5.魔王爆誕!?(挿絵あり)
それは弟のジェルマンが差し出した1冊の本から始まった。
「ねぇ、アレク。これ見てください。異世界に行ける本らしいんですよ」
店で商品を整理している途中で俺に見せてきた一冊の古びた本。
表紙に金色の装飾が施されていて、俺には理解できない文字が並んでいた。
「異世界? ホントかよ~」
俺が疑いの目で見るとジェルは首を軽くひねり、金髪をさらりとゆらして答えた。
「もちろん本当かどうかはわかりませんけどね。なにせ発動には莫大な魔力が必要だそうで。ワタクシ達ではどうにもならないでしょう」
それじゃ話にならないなと笑っていると、店のドアが開いてシロが顔を出した。
シロは見た目は子どもだが、この土地の氏神様だ。
店を守護する契約をジェルと交わした結果、時々遊びに来るようになって今では俺ともすっかり友達になっている。
彼は俺よりずっと年上だけど俺のことを「アレク兄ちゃん」と呼んで慕ってくれるのがうれしい。
「ジェル~! お、今日はアレク兄ちゃんもいるんだね! 遊びにきたよ」
「よう、シロ」
「いらっしゃい。今ちょっと珍しい本を見ていたところなんですよ、ほら」
ジェルがシロに本を手渡し、シロが本をめくったその時。
「あっ、本が……!」
急に本が輝き始め、辺りを大きな光が覆ったかと思うと、急に強い風が吹いて俺はとっさに目を閉じた。
次に目を開けた瞬間、店の中にいたはずの俺はなぜか森の中にいた。
「え……なんで?」
驚いて周囲を見渡すが特に変わったものは無く、いたって普通の森の風景だ。
「店で本が光ったと思ったらここに居るってことは……もしかしてここは異世界なのか?」
だとしたらジェルとシロはどこに行っちまったんだ?
「おーい! ジェル~! シロ~!」
「……兄ちゃん? アレク兄ちゃん?」
俺の叫びが届いたのか、遠くでシロの声が聞こえた。
急いで声のした方に行くと、急に森が開けて大きな湖が見え、そのほとりに見慣れた姿を見つけて俺は安心した。
「よかった、シロ。無事か」
「うん、アレク兄ちゃんも大丈夫? いったい何が……」
そういやシロは何も知らないんだっけ。
「あぁ。さっきジェルが渡した本があったろ? あれ異世界に行ける本らしいんだ」
「あの本が――ということはここは異世界なのかな?」
「たぶんな。発動に莫大な魔力が必要ってジェルが言ってたから何も起きないと思ってたんだが……」
「神である僕が触ったから誤作動でも起こしたのかもしれない」
「理屈はよくわかんねぇけど、異世界に来ちまったのは間違いなさそうだ。ところでジェルは一緒じゃねぇのか?」
俺の問いかけにシロは困った顔をした。
「それが……たぶん別の場所に飛ばされたんだと思う。本から出た光に包まれて最初に消えたのがジェルだったから」
「マジかよ。――なぁ、シロは神様だからジェルの居場所を探知とかできないのか?」
「それがここは僕の管轄区域外だからわからないんだよね。……ねぇねぇ、スマホはどう?」
シロに聞かれてポケットからスマホを取り出した。すげぇ、普通に電波通じるじゃねぇか。これでジェルに連絡を……と思ったが、電話しても繋がらなかった。
「ダメだ、電話してもでねぇわ。アイツ普段家にずっと居るせいでスマホ持ち歩かないからなぁ」
「やっぱりダメかぁ。元の世界に帰るのは僕の力でどうとでもできるけど、その前にジェルを探さないとね」
「あぁ、たぶんアイツも俺達を探してるだろうしな」
俺達はジェルを探しにひとまず湖周辺を歩いた。
しばらく歩いてみたが弟の姿はもちろん、人っ子ひとりいない。
でも、変だ。どうもさっきから誰かに見られているような気配がする。
「なぁ、何か視線感じないか?」
「視線?」
「うん、なんか気配を感じるんだが……」
「う~ん……どれどれ。おや、すぐ近くに何か――」
そうシロが言いかけた矢先、急に水面が揺らぎ、ブクブクと大量に泡が浮いてきた。
「な、なんだ⁉」
「あ、アレク兄ちゃん、あれ……うわぁぁぁぁぁ!」
シロの悲鳴と同時に水面からでかいトカゲみたいな化け物が姿を現した。何かよくわからんがその時の俺の目にはワニに見えたんだ。
「やべぇ、人食いワニだ! シロ、逃げろ!」
ワニは俺達を食べるつもりなのか、大きく口を開けてこちらに向かってくる。
俺はとっさに、ベストの内ポケットに忍ばせているナイフを引き抜いて、その巨大な姿に飛びかかった。
幸い旅先で魚を捌いたり果物をむいたりで日頃から使う為に、ナイフは常に持ち歩いている。
ワニは俺に噛み付こうと大きく口を開けて炎を吐いたが、俺はそれを飛び越え、後頭部に乗って後ろから眉間を何度も突き刺した。
「くそ、皮かてぇなぁ……」
ワニの皮膚はやたら硬くて突き刺すのも一苦労だ。
だがこのナイフはサイズこそ小さいがジェルの錬金術による特製のナイフだ。
特殊な金属を使用しているらしく、そこら辺で売っている刃物とは切れ味も耐久性も違う。
ワニは予想外の攻撃に激しく暴れたが、何度か突き刺すと静かになった。
「あー、びっくりした。こんなデカいの初めて見たぞ。異世界マジやべぇわ」
「アレク兄ちゃん、すごいね!」
シロは俺の活躍に目を丸くした。
「へへ、ワニは前に倒したことあったからな」
「……兄ちゃん、それワニじゃないよ」
「えっ」
そういえばワニにしては牙がでかいし角もあるし背中に蝙蝠みたいな翼も。炎まで吐いてたし、もしかして――
「俺、ドラゴン殺っちゃった?」
「うん」
その時、森の中から鎧兜を身にまとった奴らがわらわらと現れた。
「おお、ドラゴンを退治したのか……!」
「なんということだ。あのドラゴンには我々も手を焼いていたのに」
どういうわけか皆、俺を見ながら口々に感心の言葉を述べている。
「アンタ達、なんだ?」
俺が尋ねると、ヒゲの鎧兜を着たオッサンが前に出て答えた。
「我々は、この国の騎士団です。勇者様のご活躍、拝見させていただきましたぞ!」
「騎士団?」
「えぇ。あのドラゴンは湖を根城にしてましてな。街の住民が襲われるので退治に来ていたんですが上手くいかず困っていたのです。勇者様、本当にありがとうございます!」
「いや、俺、勇者様じゃねぇし、お礼言われるようなもんでもねぇから……」
ただのワニだと思ってたなんて言えねぇな。
「ご謙遜を。きっと国王様もお喜びになるでしょう。ぜひ城でおもてなしさせてくださいませ」
「あ、ありがとう」
言われるまま騎士団に招かれ、俺とシロは森を抜け、城下町を通り、お城へやってきた。
そして俺達は住民達や国王の大歓迎を受け、気に入られた俺達はそのまま城にしばらく滞在することになった。
国王に弟を探していることを伝えると協力してもらえることになったのは助かった。
それから数日後……
城の中でジェルを探しに行く相談をしていると、騎士団のオッサンが酷く慌てた様子で広間へ入ってきた。
「国王! 緊急事態です! 魔王軍が攻めてきました!」
「な、なんじゃと⁉ ずっと静かであったのにどういうことだ⁉」
報告を聞いた王様は酷くうろたえていた。
聞けば魔王軍が攻めてくるのは数十年ぶりぐらいの話で、先代の国王の時以来だそうだ。
王様は切実であることを示すように俺の手を取って訴えた。
「勇者アレクサンドル殿、どうかその武勇で我が国をお救いくだされ!」
「え、俺……?」
突然の指名に戸惑っていると、さらに報告が上がってきた。
しかしその報告はずいぶん奇妙なものだった。
「国王! 魔王軍がどんどん城へ近づいてきます!」
「おお、それで被害状況はどうなっておる?」
「それが、一部の建物が破壊された程度でして。住民の避難は完了しておりますし特に怪我人や死者も無いそうで……」
報告にきた兵士は困惑しているようだった。
「どういうことじゃ?」
「魔物たちも脅してきたり物を破壊したりはするのですが、どうも我々を殺さないようにしているとしか思えません」
「ならば早く討伐すればよかろう」
「それが魔王軍には何やら魔法の障壁が張られているらしく、こちらの攻撃が一切効かないのです!」
「なんと。どうしたものか……」
その報告を聞いたシロが、俺に言った。
「アレク兄ちゃん、とりあえず行ってみようか」
「そうだな。しかし殺さないようにしてるって、魔王は何考えて攻めてきたんだろうな」
不審に思いつつも俺達が城下町に駆けつけると、魔物たちによって街のあちこちが破壊されていた。
戦いの影響か、あちこちで火の手が上がっている。
「うわ、案外ひでぇな……みんな避難済んでるって言うけど、この火はほっとくとやばくねぇか?」
「そうだね。僕に任せて」
シロは両手を前にかざし、何か唱えるとその手を地面につけた。途端に、地面のあちこちから噴水のように勢いよく水の柱がでて、街中の炎を消していく。
「すげぇ! どうなってんだ⁉」
「地下水脈をいじったんだ。地盤に影響でるからあんまりやっちゃダメだけど緊急事態だしね」
「やっぱシロは神様なんだな、さすがだわ」
「日本でこんなことしたら他の神様に怒られるけど、異世界だし怒られないかなって」
――ここにも神様はいるだろうけどな。まぁこんな状況だしきっと許してくれるだろうと思う。
「それより、アレク兄ちゃん! あれ見て!」
シロの指差した方向には、飛竜に乗って手を大きく掲げ、角を生やし黒いマントをなびかせた鎧姿の金髪の男の姿があった。
「ふはははははは! 汝らの信ずるものは我が手によって闇に葬り去った! 我を崇め、恐れよ! この世のすべては我のものなり! 人類よ、今すぐ降伏してこの地から去るが良い!」
男は魔物の大群を従えて高らかに宣言した。
――おい。すげぇ聞き覚えのある声だぞ。
「うわ……ジェルのあんな活き活きした姿、久しぶりに見たわ……お兄ちゃんめちゃくちゃ複雑なんだけど」
「僕は初めて見たよ。すごいドヤ顔だね」
魔王軍で意気揚々と指揮を執っていたのはジェルだった。正直、身内のこんなはっちゃけた姿を見るのは非常に気まずいし恥ずかしい。
――だがここは兄として調子に乗っている弟に制裁を加える必要があるだろう。
「アレク兄ちゃん、どうしようか?」
「よし、とりあえずイキってる恥ずかしい姿を動画に撮っておこう」
俺とシロはポケットからスマホを取り出して、ジェルが魔王軍を指揮する様子を撮影した。
当然、その不審な動きにジェルが気づかないわけがなく、彼は飛竜を駆ってこちらへ向かってきた。
「貴様ら……逃げ出さぬとは死にたいようだな……!」
「よぅ、ジェル。オマエ何やってんの?」
「……あ、アレク⁉ シロ⁉」
「今の心境をカメラに向かって一言どうぞ!」
「え、ちょっと待って、え⁉ 何撮影してるんですか! スマホ止めて! 撮影しないで!」
ジェルは慌てて両手をばたばたしている。よし、効いてるぞ。俺はさらに追い討ちをかけた。
「オマエのイキってる姿、動画と写真をSNSに投稿したからな」
「いやぁぁぁぁぁ~!!!!」
恥ずかしさが最高潮になったのかジェルは顔を手で覆って悲鳴をあげた。
それと同時に障壁は消え、その隙に騎士団が反撃を始め、魔王軍は撤退し始めた。
「見て、アレク兄ちゃん! ジェルの写真、早速いいねが付いたよ!」
シロがスマホを見てうれしそうに報告した。そんな俺達にジェルが涙目で訴える。
「アレク! シロ! ワタクシが悪かったですやめてください……!」
「拡散希望ってつけようぜ」
「アレクやめて……おねがい、拡散しないで……‼ ――うわぁぁぁぁっ! くぅ……!」
ジェルが慌てすぎて飛竜から落っこちて恥ずかしさと痛みでのた打ち回っているので、その様子も撮影して徹底的に追い詰めてやった。
魔王軍は、それを見て魔王が倒されたと思ったのか、あっと言う間に引き返していった。
「おい、ジェル。オマエ、何で魔王になんかなってたんだ?」
すっかり疲弊しているジェルに問いただすと、彼はゆっくり口を開いた。
「……あの本から出た光によってワタクシが飛ばされた場所は、魔王の本拠地でした」
「やっぱり違う場所に飛ばされてたんだな」
「えぇ。本拠地には先代の魔王が眠っていたのですが、彼はもう戦う力を無くしていたんですよ。それでなぜかワタクシが後継者として選ばれましてね」
「マジかよ……」
「魔王軍が手に入ればアレクやシロを探すこともできるかと思って、魔王の座を引き継いだんですが……いざ魔王軍を統治してみるとあれこれ課題も多くてですね。問題解決に領土拡大せねばと思いまして」
「なに真面目に魔王の仕事してんだよ」
「目的と手段が入れ替わって、当初の目的はどこかへ行っちゃった感じだね」
「すみません。つい目先の問題に夢中になってしまいまして……」
そう言ってジェルはうなだれた。
やれやれだ。とりあえず見つかってよかったとすべきか。
それから俺達はあらためて王様の前にジェルを連れて行って、魔王軍の現状と今後について話し合いをした。
その結果、お互いの領土の見直しがされて魔王軍は侵略する必要が無くなった。
対価として魔王軍の領土にある珍しい食べ物や鉱石などがたくさん国に贈られ、交易を始めることが決まった。
国民は急な変化に戸惑いながらも魔王軍を少しずつ受け入れているようだ。
ちなみにその直後にジェルは配下の魔物たちに惜しまれながら、引退宣言をしてきたらしい。
「これでこの世界も平和になることでしょう」
「やれやれだな。じゃあ、そろそろ元の世界に帰ろうぜ」
「なら、僕の出番だね」
そう言いながらシロの手から光が溢れたかと思うと、俺達は元の世界に戻っていた。いつもの店の中だ。目の前のカウンターにはすべての元凶となった本が置かれている。
「いやー、大変だったけど面白かったなぁ」
「僕もいつもと違う2人が見られて面白かったよ。ジェルの魔王姿、すごかったなぁ」
「まさかこの年で黒歴史ができるなんて思いませんでした……」
「大丈夫だって! 皆ダサいコスプレだな~ぐらいにしか思わないぞ?」
「うぅ、それはそれで腹立つんですが」
涙目のジェルをなだめつつ、俺達は原因になった本を厳重に箱にしまって保管することにした。
その後、拡散された魔王ジェルの写真はSNSでコラ素材として大流行して、ジェルはしばらく苦しむことになるんだけど。
まぁ、それは魔王になったジェルが悪いってことで、お兄ちゃんは知らん。だからこの話はおしまい。
もしどこかのSNSでジェルの写真を見つけたら、いいねでも押してやってくれよな。