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6.そんな奇跡ありですか!?

 それは粉雪がちらつく寒さの厳しいある日の出来事でした。

 アンティークの店「蜃気楼しんきろう」の店内では品物の整理をするワタクシと、棚にハタキをかけ元気に掃除をする兄のアレクサンドルの姿がありました。


「お手伝い~お手伝い~♪ 俺はハタキ~♪ ふわふわハタキ~♪」


 アレクはなにやら歌を歌いながら棚についたほこりを落としています。おそらく言葉を思いつくまま適当に歌っているのでしょう。

 彼は子どもがそのまま大きくなったみたいな人なので、そういうことはよくあるのです。


「ジェル、終わったぞー!」


「お疲れ様です。そろそろティータイムにいたしましょう。手を洗ってらっしゃい」


「おう!」


 休憩にリビングで紅茶とおやつのスルメをいただきながら、アレクとワタクシはとりとめなく話をしていました。


「しかしジェル……なんでティータイムなのにスルメなんだ。スコーンとかケーキとか無いのか」


「無いですねぇ。たまたまキッチンにあったのがスルメだったもので」


 上品な青色のウェッジウッドの皿の上には、茶色く細長いスルメが乗っていました。前にアレクがお酒のおつまみにと買ってきたものです。


「ジェルってケーキでもスルメでもラーメンでも、どんな時でも紅茶だよなぁ。しかもすげぇ甘いミルクティー」


 えぇ、ワタクシはとても紅茶が好きでして、彼の言う通りどんな物をいただく時も必ず紅茶なのです。特に塩気の物をいただいた時の甘いミルクティーの美味しさは格別だと思います。


「紅茶じゃいけませんか?」


「いや、いいんだけど。俺の部屋にクッキーとか無かったかなぁ……あぁ、こないだ食っちまってたわ」


「ワタクシ、ヨックモックのシガールが食べたいです」


「お兄ちゃんはビスコが食いたい」


 そんなことを言いながらスルメを噛んでいると、アレクがふと思い出したように言いました。


「そういやさ、最近俺の部屋で気になることがあってな」


「どうしたんです?」


「うーん、見せた方が早いからちょっと待っててくれ」


 そう言って、彼は自分の部屋から猿を模ったような茶色い仮面を持ってきたのです。

 アレクの部屋には彼が各地で集めた民芸品がたくさん飾られていますから、きっとこれもそのひとつなのでしょう。

 仮面にはいろんな模様が描き込まれていて、色は控えめなものの派手な装飾が施されています。


「色合いといいデザインといい、インドネシア方面の文化を感じる品ですね」


「あぁ、これパプアニューギニアの山奥の部族の族長さんにもらったんだ」


「なるほど、そうでしたか」


「これがさ……部屋に置いとくと時々、カタカタ、カタカタって揺れるんだよ」


「揺れる?」


 なんでも、アレクが部屋に居ると何かを訴えるかのように仮面がカタカタ揺れるんだそうです。何か原因に思い当たるようなこともなく、特にタイミングも決まっておらず、急に揺れ始めるんだとか。


「それ以上のことは何も無いんだけど、最近すげぇカタカタするから気になっちゃってさ」


 カタカタと揺れるからには何か理由があるのでしょう。

 でもワタクシがその仮面を鑑定した限りは、呪いがかかっているとかそういったことは何も無いのです。


「不思議なこともあるもんですね。でも呪いの類はありませんし、様子をみてはいかがでしょう?」


「うーん、そっかぁ。じゃあしょうがないかな……」


 そしてその日はそのまま何事もなく、一日が過ぎたのですが。


 ――翌朝、事件は起きました。


「おい、ジェル! 大変だ‼」


「なんですかアレク……朝から騒々しい」


 ワタクシがリビングで紅茶を飲んでいると、アレクが昨日の仮面を持って慌ててやってきました。


「こいつしゃべった!」


「えっ⁉」


 彼いわく、仮面が突然「飛ばすな!」と大声で喋ったらしいのです。


「まさか、そんなわけないでしょう。夢でも見て寝ぼけてたんじゃないですか?」


「いや、ホントだってば!」


 アレクは真剣な顔で訴えます。

 ワタクシは仮面を受け取り、軽く表面を撫でながら優しく話しかけてみました。


「兄はそう言っておりますが、あなたは言葉が話せるのでしょうか……?」


『せやな』


 ――せやな⁉ これはいったい……?


『話せるようになった』


「えぇっ⁉」


「やっぱり話せるんじゃねぇか!」


 先日見た時は何の変哲もない仮面で、一言も話したりしなかったのに。なんとも不思議なこともあるものです。


「話せるようになったというのはどういうことでしょうか?」


 ワタクシの問いに、仮面は自分の経歴を語り始めるのでした。


『ワイは元々、部族の勇敢な戦士に与えられる物なんや。そっちの黒髪の兄ちゃんの手で遠い異国の地へやってきた。最初は新しい場所での暮らしも悪くない、そう思ってたんやけど――』


「けど……?」


『その兄ちゃんのデタラメな歌が気になって気になって……』


「アレクの歌が⁉」


『せや。毎日違う歌やねんけど、全部なんやねんそれって言いたくなるような歌ばっかりで、ツッコミたくてイライラしとってん』


「もしかしてカタカタ揺れていたのはアレクの歌にイライラしてたから?」


「マジかよ……」


 思ってもみない方向からのダメ出しに、アレクはショックを受けているようでした。

 たしかに彼の歌は思いつくまま歌っているようでしたから意味なんてないでしょうけど、そんなにツッコミたくなるようなものだったとは。


『せやけど、ワイは仮面やから声を出すなんてできひんやろ』


「まぁそうですねぇ」


『でもなぁ、奇跡ってあるんやなぁ。今朝その兄ちゃんが最高にクソな歌を歌いよったから、思わずツッコミ入れたら声がでたんや!』


「なるほど。それが『飛ばすな!』と大声で喋ったというアレクの話に繋がるわけですか」


 これで納得がいきました。


「しかし何が飛ばすな! なんでしょうねぇ……最高にクソな歌とは――?」


 そう言いながらアレクの方を見ると、彼は急にそわそわし始めました。


「いや、それは……別に知らなくてもいいじゃねぇか」


「いえ、気になります。教えてください、アレクは何と歌っていたのですか?」


 ワタクシの問いに仮面はうーん、と少し考えた後に、軽い調子でアレクの歌を再現してみせました。


『ちーんちん♪ ぶーらぶらそーせーじ~♪ ジェルのちんちん飛んでった♪』


「飛ばすな!!!! ……あ、たしかにこれは『飛ばすな!』とツッコミたくなります!」


『せやろ‼ 毎日こんなん聞かされるんもうイヤや! ワイ、国に帰りたい!』


 ――なんともしょうもない理由で奇跡がおきたものです。

 ひとまず仮面は、パプアニューギニアの元の部族のところへアレクが責任を持って返しに行くことになりました。


「まったく。アレクのせいで、いわく付きのお品がこの世に増えてしまったじゃないですか!」


「えー! 俺のせい⁉ でもまさかそんなことになるなんて普通思わねぇだろ!」


「確かにそうですけど……」


「しかしなんで仮面は関西弁しゃべってたんだろうな」


「さぁ……ツッコミたいという気持ちに呼応した結果じゃないですかね。ツッコミって関西弁なイメージですし」


 その後、仮面は謎の言葉を話す宝物として部族の中で大切に保管され、イライラすることもなく穏やかに暮らしているそうです。

※読みやすさを考慮して、話の順番を入れ替えしました。

この話は旧9話で、変更前の6話は「婚約者はジェル子ちゃん!?」です。


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