48.アレク、小説を書く
いきなりですが、人間というのは春になって暖かくなってくると「何か新しいことを始めなきゃ」という気になるものなんでしょうかね。
というのも、兄のアレクサンドルが小説を書きはじめたらしいんですよ。
世の中には「小説投稿サイト」というものがあるそうで、彼はそれを熱心に見た結果、すっかり感化されてしまい自分も書いてみようとなったらしいのです。
彼の話によると、アレク以外にもたくさんの人がそのサイトに投稿していて、そこから人気がでて書籍化したなんてケースもあるんだとか。
「……どうしよう、俺の小説も本になっちゃったりして! さらにアニメ化とかしたらヤバいよな!」
アンティークの店「蜃気楼」の商品棚を掃除しながら、アレクは夢見がちな目で投稿サイトの話に声を弾ませています。
「まだ始めたばかりなのに、気が早いんじゃないですかね」
ワタクシは店のカウンターに座って、スマホを眺めながら答えました。
実際、彼は今まで小説なんて書いたことが無い超初心者なのです。そう上手くいくはずがありません。
「でもさぁ、やっぱり書き始めたら夢見ちゃうもんなんだよ。ジェルは小説書いてみようとか思わないのか?」
「ワタクシは読むだけで満足してますからねぇ……で、これがその小説投稿サイトですか?」
「そうそう、これこれ」
アレクに教えてもらったスマホの画面には、細かい文字で文章が記載されています。
どうやら人気ランキングのようです。
「これな、読者が気に入った作品に評価ポイントを入れて応援できるんだよ。それでポイントの多い人がランキング入りするんだ!」
「なるほど、ランキングに入りたければポイントをもらう必要があるんですね」
つまりここに並んでいるのは、たくさんポイントを得た人気作品ということですね。
「えーっと……“異世界転生して最強のスキルを手に入れた俺はパーティを追放されたけどチートだった。成り上がってSSS級ハーレムがあるから今更戻ってきて欲しいと言われてももう遅い”――これはあらすじですか?」
「いや、タイトルらしいぞ」
「ずいぶん長いですね」
ランキングを見た感じ、どれも同じように長いタイトルばかり並んでいます。
「最近はそういうのが流行してるんだよ。パッとみて内容がわかるタイトルがウケるんだってさ」
「そういうもんですか」
「それに本当かどうか知らんが、最近は皆スマホでこういうの読むから、あんまり短いタイトルだとタップするスペースが小さくてタップできないから面積でかくする為にも良いらしい」
「へぇ。紙の本だとこんな長いタイトルは表紙デザインを損ねてしまいそうですが、スマホ前提だと利点もあるんですねぇ」
今の時代に合った変化ということなんでしょうか。冗談みたいな話ではありますが、興味深いことです。
「――それで、アレクの小説は何位なんですか?」
「俺のは圏外だな。でもまだ1話目だからな! これからだ!」
「なるほど。では早速、読ませていただきましょうかね」
ワタクシがアレクの投稿している小説を探そうとすると、彼は棚の掃除をぴたりと止めて、落ち着かない表情でこちらを見つめています。
「え、今から読むのか?」
「そうですけど」
「なんか目の前で読まれるの恥ずかしいなぁ。――そうだ、お兄ちゃんお菓子でも買いに出かけてくるからさ、その間に読んで後で感想教えてくれよ」
そう言い残して、アレクは掃除道具を放り出して出かけてしまいました。
他人に見てもらいたいから投稿したはずなのに、読まれるのが恥ずかしいとはどういうことでしょうか。
ワタクシには分かりかねる感情ですが、そういうもんなんですかね。
じゃあ、彼が出かけている間に読んでおくとしましょうか。
「えっと……あぁ、これがタイトルですか」
【最強の光の勇者アレクはすげぇ悪い魔王を倒す為に立ち上がる~最強スキルでなんかすごいからもう遅い~】
――タイトルの後半から語彙力が消失してますが大丈夫ですかね。
何がもう遅いのかさっぱりわかりませんが、とりあえず読み進めてみることにしました。
【アレクは激怒した。】
いきなり有名な文豪の作品をパクってきてますが……そういえば著作権はもう切れてるからセーフですかね。
【俺は勇者アレク! かっこいい戦士だ。】
勇者なのか戦士なのかどっちなんですかね。
【ついでにすごい魔法も使える。】
魔法の扱いが雑すぎませんか。
【今から魔王を倒しに行くのに、王様が100円と銅の剣しかくれなかったから俺は怒っている。】
まぁそれは確かに怒っていい案件ですね。
【おい、金を出せ。もっと持ってるだろ。俺は王様に剣を突きつけた。】
王様、こいつは勇者じゃなくて、ただのならず者です。
【俺は牢屋に入れられた。】
魔王倒しに行ってないじゃないですか!
「――なんですか、これは。こんなくだらない小説の感想をワタクシに言えと。はぁ……」
まだ序盤ですが、あまりにも酷い内容に思わずため息がでてしまいます。
ワタクシ以外にもこれを読まされた人はいるんでしょうかね。だとしたら気の毒でなりません。
「こんなのどこに需要があるんですかねぇ……うん?」
読むのを放棄して画面の端に目をやると、そこには奇妙な広告のバナーがありました。
【魅惑の吸盤・友の会 新規会員募集中】
「みわく? きゅうばん? とものかい……?」
何ひとつ理解できる要素がなくて、好奇心から思わずタップしてみると、そこにはマニアックな世界が広がっていました。
【世界の吸盤マニアが集まる団体にあなたも入会しませんか⁉】
吸盤ってあのフックを引っ掛けるアレですよね。壁にペタッと貼るあの円形の。
実際、リンク先のサイトにはよく見知った吸盤フックの写真がでかでかと掲載されています。
【会報の発行は年4回! 総フルカラーUVシルク印刷高精細箔押しにハードカバーに豪華ケース付き!】
「えぇっ、そこまでするような内容なんですか⁉」
そんな豪華な装丁の会報にいったい何が書かれているのか、ワタクシは気になって続きをタップしてしまいました。
【緊急対談スペシャル! 吸盤についている突起は必要派VS要らない派】
【巻頭特集:くっつかなくなった吸盤はお湯につけると復活するってホント?】
【悲報! 吸盤にカビ発生! ~こんな時どうする~】
「……どうもしませんよ! 買い換えたらいいじゃないですか!」
あまりにもくだらなさすぎて、思わずスマホを投げそうになりました。
「こんなのどこに需要があるんですかね、馬鹿馬鹿しい」
しかし、画面を閉じようとしたワタクシの目に飛び込んできたのは【全世界で会員1000万人突破!】という数字でした。
「えぇっ⁉ 全世界で1000万人⁉」
もしかしたら、ワタクシが知らないだけで世の中のニーズは多様化しているのかもしれません。
そんなことを思いながら、広告ページを閉じてアレクの小説に戻ってみますと、誰かが評価したらしくポイントが入っていました。
「もしかしたら、ワタクシの頭が古いだけだったのかもしれませんねぇ」
吸盤友の会のように、アレクの小説もどこかの誰かのニーズに応えているのかもしれません。
くだらないと馬鹿にせず、最後までちゃんと小説を読み直ししてみよう。そして彼が帰ってきたら感想を伝えよう。
そう思って本文のページをもう一度タップしたワタクシなのでした。
次の更新は5月1日(土)です。ここまで読んでくださりありがとうございました!
◆ジェルが読まされた「アレクが書いた小説」はこちらで公開中です。併せて読むともっとお楽しみいただけます。
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