムを意識して取るようにしているでござるよ」
宮本さんは、またカタカタと笑いました。
先ほどからどうもキリトは彼のことを侮っているようでいけません。
フォローしなければと思っていると、急にアレクが何か思い出したような顔をしました。
「そうだ。この間、倉庫整理してたら日本刀を見つけたんだよ。チラッとしかまだ見てないんだけど、なんか掘り出し物な感じでさぁ……」
「ほう、それは気になりますな」
「後でジェルと一緒にじっくり見てみようと思ってそのまま忘れてたから、今持ってくるよ」
そう言ってアレクは立ち上がると、倉庫から細長い木箱を持ってきました。
箱を開けた時に異様な気配がしたのですが気のせいでしょうか。
中には茶色い染みがたくさん付いた刀袋が入っています。
「なんだか汚いですねぇ。もう錆びてしまってるんじゃないですかね?」
「どうだろう。……おっ、刀身は綺麗だぞ。ろくに手入れしてないはずなんだけどな」
アレクがそう言いながら刀をすらりと抜いて、刀身を照明に向けた瞬間。
刃が赤い光をまとわせたかと思うと、アレクの顔から表情が消えたのです。
そして突然、彼は無言で目の前のソファーを切り付けました。
「えっ? アレク?」
その刃は長く保管されていたとは思えない切れ味で、スパっと切れたソファーの傷口からは白い中身が見えています。
「ちょっと、何してるんですか⁉ そのソファー高かったんですけど⁉」
アレクは虚ろな表情のままこちらに刃を向けました。まさか、ワタクシを切ろうというのですか⁉
「ジェル殿、逃げてくだされ! 今のアレク殿は正気ではないでござる!」
宮本さんがアレクの目の前に立ちふさがったので、その隙にワタクシはキリトを連れて廊下の方へ逃げました。
「はぁ……とんでもないことになってしまいましたね」
「ジェル氏、あんな弱そうな骸骨に任せて大丈夫でありますか⁉」
「大丈夫ですよ」
――だって宮本さんは、剣豪として有名な宮本武蔵ですから。
「さぁ、拙者が相手になるでござるよ」
宮本さんの白い骨の両手が光ると、そこから二振りの刀が現れました。
次の瞬間、キンッと金属がぶつかる音がして、アレクが振り下ろした刀はその二本の刃で受け止められていたのです。
「妖刀破れたり!」
宮本さんがそのまま刀を受け流して素早くアレクのみぞおちに当身を食らわせると、彼はがくりと崩れ落ち刀から手が離れました。
「アレク!」
「気絶しているだけだから大丈夫でござる。それよりもジェル殿、今のうちに刀に直接触らないように箱に戻してくだされ」
「直接触らないようにですか」
「おそらくこの刀は使い手を操る妖刀でござる。直接触るとジェル殿も意識を乗っ取られるやもしれませんぞ」
ワタクシは手袋をして刀をさやに戻し、箱に納めました。
幸い、素手で触れなければ大丈夫なようです。
「宮本氏、すごいであります! かっこいいであります!」
廊下から様子をうかがっていたキリトがこっちへやってきて、宮本さんの周囲をピョンピョンと跳ねながら絶賛しました。
「ははは、これぐらい朝飯前でござるよ!」
骸骨なので表情はわかりませんが、宮本さんの表情は心なしか得意げなように見えます。
切り付けられたソファーは錬金術で修復しました。
ちょっといびつな仕上がりになりましたが、まぁ許容範囲でしょう。
「…………あれ、俺寝ちゃってた?」
「アレク、何も覚えてないんですか?」
「えっと、刀を箱から出して見せようと思って……そっからどうしたんだっけか?」
「アレク氏が刀に乗っ取られたから、宮本氏がシャキーンって刀を出してバーンってしたであります! お侍さん、かっこいいであります!」
キリトが身振り手振りで説明するのを見て、アレクはきょとんとしています。
「おぅ、そうか……なんかよくわかんないけど、まぁいいか! よし、飲むぞ!」
そんなわけで今年は少し騒がしいお正月となりました。
アレクが妖刀に意識を乗っ取られた時はどうしたものかと思いましたが、おかげでキリトが宮本さんのことを尊敬するようになったので結果的には良かったと思います。
「今年も、いろんなことがありそうですねぇ……」
再びお酒を飲み始めて楽しそうに笑う彼らの姿を見ながら、ワタクシはやれやれと肩をすくめたのでした。
次回の更新は2月4日(土)です。
ここまで読んでくださりありがとうございました!




