63.ドキュメンタリー映像を撮ろう!
久しぶりに魔人のジンが蜃気楼を訪れたのは、セミの声が聞こえ始めたある日のことでした。
「うふふ、お久しぶりねぇ♪ 今日はジェル子ちゃんに良い話があって来たのよぉ~」
「良い話ってなんですか?」
「知り合いの映画監督がアイデアに困ってて、誰も見たことがないような刺激になるようなムービーが欲しいって言ってるの!」
「はぁ。うちの店はアンティークの店ですよ。魔術書はあっても映像作品は取り扱ってませんけど?」
商売にならなさそうな話だなぁと思いながら返事すると、ジンは魔法でビデオカメラを取り出して予想外のことを言い出したのです。
「そうじゃなくて、ジェル子ちゃん達を主役に、錬金術師のドキュメンタリー映像を撮影したいのよ!」
確かにワタクシが錬金術を使ったりするのは、きっと映像映えすることでしょう。
しかし、そんな見世物みたいな扱いをうけるのは不本意ですし、協力するのはめんどくさそうだと思いました。
ここは当たり障りなく断っておいた方が得策かもしれません。
「ワタクシ、今忙しいんですよねぇ」
「そう、残念ねぇ。ギャラもたっぷりあるし、ハリウッドで映画化するかもしれないチャンスなんだけど――」
ギャラもたっぷり……ハリウッドで映画化⁉
「――錬金術師のことを記録として後世に残すのは、歴史的に意義のあることだと思います。ぜひ協力させていただきましょう」
「さすがジェル子ちゃんね。助かるわぁ♪」
こうしてワタクシを題材にしたドキュメンタリー映像が撮影されることとなったのでした。
「撮影はアタシがするから、アレクちゃんにも登場してもらいたいわね。彼、イケメンだし、兄弟で錬金術師なんてきっとウケるわよ!」
アレクは錬金術も魔術も使えないんですけどねぇ……まぁワタクシとはまったく違うタイプですが黙ってさえいれば美男子ではありますし、適当に背景として立たせておけば絵になるかもしれません。
家の中に居たアレクを呼んで事情を説明すると、彼は目を輝かせました。
「マジか! 俺もハリウッドスターになりたい!」
「主役はワタクシですけどね」
「それじゃ、撮影開始しましょ! まずはインタビューからかしらね♪」
「もう撮影スタートですか⁉」
「えぇ、ドキュメンタリーですもの。ありのままを撮影しないと」
ありのままなんて映されたら困ります。
蜃気楼のカウンターは最近お客様が来ないのをいい事に、片づけがおろそかになっているのです。
目の前には読みかけの雑誌が山積みですし、アレクが置き忘れたパン男ロボや、どこかの社名が入ったノベルティのボールペンがあり、さらにその隣には片付けが面倒だからと放置された掃除用のスプレーが存在を主張しています。
そして極めつけは、どうあがいても生活感がでてしまう箱ティッシュ。
すぐ取れる場所にあると便利なので置いていたのです。
こんな物を映されては、神秘的な錬金術師のイメージが台無しになってしまうではありませんか。
「ここはいけません! 商品棚を適当に映した後は、我が家の方で撮影しましょう……!」
慌ててジンを家の中に誘導して、ワタクシの部屋の前で待たせました。
「ちょっとここで待ってくださいね、中を片付けますから!」
「あら、別にそのまで構わないのに」
ジンはそう言いますがワタクシは困るのです。
最近は使わないからとしまいこんでいた、錬金術の道具や鉱石の標本をだしてきて、意味ありげに薬品と一緒にテーブルに並べました。
これでなんとか錬金術師の工房らしく見えるでしょうか。
「さて……では、ワタクシの日常をお見せするというお話しでしたね。今から特別に叡智の結集である錬金術の工房をお見せしましょう」
ワタクシはカメラの前で少々もったいぶった言い回しをしながら、ジンとアレクを部屋に招き入れました。
「これがジェル子ちゃんのお部屋なのねぇ♪ 素敵だわ~!」
そう言いながら、ジンは興味深そうにフラスコや鉱石標本などを撮影していきます。
カメラが小さな薬品棚を映したところで、ワタクシはおもむろにフラスコを手に取ってポーズを作りました。
「錬金術の極意。それは物質の変化にあります。稀代の天才錬金術師であるワタクシは――」
「ジェル子ちゃん、これも錬金術の極意なの?」
ジンのカメラは壁にかけられた地名の入った提灯やキーホルダーを映していました。
「あ、俺が買ってきたやつだ」
「あらまぁ。ジェル子ちゃんったら、アレクちゃんにもらったお土産を大事に飾ってるのねぇ」
「あぁぁぁぁ!!!! 片付けるの忘れてた!!!!」
ワタクシが慌ててお土産を隠そうとすると、ジンはあごヒゲを撫でて考え込みました。
「ちょーっと地味なのよねぇ。もっとこう映える感じのシーンが欲しいわぁ。ジェル子ちゃんお得意の召喚魔術とか撮らせてもらえないかしら?」
「それなら魔法陣を描く必要があるから、リビングで撮影した方がいいんじゃねぇか?」
アレクの提案でワタクシ達はリビングへと移動しました。
――錬金術の極意を見せるつもりが、恥をかいただけに終わってしまうとは。
ここは召喚魔術を見せて一気に名誉挽回したいところです。
「あらぁ、可愛いクマちゃんねぇ!」
ジンはリビングに入るなり、ソファーに座ってアニメを観ていたテディベアーのキリトを抱き上げました。
「誰でありますか⁉」
「あらあらまぁまぁ! おしゃべりもしちゃうの? 可愛いわぁ~!」
「やめるであります! オッサンに抱っこされる趣味は無いであります!」
「んまぁ、お口の悪いクマちゃん! でも可愛いから許しちゃう♪ アタシは魔人のジンちゃんよ~。こう見えてもランプの魔人なのよ。あなた、お名前は?」
ジンがキリトをソファーに降ろすと、彼は仕方無さそうに自己紹介しました。
「小生はキリトであります。この家で居候させてもらってるでありますよ」
「あらぁ、そうなの。アタシはジェル子ちゃん達のお友達なの。あなたともお友達になりたいわぁ♪」
「お友達以上にはならないであります」
「うふふ、私もダーリンが居るからそれは無理ねぇ」
ジンはクスクス笑って、撮影を再開しました。
ワタクシはカメラを意識しながらリビングの床に魔法陣を描き、芝居がかった口調で語りました。
「さぁさぁご覧ください! 今から召喚するのは、なんとワタクシが契約している恐ろしい骸骨です! 剣の達人なので何でも瞬時に切り裂いてしまうことでしょう!」
頼みましたよ宮本さん……!
しかし、魔法陣から出てきたのは正座してズズーッとお茶を飲んでいる宮本さんの姿でした。
「ジェル殿。何か御用でござるか?」
「あぁぁぁぁ! そんな気はしてました!」
首をかしげる宮本さんを魔界に送り返して、次に何を召喚しようかと考えている間にアレクが「俺も召喚使えるぞ!」とカメラに向かって言い始めました。
「ちょっと、アレク! 主役はワタクシですから! それにアレクは召喚なんてできないでしょう?」
「できるぞ。まぁ見てろ」
アレクはポケットからスマホを取り出して、どこかへ電話し始めました。
「もしもし? 今、時間ある? ――うん。そうなんだよ、今すぐ来たらたぶん面白いと思うぞ」
瞬時に目の前の空間がぐにゃりと歪んで、黒いマントにギラギラパンツ一丁のフォラスの姿が現れました。
彼は見た目こそ変態マッチョですが、ワタクシ達兄弟の後見人であり、魔界でも有力な悪魔の一人です。
「愛し子達よ! この父が来たからには安心であるぞ!」
「あらまぁ、マッチョなおじさま♪ ダンディだわぁ~!」
「ヌゥ……そなたもなかなか立派な大胸筋ではないか!」
フォラスとジンがそんなことを言っている間に、店の方から声がして氏神のシロまでやってきました。
「アレク兄ちゃん! 用事って何? ……勝手に入るよ~。えっ、何この状況⁉」
――こっちが聞きたいです。
「どうだ、お兄ちゃんの召喚魔術は!」
「単に電話で呼んだだけじゃないですか!」
呼び出したはいいけども、どうしたらいいんでしょう。
「アレク兄ちゃん、飲み会でもするの? お酒どこ~?」
シロの言葉にフォラスが反応しました。
「おお、異国の神よ! 酒が好きであるか!」
「お酒ならアタシも用意できるわよ~♪」
ジンが魔法でテーブルの上にビールとワインを出すと、フォラスも同じようにパンツからウイスキーやブランデーを出してテーブルに並べます。
「僕、日本酒がいい!」
シロのリクエストで彼らが日本酒をテーブルに出現させると、シロは満足そうにソファーに座りました。
「今日はお客さんが多いでありますねぇ。小生は未成年でありますから飲み会は遠慮するでありますよ」
人の多さにげんなりしたキリトがリビングを出て行こうとしたのを、シロが抱きかかえました。
「このクマさん面白いね、霊がついてる。よかったら僕が成仏させてあげようか?」
「やめるであります!」
「だったら君も飲もうよ」
「物理的に飲めないでありますよ」
「そっかー、残念」
そうこうするうちに飲み会が始まって、どんちゃん騒ぎとなってしまいました。
「結局、撮影はうやむやになってしまいましたねぇ……」
その日撮影された映像を、適当にジンが編集して映画監督に持って行ったところ「B級ギャグ作品」として監督は大いに楽しんだそうです。
しかし、あまりにも内容がグダグダすぎて、ハリウッドどころか世に出ることもなかったのは言うまでもなかったのでした。
次回の更新は8月6日(土)です。
いつも読んでくださりありがとうございます。毎日暑い日が続きますのでくれぐれもお体に気をつけてくださいね。




