67.魔界のギフトカタログ
それは夕食後のことだった。
弟のジェルマンがリビングで真剣な顔で雑誌を読んでるから、どうしたのかと思って声をかけたら意外な答えが返ってきたんだ。
「宮本さんにお歳暮をお送りしようと思うんですけど。アレクは何をあげたら良いと思います?」
「え、お歳暮?」
宮本さんはジェルが契約している骸骨で、魔界で暮らしている。
「魔界にお歳暮なんて概念あるのか?」
「無いですね。でも宮本さんが今年の夏にお中元くださったんですよ。ほら、アレクがおやつに食べてたゼリー」
「あぁ。なんか変わった味のやつ」
「えぇ。ドクドクモンスターゼリー」
「ちょっとまて、その『ドクドク』の部分は大丈夫なやつなのか?」
ジェルは少し沈黙して「大丈夫ですよ」と答えた。なんだその間は。
そういや夏場にゼリーを毎日おやつに出されたけど、ジェルがそれを食べてるところを見たことが無かった気がする。
「まさかヤバい物だから俺に押し付け――」
「そんなことより! あれです、お歳暮をどうするかですよ!」
ジェルは誤魔化すように大声を出して、俺に雑誌を見せてきた。
よく見ると、これは雑誌ではなくてギフトカタログだ。
「これ、魔界のギフトカタログなんですけど、人間にも読めるように翻訳済みなんでアレクにも読めますから。よかったら一緒に選んでください」
「へぇ、面白そうだな」
「小生も見たいであります!」
ソファーに座ってテレビを観ていたテディベアのキリトは、俺の肩によじ登ってカタログを覗き込んだ。
ページをめくると、高級感のある金色のラベルが貼られたハムの塊が目に入った。
「お歳暮の定番はハムでありますよ!」
「えーっと『最高級のカタキラウワを職人が丁寧にロースターでつるし焼きにして、素材の旨味を余すところなく引き出した自慢のロースハムです』だってさ」
「カタキラウワってなんでありますか?」
「奄美大島に伝わる豚の妖怪ですね」
「妖怪をハムにするとかエグイであります」
――ひょっとして俺の食った「ドクドクモンスターゼリー」も……いや、これ以上考えるのはやめよう。
俺は心を無にしてページをめくった。
クッキーやカラフルなケーキが掲載されている。
これは材料も妖怪じゃなさそうだし良さそうだ。
「この抹茶ケーキ、美味しそうであります!」
キリトが緑色のロールケーキをふわふわの手で指し示した。
「なるほど。抹茶なら日本っぽい物ですし、宮本さんも喜びそうですよね」
「確かにそうだな……いや、これ抹茶じゃねぇぞ。よく見ろ、猛毒ケーキだ!」
説明文には「走馬灯のような優しい口どけの猛毒が、ピリピリした刺激と確かな痺れをお約束します。※毒が苦手な方はお控えくださいませ」とある。
「辛いものが苦手な人と同じレベルで毒を語られても困りますねぇ。あぁ、これだから魔界は……」
ジェルがため息をついた。
スイーツもダメか。
とりあえず次のページをめくってみると、新鮮野菜という大きな文字と一緒に、色とりどりの野菜の写真が掲載されていた。
野菜の盛り合わせの隣には「私達が作りました」というコメントと共に、見覚えのあるオレンジ色のカボチャのランタンが二つ並んだ写真が……えっ、これもしかして。
「ランタンマンだ!」
「なんでありますか?」
「ハロウィンの時にジェルと一緒に作った、生きてるカボチャのランタンなんだよ。カップルになって魔界に移住したんだけど……すげぇ、農家として大成功してるじゃねぇか!」
「そういえば先日、野菜の詰め合わせ送ってくれたんですよねぇ」
「毒だったり人食いトマトだったりじゃねぇだろうな?」
「いえ、普通の野菜だったから夕食に出しましたよ。先日のカレーやハンバーグの付け合せとかも、彼らのですよ」
「マジかよ、普通にうまかったぞ」
「カタログに掲載されるくらい有名になったんですねぇ。ワタクシも鼻が高いです」
あの時は「リア充死すべし」って怒ってたのに、物をもらった途端、ニコニコしてやがる。現金なもんだな。
「美味しかったんですけど、野菜は日常的に買う物ですからねぇ。せっかく贈り物にするならもうちょっと変わった物がいいかもしれません……」
そう言いながら、ジェルがページをめくる。今度はお酒の特集みたいだ。
「あ、セガノビール……えっ、なんでお酒のところに? これって背が伸びる霊薬か何かじゃないんですか?」
「いや、説明文を読んだ感じ、セガノってビール工房で作った普通のビールだな」
「そんな……」
ジェルは何か思うところがあったのか、遠い目をして固まっていた。
「ジェル氏はどうしたでありますか?」
「心の整理をしているんだ。そっとしておいてやろう」
俺はジェルを放置して再びカタログを見始めた。
「食べ物は好き嫌いがあるかもだし、食べ物以外の方がいいかもしれねぇな」
「小生は洗濯用洗剤のギフトが無難だと思うであります」
「うーん、確かにそうだが、洗剤も日常的に買う物だからもうちょっと変わったのがあればいいんだがなぁ」
そう言いながらページをめくると、ちょうど洗剤のギフトセットの特集ページだった。
「魔王も愛用する超高級洗剤だってさ……えっと『何万もの軍勢を屠ってきた返り血と臓物のほのかな香りが歴戦の猛者をイメージさせ、確かな畏怖をお約束します』って、なんだよそれ⁉ こえぇなおい」
「――それは文化的な理由ですよ」
遠い目をしていたジェルが俺の声に反応して、説明を始める。
「魔王とか古い感覚の魔族は、周囲から畏れ敬わまれたいと思っているのです。最近の魔界は平和なので自分の強さを誇示する機会もなかなかありませんし、だいぶそういう感覚は廃れつつありますが」
「確かにすげぇ強い魔王が爽やかな石鹸の香りとかしたら、なんか違うのはわかるけどさぁ……」
それにしても血と臓物の香りは嫌だなぁ。
「香りの材料が何なのか考えたくないであります」
「大丈夫ですよ、ほら『香りはイメージです。合成香料をしようしていますのでアレルギー体質の方は使用をお控えください』って小さく書いてます」
猛毒は好き嫌いの範囲なのにアレルギー体質は普通にあるのか。本当わかんねぇなぁ。
俺は苦笑しつつ最後のページをめくった。
「体験型ギフト……なんだこりゃ?」
「最近はそういうのもあるんですねぇ。どれどれ『エステコース~地獄の業火で毒素を流して聖水でピーリング!』だそうですよ」
「ピーリングってなんだ?」
「フルーツ酸などを使って肌に残った古い角質を柔らかくして取り除く美容法ですよ。まぁワタクシにはそんなもの必要ありませんけど」
――今、しれっと美肌アピールしたな。たしかにジェルの肌はスベスベでとても綺麗だけど。
「宮本さんは美肌とか興味なさそうだよな」
そもそもあの人は骸骨だから骨しかないんだが、この場合はどうしたらいいんだろうな。
「綺麗にしたければ重曹に浸けて水洗いでもすればいいんじゃないですかね」
「換気扇の掃除じゃねぇんだから」
とにかく、これもダメそうだ。
俺はもう一度パラパラとカタログをめくるが、どれも決め手に欠けるように思う。
とりあえずもう少し考えてみると言って、ジェルは紅茶を淹れる為に立ち上がった。
いったい何をプレゼントしたら宮本さんは喜んでくれるだろうか……。
結局その日は何にするか決まらずに終わってしまったんだ。
数日後、ジェルが晴れやかな笑顔で転送用の魔法陣を描いていた。
「お、どうしたんだ?」
「今から宮本さんにお歳暮を送るんです」
「決まったのか。何にしたんだ?」
「いろいろ考えたけど魔界の物よりも人間界で買える物を送った方が逆に喜ばれるかなと思って、八ツ橋と赤福にしました」
「まぁそう言われたらそうか……」
あんまりお歳暮っぽくないけど、宮本さんが喜びそうな物が見つかってよかった。
着物を着た骸骨が座布団の上に座って、幸せそうにお茶と一緒に和菓子を食べている光景を想像して俺はほっこりしたのだった。
次回の更新は12月3日(土)です。
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