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64.魔界の動物園

 ワタクシのスマホに魔界から着信があったのは、日差しの強い夏の日のことでした。


「あれ……宮本さん?」


 宮本さんはワタクシと契約している骸骨で、普段は魔界でのんびり暮らしているはずなのですが、何かあったのでしょうか。


「もしもし、どうなさったんです?」


「ジェル殿! 助けてくだされ! 魔界動物園で飼育員の皆さんが倒れてしまって急に人手が足りなくなったでござるよ!」


 魔界に動物園があったとは初耳です。

 そういえば最近の魔界は娯楽に飢えていて、人間の文化を模倣しようとしているようですから、動物園があってもおかしくないかもしれません。


「動物園で人手が足りないのはわかりましたけども、どうしてワタクシがそんなことしないといけないんですか? ワタクシは錬金術師ですし、肉体労働なんてやれませんよ」


「それが……以前にジェル殿が作った栄養ドリンクを従業員の皆さんが飲んだら全員倒れて、半数以上がそのまま寝込んでしまったそうで、責任を問われているでござる!」


「えっ……あのドリンクですか⁉」


 ワタクシが以前に、錬金術の研究の副産物として大量に作った栄養ドリンクは「お手軽に死の淵を体感できる」と評されるくらい、不味くて危険な飲み物なのです。

 売れなくて困っていたのを宮本さんが大量に買い取って、その結果、魔界で流通するようになっていたのですが……まさかそんなことになっていたとは。


「このままでは、損害賠償で裁判を起こされるでござるよ! そうなるとジェル殿が賠償金を払うことになるかも……」


「それは困ります!」


「ならば今すぐアレク殿と一緒に手伝いに来てくだされ!」


「しょうがないですねぇ……」


 ワタクシはリビングでアニメを観ていた兄のアレクサンドルに声をかけました。


「アレク、魔界の動物園で人手が足りないそうなのですが、一緒にお手伝いに行きませんか?」


「えっ、魔界に動物園あるのか! 面白そうだな、行きたい!」


「小生も魔界に行ってみたいであります!」


 アレクと一緒にアニメを観ていた居候のキリトが、まん丸の瞳をキラキラさせてこっちを見つめました。


「おお、キリトも行くか!」


「いけません! アレクは忘れてるかもしれないですけど、キリトのボディは高級テディベアなんですよ。動物園に連れて行ってもし汚れたりしたら商品価値が落ちてしまいます!」


「まだジェルは、キリトを転売するのあきらめてなかったのか」


「ジェル氏は金の亡者であります。しょうがないから小生はお留守番するであります……」


 しょんぼりしているキリトに、アレクは書庫からたくさん漫画を持ってきてテーブルの上に置きました。


「お兄ちゃんオススメの三国志の漫画全60巻だ。これを読んで待っててくれ」


「60巻もあるでありますか! これは退屈せずに済むであります!」


「ちなみに劉備も曹操も孫堅も皆死んで、まったく違う人の国ができて終わりって前にジェルが言ってた」


「アレク氏、自分がネタバレされたからって小生まで巻き込むのは酷いであります」


 こうしてワタクシ達はキリトに留守番をさせて、魔界の動物園へと出かけたのでした。


 動物園に到着すると、休園日と表示された入場ゲートを入ってすぐのところに大きな氷柱があり、灰色の作業着を着た大柄な男性がバーナーのような物で氷を溶かしていました。

 氷柱をよく見ると、着物を着た骸骨が閉じ込められているではありませんか。


「宮本さん⁉ どうして氷漬けに⁉」


 ワタクシの声に反応した男性はバーナーの火を止めて、振り返りました。額に小さな角の生えたオーガです。

 作業着の胸元には名札が付いていて、肩書きのところに「園長」と書かれています。


「あんたがジェルマンさんかい? 宮本さんはアイスドラゴンのエサやり中に氷のブレスをくらってしまってねぇ。まぁ、氷を溶かせば大丈夫だ」


 ――さすが魔界。普通の動物園とは感覚がずいぶん違うようです。


 オーガの園長はワタクシたちをすぐ側の事務所へ連れて行き、灰色の作業着に着替えるように指示しました。

 作業着と一緒に渡されたのは大きな袋と一枚の紙です。

 袋の中を覗いてみると、干し草や肉らしきものが入っています。どうりでずっしり重いはずです。


「その紙に簡単な指示が書いてあるから、それを見て宮本さんの代わりに動物たちにエサをやってくれ」


「はぁ、エサやりですか」


「今日は休園日でお客さんが居ないから、あんたたちのペースでやってくれればいい。獰猛なやつもたくさんいるからくれぐれも気をつけてな!」


「お、おう! わかった!」


「大丈夫ですかねぇ……」


 氷漬けにされた宮本さんを見た直後なだけに気が乗りませんが、まぁでも引き受けた以上はやらないといけません。


 ワタクシ達は、不安になりつつも動物たちの暮らすエリアへと向かったのでした。


「まずは鳥のエリアですね」


「おっ、でっけぇワシだな! もしかしてあれ、グリフォンか?」


 大きな檻の中に居たのは、ワシの上半身にライオンの下半身をもつ魔獣のグリフォンです。


「書物で読んだ知識ですが、グリフォンは黄金を守ったり天上の神々の車を引く役目を持っているそうですよ」


「そうなのか。ゲームだと焼き鳥にするイメージしか無いんだけどな。あとはクエストで狩るとか」


「昔から創作小説やゲームでもよく登場してますからねぇ。さて、エサをあげないとなのですが――」


 指示が書かれた紙を見てみると「馬刺し」とあります。


「ずいぶん贅沢なもん食ってるな。なんだこいつ、熊本出身なのか?」


「馬をライバル視していて、馬を食べるという伝承がありますが本当だったんですねぇ」


 アレクの持っている袋の中には、スーパーで売ってそうなトレイに入った状態で馬肉が山盛りになっていました。

 ぴっちりラップがかけられて「馬刺し」と書かれているので間違いありません。


「あ、すげぇサシが入ってて良い肉だ……いいなぁ。甘い醤油と生姜で食いてぇ」


 彼が袋から馬刺しを取り出した瞬間、グリフォンがギャァギャァ鳴いて白い翼をバサバサさせて暴れ始めました。お腹がすいているのでしょう。


「よーし、よし。お待ちかねのご飯だぞ~」


 アレクが檻の中に入って山盛りの馬刺しの入ったトレイを持って近づくと、グリフォンが彼の頭に齧りつこうとします。


「うぉっ、あぶねぇ!」


 驚いたアレクが馬刺しを地面に落とすと、グリフォンはあっという間にそれをペロリと平らげてしまいました。


「大丈夫ですか、アレク!」


「おう。ちょっとびっくりしたけど大丈夫だ。じゃあ次行こうぜ」


 隣の檻にもグリフォンと同じくらいの巨大なニワトリが飼育されています。

 なぜか柵には「自己責任」と書かれたプレートが飾られていました。


「はて……何が自己責任なんでしょうねぇ?」


 キェェェェェェ!


 巨大ニワトリはけたたましい鳴き声をあげると、口から灰色のブレスを吐きました。

 よく見ると、頭と体はニワトリですが尻尾の部分は蛇の下半身のようになっています。


「あぁぁぁぁぁ!!!! これはニワトリじゃなくて、コカトリスという魔獣です!」


 とっさにワタクシは障壁の魔術を唱えて、光り輝く壁でブレスの直撃を防ぎました。

 間に合ってよかった。


「あのブレスはたぶん毒です! 吸い込まないように気をつけてください!」


「なんでそんな物騒なもん飼育してんだよ!」


「知りませんよ、さっさとエサをあげてください!」


「エサはなんだ……? あ、わかった! たぶんこれだ!」


 アレクが袋の中を覗き込み、太いロープのような何かを取り出して檻の隙間からぶん投げました。


 コカトリスは地面に落ちたそれを喜んで食べています。


「なんですかね、あれ」


「巨大ミミズだ。あんなでっかいのお兄ちゃん初めて見たぞ」


「うわぁ……まぁ確かに上半身はニワトリですもんね」


「――さて。あと残ってるエサは肉と干草と冷凍マウスだな」


「とりあえず行ってみましょうか」


 ワタクシ達は鳥のエリアを移動して「神話の動物」と書かれたエリアへ来ました。

 柵に囲まれた広場の中に低木が生い茂っていて、その隙間から黒いヤギの頭が見えています。


「見た感じ、普通のヤギだな」


「でもなんだか頭の位置が高くないですか? 異様に足が長いヤギとかですかね……?」


 その時、ヤギが移動して全体が明らかになりました。

 ライオンの頭に蛇の尻尾、そして象のように巨大な胴体からヤギの頭が生えています。


「これは、ギリシャ神話に登場する魔獣のキマイラです!」


「すげぇ! かっこいいな!」


 指示では「ライオンには肉、ヤギには干草、蛇には冷凍マウスをあげましょう」と書いてありました。


「ちょっと待ってください、これどうやってエサあげたらいいんですか⁉」


 キマイラ本体は柵を超えては来ないので外側から肉を投げれば大丈夫ですが、それだと背中のヤギ部分にエサをやることができないのです。

 柵を越えて下手に近づくと、ライオンの頭がワタクシ達を食べようと大きく口を開けてきます。


「蛇はマウスを投げればいいですけども、干草は投げてもヤギに届かないですよ」


「そうだなぁ……よし、お兄ちゃんに任せろ。ジェルはライオンに肉を見せてライオンの気を惹いてくれ」


 アレクはマウスと干草を手にして柵を越えて側面からキマイラに近づきました。

 ライオンの頭はアレクに向かって吼えましたが、ワタクシが大きな塊肉をチラつかせると、こちらに気をとられてグルルルルル……と唸っています。


「よし、今だ。肉をあげろ!」


 ワタクシが肉を投げるとキマイラは目の前に落ちたそれを前足で掴んで、噛りつきました。


 すかさずアレクは冷凍マウスを蛇のほうに投げて、胴体に飛びつきよじ登り、ヤギの頭に干草を食べさせた後、飛び降りてこちらへ戻って来たのです。


「よしよし。皆、飯が食えて良かったな」


「無茶しますね……」


 ――しかしこれ、普段はどうやってエサをあげているんでしょうねぇ。


 こうしてワタクシ達は、無事にエサやりを済ませて戻ってきたのでした。

 事務所に戻ってみると宮本さんが無事に氷から脱出できたらしく、温かいお茶を飲んで座っていました。


「大変お世話になったでござる。これを園長さんがお二人にプレゼントするとのことでござるよ」


 そう言って宮本さんはワタクシ達に動物園の無料招待券を渡してきました。


「たしかに次はお客さんとして来園したいですねぇ……もう魔獣のお世話はこりごりです」


 ワタクシは、キマイラの写真がプリントされた招待券を受け取って、苦笑いしたのでした。

次の更新は9月3日(土)です。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

【ちょっとだけ宣伝】先月末に「婚約破棄されたので美形の魔王を脅して幸せに暮らします!」を完結しました。

5万文字程度の中編なのでもしよろしければ読んでみてくださいね。

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