53.注文の多い弟(挿絵あり)
芸術の秋、というわけなのかどうかは知りませんけども、アンティークの店「蜃気楼」に絵を売ってほしいという商談がきたのは、残暑が続くある日のことでした。
「それでねぇ、知り合いのギャラリーに飾る絵を調達するように頼まれたのよ。ジェル子ちゃん達のコレクションならきっとすごいのがあるでしょう?」
「ジンの欲しいお品かどうかは判りかねますが、すごいと言えばすごいのはありますねぇ」
「あら~さすがジェル子ちゃん! 頼りになるわ~♪ じゃあ早速見せてくれるかしら?」
ワタクシの返事に、魔人のジンは微笑みました。
彼は口調こそ柔らかいオネェですが、世界を飛び回る優秀な商売人でうちのお得意様です。
「アレク、倉庫からあの絵を持って来てくれませんか」
ワタクシは店の棚にハタキをかけていた兄のアレクサンドルに声をかけました。
「あれか? やめておいた方がいいと思うけどなぁ……」
アレクは渋りながらも、倉庫から厳重にビニール袋で覆われた絵を持ってきました。
「あらぁ、ずいぶん酷い保管の仕方なのねぇ」
「これには事情がありまして。絵に描かれた風景があまりにも臨場感があって、なんと絵から匂いがするのです」
「匂い?」
「えぇ、そのせいで見た人はまるで自分がその場に居るかのような錯覚すら感じるのですよ」
「すごいじゃない! そんな絵があったらきっと話題になるわね。ぜひ売ってちょうだい!」
ジンは目を輝かせながら、電卓を取り出します。
「おいおい、ジンちゃん。絵を見てからにした方がいいぞ」
アレクがそう言いながら、ビニール袋の封を開いた瞬間、店の中に悪臭が立ち込めました。
「キャッ、臭っ! 何よ、この酷い臭い……」
ジンは両手で鼻を覆いながらも絵を覗き込んで、顔をしかめました。
そこには草むらに円形の巨大な茶色いツボが埋まっている絵が描かれています。
「これは伝統的な農業設備を描いた絵でして……肥溜めですね」
「こ、こえだめ……」
「要はウンコとションベンだな」
アレクがハッキリ言った瞬間、ジンは悲鳴をあげました。
「いやぁぁぁぁ! アレクちゃん、今すぐ封をしてちょうだい!」
「やっぱりそうなるよなぁ……」
アレクが眉をひそめて絵を元通りビニールで厳重に何重も封をしているのを見ながら、ワタクシは黙って窓を開けて換気しました。
「ちょっと、なんてものを見せるのよ!」
「だから言ったじゃないですか。“ジンの欲しいお品かどうかは判りかねますが、すごいと言えばすごい”って」
「……それで、他には無いのかしら?」
「そうですねぇ。アレク、あの子の絵を持ってきてくれますか?」
アレクは「大丈夫かなぁ」と言いながら、倉庫から布に覆われた絵を持って来ました。
「これはちょっといわく付きなんですけど」
「あら、見た人に呪いでもかかるのかしら?」
「そういうのでは無いのですが。とりあえずご覧ください」
ワタクシが覆っていた布を取ると、そこには椅子に座っている少女の絵がありました。
「あらぁ、可愛いわねぇ! ステキな絵じゃない。どの辺がいわく付きなのかしら?」
「実はこの絵は夜中に人物が絵から抜け出して歩くんですよ。朝には元に戻ってるんですけどね」
こんないわく付き、売れるわけがないと思って布で覆って倉庫で眠らせていたのですが。
「そうねぇ。じゃあその絵を買おうかしら」
「おい、ジンちゃん! ジェルの言った通り、ホントにその絵の女の子は夜になったら歩くんだぞ! 俺も見たからマジだぞ⁉」
「いいのよぉ~、どうせギャラリーは昼間しか営業してないし。朝には普通の絵に戻ってるなら問題ないわ」
――そういう問題なんでしょうか。
まぁ売れるならこっちも儲かるので助かりますが。
「でもこれだけじゃ、枚数が足りないわねぇ。せめてもう1枚あるといいんだけど」
「あと1枚、ですか……」
ふと、ワタクシはギャラリーに自分の肖像画が飾られている光景を想像しました。
美しいワタクシがモデルなら、きっと素晴らしい芸術作品になるはずです。
「ワタクシの肖像画というのはどうですかね?」
「それは面白そうねぇ。ジェル子ちゃんがモデルならきっと綺麗な絵でしょうし」
問題は誰に描かせるかなのですが、幸いアレクは絵が上手いので彼に任せれば問題ないでしょう。
以前、彼は魔女の護符の絵を描いて神様を大満足させた経験があります。
その画力は折り紙付きと言えるでしょう。
「ねぇ、アレク。ワタクシの肖像画を描いてくれたら、今日の晩御飯を特大ハンバーグにしてあげますよ」
「ホントか! じゃあ描く!」
彼はハンバーグに釣られて、あっさり承諾しました。
「それじゃ、出来上がったらギャラリーに直接納品してちょうだい。後はよろしくねぇ♪」
「おう、お兄ちゃんに任せろ!」
――こうして、アレクがワタクシの肖像画を描くことになったのですが。
「ちょっとアレク、なんですかその肌の色は。ワタクシはもっと透明感のある美しい肌だと思うのですが」
「いや、こんなもんだと思うけどなぁ」
アレクの描く絵は、ワタクシの美しさを適切に表現しているとはいいがたいものでした。
「ワタクシの目はもっと大きくて、キラキラしていてまつ毛が多いと思うんですが」
「これ以上キラキラのバサバサにしたら気持ち悪いだろ。鏡見て言え」
ワタクシは言われた通り、自分の姿を鏡に映して見つめました。
宝石のような青い瞳に、この世の美をすべて集めたような気品のある顔。
神に祝福されたかのようなしなやかで美しい金髪。陶器のように滑らかな肌。触れたら壊れてしまいそうな繊細な体つきに、華奢な手足。
いかに絵の上手いアレクといえども、絶世の美青年と言っても過言ではないパーフェクトなワタクシの姿を正確に描くのは、やはり難しいのでしょうか。
「じゃあ、まつ毛と目はそれで良いとして。もっと高貴な感じにしてください」
「高貴ってどんなのだ」
「なんというか、主役感のある圧倒的オーラで」
「そんな曖昧なこと言われても、お兄ちゃんよくわかんねぇんだが……」
困惑しながらも、アレクはキャンバスに筆を走らせていきます。
その後も何度も修正を要求することになり、試行錯誤した結果、なんとか肖像画が完成しました。
「お疲れ様です、アレク」
「あー、疲れた! リテイク地獄のクソクライアントめ! もうこれ以上は描かねぇからな! 報酬にアイスとプリンも追加しろ!」
アレクは完全にふてくされた様子で、リビングのソファーにごろんと横になりました。
さすがにちょっと無理を言いましたかねぇ。
でも夕食の巨大ハンバーグ見た瞬間、彼は即座に機嫌を直してガツガツと食べ、デザートのアイスとプリンも笑顔で綺麗に平らげていたのできっと大丈夫でしょう。
後日、豪華に額装した肖像画はアレクの手によって梱包され、オープンしたばかりのギャラリーへと運ばれて行きました。
――とりあえず、これで今回の案件は終わったわけですが。
ワタクシには気になることがひとつありました。
肖像画の評判です。
アレクは絵が上手いですし、何よりも美しいワタクシがモデルですから、きっと大好評に違いありません。
その様子を実際に見てみたい。そう思うのはいたって当然のことだったのです。
「……なるほど、ここがギャラリーですか」
ワタクシはジンに教えてもらった、街の小さなギャラリーにこっそり足を運びました。
ギャラリーの中は既に先客が何組か居て、静かに絵を鑑賞しています。
ワタクシの肖像画は、その中で一番目立つ場所に置かれていました。
きっと皆、その絵を見てワタクシの美しさに思いを馳せていることでしょう。
しかしお客さん達は絵を見て、なぜかクスクスと笑っているではありませんか。
「何がそんなにおかしいんですかねぇ……」
お客さんが出て行った後で絵に近づくと、すぐ下にタイトルと解説文が一緒に飾られていました。
『注文の多い弟の肖像画』
『見栄っ張りな弟に頼まれてお兄ちゃんが描いた似顔絵。でも盛りすぎて正直別人!』
「なっ……! 失敬な!」
――今夜もアレクにアイスとプリンをあげる予定だったのですが、無しでいいですよね。
ワタクシは無言でギャラリーを後にしたのでした。
次の更新は10月2日(土)です。
ここまで読んでくださりありがとうございました!




