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49.人形を救出せよ

 それは晴れ渡った空にすがすがしさを感じられるある日の出来事でした。


 アンティークの店「蜃気楼しんきろう」に久しぶりに魔人のジンが行商にやって来たのです。

 ちょうど一人で店番をしていたワタクシは、せっかくなので店のカウンターに紅茶を用意して彼とティータイムを楽しむことにしました。


「今日はアッサムの良い茶葉が手に入りましたので、ぜひミルクティーでどうぞ」


「――あらぁ良い香りねぇ、ありがと♪ ところでね、ジェル子ちゃん。いきなりなんだけど錬金術で霊を鎮めることってできるかしら~?」


「はぁ? 霊を鎮める……ですか?」


 ワタクシがどうしてそんなことを聞くのかたずねると、ジンはとある人形にまつわる話を始めたのです。


「第二次世界大戦中に捕虜になった女の子が持っていたっていう古いお人形があるんだけどね。それが回りまわって、うちの取引先のお屋敷に売られたのよ~」


「なるほど。アンティーク物にはよくあることです」


「それでね、そのお人形はケースに入れてお屋敷に飾られてたんだけど。なぜか夜中になるとケースが勝手に開いちゃうんだって……」


「はぁ、ケースが勝手に開くのは困りますね。毎日閉めるのもめんどくさいですし」


「いやいや、そこは怖がるところよぉ~⁉」


「そうでしたか」


 ワタクシはいわく付きの物に慣れているせいか、どうもこういうことは鈍いようで、怖い話を聞くのは向いていないようです。


「きっとお人形に持ち主だった女の子の霊がとりついてるんじゃないかしら。故郷に帰りたがっているのかも。可哀想よねぇ……なんとかしてあげたいわ!」


 ジンは頬に手をあて、人形に思いを馳せています。

 この魔人はいかつい外見に似合わず、面倒見がよくて優しいのです。


「ねぇ、ジェル子ちゃん。アタシと一緒にそのお屋敷にお人形を引き取りに行ってくれない?」


「え、ワタクシも一緒にですか⁉」


「えぇ。買い取った人がすっかり怖がっていて、無料でいいから引き取って欲しいって言ってるのよ~」


「無料なのはいいですが、わざわざ出向くのは面倒くさいですねぇ」


 ワタクシが渋い顔をしながら紅茶を飲むと、ジンは電卓を取り出して独り言のようにつぶやきました。


「そのお人形、値打ち物でね~。上手く霊を祓うなり成仏させるなりして売ればこのくらいのお値段にはなるのよねぇ……」


 電卓にはブランド品がたくさん買えるような数字が並んでいます。


「なるほど、とても可哀想な話ですね! ぜひお人形を救出して差し上げましょう!」


「さすがだわぁ、ジェル子ちゃん。アタシ、あなたのそういうところ大好きよ♪」


 ジンは上機嫌です。まんまと乗せられた気がしますが、まぁ儲け話ですし別にいいでしょう。


「うふふ。そういえば、今日はアレクちゃんはいないの?」


「観たいアニメがあるからってリビングに引きこもってますよ。彼のアニメ好きにも困ったものです」


 兄のアレクサンドルは、店番をさぼってリビングでアニメを観ているのです。

 どうせお客さんはめったに来ない店なので別に構わないのですが。


 ワタクシが上着を羽織って出かける準備をしていると、店と家を繋ぐドアからアレクがひょっこり顔を出しました。


「あれ? ジェルにジンちゃん? 出かけるのか?」


「えぇ、可哀想なお人形を救出しに行くんですよ」


「お人形……? なんかよくわからないけど、出かけるなら俺も一緒に行きたい!」


「まぁいいですけど……」


 彼は幽霊とかそういうのは苦手なんですよね。大丈夫でしょうか。


「あらあら、アレクちゃんも一緒だなんて心強いわねぇ♪ さぁさぁ、行きましょ♪」


 店の外に出ると、ジンは魔法の絨毯じゅうたんをサッと取り出して広げました。

 彼はアラビアンナイトにも登場する有名な魔人で、これは物語にも登場する空飛ぶ絨毯なのです。


「やったぁ! 俺、この絨毯乗ってみたかったんだよ!」


「あらぁ、そうだったの。さぁ、どうぞどうぞ♪」


 ワタクシ達が絨毯の上に座ると、ただの装飾された布にしか見えないそれはふわりと宙に浮きました。


「おお、浮いた!」


「さぁ、お人形を助けに行くわよ~! しゅっぱ~つ!」


 ジンの合図で絨毯はヒラヒラと生地をなびかせて空を飛び始めます。


「おー、さすが魔法の絨毯! すげぇ速いな!」


「うふふ、見た目以上にハイスペックなのよ~♪」  


 たしかに大人3人分以上の重量が乗っているとは思えない速さです。


 ワタクシ達はあっという間に、いわくつきの人形があるという家に到着しました。

 ジンの取引先のひとつだというその家は、なかなか立派なお屋敷で、出迎えた屋敷の主も裕福そうな人物です。


「おお! あなた方が霊能力者の方ですか! ジンさん、ありがとう!」


「どういたしまして♪ 彼らに任せておけば安心よ!」


 ジンはどうやらワタクシ達のことを勝手に「霊能力者」と紹介したようです。確かにその方がなにかと都合は良さそうですけども。


「人形はこちらの部屋にあります。家族も皆すっかり怖がって困っているんですよ。ではよろしくお願いいたします」


 屋敷の主は人形のある部屋を案内した後、そそくさと戻って行きました。


「なぁ、ジェル。俺達が“霊能力者”ってどういうことだ? ……もしかしてオバケか? オバケがでるのか⁉」


「アレク、静かにしなさい」


「いやだ~! お兄ちゃんジャパニーズホラーは嫌だっていつも言ってるのに! 俺帰るぅ~!!!!」


「アレクちゃん、落ち着いて。ただのお人形だから」


 涙目で引き返そうとするアレクをなだめながら、ワタクシ達は部屋のドアを開けました。

 そこには毛布で覆われ、ロープでグルグル巻きにされた何かがぽつんと置かれています。


「これは……いかにも、いわくつきという感じですねぇ」


「ひぃっ、オバケか⁉ オバケが中にいるのか⁉ そのロープ、ほどいちゃダメなヤツだよな⁉」


「アレク、ちょっと黙っててもらえますか」


 ワタクシはロープをほどき、毛布をどかしてみました。

 するとそこには、ガラスケースに入ったドレス姿の可愛い西洋人形があったのです。


「あらぁ、可愛いわねぇ♪」


「ほう、これは確かに値打ちものですねぇ……どれどれ」


 ワタクシが状態をチェックしようとケースから出してドレスの裾をめくった瞬間、人形が震えはじめました。


 そして野太い男の声で――


『いやぁぁぁー! なにするでありますかー!』


「え……?」


『ハレンチですぞ! セクハラでありますぞ!』


「うわっ……!」


 思わずびっくりして人形を毛布の上に落っことしてしまいました。

 今、あきらかに男性の声で、ハレンチだのセクハラだの明らかに場違いな単語が聞こえたのですが。


「ジン、この人形には第二次世界大戦中に捕虜になった少女の霊がついているんじゃなかったんですか?」


「てっきりそうだと思ったんだけど……違うみたいね。あなた、だぁれ?」


「しょっ、小生しょうせいはこの世に未練があって留まっているであります。本名は恥ずかしいからハンドルネームで失礼。そうですな……キリト、と呼んで欲しいであります!」


「はぁ……」


 これはどう見ても少女の霊では無さそうです。

 とりあえずキリトと名乗る人形を拾って、毛布の上に座らせて詳しい事情を聞くことにしました。


「それで先ほど“この世に未練がある”とおっしゃいましたが、どんな未練なんでしょうか?」


「……魔法少女エクセレントサニー」


「は?」


「魔法少女エクセレントサニーちゃんの続きが観たいのであります! それを観るまでは成仏できないのであります!!!!」


 人形は大声でよくわからない単語を叫びました。


「えくせれんとさにーちゃん……? なんですかね……?」


「さぁねぇ……?」


 ワタクシ達には何のことかさっぱりわかりません。

 しかし人形は、それを観るまでは成仏しないと頑なに言い張るのです。


「困りましたねぇ……」


 これでは成仏させるのも難しいかと思われたのですが。

 すると、ずっとジンの背中に隠れながらこっちの様子をうかがっていたアレクが、急に人形に近づいて語りかけたのです。


「なぁなぁ、サニーちゃん何話まで観た?」


「9話までであります。毎週楽しみにしてたのに、小生は交通事故に遭って死んでしまい、気が付いたらこの人形の中にいたんであります」


「9話か。わかる、わかるぞ……サニーちゃんが覚醒かくせいして新しいコスチュームになった話だよな。あれは感動したよな~!」


 アレクは人形に向かって大きく頷いています。


「おお、同志よ! 小生も涙無しには観られなかったでありますよ! でもこの人形から出られなくて、続きを観ることもできず……」


「安心しろキリト。それなら録画してある! 俺の家で一緒に観よう!」


「おお、貴方が神か!」


 アレクと人形が意気投合しているのを、ワタクシ達はただ眺めることしかできませんでした。


「よくわからないですけど、アレクのおかげで上手くいきそうですね」


「そうねぇ……」


 こうしてワタクシ達は、無事に人形を譲り受けて自宅へと持ち帰ることができたのです。

 それから2週間後――


「アレク氏! やっぱりサニーちゃんは尊いですなぁ!」


「だよな! でた~必殺技! サニーフラッシュ! いぇぇぇぇい!」


 リビングで人形と一緒にソファーに座ってアニメを観ながら盛り上がるアレクを横目で見ながら、ワタクシは紅茶を飲んでため息をつきました。


「はぁ。このアニメも次週で最終回……これでやっと人形が手に入りますね。まったく、めんどくさいことになったものです」


 しかしワタクシは、そのアニメが人気作品で続編がすぐ始まることや「続編も観たい」と人形が駄々をこねることなど、その時は知りもしなかったのでした。

次回の更新は6月5日(土)です。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

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