表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/98

65.マッスル草

 それはワタクシが魔界の植物について書かれた本を手に入れたことから始まりました。


「――マッスル草ですか。実に興味深い」


 その草を食べた者は筋力が増加し、背が伸びる。

 本には船乗りの格好のパイプを咥えた男が、緑色の草らしきものを食した後に力こぶを誇示している挿絵が描かれています。

 どうやら、この緑色の草がマッスル草のようです。


「この草があれば、ワタクシの背も伸びるんでしょうか……」


 ふと、リビングに立てかけてある鏡の中の自分と目が合い、つい物思いにふけってしまいました。


 知性を宿した宝石のような青い瞳に、この世の美をすべて集めたような気品のある国宝級の顔面。実は神が紡いだ黄金の糸なのではないかと思うような美しくしなやかな金髪。触れたら壊れてしまいそうな繊細な体つきに、陶器のように滑らかな肌が自慢の華奢な手足。


 絶世の美青年と言っても過言ではないパーフェクトなワタクシですが、理想にはあと少し身長が足りないのです。

 できればあと10cmは伸ばしたい。


「なんとかマッスル草を入手したいですねぇ……」


 詳細を確かめようと次のページをめくると、残念ながら途中で破れて読めなくなっていました。

 もしかすると、詳細を秘匿しておきたい誰かが破いたのかもしれません。

 これはますます効能が期待できそうです。


 幸い、魔界のとある洞窟に自生していると書かれていましたので場所は特定できました。


「じゃあ、出かけましょうかね」


「出かけるのか?」


「アレク! いつの間に!」


 本に夢中で兄のアレクサンドルがリビングに入ってきたことに気が付かなかったようです。

 彼が覗き込もうとしたので、ワタクシは慌てて本を閉じました。


 彼に「背を伸ばしたいからマッスル草を採りに行く」なんて恥ずかしくて言えるわけがありません。

 だからワタクシは嘘をつきました。


「……ちょっと薬草を採りに魔界に行ってきます」


「よし面白そうだから、俺も一緒に行く!」


 できれば独りでこっそり行きたかったんですが、見つかってしまった以上は仕方ありません。

 こうしてワタクシ達は探検家のように背中にリュックサックを背負って、マッスル草があるという洞窟へとやって来たのです。


 光の魔術で足元を照らしながら洞窟内を覗き込むと、誰かが頻繁に出入りしているのかずいぶん歩きやすい雰囲気でした。

 だから、その先に仕掛けがあるなんて思いもしなかったのです。


「危ねぇ!」


 アレクがワタクシの背負っていたリュックサックをぐいっと引っ張ったので、後ろに尻餅をつきました。

 すると、目の前で左右の壁から鋭い槍が突き出て、またすぐ引っ込んだのです。


「ひいっ、なんですかこれ……」


「侵入者対策の罠じゃねぇかな。ほら、この地面の色が変わってる部分を踏むと作動するようになってるみたいだ」


 アレクが指し示した地面は、確かにそこだけ不自然に盛り上がっていて色も違っています。


「なるほど……」


 罠が仕掛けてあるということは、価値がある物を隠しているに違いありません。

 この奥にマッスル草があるということをワタクシは確信しました。


「なぁ、ジェル。本当にただの薬草を採りにきただけなのか? 帰ったほうがいいんじゃねぇか?」


「――何言ってるんですか。ほら、さっさと先に進みますよ!」


「おい、そんなに急ぐと危険だぞ!」


「大丈夫ですよ……あっ!」


 急に足元がパカッと割れて地面が無くなる感覚がしました。


 落ちる……と思った瞬間、とっさに腕をアレクが掴んでくれたので底には落ちずにすみましたが、ワタクシの体は彼の手に支えられた状態で宙ぶらりんになっています。


「はぁ……助かりました」


「いいか、今からお兄ちゃんが引き上げるから、絶対に下を見るんじゃないぞ!」


 ――下? 下に何があるというのでしょうか。


 ほんのちょっと視線を底に向けてみると、なにやら黒く長いものがたくさん動いているようです。


「なんでしょうねぇ……ひぃっ!」


 目をこらして見てみると、うじゃうじゃと大量の蛇がいて、獲物を待ち構えるかのようにこちらに鎌首をもたげているではありませんか。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!! アレク! 早く! 早く引き上げてください!!!!」


「おい、暴れるな!」


 見てはいけないと思いつつも、それが何であるか認識するまでじっくり見てしまう己の探究心の深さが恨めしい。


 やっとのことで引き上げられたワタクシは、大きく息を吐き出しました。


「あぁ……びっくりしました」


「それはこっちのセリフだ。なぁ、本当のことを言ってくれよ。こんな危険な罠がある洞窟なんて絶対おかしいだろ。この先に何があるんだよ?」


 アレクの真剣な表情に観念したワタクシは、ついにマッスル草という背が伸びる不思議な草のことを白状しました。


「……なるほど。その草があれば、俺も180cm超えも夢じゃねぇのかな。いいなぁ、俺も食いたい」


 アレクはワタクシより10cmも背が高いくせにまだ伸びようというのですか。なんて贅沢な。

 しかし、彼が興味をもったおかげで、このまま先へ進むことになったのには助かりました。


「いいか、進むのはいいけど、お兄ちゃんの傍から絶対離れるんじゃないぞ?」


「わかりましたって」


 こうしてそのまま先へ進むこと10分。

 幸い罠は無いものの、景色は一向に変わる様子がありません。


 ……ゴロゴロゴロゴロ


「何か音がしねぇか?」


「そういえば、遠くで何か動いているような音がしますね」


 ……ゴロゴロゴロゴロ


「こないだ観たアクション映画の話だけどさ、こういう時って後ろを振り返るとでっかい岩が転がってきてたりするんだよ」


「アレクったら映画の観すぎですよ――あっ!」


 後ろを振り返ると、通路をふさぐような巨大なサイズの岩が転がってくるのが見えるではありませんか。


「走れ!」


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ワタクシ達は必死で走りましたが、どんどん岩が近づいてきます。


「もう、むり、ですっ……」


「あきらめんな!」


 息を切らせながらもなんとか走り続けると、急に目の前の空間が広くなってトロッコとレールが見えました。


「あれに乗るぞ!」


 ワタクシ達は手漕ぎトロッコに乗り込みました。

 鉄のレバーを握って上下に動かすと、トロッコはゆっくり前に進み始めます。


「ぐっ、レバーが重い……これは走った方が良いのでは」


「動き出したら軽くなるから、もうちょっと頑張れ!」


 アレクの言う通り、しばらくするとレバーは軽くなり速度も出始めました。

 そのおかげか、だんだん岩が遠ざかっていきます。


「はぁ、よかったです……」


「危なかったなぁ」


 トロッコはゴォォォォと音を立ててスピードを増していき、レバーを動かさなくても勝手に進んでいきます。

 どうやら少し下り坂になっているようです。


「そういえばこれって、どうやって止まるんですかね」


「それならここにブレーキが…………無いっ!」


「えぇぇぇぇぇぇ⁉」


 せっかく助かったと思ったのに、もしかしてこれも罠だったんでしょうか。

 しかしワタクシの思いに反して、うまい具合に傾斜がゆるい上り坂に変化したらしく、トロッコは速度を落としてやがて止まりました。


「罠では無かったみたいですね。そしてここが目的の場所みたいです……はっ、ハクシュンッ!」


「ここだけやたら空気が冷たいな。まるで冬みたいだ」


 周囲は広大な空間で、天井に穴があいていて光が差し込んでいます。

 そして目の前には畑があり、規則正しく草が植わっていました。


「これがマッスル草か?」


「そのはずなんですが……」


 どう見ても、スーパーでお馴染みのほうれん草が畑で栽培されているだけにしか見えません。


「おかしいですね……この本によればここにマッスル草が自生しているとあったのですが……」


 リュックから本を取り出して確認していると、洞窟の奥のほうから足音が聞こえてきます。


「おめぇら、こんなところで何やってるっぺ?」


 現れたのは豚に似た感じの獣人です。

 農作業の格好をしてクワを持っていますし、おそらくこの畑の関係者なのでしょう。


「あの……つかぬことをお聞きしますが、これはマッスル草ですか?」


「マッスル草? 昔はそんな言い方してたっぺかなぁ。ただのほうれん草なのに、大げさだっぺなぁ~!」


 のんきに笑う獣人にワタクシは食い下がりました。


「でも、ここに来るまでに危険な罠が仕掛けられていましたよ⁉ 貴重な薬草があるからではないんですか⁉」


「いんや。野菜泥棒が最近多くて、罠をいっぺぇ作ったんだ!」


 そんな理由であんな物騒な罠を設置したというのですか。

 ワタクシはがっくりとうなだれました。


「この本に書いてあることは嘘っぱちだったということですかねぇ」


 未練がましくパラパラとページをめくると、本の間から紙切れが落ちました。

 拾ってみると破れた跡があります。


「……あっ、これはマッスル草のページの破れた部分ですよ!」


「ジェル、なんて書いてあるんだ⁉」


「その草を食べた者は筋力が増加し、背が伸びる。……というのはただの伝説だ。そんな物に頼らず筋トレしろ――えぇっ⁉ なんですかこれ⁉」


「はじめから、そんな都合の良い草は無かったってことだな」


「そんなぁ……」


 ワタクシ達から事情を聞いた獣人は、同情したのかお土産に採れたてのほうれん草をたくさん持たせてくれました。


「たっぷり食べて大きくなるっぺよ!」


「ありがとうございます。うぅ、こんなはずでは……」


 そんなわけで今回は非常に残念な結果となりました。

 家に帰って食べたほうれん草が美味しかったのが、せめてもの慰めです。


 しかし――。


「……まぁ、まだ他にも手段はありますからね! この文献によると魔界に『セガノビール』という幻の飲み物があるそうなんですよ! 今度こそ背を伸ばしましょう!」


「お兄ちゃんはあきらめた方がいいと思うけどなぁ」


 アレクがそうぼやくのも気にせず、ワタクシは今日も文献を漁るのでした。

次の更新は10月1日(土)です。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ