41.アレク三銃士を連れてきたよ(挿絵あり)
成人男性の残念全裸の挿絵を含みます。背後にご注意してご覧ください。
手紙で呼び出されて、学校の屋上へ向かったワタクシ。
フェンスの側に立っていたのは、照れた表情でこっちを見つめる兄のアレクサンドル。
「あ、ジェル。ごめんな急に……」
「いえ、いいんですよ。話って何ですか?」
「いや……こんな事を急に言ったらびっくりすると思うんだけど。俺、実は前から……」
――のことが好きなんだ……
あぁ。どうしてこんなことになってしまったんでしょうか。
それは友人の氏神のシロが持って来たゲーム機が発端でした。
神様の間で人間の流行を模倣するのが流行っていて、今はVRゲームが大ブームなんだそうです。
その神様たちの作った新作ゲームのテストプレイを、なぜか我が家ですることになったのでした。
「まぁ僕とアレク兄ちゃんはお酒でも飲みながら、ジェルのプレイを見守ってるから。頑張ってね!」
我が家のリビングのテーブルには、おつまみやビールの缶が並んでいます。
彼らはお酒を飲みながら、ワタクシの下手くそなプレイを見て笑うつもりなのでしょう。
「そういえば、何のゲームかまだ聞いてなかったんですけど。ワタクシ、アクションゲームは苦手ですよ……?」
ゲーム機のスイッチを入れながら呟くと、アレクが何の屈託も無い表情で元気良く答えました。
「おう! お兄ちゃんと恋人になる恋愛ゲームだ! 頑張ってくれ!」
「え、待ってください! そんなの――」
ワタクシの反応を酒の肴にする気満々じゃないですか……!
そう思ったのを最後に、ゲームのコントローラーを握ったままスッと眠るように意識が途切れました。
目が覚めると、なぜか真っ白な建物の廊下に立っています。扉や窓の感じからどこかの校舎のように思えました。
「ここは……学校、ですかね?」
『ゲームの世界にようこそ、ジェル。キミはこの学校の転校生だよ』
どこからともなくシロの声が聞こえます。しかし周囲を見回しても誰もいません。
「シロ? どこにいるんですか?」
『僕はシロじゃないよ。このゲームのナビゲーター。恋のキューピッドさ!』
恋のキューピッド。つまり恋愛の手助けをしてくれる存在ですか。
「あの、キューピッドさん。これはどういうゲームなんですかね?」
『この世界にいるアレクのハートを掴んでカップルになればゲームクリアだよ!』
「……あの。ワタクシは彼の弟ですし、こう見えても一応男なんですが」
「外見がアレクなだけで、中身はただのプログラムだから気にしなくていいよ。それに男性が乙女ゲームをプレイしたっていいと思うし」
「でも、相手がアレクの姿な時点でどうも抵抗があるというか……」
ワタクシが渋っていると、ため息が聞こえました。
『はぁ~。クリアできない限り永遠に元の世界に戻れないよ。その場合は体が衰弱死して白骨死体になるかもしれないね!』
「衰弱死……⁉」
まさか、そんな命をかけてプレイするようなゲームだったとは。神様たちが開発しただけあって容赦ない仕様です。
『さぁ、デスゲーム……じゃなかった。ラブゲームの開幕だよ!』
「今、デスゲームって言いましたよね⁉ あなたキューピッドじゃなくて地獄の案内人じゃないんですか⁉」
…………。
キューピッドからの返事はありません。
とんでもないことに巻き込まれてしまいました。
こうなったら一刻も早くこのゲームをクリアしないと。
「とりあえず目の前の教室に入ってみますか」
ドアを開けると、そこにはたくさんの生徒が座っていて、一斉にこっちを見ました。
「おはよ~!」
「おはよう!」
「オッス!」
――恐ろしいことに全員、アレクの顔です。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
『あ、ごめんね。モブキャラのグラフィック反映されてないや。開発中だからこういうこともあるんだ。このままプレイしてね!』
全員同じ顔なんてかなりホラーな光景だし、服装も制服だから誰が誰かまったく区別つかないんですけど。
「よし、転校生を紹介するぞ。ジェル君だ」
あ、先生の顔までアレクじゃないですか。悪い夢みたいです。
「ジェル君は……そうだな。アレク3号の隣に座ってもらおうか」
「3号って何ですか⁉」
疑問に思いつつも、とりあえず空いている席に座りました。
特に何も言われなかったので、たぶんワタクシの隣の席の人物が正解のアレク3号なのでしょう。
「ぜんぜん区別がつかないから、顔に3号って書いておきたいですね……」
「よろしくな! ジェル!」
よく慣れ親しんだアレクの声。
でも先生も生徒も全部アレクの声なので、このままここに居るとなんだか気がおかしくなりそうです。
――こんな悪夢みたいな学校から、早く抜け出したい。
そう思っていると急にシーンが切り替わって、ワタクシは廊下に立っていました。
手にはなぜか紙切れが握られています。
中を見てみると「話したいことがあるから屋上に来て。3号より」と書かれていました。
「なんでしょうね……?」
もしこれが告白だったら、いきなりゲームクリアですね。それなら話が早くて助かるんですが。
ワタクシは階段を上がって屋上に続くドアを開けました。
「あ、ジェルだ!」
「3号。話って何ですか?」
目の前のアレクに声をかけると、彼はきょとんとするばかりです。
「え、俺3号じゃないよ。7号だけど。俺、ここで筋トレしてただけだし。3号はあっち」
3号と同じ姿にしか見えない7号は、向こうを指差しています。
――あぁ紛らわしい。そんなのどうやって区別つけたらいいんですか! と心の中で毒づきながら、アレク3号の元へ向かいました。
「あ、ジェル。ごめんな急に……」
フェンスの側に立っているアレク3号は、照れたような表情です。
「いえ、いいんですよ。話って何ですか?」
「いや……こんな事を急に言ったらびっくりすると思うんだけど」
彼の顔が赤い。そして透き通った青い瞳はまるで熱に浮かされたように潤んでいます。
これはもしかしてワタクシ、告白されるんじゃないですか?
「俺、実は前から……」
――よし、ゲームクリア!
「7号のことが好きなんだ……」
「え、そっち⁉」
「俺が7号を好きだなんておかしいよな……?」
「7号ならそこで筋トレしてるから勝手に告白してくださいよ!」
なんですか、このクソみたいな展開は。
『あー、残念だったね。フラグがたたないまま友情エンドになっちゃった』
キューピッドが、まったく残念に聞こえない声で言いました。
「フラグも何も、すぐ告白シーンになったじゃないですか!」
『あー、バグかなぁ。ごめんね、開発中だからそういうこともあるんだよ』
「どうするんですか、これ」
『大丈夫、まだ他の世界の攻略キャラがいるから。次はモデルのアレクにキュンキュンしようね!』
キューピッドがそう言った瞬間、シーンが切り替わって撮影スタジオのような場所にワタクシは立っています。
目の前には裸にド派手な真っ赤なジャケットで金のネックレスをしてピアスをつけたアレクが居ました。
思わず周囲にいる人の顔を確認しましたが、この世界は幸い皆アレクの顔ではなく、普通の世界です。
「あー、よかった。全部同じ顔とか気がおかしくなりますからね……」
「なにぶつぶつ言ってんだよ、マネージャー。撮影始まるぞ」
目の前のチャラい格好のアレクが肩をポンと軽く叩いて声をかけてきます。
どうやらワタクシは彼のマネージャーのようです。
――モデルかぁ。彼は顔もスタイルも良いから、何をしても格好いいんですよねぇ。
「はい、じゃあアレク君、またがってみようか」
え、またがるって。何に?
そこには、おまるにまたがってキリッとした顔をカメラに向ける彼の姿がありました。
「いいねぇ、はい、笑顔ください。そう、そう。さすがアレク君だねぇ」
「何の撮影ですかこれ……」
ワタクシのつぶやきにキューピッドが答えます。
『介護用品のカタログの撮影だよ。彼は介護業界のトップモデルなんだ』
「あれだけチャラいビジュアルにしておいて、ファッションモデルじゃないんですか⁉ どういう世界観ですかこれ⁉」
ワタクシが驚いている間にも、どんどん撮影は進んでいきます。
「……はーい、オッケー! 次は紙おむつでいってみようか!」
「おう、クールにキメてやるよ!」
よくわからない世界観ではありますが、アレクが楽しそうに仕事をしているのを見るのは悪いものではありません。
紙おむつをはいてドヤ顔でM字開脚している彼の姿を見るのは、ちょっと複雑な気持ちになりましたが。
「はい、お疲れ様でした~!」
「お疲れ様ですー!」
「おーい。マネージャー、終わったぞ」
撮影が無事に終わったらしく、彼が笑顔で近寄ってきます。あなた、まだ紙おむつはいたままなんですけど。
「お疲れ様です、アレク」
「おう。なぁ、マネージャー……」
「なんですか?」
急にアレクはワタクシの肩を抱き寄せて、しっとりと甘い声で耳元でささやきました。
「俺のおむつ交換してほしいバブゥ……」
「なっ……⁉」
『ジェル、ここで彼のおむつ交換をしてあげれば好感度UPだよ!』
キューピッドがクソみたいなアドバイスをしてきます。
おむつ交換ってどういうことですか⁉ しかもバブゥって。
こんなのワタクシの知ってるアレクじゃない。
――いえ。実際、彼の姿をしているだけの別のキャラクターですが……
「無理っ、絶対無理ですっ!!!!」
ワタクシが叫ぶと、目の前からチャラくておむつ姿だった彼が消えて、世界が切り替わるのを感じました。
『しょうがないなぁ。じゃあ、誰もが羨むハイスペックなお医者さんのアレクとのロマンスの世界だよ!』
キューピッドはノリノリで次の世界へと誘いました。
ワタクシが次に立っていたのは病院の診察室です。
目の前には白衣を着て、聴診器を首にぶら下げたアレクの姿がありました。
銀ブチの眼鏡をかけているのが、とても賢そうな雰囲気です。
彼はカルテを覗き込みながら言いました。
「えー、ジェルマンさんですね」
「あっ、はい……」
「そんなに緊張しなくていいですよ。あなたの病気は必ず俺が治しますからね。リラックスしてください」
丁寧な口調で爽やかに微笑むアレクは新鮮で、さっきに比べてはるかにマシな気がしました。
これなら。この彼とならまともに会話ができそうだし、ロマンスが始まってゲームクリアできるかもしれない。
「あの、先生……ワタクシ……」
「――じゃ、肛門見せてもらえますか?」
「はい……?」
「肛門だよ。こ・う・も・ん! ほら、見せて」
――肛門から始まるロマンス。いや、それは無い。絶対そんなの困ります。
「なんですか、いきなり肛門を見せろって……」
「いや、だってうち肛門科だから。ジェルマンさんは巨大なイボ痔に悩んでいるってカルテに書いてありますし」
「失敬な! どこ情報ですか!」
「でもジェルマンさんは尻穴が弱そうな顔してますよ」
「どんな顔ですか⁉ そもそもワタクシにイボ痔なんてありませんよ!」
「じゃあ帰ってください」
――ロマンスが無いまま話が終わっちゃったじゃないですか! どういうことですか⁉
「キューピッドさん!」
『本当、ジェルは恋愛ダメダメだね~』
「ワタクシはどうすれば正解だったんですか⁉」
『あれはお尻を出したらものすごいイボ痔が見つかって、学会に発表されて彼と海外へ一緒に行くエンドだったんだよ』
「だから、ワタクシはイボ痔じゃありませんってば!」
『医者もダメとなると、もう後はこの世界から出られずに白骨化するしか……』
「そんなの困ります! そもそもクソ設定とゴミみたいなシナリオなのがダメなんですよ! なんとかしてください!」
ワタクシの訴えに、キューピッドはちょっと困ったような声で言いました。
『じゃあ、開発途中でちょっと問題あるんだけど隠しシナリオの世界へ行こうか』
「このゲームをクリアできるなら何でもいいですよ!」
『これで最後だからね。本当にラストチャンスだからね? 何を見ても絶対逃げずに頑張ってね』
気が付くと、ワタクシは公園のベンチに座っていました。
「おや、これは……」
ワタクシの手には紐が握られていて、その先には首輪をして犬の耳とふさふさの尻尾を生やした全裸のアレクが地面にお座りしていました。
「うあぁぁぁぁぁ!!!!」
「なんだよ。急に大きな声を出すからびっくりしたワン」
――えっ……ワン?
『ごめんね、これ本来なら犬の姿なんだけど、公園の背景にこだわりすぎて犬のグラフィックが開発中で実装できてないんだよ』
「犬は真っ先に実装すべきでしたよ! この絵面は倫理的に問題ありすぎでしょう!」
『頑張って、ジェル。これがラストチャンスだよ。真実の愛を掴むんだ!』
「このアレクから何を掴めと……」
げんなりしつつアレクに視線を戻すと、彼はお座りをしたままキラキラした目でこっちを見ています。
これはプレイを続行するしかないんですよね……
「えっと、どうすればいいんでしょうか?」
「お散歩行きたいワン!」
そう言ってアレクは四つんばいのまま歩き始めました。しょうがないのでそのままリードを掴んで散歩させることになったのですが。
「これ、かなり恥ずかしいんですけど……」
道で会う人達にはアレクが犬に見えているのか、もしくはプログラムされていないのか、何も反応はありません。
しかし、全裸の兄に首輪をつけて散歩させながら一緒に歩くのはかなり恥ずかしい状況でした。
「おいジェル、この道は車が来るから気をつけるんだワン!」
「あっ、はい」
「俺、うんこしたいワン」
「いやぁぁぁぁ! それだけは勘弁してください!」
なんとか散歩をして、アレクに案内されるまま元の公園に戻って来ました。
「お散歩に連れて行ってくれてありがとうワン」
アレクは姿勢を正すと、お座りをしてワタクシを見上げ、問いかけます。
「……俺のご主人様になってくれますかワン?」
これは、もしかしたら犬の姿だったらそこそこ良いシーンだったのかもしれません。でも目の前にいるのは全裸で首輪をしたアレクです。
「あの……すごく問題発言な気がするんですけど」
『そこは我慢しないとクリアできないよ』
キューピッドがヒソヒソ声で悪魔のようにささやきかけます。
「……くっ。わかりました。ご主人様になって差し上げます」
「ありがとうワン! うれしいワン!」
感激したアレクに飛びつかれて、ワタクシが悲鳴をあげたのは言うまでもありません。
そして周囲が光り輝くと、空から花びらのような物がたくさん落ちてきて、荘厳な音楽が流れました。
『おめでとう! ゲームクリアだよ!』
「……あぁ、疲れた」
――ゲームの世界は酷いアレクばっかりで、疲れてしまいました。
元の世界に戻って本物のアレクに会えば、彼の良さを実感するかもしれませんね。
気が付くと、ワタクシはリビングのソファーに座ってコントローラーを握っていました。
目の前のテーブルの上には、おつまみの袋やビールの缶。そして日本酒の空き瓶が床に何本も転がっています。
客用のソファーには、スヤスヤと眠るシロの姿がありました。
その足元には、酔っ払ってギラギラのパンツ一丁で床に転がって寝ているアレクと、脱ぎ散らかされた服が落ちています。
「現実のアレクも、たいして良いわけでもありませんでしたね……」
ワタクシは現実逃避すべく、ソファーで眠りに落ちたのでした。
次の更新は10月3日(土)です。ここまで読んでくださりありがとうございました!




