42.イケメン兄弟、コンビニバイトをする
それは弟のジェルマンをコンビニバイトに誘ったことが始まりだった。
正直、誘うんじゃなかったって、ちょっと後悔してる。
本当に大変だったから。
まさかここまでジェルがマイペースだなんて思わなかったんだよ。
「え、コンビニでバイトですか?」
「うん、コンビニの店長やってる知り合いなんだけどさ。急に人が足りなくてシフトに穴が開いて困ってるらしいんだ。それで俺に助けてくれって連絡がきたんだよ」
「へぇ。じゃあ行ってあげればいいんじゃないですか?」
リビングで本を読みながら俺の話を聞いていたジェルは、まったく興味がなさそうに答える。
「それがさぁ、もう一人誰か連れてきてくれって言われて。ジェルも一緒にどうだ?」
「え、ワタクシですか⁉」
ジェルは普段、俺と一緒にアンティークの店『蜃気楼』を経営している。
だから接客経験がある彼を連れていけばなんとかなるだろうと、その時は思っていた。
「うちの店はどうするんですか?」
「1日くらい閉めちゃってもいいだろ? コンビニの方も1日だけでいいらしいから。なぁ、店長さん困ってるんだよ。頼むよジェルちゃ~ん!」
「……しょうがないですねぇ」
こうして俺は、ジェルをコンビニバイトに連れて行くことになったんだ。
店に行くと、店長はホッとした顔で俺達を出迎えた。
「いやぁ、アレクサンドル君! 助かったよ!」
「おう、困った時はお互い様ってやつだ。そういや奥さんは元気にしてるか?」
店長は結婚して2年目で、奥さんのお腹には子どもがいるんだってさ。
だから生まれてくる子どもの為にも頑張らなきゃって、張り切って仕事してるんだ。
「あぁ、臨月で大変そうではあるけど元気にしてるよ。そちらがジェルマン君かい? ……あれ? 弟って聞いてたけど、女の子だった?」
店長にはジェルの容姿が女性に見えたらしい。
ジェルは顔立ちも中性的で骨格も華奢だし、彼が今着てるのはレースの付いた真っ白なブラウスだから、そう思われても仕方無い気はする。
「いえ、ワタクシは男です。よく女性に間違えられるんですよ」
「そうか、すまなかった。アレクサンドル君もそうだけど、日本語上手だね。今日は来てくれてありがとう。何かわからないことがあれば遠慮なく聞いてくれ。よろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
ジェルは丁寧にお辞儀をした後、与えられた制服に着替え始めた。よかった、問題なさそうだ。
ちなみに今は午後2時で、昼のピークも終わってるから、こうしてのんびり会話ができるくらいには暇だ。
俺はひと通り仕事の流れは把握してるし、店長も店の奥に居るからもし何かトラブルがあってもなんとかしてもらえるだろう。
――しかしその目論見は、1本の電話によってあっさり打ち消されてしまったのだった。
プルルルルルル……
急に店の電話が鳴って、店長が出た。
「――えっ、産気づいた? わかりました、すぐ行きます」
店長は電話を切るが否や、制服を慌てて脱いでロッカーから鞄を取り出している。
「アレクサンドル君、ジェルマン君、すまない。子どもが生まれそうなんだ。俺は病院に行くから後を頼む!」
「えっ、マジかよ!」
「すまん。やっておいて欲しいことをメモに書いたから、これを見て仕事してくれ。じゃあ、頼んだ!」
店長は走り書きのようなメモを残して、出て行ってしまった。
後に残ったのは俺と、コンビニの仕事をまったく知らないジェルだけだ。
「あの……ワタクシ達だけで大丈夫でしょうか?」
ジェルは不安そうな表情で縮こまりながら俺を見ている。
彼にとって初めてのバイト経験だから、不安なのは無理も無い。ここは兄として安心させてやらないとな。
「ジェル、しっかりしろ。いつも蜃気楼で接客してるだろ。その調子でやればきっと大丈夫だって!」
「そ、そうですかね。がんばります……!」
俺は制服姿のジェルの背中を、ポンと軽く叩いて励ました。
「よし。ほら、お客さん来たぞ!」
「あっ、はい!」
ジェルは店の入店音にビクッとすると、レジカウンターから出て行って、入ってきたお客さんにぎこちなくお辞儀をした。
「ようこそ、コンビニへ。ワタクシ当店の新入りバイトのジェルマンと申します。以後お見知りおきを……」
――違うぞ、ジェル。ここはコンビニだからそこまで丁寧にしなくていい。
お客さんもびっくりしてるぞ。
「大変申し訳ありません、店長が急に産気づきまして。今はワタクシと兄だけでございますが、誠心誠意接客いたしますのでよろしくお願いいたします!」
違うよ、産気づいたのは店長じゃなくて奥さんの方だから……!
「え、えーっと。新しい店長が産まれるまでしばらくお待ちください!」
新しい店長ってなんだよ!
ダメだ。緊張しすぎて完全にポンコツになってやがる。
――あ、お客さんが対応に困って逃げていった。
「おい、ジェル。お客さんが来たら『いらっしゃいませ』だけでいいから」
「あっ、はい。すみません、頭が真っ白になってしまって……」
「とりあえず、店長が置いていったメモを読んでそれに沿って仕事していこうか」
ジェルはしょんぼりしつつも、頷いてメモを手に取った。
「あれ? このメモ、全部ひらがなで書かれてますね」
「あぁ、俺らが外国人だから漢字読めないかもしれないって、気を使ってくれたんだろう」
「なるほど。えーっと……あれくさんどるくんは、はっちゅう。じぇるまんくんは、ぜんちんしてね」
ジェルはメモを読み上げて、急に顔を赤くした。
「ぜんちんって何ですか!? ……まさか全裸でち○ちんを見せろと⁉ 店長はまだワタクシが男だということを疑っていらっしゃるのですか!」
「落ち着け、ジェル。違うから」
完全に脳みそがクラッシュしている彼をなだめた後、俺は商品棚に近づいて手を伸ばした。
「ほら。こことか商品が売れちゃってスキマができてるだろ? だから奥に残ってる商品を手前に引っ張り出すんだよ。前に陳列するから、前陳って言うんじゃねぇかな」
俺は棚の奥にあったお菓子の袋のしわを伸ばして綺麗に並べ直していく。
その様子を見て、ジェルはやっと納得したようだった。
「なるほど。しかしそんな簡単なことで良いんですか」
「簡単って言うけど大事なことだぞ。見栄えよく並べた方が良く売れるのは、ジェルだってお店やってるからわかるだろ?」
「それもそうですね。わかりました、やってみます!」
彼は頷いて、商品棚をチェックし始めた。
その間に何人かお客さんが来たが、俺がレジを担当したので特に問題もなく仕事は進んでいった。
「……ねぇ、アレク」
「なんだ?」
「その機械は何ですか?」
前陳の仕事に飽きてきたのか、ジェルは俺の手に握られた小さなタブレットが気になったようだ。
「あぁ、これが発注に使うタブレットだよ。商品を注文して補充しないとあっという間に棚が空になっちまうからな」
「へぇ。面白そうですね。ワタクシにもやらせてください」
興味津々のジェルにタブレット渡して、操作を教えるとすぐに理解したようだった。
「じゃ、ジェルはお菓子の発注頼むわ。売れ筋の物をちょっと多めに発注したり、在庫が少ない物を足してくれればいいから」
「なるほど、わかりました」
彼はタブレットを片手にお菓子の棚へ戻って行く。
ちゃんと発注できるか心配だったが、お客さんがレジに来たので俺はその場から離れざるを得なかった。
ここからだと姿は見えないが時々、ジェルの独り言が聞こえる。
「えっと……ポテトチップス。これは前にアレクが美味しいって食べてましたね。とりあえず50入荷しても大丈夫でしょう」
――おいおい、それケース単位じゃねぇだろうな⁉
50ケースも来たらバックヤード(倉庫)がえらいことになるぞ!
ジェルのところへ確認しに行きたいが、まだ接客中でそれはできない。
「これは……新商品のシュールストレミングのグミ! なんと珍しい。よし、これは100ですね」
まて、ジェル! それは地雷だ。シュールストレミングってあの超臭いやつだぞ。
そんな物、ウケ狙いのユーチューバーしか買わないから100も要らねぇ!
急いでレジを終えて、ジェルのところに走り寄ってタブレットを奪い取る。
なんとかシュールストレミンググミの大量発注は阻止できた。
しかし最初のポテトチップスはもう発注済になっている。やっぱりケース単位だった。
「どうしました? アレク」
ジェルは青い目をまん丸にしてきょとんとしている。
そんな可愛い顔をされると怒れない。うん、俺の説明が足りなかったもんな。
「いいよ……お兄ちゃん、いっぱい買うから……このポテチ好きだし」
ジェルに任せると何をやらかすか不安だったので、残りの発注は俺が担当することにした。
「あのー、すみません。コピー機が印刷してくれなくなったんですけど……」
「あっ、はい」
急に店内でコピーをしていたお客さんから声がかかり、ジェルが反応した。
「お客様。何をコピーされるおつもりだったのですか?」
「いや、身分証明に免許証のコピーが必要って言われたんで、コピーしにきたんだけど……」
「なるほど、それはお困りでしょう。1時間ほどお待ちいただければワタクシが錬金術で複製――」
「ああぁぁぁぁ!!!! ジェル、そういうのダメだから!!!!」
俺は慌ててジェルの口を手で塞いだ。
コピー機を見ると、単に用紙が無くなっただけらしい。
俺は用紙を補充して、大きく息を吐いた。
「そういえば免許証の複製は『有印公文書偽造罪』にあたるんでしたね。失念しておりました。……はて。だとすればあの機械はいったいどういうことでしょうか?」
ジェルは不思議そうな顔で、コピー機の外側に書かれた説明を眺めている。
有印公文書偽造罪は理解できるのに、コピー機がどういうもんなのかわかってないってすげぇ知識が偏ってるなぁ。
家に引きこもって研究ばっかりやってると、そうなっちまうもんなのかもしれない。
ジェルにはもっと社会勉強をさせないといけないなぁと実感した。
しばらくすると、なぜか店の中にお客さんが増え始め、レジも混み始めた。
もう夕方だからか……いや、それにしては多すぎないか。
「はいはい、並んでくださーい!」
ジェルはのんきに列の整理を始めた。――いや、こっち手伝ってくれよ!
できればもうひとつのレジを担当してほしいんだけど、さすがにそれは無理か。
しかし何なんだこれ。近くで祭りかイベントでもあるのか?
「本当にすごいイケメンー!」
「やだ可愛い……! あの書き込み嘘じゃなかったんだ……!」
列に並んでいるお客さん達が、俺やジェルを見ながらそんなことを言っている。
気のせいか女性のお客さんがやたら多いような。
「あの、写真いいですか?」
「――え、なんで写真撮りたいんだ?」
「あの、これ……」
俺の疑問に対しお客さんは、スマホでSNSの画面を見せてくれた。
『○○のコンビニに行ったら金髪のめちゃくちゃ綺麗な外人さんがものすごく丁寧にお辞儀して自己紹介してきた。超可愛いんだけど』
『レジにいたのも芸能人かなってくらい顔が良いお兄さんだった!!二人とも仲良さそうだし○○店マジ尊い。薄い本が厚くなる』
『嘘だと思ったらホントだった。××様のコスプレ似合いそうな超美形。美形しかいないコンビニとかマジやばい』
どうやらこの書き込みが拡散されて話題になっているらしい。
店の場所もはっきり書かれているし、俺達のことなのは間違いなさそうだ。
「あの……握手してもらっていいですか?」
女の子が恥ずかしそうにジェルに話しかけている。
「えぇ。もちろんですよ、マドモアゼル」
ジェルは蜃気楼の接客の時に見るような、優雅な笑顔で握手に応じている。
その流れで俺もお釣りを手渡した時に、女の子に手をギュッと握られた。意味わかんねぇ。
その後は、商品を売ってるのか握手会なのかよくわからない状態になった。
ちなみにその日の売り上げは、今までで一番良かったらしい。
お客さんの数が落ち着き始めた頃、店長がハンカチで汗をふきながら帰ってきた。
無事に元気な赤ちゃんが産まれたそうだ。
いきなり俺達だけで店を切り盛りすることになって大変だったけど、なんとかなって良かった。
――後日、ジェルが注文した50ケースのポテチが届いたこと以外は。
「もー! こんなにポテトチップスばかり食べたら太っちゃうじゃないですか!」
リビングには、ポテチが入ったダンボールがたくさん積まれていた。
「しょうがないだろ。ジェルがあんなに発注したんだから少しは協力しろ」
店長は発注ミスを笑って許してくれたが、俺の気が済まなかったので半分買い取ったのだ。
幸い売れ筋商品だったので、残りは問題なく売り切ることができるだろう。
……しばらくはおやつに困らないなぁ。
俺達は袋を開けて、パリパリとポテチを仲良く味わうのだった。
次の更新は11月7日(土)です。
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