52.インドカレーを食べよう(挿絵あり)
それは夏バテでダラダラと読書をしていたワタクシを見た、兄のアレクサンドルの一言から始まりました。
「ジェル、インドカレー食いに行こうぜ!」
「はぁ? 急にどうしたんですか、アレク」
「こういう時はスタミナつけるのが大事だろ? ちょうどさぁ、近所にオープンしたの見たんだよ! ほら、チラシもあるぞ!」
アレクから受け取ったチラシには銀色の食器に乗ったナンと小さな器に入ったカレーの写真、そしてターバンを巻いたインド人らしき男性がドヤ顔でダンスを踊っている絵が掲載されていました。
「ふーん、たまにはそういうのも悪くはないですが――」
「よし、決まりだ。ほら行くぞ!」
こうしてワタクシは元気いっぱいのアレクに連れられて、近所のインドカレーの店へと足を運んだのです。
店の前には大きなインドの国旗と一緒にメニューが飾られていました。
ちょうど今はお昼のランチセットがあるようです。
「お、いいな。ランチ食おうぜ」
ベルが付いた木製の扉を開けると、カランカランという音と共に、ふわっとスパイスの匂いがします。
店内のスピーカーからはインドの音楽が流れ、壁に貼られたシヴァ神やガネーシャの絵がいかにもインド料理屋という感じです。
「イラッタイマティ~」
「うわ、インド人出てきた」
アレクが当たり前すぎる感想を述べている間に、店員はカタコトでテキパキと接客し始めました。
「何名様デスかー? あ、3名様ネー!」
「え、3人? 俺たち2人だけど……」
「あ、後ろの透けてる人は関係無かったネー!」
「何が見えてんだよ! すげぇ怖いよ!」
思わず後ろを振り返ってみましたが、誰も居ませんでした。
店員は何事も無かったようにワタクシ達を席に案内します。
「こちらのお席にドウゾ~! ハイ、これメニュー!」
店員は手際よくメニューを渡すと水を取りに厨房へと向かいました。
「いや~、やっぱインド人が接客してくれるとそれっぽくていいよな~」
「単純ですねぇ、アレクは。いいですか、こういう日本人向けの店は大半がインド人ではなくネパール人なんですよ」
そんな豆知識を披露していると、急にプルルルルと店の中で電話が鳴りました。
「モシモシ! こちら本格インドカレーナマステガンジスでもネパールヨ! ……あっ、お世話になっております。はい、左様でございますね――」
さっきまでカタコトだった店員は、急に流暢な日本語で電話応対し始めたではありませんか。
「水持ってキタヨ……」
電話を終えた店員は氷水の入った銀色のコップを持ってこちらへやって来ました。
ワタクシ達の視線に気付いた店員は、少し気まずそうに愛想笑いを浮かべています。
「すみません、実は私は日本人でして。顔が濃くてインド人っぽい顔だから採用されただけなんです」
「ネパール人ですら無かった」
「ではさっきはどうしてカタコトで?」
「それっぽくしゃべらないとお客様にがっかりされるので……」
なるほど。どうしても異国情緒を売りにしている以上、それは仕方無いことなのでしょう。
ワタクシ達は気を取り直してメニューを開き、ナンとカレーのセットを注文することにしました。
「じゃあCランチで」
「カレーの種類は? チキン、野菜、日替わりありますよ?」
「日替わりはどんなカレーなんだ?」
店員は視線を空中に彷徨わせた後、確認してくると言って厨房へ戻って行きました。
すると、白いエプロンを身に着けたインド人らしき人物が入れ代わりにテーブルへやって来ます。
どうやら料理人のようです。
「蜀呈カ懃噪縺ェ騾吶>繧医k豺キ豐後?繧ォ繝ャ繝シダヨ」
「え、何ですか?」
「だから、今日の日替わりは蜀呈カ懃噪縺ェ騾吶>繧医k豺キ豐後?繧ォ繝ャ繝シ、ダヨ!」
料理人は大きな声でもう一度言いましたが、何を言ってるのかさっぱりわかりません。
「ワタクシは、多くの書物を通じてありとあらゆる言語に触れてきたはずなんですが……これは何語なんでしょうか」
「世界中旅してるはずのお兄ちゃんも初めて聞いた言葉なんだが」
「なんだか怖いから普通のチキンカレーにしましょうか」
「そうだな」
恐る恐るワタクシ達が「チキン」と答えると料理人は頷いて、さらに聞いてきます。
「カラサワ?」
カラサワ……? あぁ、辛さはどうするかと聞いているんですね。
「カライ、とてもカライ、すごくカライ、インド人も驚く辛さ、象が死ぬレベル」
「象が死ぬレベルってなんですか⁉」
「象さんカワイソウネー」
「なんで食べさせたんですか!」
「冗談ヨ~。食べたのは店長だけネ! 店長、病院送りダヨ!」
そんな辛いのは困ります。アレクはともかく、ワタクシは辛いのがそこまで得意ではありませんから。
「甘口や普通のカレーは無いんですか?」
「甘口も普通も売り切れネー、ドーモスミマセン」
「しょうがないですねぇ。辛いのでいいですよ」
「じゃあ俺も同じで」
料理人は頷いてオーダーを紙に書いています。
「セットのお飲み物はドウシマスカー?」
そういえばランチには飲み物もついてくると書いてありました。
「飲み物は、ラッシーとチャイとカレーから選べるよ?」
「いや、カレーは飲み物じゃねぇだろ」
アレクが素早く突っ込みましたが、料理人はまったく気にしない様子で続けました。
「カレーは甘口か普通か選べるヨ!」
「そっちはあるのかよ!」
――なんなんですかねこの店は。
とりあえず問答してもまともな回答は得られ無さそうだったので、無難にラッシーを頼むことにしました。
「はいはい、ラッシーね~。サービスのデザートは食後でいいデスカ?」
「えぇ、食後でいいですけど」
デザートが食後なのは当たり前なのになぜ聞くのだろうかと思いましたが、とりあえず食後と答えておけばいいでしょう。
世の中には先にデザートを食べる人もいるのかもしれませんが。
「はい、ワカリマシター」
それから待つこと10分。
目の前にターリーと呼ばれる銀色の丸い大皿に乗ったナンやカレーが置かれました。
いかにも辛そうな雰囲気の赤みの強いカレーに、もっちりと分厚そうなナンからは表面に塗られたバターの良い香りがしています。
カレーの隣には鶏肉をヨーグルトとスパイスで漬け込んで焼いたタンドリーチキンに、ミンチを串焼きにしたシークカバブが。
そして黄色いサフランライスの側にはアチャールと呼ばれるピクルスが小さく盛られています。
その隣の小さな器にはオレンジ色のドレッシングのかかったサラダが、彩りを添えていました。
――これは素晴らしい!
スパイスのいい香りと、ラインナップの豪華さにワタクシ達はすっかり気を良くしました。
「うわ、美味しそうだな~! いただきまーす!」
「いただきます……おぉ、これは! 辛いけど美味しいですね!」
美味しい食事にすっかり夏バテ気分が吹き飛んで、元気がでたように思います。
「……ふー。お腹いっぱいだ。食べすぎたなぁ~」
「ワタクシも久しぶりにおなかいっぱい食べて、ベルトが少し苦しいです」
そんなことを言っていると、厨房から店員さんが大きな銀色のお皿を持ってやってきました。
「デザートお持ちいたしました~! デザートの甘口カレー大盛りです!」
「ひっ!」
「もうカレーはいいよ!」
さらにナンまで追加されてワタクシ達は大変な思いをしたのですが、家に帰ってネットで口コミを見ると、大食いと思われる人たちの絶賛するコメントでいっぱいでした。
「たしかに美味しかったですしねぇ……」
今度はメニューをもっとよく見て注文してみようと誓ったワタクシ達なのでした。
次の更新は9月4日(土)です。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
ネット小説大賞、一次通過しました!
初めてです!ありがとうございます!




