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39:リュージさんの親孝行(挿絵あり)

 それは日差しの眩しい、ある夏の日の出来事でした。

 アンティークの店「蜃気楼しんきろう」に珍しいお客さんがやってきたのです。


挿絵(By みてみん)


 金の刺繍ししゅうが施された青い着物を上品に着こなしている彼は、東洋人らしい細い目をさらに細めて人懐っこい声で挨拶しました。


「アレクさん、ジェルさん。お久しぶりネ!」


「リュージさん……!」


 彼は以前に当店の手伝いをすると言ってやってきた人です。

 ――いや「人」というのは語弊があるでしょう。

 なにせその正体は、水を司る偉い龍の神様なのですから。 


「会いたかったヨー! 元気してマシタか?」


「あ、ありがとうございます。元気にしてました……」


 ワタクシは以前に彼が来店した時のことを思い出しながら、震え声で答えました。


 あの時は店の手伝いと称して掃除と洗濯をやらせただけでなく、トイレ掃除までさせてしまったのです。

 知らなかったとはいえ、とても恐れ多いことをしてしまったのですから、ワタクシが緊張するのも仕方無いことでしょう。


「リュージ、どうしたんだ? また店の手伝いに来たのか?」


 兄のアレクサンドルは、ワタクシの緊張などまったく気にする様子もなく自然に会話に加わってきます。


「アレクさん、違うヨ。今日はジェルさんにお願いがあって来たネー」


「お願い……ですか?」


 偉い龍の神様が、ワタクシにいったい何をお願いすると言うのでしょうか。


「あのネ、3日後が私のお母さんの誕生日なのヨ。それで手料理作ってあげたいネ。でも私、料理できナイ。だから私に教えてクダサイ」


「料理ですか……」


 まさか、そんなお願いとは。

 確かに以前彼に掃除や洗濯のやり方は教えましたが、さらに料理まで教えてほしいと言われるなんて思ってもみませんでした。


「――ダメデスカ? お母さん、掃除や洗濯できるようになったら、とてもビックリしてたヨ。だから今度は料理でビックリさせたいネ」


「すげぇ親孝行じゃねぇか。なぁ、ジェル。力貸してやろうぜ!」


「まぁ、いいですけど……リュージさんにはいろいろ申し訳ないこともしてしまいましたし」


「じゃあ決まりだな。――それでリュージは何を作りたいんだ?」


小籠包ショウロンポウがイイデス。お母さんは小籠包大好きネ!」


 小籠包は薄い皮の中に具材とスープが詰まった中華料理です。

 作ったことが無いのでどうしようかと思いましたが、スマホでレシピを調べると特に変わった物が必要というわけでもなく、家庭でも作れそうでした。


「そうですね、じゃあレシピを見ながら一緒に作ってみましょうか」


 足りない材料はアレクが買ってきてくれたので、すぐ取り掛かることができそうです。

 ついでにワタクシのお金で勝手に山ほどのスイーツも買ってこられたのですが、それは手間賃と割り切って叱らないでおきましょう。


「アレクさん、このケーキ美味しいヨ!」


「おい、こっちのコーヒーゼリーも食ってみろ」


「コーヒーなのにゼリーとは不思議ネ! プルプルしてて甘いけど、コーヒーダヨ!」


 ダイニングテーブルに大量のスイーツを並べて、仲良く試食会を始めた彼らの意識をこちらに戻すように、ワタクシは両手をパンパン鳴らして料理教室を開始しました。


「はいはい、それじゃ鶏ガラスープを温めて、ゼラチンを溶かしてスープを作りますからキッチンに集合~!」


「ジェルさん、ゼラチンってなんデスカ?」


 あぁ、そこから教えないとダメでしたか……。


「えーっと、小籠包を噛んだ時に中から熱々のスープが出てくるのは、このゼラチンというのを溶かしてあるからなんです」


「……?」


 リュージさんは意味がわからないのか、首をかしげています。

 今まで料理なんてしたことが無い彼にどこまで理解してもらえるかはわかりませんが、説明を続けました。


「液体にゼラチンが入っていると冷やした時に、そのコーヒーゼリーみたいに固まるんですよ。そしてそれを加熱すると溶けて再び液体になります。その理屈を利用して小籠包の中のスープを作るんです」


 彼は空になったコーヒーゼリーのカップを見つめ、こくこくと頷きました。


「ゼラチンスゴイデスネ!」


 理解してもらえたかどうかはさておき。ワタクシはゼラチンを溶かしたスープを冷まし、その間に具材の用意を彼らにさせました。

 リュージさんは、包丁を握るのは初めてなのか、危なっかしい手つきで玉葱を切っていきます。


「これ目が痛くて前が見えないヨ……」


 潤んだ細い目をさらに細めて顔をしかめる彼の様子に、アレクが苦笑しました。


「しょうがねぇなぁ。――おい、リュージ、俺に貸してみろ」


 アレクは器用に玉葱に切り込みを入れ、回転させてトントントントンと素早く細かく切り刻んでいきます。


「アレクさんスゴク上手ネ!」


「おう、刃物の扱いならお兄ちゃんに任せとけ」


 アレクの見事な包丁さばきのおかげで、あっという間に玉葱のみじん切りが完成しました。

 こんな風に普段からもっと手伝ってくれれば、ワタクシも助かるんですけどねぇ……


「――それでこれ、どうするんだ?」


「えーっと、ひき肉や調味料と混ぜましょう。粘りが出るまでよく混ぜること、だそうです」


 玉葱やひき肉をボウルに入れて、しっかり混ぜ合わせます。


 冷蔵庫で冷やしておいたゼラチン入りのスープを見ると、上手いことゼリーのように固まっていました。


「リュウジさん、これをフォークで細かく崩してバラバラにしてくれますか?」


「うん! バラバラにするヨ!」


 細かく崩れたスープの塊と具材をヘラで混ぜ合わせると、いい感じに小籠包の中身が出来上がります。


「後はこれを皮で包めばいいんですよ。今回は市販の餃子ギョウザの皮を流用します。いいですか、見ててくださいね」


 ワタクシは袋から真っ白な皮を取り出し、フチを水で軽くぬらして具材を真ん中に乗せ、らせん状にひだを作りながら丸く包んでみせました。


「こんな感じで包むんですが……リュウジさんもやってみましょうか」


「やってみるネ!」


 彼も見よう見まねで、ひだを作って包もうとするのですが、具材を入れすぎたらしく上手く閉じれないようです。


「……これ包めないヨ」


「ふふ、あまり欲張って中身を入れると破れてしまいますからね。少し中身を減らしましょう。――ほら、これで包めましたよ」


「ジェルさん上手ネ!」


 包み終わったものを蒸し器に並べて10分程度蒸すと、美味しそうな匂いと共に見事な小籠包が出来上がりました。


 ひとつ小皿に取って表面のツヤツヤした皮を箸でつついてみると、中から鶏がらスープがこぼれてサッと小皿に広がります。


 食べてみると、スープとオイスターソースの旨みが口の中に広がり、ごま油の良い香りがしました。味付けも問題無いようです。


「ジェルさん! 大成功ダヨ!」


「よかったです。後はお母さんの前でリュージさんがこれを作って差し上げればいいですね」


 その言葉に彼は眉を下げて、少し考え込みました。


「……私、ちゃんと出来るか不安ネ。アレクさん、ジェルさん、誕生日におウチ来て一緒に作ってクダサイ!」


「あの。おウチってもしかして――」


「私のお父さんとお母さん暮らすおウチデース!」


 ――龍神の父親と母親、いわゆる偉い龍の神様の住まいへ同行した上に、料理まで披露しないといけないのですか⁉


「それはかなりプレッシャーですね」


「すげぇな、神様の家って面白そうじゃねぇか!」


 好奇心旺盛なアレクは、すでに行く気満々のようです。


「お願いヨ、ジェルさん。私、お母さん喜ばせたいネ」


 リュージさんはワタクシの両手を包み込むように握って、懇願こんがんしました。どう見ても断れない雰囲気です。


「……しょうがないですねぇ」


謝謝シエシエジェルさん!」


 リュージさんはワタクシに抱きついて感謝の意を示しました。着物からふわりと少し甘い上品なお香のような香りがします。


「あ、あの。わかりましたから、離れてください……」


「ハイ、それじゃアレクさん、ジェルさんヨロシクオネガイシマス!」


 彼は畏まった表情で、右手の拳を左手で包むジェスチャーをして礼を伝えました。


 神の御前で料理を披露するなんて緊張しますが、約束してしまったものは仕方ありません。

 楽しそうに後片付けをするリュージさんの隣で、ワタクシは小さくため息をついたのでした。


 ――そして誕生日会当日。

 保冷バッグに材料を詰めて、ワタクシ達はリュージさんを出迎えました。


「ではリュージさん、案内お願いいたします」


「うん! おウチまで飛んで行くヨ、背中乗ってクダサイ」


「背中に乗る……?」


 リュージさんと一緒に店の外に出ると、急に彼の姿が光り輝きその姿が大きな青い龍へと変化していきます。

 おそらくそれが龍神である本来の彼の姿なのでしょう。


「……ジェルさん、私怖いデスカ?」


 青く輝く鱗に立派な角、人間など簡単に真っ二つにできるあろう鋭い牙と爪。

 しかしそんな姿をしていても、彼は大きな頭を地面すれすれに下げて翡翠のような美しい瞳を潤ませ、ワタクシの顔色をうかがっているのです。


 可愛らしい。そんなことを思ったら失礼かもしれませんが、何となくそう思いました。


「――いえ。とても素敵ですよ」


 そう答えてアレクと一緒に彼の背によじ登ると、表面は鱗に覆われているせいか鋼のような硬い感触で、少しひんやりとしています。

 背中に生えている金色の毛から、リュージさんの着物と同じ香りがしました。


「それじゃ、私のおウチに出発デス!」


 その声と共にふわりと宙に浮き上がり、ゆっくり空へ昇って行きます。


「そういえば、でんでん太鼓持ってマスカ?」


「でんでん太鼓?」


「よく知らないけど持ってると、龍の背中乗ってても落っこちないらしいヨ!」


「え、アレク、持ってますか?」


「……持ってねぇな」


 それに対し、リュージさんは上昇しながら答えました。


「落ちたらゴメンネ!」


「いやゃあぁぁぁぁぁぁ! 帰る! ワタクシ帰りますっ!」


 必死で背中の毛を掴んでしがみつくと、風に乗って彼のクスクスという笑い声が聞こえます。


「そういえば、初めてアレクさんに会った時、私この姿だったネ」


「え、そうなんですか?」


「そういや、そうだったな」


 中国の山奥で、落し物をして困っているリュージさんをアレクが見つけた、ということは聞いていましたが、まさか龍の姿だったとは。


「……アレクさん、私がこんな姿なのに『どうした、何か困ってるのか?』って聞いてくれたヨ。全然怖がらなかったネ」


「まぁびっくりはしたけどさ。何か目が困ってるって感じだったからさ」


「皆、私の本当の姿見たら逃げるか拝みながら命乞いばかりネ。普通にしてくれたの、あなた達が初めてヨ」


「リュージさん……」


「さぁ、もうすぐだから飛ばして行くヨ!」


 その言葉が聞こえたと同時に激しく風が髪を巻き上げ、雲を突き抜けたかと思うと、漆で朱塗りされた中国の城のようなデザインの立派な建物が現れました。


 建物はいたるところに龍を模った装飾が施されていて、特に中心部の巨大な正殿は龍の神の住居に相応しい豪華さです。


 正殿の前に到着するとリュージさんはワタクシ達を降ろして、人の姿になりました。

 気配を察知したのか、古代中国風の着物を着た人達が正殿から出てきて、ずらりと並んでワタクシ達を出迎えます。


「お帰りなさいませ、ハオレン様」


 皆、リュージさんに向かって、優雅な仕草でうやうやしく頭を下げました。


 ――ハオレン。たぶんそれがリュージさんの本当の名前なのでしょう。


 正殿の中に入ると大きな広間があり、一段高い場所には龍になった時のリュージさんよりもはるかに巨大な黄金の龍が鎮座しています。


爸爸バーバ(※中国語でお父さんの意味)ただいま戻りマシタ!」


「うむ……」


 静かに頷くその姿から発せられる神々しさと威厳は、言葉では言いあらわせないものでした。

 鎮座しているだけでも、人知を超えた存在としての格の違いを感じさせられます。

 もしその場にいたのがワタクシだけであったなら、思わずひれ伏さずにはいられなかったことでしょう。


「――あら、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですわよ」


 あまりの威圧感に動けずにいると、黄金の龍の隣に座っている珊瑚や金銀の豪華な装飾を身に着けた黒髪の女性が、ワタクシ達にニッコリと目を細めて声をかけました。


 どことなくその笑顔はリュージさんに似ています。きっとこの美しい女性が今日誕生日を迎える母親なのでしょう。


「おかえりなさい、ハオレン」


妈妈マーマ!(※中国語でお母さんの意味)今日、一緒にお料理作ってくれるアレクさんとジェルさんネ!」


 紹介されたのでワタクシは軽く息を吸って背筋を正し、丁寧にお辞儀して祝いの言葉と挨拶を述べました。


「凛々しい殿方に美しいお嬢さんね。ようこそ。ハオレンがいつもお世話になっております」


「ジェルさんはお嬢さん違うヨ?」


「あらまぁ、そうなの。うふふ、それはそれでありよね……」


 彼女は手元の扇子で口元を隠しながら、ふんわりと優雅に微笑みます。


 なんだか妙な想像をされた気がしますが、聞かなかったことにしてワタクシ達は両親が見守る中で料理の支度したくを始めることにしました。


「あの、リュージさん。台所はどちらに?」


「今から持ってきてもらうヨ~」


「持って来る……?」


 リュージさんが召使達に命令すると、大広間に大きなテーブルや調理器具が次々と運び込まれて、あっという間にその場に簡易キッチンができあがりました。

 コンロに水道まで完備されていて、まるで料理番組を撮影するスタジオみたいです。


「これはすごいですねぇ」


 これだけ設備が整っているなら小籠包を問題なく作れる、そう思っていたのですが――。


「ジェルさん、どうしました?」


「おい、ジェル。大丈夫か?」


「……あの、さっきから視線が。――いえ、なんでもないです」


 …………。


 ワタクシ達が料理をしている姿を、巨大なリュージさんの父親が鼻息が聞こえそうな距離で覗き込んでくるのです。

 

 決して悪意は無いんでしょうけど、そのぎょろりとした目で手元を見つめられると、やはり緊張して手が震えてしまいます。


 幸いアレクはどんなに見られてもまったく平気そうなので、彼とリュージさんにメインで作業してもらい、ワタクシが指示を与える感じでなんとか乗り切りました。

 

「見て見て! できたヨ! 小籠包できたヨ!」


 蒸し器の中でほかほかと湯気を立てるたくさんの小籠包を、リュージさんは大喜びで母親に見せました。

 

「すごいわ、ハオレン。今日は素晴らしい日になりました、ありがとう。せっかくのご馳走です。皆でいただきましょう」


 早速、その場で宴席が設けられ、美味しいお酒や山海の珍味と共に小籠包をいただくことになりました。


紹興酒しょうこうしゅうめぇ~、小籠包と合うなぁ」


「アレクさん、飲みすぎ注意ネ~」


「アハハハハ! もっとリュージも飲めよ~!」


 仲良く酒を酌み交わす彼らを、母親は幸せそうに見つめています。

 同じようにその和やかな光景を見ていたワタクシは、ふとあることに気付きました。


「あれ……リュージさんのお父さんはどちらに?」


 そう、気が付けばあの巨大な龍の姿がどこにも見当たらないのです。


 そして龍の鎮座していた場所には、レストランの子ども用の椅子みたいな足の長い椅子に座って料理を食べている、豪華な礼装を着た小柄な男性の姿があります。


「あの、リュージさん。あの椅子に座っている方はもしかして……」


「お父さんデス。龍の姿だとお箸が使えないから人の姿になりマス!」


「できれば最初からその姿でいて欲しかった……!」


 ――それなら手が震えずに済んだのに。ワタクシは苦笑いしながら小籠包を口に放り込んだのでした。


次の更新は8月1日(土)です。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  小籠包のレシピなんて初めて聞きました! へぇゼラチンで作るんですね!  飯モノは昨今流行っている印象がありますが、神々と飯を食うシチュっていうのはなかなかないので新鮮でした。  ジェルさ…
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