61.天狗の隠れ蓑
なぁなぁ、前に山で天狗さんに会った話をしたことあるの覚えてる?
俺さ、またあの山に行ったんだよ。
前に行った時はジェルの体力が限界で、看板全部見られなかったからな。
気になってお兄ちゃん、もう一回行ってみた。
そしたらまた天狗さんに会えたんだ。
「ほう、あの時の人間か。どうした? 天狗見習いになりたいのか?」
「いやいや、そういうわけじゃねぇんだけど。あ、俺、アレクサンドルって名前なんだ。よろしく!」
俺は天狗さんに挨拶をして、残りの看板を見に来た話をした。
「そうか。まぁここで会ったのも何かの縁だ。ひとつアレクサンドルに聞きたいのだが。――もし自分が透明になったとしたら、何をしたい?」
「えっ? 透明?」
いきなり変なこと聞くなぁ。
でも天狗さんの顔は冗談を言っている感じには見えない。
「うむ。どんなことをしても他人には見えないから、何でもできるぞ。それこそ、金を盗もうが人を殺そうがわかりはしない」
「そんなことしねぇし! そうだなぁ……あえて言うなら、ジェルを驚かせたいかな」
「そんなことでいいのか。思った以上に無欲な人間だ、ちょうど良い」
「何がちょうど良いんだ?」
「まぁ付いてくればわかる」
そう言って天狗さんは、持っていたでっかい葉っぱみたいなうちわでバサバサと俺に風を送った。
すると俺の体は、びゅんって空を飛んで、気が付けば山の頂上に立ってたんだ。
「うわ、すげぇ! ジェルの転送魔術みてぇだな」
「アレクサンドルよ、これを見ろ」
目の前には、腰の部分にスマホみたいなサイズの箱型の機械がついた全身タイツみたいなのがある。
「なんだこれ?」
「これが新素材で開発された天狗の隠れ蓑だ。難燃性でスタイリッシュでナウなヤングにもグッドルッキングだ」
「天狗さん、無理して横文字使わなくていいぞ」
俺は隠れ蓑を手にとってみた。薄くて黒い布が全身だけでなく顔の部分まで覆うようにできている。
「今から、その隠れ蓑をそなたに着てもらう」
「えっ、この全身タイツ、俺が着るのか?」
「この隠れ蓑はまだ試作段階でな。ちょうど被験者を探していたのだ。どうだ、透明になってみたくないか?」
確かに透明になってみるのは楽しそうだ。俺は喜んで協力することにした。
「じゃあ、早速着てみるか……うわ、これ結構キツそうだな」
「実は、服を脱いで着用してもらわねばならんのだ」
「マジかよ。パンツは、はいてていいのか?」
「そのぐらいなら大丈夫だ。おおっ、そなたの下着はこれはまたずいぶんと派手であるな……近頃のヤングにはそのような下着が人気なのか」
天狗さんは、キラキラと光り輝くビキニパンツを眩しそうに見ながら、着替えを手伝ってくれた。
全身タイツみたいなデザインのくせに予想以上に伸縮性がいまいちで、自分だけで脱ぎ着するのは難しそうだ。
10分くらいかけてどうにか着ることができた。
「では、その腰に付いている機械のスイッチを入れてみてくれ」
指示通りボタンを押すと、俺の手足の先がどんどん見えなくなっていく。
それはあっという間に全身に広がっていった。
「おお、成功だ! アレクサンドルの姿が完全に透明になったぞ!」
「すげぇ……それで、この後はどうしたらいいんだ?」
「服はワシが預かっておくゆえ、自由に行動してもらえればいい。ただし、ひとつだけ気をつけてもらわねばならんことがある」
「なんだ?」
「それは電力で動いている。バッテリーの残量が無くなるまでに帰って来るのだ」
どうやら、腰の小さな箱がバッテリーらしい。
それが切れると透明じゃなくなってしまうということか。
「充電したばかりなので、おそらく5時間はもつであろう。透明化が切れそうになったら自動的にこの山に戻されるようになっておるので心配無い」
まぁ5時間もあればいろいろ遊べそうだし、大丈夫そうだな。
「じゃあ、ジェルのところに行ってくる!」
「そなたの家か? ――ならば送ってしんぜよう」
天狗さんは俺の声がした方向に向かって、うちわで風を送った。
風を受けた俺の体は、またびゅんっと空を飛んで、一瞬で自宅の前に戻っていた。
どういう理屈かわからないけど、便利な力だなぁ。
「さて、ジェルを驚かせてやるとするか……」
店の扉は開けると大きな音がしてしまうから、別のところから入ったほうが良さそうだ。
俺は音を立てないように静かに外側から自分の部屋に回りこんだ。
窓は鍵が開いているから簡単に入れる。
「よし、まずは第一段階クリアだな」
部屋の中に鏡があったので試しに自分の姿を見てみたが、本棚や壁が見えるだけで俺の姿は映らなかった。
鏡に映らないというのは、なんとも不思議な感覚だ。
ジェルを探しがてらリビングを通りかかると、ソファの上に座ってテレビを観ているキリトの姿があった。
中身こそ俺と同じオタク男子だが、外見は小さなテディベアだからとても可愛らしい。
――よし、まずはキリトを脅かしてやろう。
テーブルには漫画が積まれていて一緒にパン男ロボのおもちゃが置いてある。
今朝、俺が片付けずに置いていったやつだ。
キリトは、まったくこっちに気づかずにテレビに集中している。
俺はパン男ロボを手にとって、彼の目の前に近づけてみた。
「わっ、なんでありますか⁉」
キリトの目には、急にパン男ロボが宙に浮いて近づいてきたみたいに見えたはずだ。
「ロボが浮いて……ひぇぇぇえ!」
驚く彼にさらに見せ付けるように、俺は空中でロボをぶん回した。
「ポルターガイストであります! 幽霊でありますか⁉ 怖いであります!」
――いや、幽霊はキリトの方なんだが。
彼は慌ててクッションの下に逃げ込んでしまった。
本気で怖がってるみたいだし、可哀想だからネタばらししてやるか。
俺はクッションに顔を近づけてささやいた。
「キリト、俺だ。アレクだ」
「……アレク氏⁉」
「しっ、声がでけぇ。静かにしろ」
「アレク氏、死んじゃったでありますか? 早く成仏するであります」
「意外とドライなんだな」
お兄ちゃんはキリトが成仏した時は悲しかったんだけどなぁ……と思いつつ、状況を説明した。
「最新式の天狗の隠れ蓑でありますか? 姿がまったく見えないであります」
「すげぇだろ。今からジェルを驚かせてくるから、キリトは静かにしてろよ?」
「了解であります。あっ、ジェル氏がこっちに来るでありますよ!」
足音がして、ジェルが洗濯かごを抱えてリビングに入ってきた。
どうやらテラスで洗濯物を干すつもりらしい。
我が家の洗濯機は乾燥機もついてるのに、どうしたんだろうか。
「もう、またこんなに散らかして……」
ジェルは、テーブルの上に乱雑に積まれた漫画とロボを見て顔をしかめた。
「小生ではないであります。アレク氏であります」
「えぇ、わかってますよ。後で片付けておきますかねぇ……はぁ」
「ジェル氏、お洗濯でありますか?」
キリトの問いかけに、ジェルは洗濯かごの中身を彼の方に見せた。
俺のビキニパンツが10枚くらい入っている。
後で洗おうと思って置いておいたやつだ。
「アレクが悪趣味なパンツをそのままにしておくから、気になって洗ったんですけど……このパンツ、ラメやスパンコールのせいで手洗い必須だし、乾燥機が使えないからめんどくさいんですよねぇ。洗濯は自分でしなさいって言ったのに、今日も山に出かけるからって居なくなるし――」
「ジェル氏はダメ男製造機であります」
キリトが辛らつな言葉をボソッと吐いたが、ジェルはそれに気づかず延々愚痴を言いながら、テラスの方へ歩いて行った。
俺も音をたてないようにこっそり後を付いていく。
「さて、しょうがないから干しますかね……」
――よし、ジェルの前でこのギラギラパンツを宙に浮かせて驚かせてやろう。
そう思って洗濯かごに手をつっこんだその時。
「いやぁぁぁ!!!! パンツが宙に!」
……えっ、俺まだ何もしてないんだけど。
とっさに自分の股間を見たら、なぜかギラギラ光るパンツが見えた。
俺が今はいているやつだ。
なんで? なんでだ。なぜかそこだけ中途半端な透け方なのかパンツだけが見えている。
もしかしてバッテリーが切れかけてるのか?
「またパンツに命が宿ったんですかね……忌々しい!」
「まて、ジェル。誤解だ、俺だよ! アレクだ!」
「アレクの声でしゃべってる! やっぱり命が宿ったんですね!」
「違うって!」
俺はとっさに隠れ蓑を脱ごうとした。
でもこれ、着るときもめちゃくちゃ苦労したから脱ぐのも簡単じゃねぇんだ。
うぇぇぇぇ、どうしよう。
「またワタクシのことを狙っているんですね……ギラパンは死すべし!!!!」
ジェルは立てかけてあった布団叩きを手にして、俺の股間めがけて思いっきり振りかぶった。
バシンッ!!!!
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」
……股間の痛みに、ただうずくまることしかできない。もうダメだ。
神様、これからはちゃんと自分でパンツ洗うから助けてくれ!
すると次の瞬間、俺の体は風に包まれてあっと言う間に空を飛んだ。
気が付くとそこは山の頂上で、天狗さんが目の前に居る。
「すまん、バッテリーの充電が不十分であったようだ」
「マジかよ……おかげで酷い目にあったぞ」
「おかげで貴重なデータが取れた。感謝する」
隠れ蓑は、天狗さんに手伝ってもらって無事に脱ぐことができた。
あぁ、助かった。
「では、家に送ってしんぜよう」
「おぉー、ありがとなー!」
この時、俺はまったく考えてなかったんだ。
キリトがジェルにネタばらししたせいで、ジェルがお説教する気満々で待ち構えていることを。
それに気づいたときには俺の体は再び、空を飛んでいた。
次回の更新は6月4日(土)です。
ここまで読んでくださりありがとうございました!




