60.魔界のライブカメラ
その日、我が家のリビングではスマホを見てはしゃぐ兄のアレクサンドルと、テディベアのキリトの姿がありました。
「おっ、すげぇ! キリンきた!」
「これはレアでありますね~!」
「……二人とも、何を見てるんですか?」
「ライブカメラだよ。砂漠に水場を作って、水を飲みに来てる動物を撮影してそのまま放送してるんだ」
アレクが差し出したスマホには、キリンが前足をハの字に広げて姿勢を精一杯低くしながら水を飲んでいる光景が映っています。
「これは珍しい光景ですねぇ。キリンは日ごろ食べている植物の水分だけで平気なんで、あまり水を飲まないらしいんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
キリンが立ち去ると、今度は長い角を生やしたオリックスの群れが水場を占拠しました。
「ちぇー。またオリックスかよ~」
「また、ってことはよく来るんですか?」
「いつ見てもだいたいオリックスが映ってるな。ゲームで言うところのコモン枠だ」
「じゃあ、さっきのキリンはとても珍しいんですね」
「SRくらいじゃねぇかな」
「ということは、もっと上があると……」
キリンより珍しいとなると、ゾウやライオンくらいしか思いつかないのですが、いったいなんでしょう。
「SSRは、メンテナンスにやってくる人間であります! めったに来ないんで超レアでありますよ!」
キリトがふわふわのクリーム色の手を振りながら答えました。
「なるほど。動物よりも人間の方が珍しいとは……まぁ砂漠ですからねぇ」
それにしても、家に居ながら遠い場所の出来事がリアルタイムで見られるのは便利です。
ワタクシのように、出かけることを基本的にめんどくさいと思っている人には、うってつけではありませんか。
「もっといろんな場所のライブカメラを見てみたいものですね」
「たしか渋谷の交差点もあったはず――」
そんなことを言っていると、目の前の空間がぐにゃりと歪んで転移魔術の気配がしました。
あぁ、もしかして……
「ハッハッハッ! 愛し子達よ1ヶ月振りだなッ!」
「フォラス!」
そこには黒いマントにギラギラパンツ一丁の体格が良い中年男性の姿がありました。
この変態がワタクシ達の後見人であるかと思うと、めまいがしそうですが、一応偉い悪魔だったりします。
「おっちゃん! また観光に来たのか?」
「いや、先月来た時にお土産を渡すのを忘れていたのでな」
そう言って、彼はギラギラパンツの中に手をつっこんで、そこから手品のようにシュルリとモニターのような物を取り出し、テーブルに置きました。
前もそうでしたけど、取り出すのは股間からじゃないとダメなんですかね……?
「なんだこれ? テレビか?」
「魔界のライブカメラの専用モニターだ。娯楽に飢えた悪魔たちに大人気の品であるぞ」
「へぇ、そっちでもライブカメラが流行ってるんですねぇ」
「ジェルマンよ、これはただのライブカメラではない。なんと、視聴者のゆかりの地がピンポイントで映る仕組みになっているのだ」
視聴者のゆかりの地。つまり縁があったり、今までに行った事がある場所だけ映る、ということでしょう。
自分の知っている場所なら、なおさら興味深く観られるかもしれません。
「それは面白そうですね」
「うむ、そうであろう。我もスポンサーとして出資している。大いに楽しむが良い」
フォラスは、ワタクシ達にモニターの使い方を教えると、帰って行きました。
どうやら本当にお土産を渡す為だけに来たようです。
「アレク氏、ジェル氏。魔界がどんなところなのか見たいであります!」
キリトは興味津々でテーブルの上に飛び乗って、モニターの前にちょこんと座りました。
「せっかくだから、観てみるか」
「そうですね」
モニターのスイッチを入れてみると、真っ黒だった画面がゆっくりと光り始めます。
しかし、そこに映ったのは、ボディビルダーのように筋肉を誇示しながらプロテインの紹介をするフォラスの姿でした。
画面の右下に『ライブ映像は広告動画の後に放送されます』とテロップが表示されています。
『ヌン、このプロテインで今日から貴様もマッスルだ!』
フォラスのセリフと共に、パパーン! と安っぽい効果音が流れて、プロテインの缶がアップになりました。
『フォラス様ご推薦のスーパープロテイン! お求めはこちらから――』
スイッチをオフにしようかと思ったその時、画面が切り替わり、見たことのある風景が映りました。
たくさんのライトに照らされた美しい水面に平たく磨き上げられた白く大きな大理石。
「おや、ここは河童の沼じゃないですか」
そこには楽しそうに水遊びする河童たちの姿がありました。
色が白く頭に皿があって、背中に甲羅と手に水かきがある以外は人間そっくりの姿。
その腰にはアレクがプレゼントしたギラギラビキニパンツが光に反射してキラキラ輝いています。
「河童さん達、パンツはいてくれてるんだなぁ」
「どうしてアレク氏と同じパンツでありますか? フォラス殿もそうだったし、もしかして流行ってるんでありますか?」
「おう、大人気だぞ! キリトもはいてみたいか?」
「遠慮しておくであります」
キリトが冷静な判断をしたことにホッとしました。
これ以上、下品なパンツの信者が増えては困ります。
「あっ、画面が切り替わったでありますよ!」
そこに映ったのは、また筋肉を誇示しながらプロテインの紹介をするフォラスの姿でした。
『ムンッ! 運動の前にはプロテイン……運動の後もやはりプロテインであるッ!』
『フォラス様ご推薦の――』
「はぁ、また広告ですか……」
「これもしかしてワンシーンごとに観ないとダメなやつか」
「あのクソマッチョ、どれだけ筋肉とプロテインを見せたいんですかね」
ウザい広告動画が終わって、その次に映ったのは満開の花を咲かせる桜の木々でした。
その中でも、ひときわ立派な木の根元に寄り添うように座って微笑んでいるのは、赤い髪の可愛らしい女の子です。
その腕にはめられた翡翠の腕輪には見覚えがありました。
「おや、あれは炎の精霊ですね。炎の力が強すぎて恋人の桜の木に近づけなくて困っているので魔力を抑える翡翠の腕輪をプレゼントしたあの子ですよ」
「そういえば、そんなことがあったなぁ。――ってことはあの桜の木は彼氏の魔界桜か。いいなぁ……」
「リア充うらやましいでありますね。ねっ、ジェル氏」
「別にワタクシは羨ましいなんて思いませんけども。まぁ幸せそうで良かったんじゃないですかね」
するとそこへ、見覚えのある小さな姿がやってきました。
オレンジ色のカボチャ頭のジャック・オー・ランタンのカップルです。
大きなランタンと小さなランタンは仲良く手を繋いで、桜を見ながら何か話しています。
どうやら二人でお花見デートに来たのでしょう。
「あっ、ランタンがいちゃつきだしたぞ。おいおい、画面内のリア充チャートがうなぎ上りじゃねぇか」
「別に羨ましくなんて……」
「あっ、チューしたでありますよ!」
「リア充死すべし!!!!」
「やばい、ストップ高だ! ジェル、落ち着け!」
「ジェル氏が限界突破であります!」
モニターのスイッチをオフにしようとすると、アレクとキリトに阻止されました。
「ほら、クールダウン、クールダウン。よーしよし、お兄ちゃんがアイス持ってきたから、それ食って落ち着こうな」
「むぐっ……」
アイスを口に入れながらリア充達の様子を眺めていると、再び画面が切り替わりました。
『ヌン! 微妙に不味い気がする! もう一杯!』
『フォラス様ご推薦の――』
「あぁぁぁぁ!!!! プロテインはもういいんですよ! 広告をスキップする機能は無いんですか⁉」
「だから落ち着けって! 無料サービスってそういうもんだから!」
イライラしながらモニターをにらみつけると、画面が切り替わって、古いアパートの一室が映し出されました。
「えっ、この部屋は……」
そこに居たのは着物姿の骸骨です。
「宮本さんだ!」
「誰でありますか?」
「ジェルが契約してる骸骨だよ。俺も何度か会ったことあるけどすげぇ良い人でさ」
「以前に骨に良い栄養ドリンクが売れずに困ってた時も、快く買い取ってくださいましたからねぇ」
あの時は、部屋が在庫のダンボールでいっぱいになって困っていたんで、たくさん買い取ってもらえて本当に助かりました。
「しかしこのライブカメラ、プライバシーもクソもありませんねぇ」
宮本さんは、どうやらこれから食事をするようでした。
食卓の上にあったのは煮干とチーズ。
そしてワタクシから買い取った「骨に良い栄養ドリンク」が置かれています。
「あのドリンク、まだ在庫残ってたんだ」
「みたいですねぇ。売れ残ったから自分で消費してるんだと思います」
しかし、宮本さんは食卓に座り、栄養ドリンクに手を伸ばしかけたかと思うと、ぴたりと手を止めて煮干を食べ始めました。
そして煮干とチーズを食べ終わりましたが、一向に栄養ドリンクには手をつけようとしません。
「どうしたんでしょうねぇ?」
「飲むのをためらってるんじゃねぇかな。あのドリンク、のたうち回るレベルでクソ不味いから。お兄ちゃんも飲んだ時、死ぬかと思ったし」
「確かにドブ川を煮詰めたみたいな生臭さと、遺伝子レベルで拒否したくなるような苦味とエグみがありますからね……」
「なんでジェル氏はそんな物を売りつけたでありますか」
しばらくすると、宮本さんは何かを決心したようにドリンクを持って立ち上がりました。
「宮本さん、がんばってください……!」
ワタクシは祈りながら画面に声をかけました。
しかし、彼はドリンクを冷蔵庫にしまって、代わりに牛乳を取り出して飲み始めたのです。
「あぁぁぁぁ!!!! そんなに嫌だったんですか⁉」
「まぁ、確かにあのマズさを我慢するくらいなら、牛乳でいいよな……」
宮本さん宅の冷蔵庫に栄養ドリンクがあと何本残っているかわかりませんが、きっと苦労して消費したに違いありません。
本当に彼には申し訳ないことをしてしまいました。
とりあえず近日中に、菓子折りでも持って彼の家を訪問しようと思ったワタクシなのでした。




